逃走者を追うレオナたち。
町を守るため必死に逃走者を追う彼女たちだが、そんな中ウミワシ通商の
襲撃部隊は町へ着実に近づきつつあった。
「逃がさない!」
レオナは逃げたハルカのあとを追って走り出す。
空賊かどうかは置いておくにしても、先ほど放った煙幕弾を用意していたあたり、こういう事態になることを想定してのはず。
ただ者ではない。ラハマの内情や戦力などを調べていたのだとしたら、ここで逃がすわけにはいかない。
ラハマには彼女の出身の孤児院、ホームがある。
何年も前に駆けだしだった彼女が参加した、リノウチ大空戦。
あの空戦によって多く飛行機乗りたちが命を落とし、結果ホームにいるような孤児が大量に生まれた。
そんな子供たちの行き先として、孤児院は今も各都市にある。ラハマも例外ではない。
だが、町が爆撃や襲撃を受け復興できないほどの被害が出れば、孤児たちはこの荒野に放り出され、生きる糧もない中行き倒れるしかない。
そんなことはさせられない。もしその可能性があるなら、大きくなる前に摘み取らなければならない。
レオナは鍛えた2本の脚に力を込めて地面を蹴り、獲物を定めた猟犬のごとく対象を追う。
「にしても、相手も脚が速いわね」
後ろを追走するザラの言う通り、日頃から体を鍛えている彼女でさえ、ハルカという少女に追いつけず、距離は開くばかり。
キリエの話では、ウミワシ通商という会社の事務方、ということになっている。
ケイトの言う通り、明らかにただの事務員ではない。パイロットだといわれた方がしっくりくる。
「2人とも速いって~!」
後ろから、お気に入りのアノマロカリスのぬいぐるみを背負ったチカが追いすがってくる。
コトブキの一番槍で、喧嘩っ早いが相応に体は鍛えており、走る速度は速い。
「チカ!回り込んで頭を押さえてくれ!」
「了解~!」
チカは道を外れ、彼女の進路上に回り込むべくスピードを上げる。
「この先は荒野だ。出る前に捕まえるぞ!」
建物の間の狭い裏道を走る彼らは、ごみ箱や段ボールに木箱を蹴飛ばしつつ駆け抜ける。
一向に距離が縮まらない中、変化が訪れた。
前を走るハルカの進路上に、突如拳が左真横から現れた。回り込んだチカの一撃だ。
「いただき~!」
だがそれを視界の端にとらえたハルカは、とっさに姿勢を低くし、左足でチカの足を払った。
「あ!」
足を払われた彼女はバランスを崩し、拳は当たることなく宙を舞い、地面に顔を打ち付けた。
「チカ、無事か!?」
進路上に倒れる彼女を、レオナとザラは飛び越える。
「き~、悔しい!」
元気そうなので心配無用と判断。2人は追跡を続行する。先をいくハルカが、また裏道に入ったのが見えた。
「よし!あそこは行き止まりだ!」
「袋の鼠ね」
追って裏道に入ると、壁と建物に行く手を挟まれ、立ち往生している彼女が目に入った。
「そこまでだ!」
通路は1人通るのがやっとの広さ。もう逃げ場はない。
「おとなしくしてくれないかしら?」
2人は用心しつつ、距離を詰めていく。
―――観念したか。
そうレオナは確信する。だが……。
突如ハルカは助走をつけ、壁に向かって走り出した。
「え?」
壁を蹴って飛び上がり、建物の上の階の窓に手をかけ、そこを足場にさらに上へと飛び上がり、遂には屋根の上へと昇りきった。
「そんなのありか!」
「あらあら、だめよ~短いスカートでそんなに動いたら~。中の白いの丸見えよ~」
「言っている場合じゃない!」
レオナは自警団から借りた無線を取り出す。
「こちらレオナ。目標は屋根を伝って逃走。町の外へ出た。緊急配備を!」
屋根を伝い、壁から慎重に降りれば、広がるのは一面の荒野。その中にあるオアシスのようなものである町から彼女は抜け出し、荒野へと降り立った。
「はあ~。やっとまいた……」
額の汗をぬぐい、手首の時計を見れば、作戦開始時刻まで残り10分をきっていた。
「急がないと!」
彼女はまた走り出す。そして、町からは見えない方向にできた洞窟へと入る。洞窟に入った彼女は、かぶせてあった黒色のカバーを急いで外す。
カバーの下からは、灰色と翼の一部が青色で塗られた零戦52型丙が姿をあらわす。
彼女は翼の付け根に上って風防をあけると、中からイナーシャハンドルを取り出す。
ハンドルを持って機体下部に回り込み始動準備を始める。ハンドルをある程度まわした後、急いで操縦席に入りエンジンを始動させる。
3枚羽のプロペラが回りだすと、間もなく推力式単排気管が排気を噴き出し、そばにいた彼女のジャケットやスカートの裾が舞い上がる。
操縦席へ滑り込み、暖気をまつ間に動翼や計器類を確認。異常がないか確かめる。
『こちらナカイ。ハルカ、まだなのか!?』
彼女は無線に出る。
