荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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もう少しで到着するというときに、目的地上空で空戦が行われていることを
知ったマダムは、彼女に出撃を命じる。
自警団と協力し空賊の撃退に成功。目的地に着陸した彼女を出迎えたのは、
懐かしい顔ぶれだった。



第2話 待ち望まれた帰還

「状況は?」

 羽衣丸の船橋で、オウニ商会社長のマダム・ルゥルゥは船員に問う。

「……先ほどの警報は、レーダー波の照射による自動警報です。羽衣丸に接近する機影ではなく、進路上の機影をとらえたものです」

「進路上を確認。ナガヤ上空で戦闘が行われているもよう」

「戦闘だって!」

 驚くサネアツ副船長。マダム・ルゥルゥは冷静に問う。

「一時退避するべきかしら?」

「ええ、恐らく……」

「護衛隊の飛行船より入電。マダム、ユーリア議員からです」

 マダムは無線のマイクを受け取り、ユーリアからの要件を素早く聞き取る。

「……副船」

「は、はい!」

「……コトブキ飛行隊は出動待機。ハルカさんには出撃命令を」

「え?ですが、彼女は……」

 サネアツは戸惑った。

 ユーリア、マダム、ホナミの共有する用心棒を、1人で出撃させていいのか。

「今度はユーリアからの指示。先日のエンマのようなことはないわ」

「そう、ですか……。かしこまり!」

 副船長は、すぐさま格納庫に指示を飛ばした。

 

 

 

 

「始動準備!」

 ハルカの合図で、ナツオ班長がイナーシャハンドルを回す。

「点火!」

 班長の合図で、彼女は愛機のエンジンを始動させる。

 推力式単排気管が排気を噴き出し、3枚羽のプロペラが回り始める。

 確認項目を急いで消化すると、機体を滑走位置まで誘導する。

『ユーリアからの指示を伝えるわ。あなたはナガヤ自警団と協力し、上空で戦っている空賊を撃退して頂戴』

「了解」

 スロットルレバーを開き、機体を滑走させる。速度を増し、操縦桿を軽く前に倒して尾部を持ち上げて間もなく、彼女は空へと飛び出した。

 着陸脚と尾輪をしまうと戦闘速度へ加速し、ナガヤ上空へと彼女は急いだ。

 

 

 

 羽衣丸を離れる彼女を見送ったコトブキ飛行隊の面々。

 彼らは目を細め、一様に1名の女性に目を向ける。

 その人物、貴族風の服装をまとった金髪の女性、エンマは体をびくっとさせる。

「な、なんですの?」

「エンマ、まさかとは思うが……」

 レオナを含め、エンマ以外の全員が一様にジト目で見つめる。

「ち、違いますわ!私は彼女に1人で戦えなど、もう言っておりませんわ!」

「……本当か?」

「ほ、本当ですわ!」

 先日、エンマはハルカに身の潔白を証明するために、1人で戦えという無理難題を課した上に、彼女を撃ったという前科がある。

 だが、今回の彼女の単独出撃にエンマは関与していないようだ。

「……そうか」

 いつもの視線に戻ったことで、エンマは胸をなでおろす。

「それにしても、間もなく到着だっていうのに、戦闘中とはね」

「雲行きが怪しくなってきたな」

「雲行き?いい天気じゃないの?」

「……キリエの言う通り。本日の天候は晴天、きわめて良好」

「……そういう言い回しだ」

 

 

 

 

 

 町の上空が迫ると、空戦が行われている様が見える。

 上空に上がっているのは、主翼の翼端が白く塗られ、所属を示す楔型のマークの半分が赤、もう半分が黒に塗られた、見慣れたマークが描かれたナガヤ自警団の零戦32型と紫電乙型。

 一方、敵機は銀色に黒の線が何本も引かれた五式戦闘機と零戦52型。

 いずれもマークが描かれていない。

 描けないほど後ろ暗い事情をもつ集団。ただの空賊とは思えないが、とりあえずそれは脇におく。

 ふと、機上電話から声がした。

『こちらナガヤ管制塔。接近中の零戦、所属と目的は?』

「こちらガドール評議会護衛隊所属のものです。ユーリア議員の命令で、あなた方の援護に来ました」

『そうか、ありがたい』

「敵機は、五式戦闘機と52型ですね」

『ああ、撃墜できなくても、追い払ってくれればいい』

「了解」

『……ところで、その声。君は、もしや』

「……戦闘に入ります、交信終了」

 ハルカは一方的に無線を切り、戦闘空域へと入った。

 

