傍を歩いていた。心配する仲間に疑いのまなざしを向けられる
も、空襲警報がなり、急いで彼らは飛び立つ。
町に、再び空賊が迫っていた。
「お~い、ハルカ~」
ふと顔を上げると、キリエの姿が目に入った。ハルカはいつの間にか、滑走路の脇を歩いていたことに今更ながらに気付いた。
「出航は早くても明日になるから、休んでおけって~」
「……わかった」
彼女は静かに応えると、滑走路に沿ってひたすら歩いていく。
彼女の家は滑走路に近い位置に建てられたので、ここまで歩いてきたのだが、その間の記憶はなかった。
「何か、あったの?」
ふと顔を上げると、いつのまにかキリエの顔が目の前にあった。
何か心配そうな顔で瞳を、その奥の頭の中を覗こうとしている。
「別に、何もなかったから……」
「本当か?」
声の方向を振り返れば、腰に両腕を当てているナツオ班長と隊長のレオナがいた。
「本当に何もなかったのか?」
怪訝な、ジト目でナツオ班長が見つめてくる。
「ええ、何も」
「ほんとにか?」
「そんな疑わなくても……」
「君の何もないは、疑わしいんだ」
度重なる命令違反故か、どうも素直に信じてもらえないと、ハルカは頭を抱える。
ナツオたちは、彼女は無理という言葉を口にしないのが気がかりだった。
つい先日、疑わしいからと身の潔白を証明するため、エンマの要求を受け入れ続けた彼女だ。
彼女にブレーキが存在しているか怪しい今、言うことを素直に信じるのは危ういと彼らは考えている。
そしてレオナの顔が眼前に迫る。
ハルカは、目を僅かに動かして周囲にザラがいないかを確認する。
あまりレオナに近づきすぎるとどうなるか、先日のことが頭をよぎる。
「どうした、目が少し腫れているようだが」
つい先ほどまで泣いていました、とはいえず、別の言い訳を必死に考える。
「泣いてでもいたのか?」
機微に疎いわりに的確に正解を言い当ててきた彼女に驚きつつ、言い訳を口にする。
「いえ、その……。夜まで本を読んでいたので」
「ベッドに入ったあともか?」
途端、レオナの瞳が鋭く細められる。
「……早く寝るようにいったはずだが」
咄嗟に思いついた言い訳が、かえって藪をつついてしまったことに後悔するも、もう遅い。
「私の言いつけを無視して……、パイロットにとって目は大事だと、知らないわけではないな?」
「は、はい……」
「それに睡眠不足では、戦闘時に集中力が鈍るからしっかり寝るように。そうもいったはずだが」
鼻先が触れそうなほど顔が近づく。
「今日からは、君が寝るまで見張る必要がありそうだな」
「いえ、別にそんな必要は……」
レオナが視線をそらさず、射抜くように見つめてくる。
彼女は瞳を左右上下に泳がせるも、レオナの視線はブレない。
「……申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げる彼女。
レオナはため息を吐き出し、彼女の頭に右手を乗せる。
「無理しすぎてもいいことはない。自分を、もう少し大事に、な」
「……はい」
一応彼女は受け入れたように答える。
自分を大事にして生き残ったところで、あの家で待ってくれていた人々はいないし、この先何がしたいわけでも、ないのだから。
「む~」
すると、その様子を見ていたキリエが頬を膨らませ、あきらかに不満を主張している。
「レオナ、なんか彼女に甘くない!?」
「そうか?」
「だって!私やチカにはいつも鬼のようなのに!」
本人を目の前にして、キリエは包み隠さず自分の印象をぶつけた。
「それは、おまえたちが命令違反やいさかいを度々起こすからだ」
「む~」
キリエは思い当たる節があるようで、それ以上何も言えなくなった。
「私の頭を悩ませるのは、2人だけにしてくれないか?」
「……はい」
困った笑みを浮かべるレオナに、彼女は静かに頷いた。
その時だった。
町全体に響く、大きな警報が鳴った。
「な、何なに?」
「襲撃?」