「こちらハルカ。追手をまくのにてこずった」
『大丈夫か?』
「なんとかまいた。間もなく出る」
『了解、作戦は予定通り』
「了解」
暖気を終えると、彼女はブレーキから脚を離し、零戦を洞窟から出す。
そして荒野を滑走し、上空へと飛び立っていった。
「……申し訳ない、取り逃がした」
「いえ、こちらこそ足止めされてしまい、申し訳ない……」
詰め所に戻ったレオナと自警団長は、お互いに頭を下げ合う。
煙が目に染みたのか、自警団長はまだまぶたから涙がこぼれている。
「現在、町の外周を捜索しています。顔もわかっていますので時間の問題かと……」
そしてレオナは、キリエへと険しい表情を向ける。
「キリエ、なぜ彼女を庇った!」
キリエはおびえた表情になる。
「あのとき捕まえていれば、彼女の目的を問い詰めることができたのに!」
「だって……、彼女、空賊に見えないじゃん……」
キリエの言う通り、ハルカは見た目はごく普通の少女だった。日頃彼女たちが相手にしている、荒くれ者の空賊とは印象が大きく異なる。
「見た目で判断するのは危険だ!」
キリエはおびえた表情を引っ込ませ、頬を膨らませる。
先ほどの怯えた表情はどこへやら、むすっとした表情から一転、彼女もレオナに負けない声で言い放った。
「レオナだって、イサオのこと最後まで信じていたじゃん!そして結果落とされた!」
「そ!それは……」
キリエの反撃にレオナがたじろいだ。
目の前で何が起ころうとも、かつて助けてくれた恩人だからと、ラハマを爆撃しようとした自由博愛連合の会長だったイサオを信じ続け、イケスカでの戦闘中に無線で言葉も伝えた。
だが彼女の想いもむなしく、恩人のイサオによって落とされている。
そこを突かれると、日頃厳しい隊長の彼女とて言い返せない。
「それに、パンケーキ好きに悪い奴はいないよ!」
皆は呆気にとられた。
「……キリエ、もう少しまともな根拠はないのか?」
「だって、いつもみんな私の好きをからかったりするじゃん!」
「それはキリエの味覚がおかしいからだって!」
「気持ち悪いぬいぐるみ背負っているチカに言われたくないよ!だれだって、自分の好きを理解してくれる人は肯定したいじゃん!」
「まあ、わからなくはないけど……」
ザラが苦笑する。日頃からキリエのパンケーキ好きをからかった結果が、思わぬ事態を招いてしまった。
レオナ同様、キリエも孤児だった。今友人と呼べる人物は特におらず、コトブキのメンバーくらいしか交流がない。
それに飛行機乗りは明日の身の安全も保証されない。
必然的に他者との交流は少なくなる。そんな中自分の好きを理解してくれる人間が現れれば、大事にしたくなるというもの。
確かに彼女の言うことも一理あるが、だからといって今回は事が事だ。
「というわけで、レオナはイサオを信じた!私は彼女を信じた!これでお互い様じゃん!お互い様ルール!」
「……これはお互い様というのか?」
「言い争っている場合かしら?」
ここがルゥルゥの前だと彼女たちは思い出し、背筋をのばした。ルゥルゥは、争いごとや野蛮を嫌う。
「状況を整理すると、ハルカという少女は逃走した。恐らく、空賊なのは間違いないわね」
キリエは表情を曇らせる。
「顔が知られた以上、もうラハマには入れない。時間がたてば警備も強化される。もし襲撃を企てているとしたら……」
「今動く、ということですか!?」
自警団長の言葉に、彼女は頷く。
そのとき、自警団詰め所内に警報が鳴り響いた。
「どうした!?」
詰め所内がにわかに騒がしくなる。部屋の扉が勢いよく開け放たれ、団員が駆け足で入ってきた。
「団長!レーダーが接近中の機影を捕捉!数は約30機。ラハマを目指しています!」
「早速来たわね」
「迎撃用意!九七戦と雷電の発進準備を急げ!対空機銃も用意を!」
「はい!」
団長は団員をつれ、滑走路へ走って行った。
「マダム……」
「あなたたちも行きなさい。今度は取り逃がすんじゃないわよ」
「はい!」
コトブキ飛行隊も自分達の機体を目指し、駆け足で移動していった。
「ナカイさん、ラハマが見えました」
「よし、作戦通り町を軽く襲撃し、自警団やコトブキをおびき出したら逃げる。その隙に、ハルカが搭載したロケットを輸送船に撃ちこむ」
ラハマに接近する彗星の後席に座るナカイは、作戦内容を確認する。
「全機、くれぐれも無茶な戦闘はするな。目的はあくまで輸送船の破壊だ。戦闘は最小限に。いいか!?」
『『『アイアイサー!』』』
ウミワシ通商の社員たちは速度をあげ、ラハマへ向かう。
その前方に、黒い小さな点が滑走路から上がってくるのが見える。
「ラハマより機体が上がってきました。数は16。九七戦15、雷電1」
「コトブキは?」
「まだ見えません」