 

 

 自警団が上空で空戦を繰り広げる中、空港や町の至るところに設置された対空機銃も火を噴き続ける。

「くそ。あんた、弾切れだよ!」

「弾倉交換する!」

 作業着姿の厳つい顔の男性が、対空機銃の弾倉を抱えて走ってくる。

 このナガヤも、空賊や敵対勢力に対して譲らない。

 自分達の町は、自分達で守ると誓った。住民たちも訓練に参加し、今日まで町を守り抜いてきた。

 だが、連日の襲撃に皆がつかれていた。

 男性は途中で足がもつれ、重い弾倉を抱えたまま地面に倒れこんだ。

「あんた!」

 機銃を操作していた女性は、男性に向かって駆けだした。

 駆け寄ってくる女性の背後を見て、男性は目を見開いた。こちらに向かってくる、1機の五式戦闘機の姿が視界に入る。

 五式の機首の20mm機銃が、地上へ向けて火を噴いた。

 男性は咄嗟に女性を抱え、建物の影に隠れる。

 直後、五式の主翼に機銃弾が飛来。機銃弾は主翼を撃ち抜き火災が発生。五式はバランスを崩し、地面にきりもみしながら落ちていく。

 

「……な!」

 

 機銃弾が来た方向を男性は見た。

 

 そこにいたのは、主翼が蒼く塗られた、1機の零戦52型丙。

 

 零戦は背後に五式戦闘機が2機付くと、即座に機首を下げて急降下に入る。五式もあとを追って降下にはいる。

 零戦は地表近くで機首を上げ、水平飛行にうつる。

 相手は機体が頑丈な飛燕を使って作った五式戦闘機。いくら強度が見直された52型丙でも、急降下で振り切ることはできない。

 すると、零戦は突如舵を切って左へ旋回する。

 先ほどまでいた進路上には、対空機銃が設置されている。

 零戦が射線上から外れたタイミングを逃さず、対空機銃が一斉に咆哮を上げ、五式戦闘機を撃ち抜いていく。

 高度をあげてやり過ごそうとする敵機は、すかさず零戦がしとめる。

 五式戦闘機を落とすと、零戦は次の獲物を求めて飛び去っていく。

「蒼い翼の、零戦……」

 男性は、昔の記憶が頭をよぎった。

 飛ぶ姿は綺麗なのに、戦闘になれば血に飢えた猟犬のように敵機を貪欲なまでに落としていくその戦い方を。

 このナガヤの空を飛び立った2機の、翼が蒼く塗られた零戦を。

「あんた……。もしかして、あの機体……」

 彼は思い起こした。あの機体に乗っていた、パイロットの顔を。

『こちらナガヤ自警団。ガドール評議会護衛隊のおかげで、空賊の殲滅が完了した。警報解除』

「……はあ」

 無線機からの連絡を受け、胸をなでおろす。

「あんた、降りていくよ」

 男性が見上げると、件の零戦は着陸脚を下ろし、滑走路へ降りる進路をとった。

 男性は、その場から走り出した。

 

 

 

 

「こちらハルカ、空賊と思われる戦力を殲滅。戦闘終了」

『お疲れ様』

 彼女は、出撃命令を出したユーリア議員へ報告をする。

「それでは、羽衣丸に帰還します」

『あなたは滑走路に降りなさい』

 理由がわからず、彼女は首を傾げる。

『ナガヤの市長が、あなたにお礼を言いたいそうなの。今後を考えて、ナガヤを味方につけておいて損はないから、応じて頂戴』

 彼女はますます首を傾げる。

 ユーリア議員やマダム・ルゥルゥならともかく、ただの用心棒に過ぎない自分に言いたいとは何事か。

 いや、彼女には思い当たる節があった。

「……了解」

 彼女は着陸脚を下ろし、滑走路へ進路を向けた。

 