直後、ハルカは腰につけている無線機から呼び出し音が鳴るのを聞いた。
「はい」
『今どこ?』
ユーリア議員だと声でわかった。
「滑走路そばの、格納庫の前です」
『ちょうどいいわ。どうやらまた空賊が接近しているみたいだから、ナガヤ自警団と護衛隊と協力して撃退して頂戴』
「わかりました。コトブキは?」
『それはルゥルゥが決めること。あなたは、今は私の指示で動きなさい』
「……わかりました」
彼女は無線を切る。
「敵襲か?」
「はい。ユーリア議員から、私は飛ぶように、と」
「マダムは、なんと?」
「……まだ何も。先に行きます」
ハルカは愛機が駐機してある格納庫前まで走る。
「レオナ、どうするの!?」
「マダムからの連絡を待つしかないが……。羽衣丸へ走るぞ!」
2人は羽衣丸を目指し、駆け出した。
「護衛隊に出撃命令を出したわ。あと、彼女にも」
「わかりました。約束通り特別手当は、3倍払います」
「ありがとうございます、市長」
無線機で必要なやり取りを終えたユーリアは、市長の前に座り直す。
襲撃警報が鳴り、接近中の戦力がすぐに市長のもとへ伝えられた。
敵は、爆撃機と思われる巨大な機影が2機と護衛戦闘機が約30機。
ただの空賊にしては随分充実した戦力だが、いずれにせよ放置することはできない。
無論、ナガヤにも自警団はあるし規模もそれなりに大きいのだが、度重なる襲撃を受け、ナガヤ自警団の戦力は紫電8機、零戦32型6機にまで減少していた。
そこでユーリアは、自身の護衛隊8機とハルカを応援に出す、と申し出た。
「あのね、ユーリア。ハルカさんは今、私のもとにいるのだけど?」
非難がましい目で、マダムはユーリアを見つめる。
「こういうときこそ、最強のカードをきらないでどうするの?それに、彼女は護衛隊の一員でもあるのよ。私が殺されるのを、黙ってみていろっていうの?」
こういう時、どこの組織に帰属するのか、というのは問題になる。
ハルカは一応共有という形をとっており、現在はオウニ商会の依頼の途中であり、本来ならマダムの指示で動く。
だが今ここにユーリアがおり、護衛隊の一員という立場がある以上、彼女が殺されるのを黙ってみているなどできるはずもない。
それに、ナガヤが彼女の故郷であり、今後協力関係を築くにあたって恩を売っておかない手はない、という打算もある。
「ですが、ナガヤ自警団14機に、議員の護衛隊8機に彼女を含めても23機。相手は護衛だけで30機。果たして、それで撃退できるかどうか……」
「なら、うちの小鳥ちゃんたち6機をお貸ししましょうか?それなら、互角に戦えるでしょう」
「ありがとうございます!」
「じゃあ特別手当ては……」
「3倍払います!全員使わせてください!」
「わかりました」
笑顔を浮かべ、無線で羽衣丸に連絡を入れるマダムを、ユーリアはジト目で見つめる。
市長が不安を口にしたら素早く取り入った。その即決の速さは、流石商人といったところか。
あとで訪れる高額請求に市長が泣きを見ないか不安がよぎるが、決めたことなのでもう遅い。
彼女は部屋の窓から、空へ飛び立っていく護衛隊の姿を、静かに眺めていた。
ナガヤを飛び立った自警団14機が先頭を飛び、その後ろにガドール評議会護衛隊が続く。護衛隊は前方5機、後方4機の2列に分かれて飛行する。
護衛隊の鍾馗の中、前方の右端に1機だけ零戦が混じって飛ぶ。
『敵は護衛戦闘機が30機、爆撃機らしい機影が2機。こちらは合計で23機。数の上では劣勢だ』
護衛隊隊長のカサイから、情報が各員に伝えられる。
『ナガヤ自警団と我々護衛隊で敵戦闘機を引き付ける。その隙にハルカ君は、敵爆撃機の撃墜を頼む』
「了解」
『頼むぞ、嬢ちゃん』
ナガヤ自警団団長から通信が入る。
『また、一緒に飛べて嬉しいよ』
「……そうですか」
『昔は、嬢ちゃんに守られてばかりだったからな』
「そうでしたね。空賊の撃退に、輸送機の用心棒。自警団は何をしているんだって。いつも思っていましたよ」