「よし、時間をかせぐぞ!」
ウミワシ通商の社員たちは、自警団の九七式戦闘機たちの群れへと飛び込んでいった。
ラハマの格納庫から、銀色に輝く機体に各々の塗装を施した隼1型6機が姿をあらわした。
『総員、これより自警団の援護に向かう。すでにラハマを襲撃している以上、手加減の必要はない。先ほどは標的を取り逃がしたが、今度はそうはいかない』
『ええ、空賊を……。いえ、忌々しい社会のダニどもを叩き落してやりますわ』
『さっきの一撃は外したけど、今度は外さない!』
『みんな熱くなりすぎよ~』
『自警団から報告。敵は約30機。編成の中心は、零戦21型。他に隼2型が6機、飛燕4機を含む』
『飛燕……。奪った積み荷を売った金で手に入れたのか』
確認を行いながら、コトブキ飛行隊は滑走路へ向かう。
『キリエ』
レオナの声に、キリエは体をこわばらせる。
『彼女に思うところはあるだろうが、空賊であり、ラハマを襲撃してきた以上、敵だ』
「……わかっている」
『なら、することはわかっているな?』
「……了解」
『全機、行くぞ!』
レオナはスロットルレバーを開き、速度をあげ機体を滑走させる。そしてコトブキ飛行隊の隼1型6機は、空へと飛び立っていった。
「……くそ!」
自警団長は1機の零戦21型の後ろに回り込む。横方向の旋回戦では九七戦の旋回半径は零戦より小さい。
零戦より早く旋回を終え、機銃を見舞う。
「くそ!何で反撃してこない!」
おかしいのは、彼らはラハマを襲撃しにきたにも関わらず、地上を機銃で少し銃撃しただけで、以降はどの機も一発も撃っていない、ということだった。
「何が目的だ!襲撃にきたんじゃないのか!」
敵機は、九七戦の背後を取っても、銃撃しないでなぜか離脱していってしまう。
「何を考えている……。遊んでいるつもりか!?」
前方を飛ぶ零戦に、別の方向から飛来した機銃の曳光弾が向かっていく。だがそれも回避される。
『くそ!おれの銃撃をかわすとはやるな!』
「トキワギ!近づいてから撃て!敵はかわすのが上手い!そんな離れていては当たらない!」
『了解した!』
元町長専用機だった雷電が、また別の零戦を追いかけてく。だが雷電の20mm機銃の弾を、軽々と敵はかわしていく。
後方から、新たなエンジン音が木霊する。
「到着したか。コトブキ!」
上方から飛来したコトブキ飛行隊の隼1型は、空賊たちにまっしぐらに向かっていく。
『コトブキ飛行隊、一機入魂!』
『『『はい!!』』』
隼1型6機は2機ごとのチームに分かれ、敵機目指して速度を上げる。
「零戦や隼相手なら負けない!」
『でも数が多いですわ。注意を』
コトブキ飛行隊の一番槍たるチカの隼が速度をあげ、ウミワシ通商の機体へと向かっていく。
彼女は照準眼鏡を覗き、敵の零戦に照準線を合わせる。
「まず1機!」
隼の機首の12.7mm機銃が火を噴いた。だが、零戦は上昇してそれを回避した。
「次は当てる!」
再び敵機を視界に収め、スロットルレバーについている機銃の発射スイッチを押す。だがまたもかわされ、敵機は離脱していく。
「く~!なんだ勝負しろ!」
『チカ!後ろ!』
エンマの声に、彼女は後ろを振り返る。いつの間にか敵の21型が回り込んでいた。
「まず!」
機体を左へ傾け、左へ旋回する。だが敵機は発砲することなく反対の右へ旋回していった。
「も~なんなのこの相手は~」
『どういうつもりでしょう?襲撃に来たのに機銃を全く撃たないなんて』
エンマが隼2型の後ろにつき機銃を撃つも、同じく回避される。戦う気は、そこには見えない。
『何が狙いだ……。これだけの数を率いて、回避しつづけるなんて』
そこまで言ってレオナははっとした。
『……まさか』
このラハマで空賊が狙いそうなもの。
雷電?
違う。エリート興業が雷電を狙ったのは、ヒデアキという人物にそそのかされたからだ。
取引に使えそうなラハマの物資?
それも違う。なら輸送船を狙えばいい。
そこまで考えて、彼女は1つの結論に達した。そしてその可能性が間違ってなかったことが、間もなく証明された。
『こちらラハマ管制塔!レーダーに微弱な反応を確認。超低空で接近と思われる』
『方角は?』
『反対側、羽衣丸の係留されている場所へ向かっています!』
『そうか!』
レオナは羽衣丸の方向へ機首を向け、速度を上げた。
『こいつらは囮だ。だから応戦してこなかったんだ!』
この空賊たちの狙いは普通の空賊たちとは違う。町の襲撃はついでくらいのもの。
おそらく本命は、羽衣丸の破壊。
そのために、ラハマの全戦力を飛行場とは反対側におびき寄せた。
爆装した機体が攻撃する時間を、かせぐために。
『間に合え!』
コトブキ飛行隊の隼は全機速度をあげ、母艦たる羽衣丸へと向かった。