 

 

 

 滑走路に降りると、彼女は格納庫の前まで機体を誘導し、エンジンを切った。

 風防のロックを外し、機体から下りる。

 まだ市長らしき人物は来ていないようだが、周囲の自警団員と思われる人々は彼女を見ながらひそひそ話をしている。

 

 

「ハルカちゃん、なのかい?」

 

 

 自分を呼ぶ聞きなれた声に、彼女は思わず振り返った。

 そこにいたのは、作業着姿の整備士らしき少し厳しめの顔をした男性と、少し年を召した優しそうな顔の婦人。

 なぜ彼らは、自分の名前をしっているのか。しかもちゃん付で。

 ハルカはその理由を察した。

 知っていて当然だ。だって、彼らは……。

 婦人の目が潤みだす。

「ハルカちゃん!」

 彼女は、その婦人の腕の中に抱きしめられた。

「よかった、生きていたんだね!」

「え、ええ……」

「全くよお!生きているなら手紙くらい寄越せってんだ!心配するじゃねえか!」

 近寄ってきたのは、先ほどの厳しめの顔をした男性。

 男性は人目もはばからず泣きながら、ハルカの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

「カガミさん、ナオトさん、いい大人が人前であまり泣くものではありませんよ」

 

 

「うるせえ!これが泣かずにいられるか!」

 ハルカは、唯一自由に動く首をまわし、声のした方向に顔を向ける。

「まあ、ナオトさんの気持ちはわかりますがね」

 やってきたのは、灰色のスーツに身を包み、頭に白髪がまじりはじめている、少し年を召した、眼鏡をかけた男性。

 彼女は、この男性に見覚えがあった。

「クラマ、さん?」

 そう呼ばれた男性は表情をやわらげ、微笑む。

「覚えていてくれたか。久しぶりだね、ハルカくん」

 そして、彼女の頭に右手を乗せると、やさしくなでる。

「あの機体を見て、まさかと思ってね」

 彼の視線の先には、彼女の愛機が駐機されている。

「それでユーリア議員に、君は滑走路に降りてって頼んだんだ」

「それじゃあ、ナガヤの市長って」

「僕だよ。昔はただの評議会の議員だったけど、今は市長をやらせてもらっているよ」

 クラマという男性、ナガヤの市長は彼女をじっと見つめる。

 すると、次第に瞳が潤んできた。

「大きくなったね。それに、きれいにもなった」

「本当だよ、こんなべっぴんさんになって」

「全くだ。父さんたちがどれだけ残念がっているか」

 周囲の人間はどうやら彼女に面識があるらしく、みんな嬉しそうにしている。

「久しぶりだな、嬢ちゃん!」

 そこに飛行服を着た男性、自警団長が紫電から下りて駆け寄ってきた。

「カサイさん?」

「いや~、さっきは助かった。相変わらず、良い腕しているな!」

 自警団長も彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 髪が乱れるものの、それでも拒絶しないあたり、彼女も嫌ではないようだ。

 そこに新たな来客が現れ、さらに人が増えていく。

 

 

 

 

「これ、どういう状況なの?」

「随分親しそうね」

 そんな状況を遠巻きに眺めているユーリアたちは、目の前で起こっていることに少し戸惑っていた。

「おまけに周囲は偉いさんばかり。ナガヤの市長に、自警団長、ナガヤ飛行機製作所の社長に工場長……」

「随分な人々が知り合いにいるのね」

 ふと市長がユーリア議員たちに気付き、笑みを浮かべながら歩いてくる。

「これは失礼。ナガヤの市長を務めております、クラマと申します」

 市長は、ユーリアやマダムたちに丁寧にお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、ユーリア議員、マダム・ルゥルゥ」