『くくく、いうようになったな。だが、俺たちだって守られてばかりじゃねえ。護衛は引き受ける。嬢ちゃんは本命を頼むぞ!』
「……はい」
すると進路上に、太い葉巻に翼をつけたような大きな影が2つ、そのまわりを囲むように飛ぶ小鳥たちの姿が目に入った。
『目標を確認。一式陸上攻撃機2機、護衛戦闘機は五式戦闘機が30機』
『護衛隊了解。よし、では作戦開始。いくぞ!』
「「「はい!」」」
全機速度を上げ、敵編隊へと向かっていった。
空賊は一式陸攻の護衛を最小限のこし、残りが向かってきた。
ナガヤ自警団は、隊長機の紫電を先頭に楔型に編隊を組み、空賊の編隊を突き破るように進んだ。
お互いが交差すると、楔型の陣形が左右にわかれ、23機対30機の空戦が始まった。
ナガヤ自警団の紫電と零戦は即座に水平に旋回し、交差した五式戦の背後を目指す。すると、五式は上昇して高度を取ろうとする。
そこへ高度をとっていた護衛隊の鍾馗8機が飛来。高位からすれ違い様に機首の7.7mm、主翼の12.7mm機銃が放たれ、被弾した五式戦闘機2機が落ちていく。
高度を上げるのをやめた五式戦闘機たちは旋回し、鍾馗の背後を狙おうとする。
すると、旋回を終えたナガヤ自警団の紫電や32型に旋回途中の速度が落ちている瞬間を狙われ、また2機が落ちていく。
味方の劣勢を悟り、一式陸攻の護衛機が増援のため離れていく。
その瞬間を、彼女を待っていた。
ハルカは雲から飛び出すと、機首を真下に向けて降下。一式陸攻へ上空から襲い掛かった。
彼女は、一式陸攻の左主翼に照準器のサークルを合わせる。
一式陸攻は防弾装備が施されているものの、航続距離を伸ばすために翼の構造自体を燃料タンクとするインテグラルタンクを採用している。
下面や部分的に防弾ゴムが施されているが、上面には施されていない。
彼女はスロットルレバーについている20mm機銃の安全装置を外し、機首の13.2mm機銃と主翼の20mm機銃を同時に発砲。
放たれた機銃弾は陸攻の主翼を貫通。瞬く間に火の手があがり、機体を覆っていく。
「まず1機!」
操縦桿を両手で引き、彼女は機首を上げる。
『いいぞ嬢ちゃん!あと1機頼むぞ!』
自警団長に言われ、残り1機の一式陸攻に機首を向ける。
瞬間、彼女は首筋に何かを感じ、慌ててフットペダルを蹴りこんだ。
機体を左へ横滑りさせた直後、先ほどいた位置を20mm機銃弾が駆け抜けていく。
残り1機を落とさせるものかと、護衛の五式戦闘機6機が後方に集まっている。
彼女は機体を横滑りさせたり、旋回を繰り返して機銃弾を回避する。
「この……」
このままでは一式陸攻に迫れない。
もとより、数の上で不利な状態から始まっているためか、ナガヤ自警団に護衛隊も他の五式戦に手一杯で、こちらの援護にこられそうもない。
しつこくまとわりつく五式戦が1機、後ろから飛来した機銃弾によって落とされた。
『ここは引き受ける!行け!』
五式の後方に、綺麗に楔型の編隊を組んで現れた隼6機が視界に入る。
「……はい!」
隊長のレオナの声とすぐに認識した彼女は舵をきった。スロットルレバーを押し込み、速度を上げて先を飛ぶ一式陸攻を追う。
一式陸攻の後方に迫ると、尾部の20mm機銃が咆哮をあげる。
彼女は機首を下げ陸攻の下に回り込む。そして機首を上げ、下方から襲い掛かった。
主翼の20mm機銃を発砲。一式陸攻の左右のエンジンを撃ち抜く。
プロペラが停止した機体は、そのまま地面に向かって高度を下げていった。
「ナガヤ自警団長へ。一式陸攻2機を撃墜」
『流石だな、嬢ちゃん!』
陸攻を失ったためか、護衛の五式戦闘機たちは町とは逆の方向へと飛び去って行った。
『こちらナガヤ管制塔。空賊の撤退を確認しました。全機帰還してください』
『よし、帰るぞ!』
団長の指示で、全員がナガヤへと進路をとる。
キリエやチカたちの、暴れたりない、という声を聞き流しながら……。
