荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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久しぶりに故郷へ帰ってきた彼女は、かつて自分が
住んでいた家を訪れる。大事な家族が住んでいた、
帰ってくるべき自分の居場所だった家。
久しぶりに訪れた家で、彼女が感じたものとは……。


第3話 空っぽになった宝箱

 ナガヤの滑走路からほど近い場所にある一軒家で、ハルカは家の戸を前に立ち尽くす。

 数巡した後、彼女は鍵を扉に差し込み、開錠して引き戸を開ける。かつて、何度も開けたはずの扉なのに、妙に重く彼女は感じた。

 ここは、彼女の実家だった場所。

 彼女は意を決して、玄関に足を踏み入れる。

 

 

『お帰り、お姉ちゃん!』

 幻聴に、彼女は顔をあげた。

 仕事を終えて家に帰るたびに笑顔で出迎えてくれた、まだ小さかった妹の声。

 でも、そこには誰もいない。静寂の満ちる、暗い廊下が続くだけ。

 

 

『へへへ。姉ちゃん、隙あり!』

 続いて聞こえた幻聴に、反射的に後ろを振りかえった。

 小さい頃、いたずら好きで手を焼かされた弟。

 近所の子供に教わったカンチョーとかいう技で、よくお尻を狙われたものだった。

 殆どは弟の手首をつかんで防いでいたが、疲労のせいで危機察知が鈍り、数回ほど阻止に失敗し、玄関で悲鳴をあげたことがある。

 あのときの激痛は、今も忘れられない。

 振り向いた先は、誰もいなかった。

「そう、だよね……」

 彼らがいるはずがない。

 自分の、ウミワシ通商で働くという選択のせいで、彼らは処分されてしまったのだから。

 ハルカはブーツを脱ぎ、素足で廊下を進んでいく。

 ナオトさんかカガミさんあたりが、定期的に掃除をしてくれていたのだろう。

 彼女が歩いた廊下には、足跡が残ることはなかった。

 

 

『ハルカ、おかえり』

 落ち着いた口調の男性の声。父の幻聴が聞こえた。

 

 

『どうしたんだい?浮かない顔して』

『かわいそうに、きっとお兄ちゃんにいじわるされたのね。かわいそうなわが妹』

『俺は何もしてねえよ!可愛いハルにいじわるなんかしたら、皆からハチの巣にされるっての!』

『あら、わかっているじゃない。私の鍾馗でハチの巣にしてあげるわ』

『俺の零戦の動きについてこれるのかよ!』

『こらこら、妹の前で喧嘩しない』

 幻聴が聞こえたのは、居間。

 父親がお茶を飲みながらくつろいでいて、お兄ちゃんとお姉ちゃんはいつも喧嘩を始めて。

 さらに奥へと行く。

 

 

『ハルちゃん、今日もいい天気だね』

 縁側のある部屋に来ると、リノウチ空戦から間もなく、老衰で亡くなった祖母の声が聞こえた。

 縁側で、祖母とゆったりとした時間を過ごすのが、彼女はすきだった。

 

 

『ハルカ、おかえりなさい。今日もお疲れ様』

 台所にくると、亡くなった母の声が聞こえた。

 自分は働けないから、せめて家事は任せてと、台所にたっていつも食事を作ってくれた。

 彼女を送り出すときの母の顔は、いつも悲しそうだった。

 

 彼女は家を出て、隣に建てられている大きな格納庫にやってきた。

 中は何もないせいか、妙に広く見える。

 かつてここには、3機の零戦52型丙が並んでいた。

 祖父の機体、父親の機体。そして、後に彼女の愛機になるレイの3機。

 

 

『ハルカ』

 自分に空を飛ぶ楽しさを、操縦や整備など、色んなことを教えてくれた、大好きな祖父、タカヒトの幻聴が聞こえた。

『おいで』

 彼女はよく格納庫に入り浸って、祖父から色んなことを教わった。

 飛行機の修理や整備方法だけでなく、本を読んでもらったり、果ては護身術や銃の扱い方まで。

 彼女は、祖父が大好きだった。

 祖父の52型丙に乗せてもらい、このナガヤの周りを、初めて空を飛んだ日のこと。

 あのときの晴れ渡った青い空と、流れる白い雲は、今でも記憶に鮮明に残っている。

 