「初めまして、ナガヤ市長。ガドール評議会のユーリアと申します。以後、お見知りおきを」

 ユーリア議員は手を差し出し、市長は彼女の手をとった。

「オウニ商会社長、マダム・ルゥルゥです。私のことをご存じでしたか」

「そりゃあ、オウニ商会とコトブキ飛行隊といえば、今や知らぬ人はいない有名人。この辺境にあるナガヤにも、その名は知れ渡っていますよ」

 市長が差し出した手を、マダムは握り返す。

「ところで、私の用心棒と随分親しいようですけど……」

「あなたの?」

 ユーリアは視線で示した。

「ああ。ハルカ君、今はあなたの用心棒なのですか?」

「ええ」

「正確には私の用心棒でもあるのだけど」

 マダムはすかさず補足する。あくまで、彼女は共有だと暗に主張する。

「そうでしたか。彼女が、お世話になっております」

 微笑みながら、市長は頭を下げる。

「それで、彼女とはどういう」

 ユーリアの問いに、市長は首を傾げた。

「あれ、ご存じないのですか?」

 今度は、マダムとユーリアが首を傾げた。

 そして市長は、衝撃の事実を言い放った。

 

「ハルカ君はここ、ナガヤの生まれなんです。それこそここにいる全員、彼女が生まれたときから知っていますよ」

 

 マダムとユーリアは、しばらく石のように固まっていた。

 

 

 

 

 

「先日のアレシマの件は、私も聞き及んでおります。この町でも、新聞が発行されましたので」

「あの一件は、本当に彼女を雇って正解だったと思ったわ。1人で敵の障害を乗り越え、私たちを守ってくれた。でなければ、あれほど危ないと思った経験もないわ」

「先日のショウト防衛戦でも、その道中でも彼女は大活躍だったわ。空賊は離脱していくのが普通なのに、彼女がいるときはいつも殲滅だもの」

「そうですか。彼女を認めてくれている人がいて、何よりです」

 ナガヤ市長は、ハルカに関する話題でユーリアやマダムと盛り上がる。

 立ち話もなんだと、市長はマダムたちを車に乗せ、市長の仕事場がある庁舎まで連れてきた。

 ユーリアたちは、昔のハルカを知る人物から色々聞き出していた。

 ちなみに、恥ずかしいからと本人はここにいない。

「本当に、生きていてくれてよかった……」

 市長は紅茶を飲みながら、懐かしむように瞳を細める。

「あ、そういえばここに来た目的は、ショウトが発注した飛燕と予備部品の受け取りでしたね」

 今更ながらに本題に触れたことで、マダムたちは苦笑する。

「ナオトさん」

 市長は、隣に座っているナガヤ飛行機製作所の工場長、先ほど大泣きしていた男性に振り向く。

「発注を受けた飛燕と予備部品は確保できている。空襲の跡片付けが終わったら、積み込み作業に入れる」

 さきほどの空賊と思しき集団の襲撃により、工場が被害を受けたようで、現在ガレキの撤去作業が行われている。

「飛燕を作れるとは、珍しい会社だな」

 口を開いたのは、見た目は少女、中身はおやじの羽衣丸整備班長、ナツオ。

 

 飛燕は、知っての通り液冷エンジンを使用している。隼や零戦等が使用している栄のような空冷星形エンジンより工数が多く、整備も大変な代物。

 そのようなエンジンや使用している機体を製造できるのだから、ナガヤ飛行機製作所の技術力は高いのだろう。

 

「ああ、隼に零戦から、液冷の飛燕、大型輸送機まで作っている、っていうのがうちの会社だ」

「大したもんだ。昔からさぞ儲かっていたんだろうな」

 

「……そうでもねえよ」

 

 途端、ナオト工場長は表情を曇らせた。

「昔は、イケスカの会社の方が強くてな。ナガヤは距離が離れている辺境にあるということもあって、なかなか売り上げが伸びなくてな」

 かつては、飛行機の生産数ではイケスカが常にトップであり、イサオが市長になってからはなおさらそれが顕著になった。

 おまけにブユウ商事という企業の支援があるイケスカに対し、ナガヤは用心棒を独自に雇う必要があった。次第にその資金にも苦慮することになり、販売数で苦戦を強いられていた。

「だが、嬢ちゃんのおかげで、少しずつ売り上げが伸びていってな」

「ハルカが?」

 彼女がどう関係するのか、ナツオ班長たちは首を傾げる。

「正確にいえば、ハルカ君と彼女の祖父が、このナガヤの発展に大きく貢献してくれましてね」

 市長のいうことに、ナツオ班長たちは頭に疑問符を浮かべる。

「この町ナガヤは、私の父から聞いた話ですが、70年以上前はユーハングの人々が多く住んでいた場所でした」

 