だが、ハルカは何か胸騒ぎがしていた。
これまで幾度となく要求をのませるべく襲撃を繰り返していた空賊にしては、陸攻が落とされたとはいえここまであっさり引くものだろうか。
いや、恐らく空賊ではない。空賊が陸攻を持つ理由も余裕もないことを、彼女は知っている。恐らく、自由博愛連合の関係者であった可能性がある。
おまけに、今ナガヤにはユーリア議員にオウニ商会、コトブキ飛行隊がいる。
最近、情報がどこから漏れているのか気になるが、これくらいであきらめるはずがない。
戦闘が終わったものの、彼女はどこかぬぐえない不安を抱えながらナガヤへの進路をとった。
ナガヤ自警団、ユーリア護衛隊、コトブキ飛行隊に続いて、ハルカは最後に滑走路に着陸し、機体を格納庫前まで誘導するとエンジンを切って操縦席から下りた。
「あ~、疲れた」
足や腕を伸ばして体のコリを和らげようとするキリエを横目に、ハルカは機銃弾を台車で運んで補充し、ついで燃料の補充を行う。
「ハルカ、どうしたの?」
そんな彼女を、キリエは怪訝な顔つきで見つめる。
「なんだか、胸騒ぎがして」
「胸騒ぎって、空賊はもう追い払ったんだよ?」
「陸攻だって撃墜した。町を襲撃するには戦力が不足している」
ケイトが淡々と事実を述べる。それは彼女もわかっている。
「それはわかっているんです。でも……」
それでもぬぐえない違和感が彼女にはあった。
考えてみればおかしな話だ。
空賊が、町や飛行船に襲撃をしかけるのは、略奪行為を行わなければその日を生きることさえできないからだ。
今回の襲撃者、今回はトビウオ団という空賊らしいが、それが戦力的に恵まれていたとしても、陸攻を何機も保有できるはずがない。
ならば、当然支援者の存在を疑うべきだ。
ナガヤに被害を受けてもらわなければ困る町はいくらでもあるが、これだけの戦力を用意でき、空賊を支援する支援者となれば、恐らく自由博愛連合やイケスカの関係者である可能性が高い。
その上、今はユーリア議員にオウニ商会関係者もいる。ショウト襲撃のときと同じだ。
間もなく、彼女の疑念が確信に変わった。
敵の接近を知らせる警報がなった。
「襲撃だ!またくるぞ!」
「各員!補給と発進を急げ!」
飛行場がハチの巣をつついたようにあわただしくなった。
自警団も護衛隊も、コトブキ飛行隊も着陸から間もない今、弾薬や燃料の補給が終わっていない。
空で戦って勝ち目が薄いなら、敵の最も弱い時を狙う。
着陸直後で補給が終わっておらず、飛び上がれない状態。このときをおいてほかにない。
自警団や護衛隊は慌てて補給作業を始める。
ハルカは弾薬と燃料の補給を終えると、急いで各部の確認を終え、操縦席に滑り込む。
「先に出ます」
エンジンを始動させ、急いで滑走路から飛び上がった。
『こちらナガヤ管制塔。北東から敵の編隊が接近している。数は11。内1機が大きい』
「了解」
『補給の終わった機体から上げる。時間を稼いでくれるだけでいい。無理はしないでくれ』
「……善処します」
彼女は指定された方向へと機首を向ける。
すると、彼女は視界の端に高速で動くものをとらえた。
下方に視線を向けると、イジツの大地に紛れる土色に塗装された飛龍が低空を飛行しているのが目に入る。
その飛龍の目指す先には、ナガヤの滑走路や、補給作業中の飛行機がひしめく格納庫がある。
「……まさか!」
彼女は急いで機首を下げ急降下に入り、飛龍を追う。
飛行ルートを予測し、20mm機銃弾を飛龍の左右のエンジンに撃ちこんだ。
だが、気づくのが遅かった。
飛龍はすでに爆弾倉を開いており、銃撃を受ける直前に爆弾を投下。
地面をはねた3発の250kg爆弾は滑走路に近い位置で破裂し、地面をえぐり、建物を吹き飛ばした。
まして、今は燃料や弾薬の補給を行っている戦闘機が付近に密集している。
爆弾の炎が燃料に引火し、いくつもの戦闘機が爆発の炎を上げた。
『こちらナガヤ管制塔。滑走路が被弾!飛行隊離陸不能!』