 

『私を、忘れないでいてくれるか?一緒に連れて行ってくれるか?』

『うん!絶対覚えているよ!いつかレイに乗って、色んな空を一緒に見に行くんだ!』

 

 

 祖父の問いに、かつて自分は無邪気にそういったと、思い返す。

「おじいちゃん……」

 そうつぶやいた。

 でも、言葉が返ってくることはない。

 そこには、何もない。かつて人の営みがあったのだろうということを伝える、わずかな家財道具や遺品が残る、人のぬくもりを感じない、冷たい空間が広がるだけ。

 彼女はあたりを見回した。

 自分が帰ってくるべき場所は、こんなに空っぽな場所だったのだろうか、と。

 かつては人がいて、温かい空間がそこにはあった。

 祖父母がいて、両親がいて、兄と姉がいて、妹に弟がいて……。

 でも、今そこに居るのは、彼女1人だけ……。

 

「もう、いないんだね……」

 

 かつて彼女にとって、この家は宝箱のようなものだった。

 帰ってこれば、家族がいて、皆で食卓を囲んで、一緒に寝て。

 そんなささやかな幸せが詰まった、彼女の宝箱。

 でも、みんながいない今、この家はもはや、空っぽも同然だった。

 

「……なんで」

 

 彼女は俯く。

 目の前には、皆が飛び立った滑走路が見える。

 

 

『すぐ帰ってくるから、母さんたちのこと、頼むぞ』

『必ず帰ってくる。兄さんとの約束だ!』

『いい子にしているんだよ』

 そういって飛び立った父親と兄と姉は、二度とこのナガヤに帰ってこなかった。

 

 

『また会いに来る。それまで相棒と、みんなを頼むぞ』

 会いに来るといった祖父さえも、帰ってこなかった。

 そしていつの間にか、母親たちさえも……。

 

「なんで、私を、連れて行って、くれなかったの……」

 

 彼女の瞳から、雫がこぼれた。

「なんで……、なんで……」

 彼女は静かにそう繰り返す。

 必ず帰ってくると約束してくれた、父親に兄と姉。

 イケスカに行ったまま、結局一度もかえって来てくれなかった祖父。

 せめて、残された母親、妹、弟だけでも、守りたいと必死になった。

 でも、結局誰も守れず、気が付けばみんな、この手の平から零れ落ちていた。

 彼らのあとを追いたかった。ラハマで墜落していれば、こんな悲しみを感じることもなかった。

 でも、そんな度胸はなくて。エンマに報復を許した時でさえ、結局はよけて。

 生きる理由がないくせに、死ぬ度胸もない、中途半端な状態を飛び続けている。

 その場に膝をついて、彼女は1人悲しみにくれた。

 同時に実感した。

 この家には、自分を待ってくれている人も、包み込んでくれるぬくもりも、もう何もないのだと、いうことを。

 

 

 

 

 

 

 

「また失敗したですと!?」

 町から離れた山のふもとにある狭い穴倉の一角で、眼鏡をかけたオカッパ頭の男性、元人事部長ことヒデアキはため息を吐き出した。

「ナガヤに要求をのませるために、イケスカからどれだけ応援を呼んだと思っているのですか?」

「……応援については感謝している」

 鍛えられた肉体に飛行服を着た男性、トビウオ団の団長はあきれ顔のヒデアキを見て腹の底からこみあげてくるものを感じるが、必死に押さえる。

「なら結果で示してもらいたいものですね」

 部下が殴り掛かろうとしたのを、後ろから羽交い絞めにして止める。

「それに、今日で襲撃は5回目。ナガヤ自警団も、もう戦力は少ないはずでしょう」

 ヒデアキたちには1つの懸念があった。

 