 

 ユーハング。

 

 

 このイジツに空を飛ぶ技術を始め、多くの遺産をもたらした人々。

「工場を沢山つくり、今でもその全てが残っています。同時に、ユーハングの文化も伝わりました」

「でもそのユーハングも、約70年前に帰っていったのよね?」

「はい。それからしばらくして、ナガヤは危機に陥りました」

「ユーハングが残していった工場の機械が壊れはじめ、修理もできず、飛行機の製造が滞るようになったんだ」

 ユーハングはある日突然、着の身着のまま穴を通って帰ってしまった。

 彼らが残した遺産は、イジツに発展をもたらした一方で混沌をもたらした。

 残された遺産を巡って、数多の空戦が起こることになった。

 ハルカが身内を亡くしたリノウチ大空戦も、その1つ。

「結果、ナガヤの飛行機会社は、全て工場が止まるという事態にまで陥ることになりました。そんなとき、この町をある若い青年が訪れたんです。その青年は、我々が製造機械の修理ができず困っているところにくると、たちどころに直してみせたんです」

「その青年に技術指導を受け、ナガヤは飛行機の製造を再開することができた」

「その、青年っていうのは?」

「タカヒト。彼はそう名乗ったそうです」

 聞いたことがないのか、マダムたちは顔を見合わせる。

 

 

「そのタカヒトさんこそ、ハルカ君の祖父です」

 

 

「「「へ?」」」

「彼の指導のおかげで、ナガヤは再び飛行機の製造をすることができ、以前より品質も良くなっていったんです」

「技術屋だが操縦もうまかった。嬢ちゃんに飛行機の整備や修理、飛び方を教えたのも、全て彼だ」

 ナツオは、羽衣丸で彼女が隼の修理をやってのけたのを思い出した。

 きっと、幼いころから祖父に色々教わったのだろう。

「タカヒトさんは、このナガヤである女性と恋に落ち、息子さんが生まれた。その息子さん、ミタカさんは、ある都市の議長の娘さんと結婚し、5人の子供をもうけました。その1人が、ハルカ君なのです」

「嬢ちゃんは、リノウチ空戦で父親と兄さん、姉さんが亡くなると、うちの部品を運ぶ輸送機の用心棒や、工場で整備や製造の手伝い、自警団への参加をしてくれるようになった」

「まだ10代初めなのに、操縦の腕は抜群によかった。恥ずかしながら、当時の自警団の誰一人、彼女には勝てませんでした」

 飛行服を着ている、30代後半くらいの細身だが鍛えられた体格の男性、ナガヤ自警団長が言う。

「1機の九七戦で、5機の零戦や五式戦を返り討ちにしたこともあった。祖父のタカヒトさんや、父親のミタカさんの飛び方を学んだことや、彼女の才能もあるでしょう」

「おかげで、各社が空賊被害に苦しむ中、うちは確実に部品や機体を届けられ、売上も利益もあがっていった。だが、当時のうちの利益じゃあ、嬢ちゃんにいい給料払ってやることができなかった……」

「そして、夫や子供を亡くしたショックで、母親のアスカさんが体を悪くして。母親を病院に入れるお金を稼ぐために、彼女はナガヤを出て行ってしまったんです」

「それっきり、嬢ちゃんは帰ってこなくてな……」

 ユーリアたちは表情を曇らせる。

 ナガヤに利益をもたらし、母親や家族を守るために彼女は飛び回った。

 その結果が、みんな失ってしまったでは、あまりに救いがなさすぎる。

 

「それから、少し後のことでした。蒼い翼の零戦の噂を耳にしたのは……」

 

「嬢ちゃんの機体は、うちの工場で祖父のタカヒトさんと父親のミタカさんが作ったものだ。どんな塗装をしたのかも覚えている。おまけに、悪魔と呼ばれるほどの腕の持ち主ときた」

「私たちは確信しました。ハルカ君に間違いない、と」

 蒼い翼の零戦のパイロットの顔がわかったのがつい最近だという中、彼女を知る人間は早い時期から察していた。

「彼女が空賊に身を落とさざるをえなかった原因は、私たちにもあります。彼女や彼女の祖父、家族に多大な恩がありながら、彼女に十分な報酬を払うことができなかった」

 当時はまだいち評議員であったり、ようやく軌道に乗り始めた工場の人間では、自分達が生活していくだけで精一杯だった。

「そういえば、彼女の残った家族は、元気でしょうか?」

 市長の質問に、ユーリアたちは言いづらそうに、事実を口にした。

 

「……そうですか、空賊に」

 

 ユーリアたちは、やむなく事実を話した。

「彼女は、自分のせいだと。今でもそう思っているわ」

「そうですか……。でも、彼女だけでも生きていてくれてよかった」

「ようやく、嬢ちゃんに少し恩を返せるようになったわけだしな」

「彼女が日ごろお世話になっているんです。われわれでできることでしたら、力になりますので、どうぞ仰ってください」

 市長たちから出てきた言葉に、ユーリアたちは驚いた。

「ありがとうございます、市長。そのときは、頼らせてもらうわ」

 一方、マダムはナツオに目配せする。

「ナガヤ飛行機製作所は、隼1型と零戦52型丙のパーツは製造しているか?」

「ああ、勿論だ!」

 すると、ナツオは整備班が着ているツナギから紙の束を取り出した。

「今これだけの部品が必要なんだが、用意できるか?」

 工場長のナオトは、必要な部品の種類や個数が書かれた一覧に目を通していく。

「ああ、全部すぐ用意できる」

「いくらだ?」

 イケスカ動乱以降、とどまる所をしらない空賊被害に対処するため、飛行隊が増加。飛行機や部品の需要の高まりから値段が高騰しており、いかに業界で名の通った存在のオウニ商会でも部品の備蓄や価格の高騰には頭を抱えていた。

 おまけに、キリエとチカが機体を傷めつけるわ、穴開けて帰ってくることが多いのも拍車をかけていた。

「そうだね」

 社長のカガミがそろばんをはじいて、その場で計算する。

「こんなもんだね」

 ナツオは示された額を見ると、怪訝な顔つきになった。

 

「1つ聞いていいか?」

 

「なんなりと」

「……こんな安くていいのか?」

「何かおかしいかい?正当な額だよ?」

「それはそうなんだが……」

 部品価格が高騰している中、提示された金額は、本来の適正価格のままだった。これが本来普通なのだが、値上がりが珍しくない中、ナツオは少し驚いていた。

「じゃあ、少し値引きして……。これでどうだい?」

 さらに値引きがされた額が提示された。

「あら、嬉しい価格じゃないの、ナツオ班長」

「そりゃあ、そうだが……。いいのか?」

「気にすることはない。嬢ちゃんが世話になっているところから、高い金取ろうなんて考えてねえよ」

「ただ、今後も懇意にしてくれると、嬉しいね」

「ええ、ぜひともお願いするわ」

「じゃあ、それで頼む」

 マダムも気に入ったらしく、その場で素早く契約書を取り出し、サインしている。

 その手の速さにユーリアはため息を吐き出す。

「それにしても、さきほど襲ってきた連中は、どこの空賊?」

「トビウオ団、というところです。なんでも、団員の飛行機の修理や整備を無料でやれ。さらに部品や新品の機体の提供、空賊行為の拠点の提供までしろと言ってきているんです」

「それで断り続けて、攻撃を何度も受けていると?」

 市長は頷いた。

「空賊の要求に簡単に折れるようじゃ、タカヒトさんに顔向けができねえ」

「あの人は、飛行機が人々の幸福に役立つ、そう信じていました。空賊行為に加担することは、それに反します。ですから、要求はのめません」

 行方不明のハルカの祖父の言葉を今も守り続けているあたり、相当信頼を得ていた人物なのだろうと、皆は思う。

「そういやあ、ハルカのやつ、どこ行ったんだ?」

「嬢ちゃんなら、家に行っている」

「……家?」

 市長が何かを懐かしむような表情を浮かべる。

「自分の生まれた家を、久しぶりに見に行っていますよ」

 

 

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