 かつて彼らが仕えていたイサオ氏が会長を務めた、自由博愛連合を復活させる上で、敵対関係にあるユーリア派が少しずつだが増えてきているということ。

 イケスカは、後継が現れたことで内戦状態から少しずつだが脱却しつつあるものの、いずれユーリア派と戦うために戦力の再編を図る必要がある。

 そのための時間稼ぎとして、ユーリア派になりそうな各都市に空賊を支援して襲撃を行わせていた。

 今回のナガヤ襲撃も、その一環。イケスカが立て直しに時間がかかる以上、現在飛行機の生産拠点で最大の都市はナガヤだ。

 ここにユーリア派につかれてしまうと、表立って動けないイケスカとの戦力差を大きくあけられてしまう。

 せめて、一時的でも生産能力を低下させなければならない。

 もし飛行機の生産拠点のナガヤがユーリア派につき、食料生産都市のハリマ、コトブキ飛行隊のいるラハマまで加われば、権威の失墜したイケスカを離れユーリア派になびく都市が増えることは想像に難くない。

 このままでは、自由博愛連合の敗北は必至だ。

「おまけに、先ほどの襲撃で護衛機に爆撃機、全てを失うことになったと」

 ヒデアキは眼鏡のブリッジを持ち上げ、度重なる襲撃に失敗している空賊を見つめる。

「あなた方ができると言ったから、我々は手をかしたのですよ?」

「さっきの件は仕方がない、相手が悪すぎる」

「どんな相手だったというのでしょう?」

「……例の零戦だ。主翼が蒼かったからな」

 ヒデアキは眉を吊り上げた。

 

「……また件の零戦ですか。なんでこう、何度も邪魔を」

 

 ふと彼は察した。

「ということは、ユーリアかコトブキが一緒にいるということ」

 ナガヤを攻撃すれば、自動的に彼らも攻撃できる。

 邪魔なものが、一か所に集まってくれた。

「この機を逃す手はありませんねえ……」

 彼は口角をニタリ、と吊り上げる。

「ムフフフフフフ……」

「どうしたんだ、独り言をぶつぶつ……」

「おっと失礼」

 ヒデアキは眼鏡のブリッジを持ち上げ、トビウオ団へと顔を向ける。

「もう一度イケスカから応援を呼び寄せます。それから、次の襲撃は私の立てた作戦で実施してもらいます。いいですね……」

「……依頼主はあんただ、あんたが決めろ」

 ぶっきらぼうにいうトビウオ団団長に、ヒデアキはムフッと微笑む。

「では早速準備にかかりましょう。今度こそ、ナガヤに痛手を負わせ、お礼参りをさせてもらいますよ」

 ヒデアキは部下をつれ、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 ふと目を開け、ハルカは周囲を見渡す。

 実家にある格納庫にいたはずなのに、周囲は深夜のように闇夜に包まれていた。

 背後に気配を感じ、彼女は振り返り、そこにいたものに息をのんだ。

 

 

『哀れなものだな』

 

 

 そこにいたのは、血まみれになり体の所々が欠損している、彼女がかつて属していた空賊、ウミワシ通商の社長ナカイ。

 

 

『リノウチで父や兄に姉を失い、祖父はお前を置いて行方不明。遺された母と妹、弟を守るために空賊行為に加担したのに、残った最後の家族さえついには無くし、何もお前には残っていない!帰るべき場所だったここも、彼らがいないなら空っぽも同然!』

 

 

「そ、それは……」

 

 

『帰るべき場所も!守るべき人も!何もお前には残ってない!あるのは空賊行為を働いたという、罪の烙印だけだ!』

 

 

「だ、だから私は、その償いに」

 

 

『あれだけのことをしておいて、足は洗ったから許されるなんてこと、あると思うのか!』

 彼女は胸の動悸が激しくなるのを感じ、両手で胸を押さえる。

 

 

『……空賊行為に加担したのに、何の罰も受けず、議員たちの威光をかさに、自分はもう反省した善人です。そんな顔をしている彼女が、気に食わないことは認めますわ』

 エンマの声が聞こえ、彼女は背後を振り返る。

 彼女は、醒めた目でハルカを見下ろしていた。

 

 

『そうか、守れなかったのか……』

 声の方向に振り返る。

 そこには、血まみれになった父親に姉、兄の姿があった。

 

 

『君だから、母さんたちのことを託すことができたのに……』

 

 

 父は、心の底から失望しているような顔で、娘を見つめる。

「だ、だって……」

 

 

『ハルなら、約束守ってくれると思ったのに、な』

『わが妹が、空賊行為にまで加担するなんて……』

 

 

「私だって……」

 彼女は、叫ぶようにいった。

「私だって守りたかった!失いたくなんてなかった!空賊行為なんてしたくなかった!一緒にいたかった!約束だって守りたかった!」

 リノウチ空戦前、町を飛び立つ父親たちに、彼女は母親たちを頼むと言われた。

「私のこと置いてきぼりにして、失望なんてしないでよ!みんな……、みんな私のこと1人にしたくせに!」

 残された母親に幼い妹に弟だけでも守りたくて、九七式戦闘機に乗って、無法者たちののさばる空を必死に生き残った。

 でも、どれだけ飛んでもお金は足りなくて。

 

 

『なんで、守ってくれなかったの?』

 

 

 ハルカは顔がこわばった。

 振り返った先にいたのは、死んだ母親に妹と弟……。

 

 

『何で、もう少し会いに来てくれなかったの?』

『お姉ちゃん、なんで一緒に居てくれなかったの?』

『なんで、守ってくれなかったの?』

 

 

 言葉の1つ1つが鋭い刃になって、彼女の胸に突き刺さる。

 お金を稼ぐことにかまけて、家族との時間を蔑ろにして……。

 楽しい思い出1つ、彼らに残してあげられなかった。

「ごめん……。ごめん、なさい」

 謝っても取り返しのつくことじゃない。でも、彼らにはそういうしかなかった。

 

 

『残念だよ……』

 その声は、市長のクラマさんだった。

『私たちは空賊に屈しないという姿勢を守り抜いている。タカヒトさんたちの遺産の君が、その空賊に加担するとはね』

 ナガヤのみんなには、自分の口から空賊だったとは言えなかった。

 

 

『爺さん、さぞ悲しんでいるだろうな……』

『あなたが、タカヒトさんが残してくれた機体で、多くの人々を不幸にした。なんてしったら、ね』

 ナガヤ飛行機製作所の、ナオトさんとカガミさんの声だった。

 子供がいなかった2人は、ハルカのことをよく可愛がってくれた。

 

 

『俺たちにとって、君は頼れる用心棒だった。それが、まさか空賊に加担するなんて……』

 ナガヤの自警団長、カサイさんが言う。

 故郷のみんなの視線は、氷のように冷たかった。

 

 

 ふと気配を背後に感じた。

 彼女がふりむいた先には、もっともこの場にいてほしくない人物がいた。

「お爺……、ちゃん」

 大好きな祖父の姿。

 彼は、静かに口を動かした。

 唇の動きで、彼女は言葉を察した。

 

 

『残念だよ、ハルカ……』

 

 

 瞬間、ガラスが割れるような音が格納庫内に響いた。

 

 

 

「うわあああああああああ!」

 悲鳴を上げながら、彼女は跳ね起きた。

 あたりを見回すと、そこは変わらず格納庫の中だった。

 疲れが出たのか、いつの間にか手近な椅子に座って眠りこけてしまったらしい。

「……また、この夢」

 彼女は上着の袖で荒っぽく涙をぬぐうと、その場に大の字に寝転がった。

 

―――そうだよね。

 

―――償うなんて、なんて都合のいい夢を見ていたんだろう。

 

―――自分の過去は、罪は消せない。

 

―――当然のことを、なんで忘れていたんだろう。

 

―――みんなが失望するのは、当たり前だよ。

 

―――それだけのことを、私はしたんだから……。

 

 

「ハハハ……、ハハハハ」

 彼女の乾いた笑いが、不気味な音をたてる。

 夜眠るたびに、この悪夢からは逃れられなくて。

 彼女の心は、徐々にすり減っていた。

 みんなが、こんなこときっと口にしないと信じている。

 

 これは、自分の心が見せている幻だ。

 

 それでも、罪悪感は消えなくて。

 ナカイの言う通りだった。

 結局、彼女には何も残ってない。

「もう、疲れた」

 

―――この悪夢も、消せない罪の烙印も……。

 

―――誰か、全部、終わりにして……。

 

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