彼女は一人接近してくる機影に向かっていく。
そこで目にした機影に、彼女は言葉を無くす。
それでも彼女は故郷を守るため、単身敵戦力へと
向かっていく。
『こちらナガヤ管制塔。滑走路が被弾!飛行隊離陸不能!』
『滑走路の修復を急げ!並行して消火作業とけが人の搬送を!』
『手のあいているものは対空機銃の準備だ!』
無線からは、自警団の焦ったやり取りが耳に入る。
『嬢ちゃん』
自警団長の声だ。
『すまねえ。滑走路がやられて、飛びあがることができねえ』
団長の申し訳なさそうな声に、ハルカは黙る。
『ハルカ、聞こえるか』
急にレオナの声が聞こえ、彼女は顔を上げる。
『状況は、自警団長の言った通りだ。流石に君でも分が悪い。対空機銃で援護するから、敵を機銃の射線上に誘い込んでくれ。無茶はするんじゃないぞ』
『隊長の言う通りだ。嬢ちゃん、無茶するんじゃねえぞ』
「……はい」
彼女は敵の来る北東に機首を向ける。
迫ってくる機影を見て、彼女は目を見開いた。
護衛機は、先ほどと同じ五式戦闘機が10機。管制塔が言っていた大きな機影の正体に、彼女は言葉をなくす。
離れていても、その巨体は容易に視認することができた。
かつてショウトやポロッカ等のいくつもの都市を焼野原にし、自由博愛連合の力を示した超大型爆撃機が、そこにいた。
「これが……、富嶽」
一式陸攻や飛龍が子供に見えるほどの巨体に、その巨体を飛ばす片側3つの大馬力エンジン。
彼女は状況を即座に分析する。
―――敵は五式戦が10機、爆撃機は富嶽1機。
―――こちらは対空機銃の援護があっても、私1人……。
「ハハハ……、ハハハハ」
彼女の口から、思わず乾いた笑いが漏れる。
10機の護衛の五式戦を相手にしながら攻撃を回避しつつ、富嶽をナガヤ到着前に落とす。
「これは、流石にキツイな……」
せめて富嶽がおらず五式戦だけならば、対空機銃の射線上に誘い込むことを繰り返せば殲滅もできただろう。
だが、富嶽がいる以上時間はかけられない。一刻も早く落とさなければ、ナガヤが焼野原にされてしまう。
この集団は、本気でナガヤをつぶすつもりだ。
時間がかけられない以上、被弾覚悟で富嶽を攻撃するしかない。
いくら防弾装備があるとはいえ、52型丙の装備では何度も耐えることはできない。
当たり所が悪ければ、瞬く間に落とされてしまう。
飛び上がれたのが自分だけである今、彼女に逃げるという道はない。
そんなキツイ状況とは裏腹に、ハルカは笑みを浮かべている。
辛いことや悪夢を忘れられ、生と死の交錯する空での戦いが愛おしいというだけではない。
―――ここが最後の場所というのも、悪くないかも。
せめて、最後に故郷を守って落とされる。
そんな幕引きも悪くないと、彼女は思い始める。
操縦桿とスロットルレバーを握りなおすと、静かにつぶやく。
「行こうか、レイ」
彼女は戦闘速度に加速し、富嶽を目指して突き進んでいった。
「富嶽だって!」
管制塔で、自警団長は叫びに近い声を上げていた。
「はい……。ハルカさんの報告では、富嶽だと」
管制塔の女性団員は震える声で応えている。
「しかも護衛が、五式が10機……」
「いくら彼女でも、これ全てを相手にするのは……」
「無理、だよね……」
自警団長、レオナ、キリエは表情がこわばる。
レオナは管制塔の自警団員からマイクを借り、ハルカにつなぐ。
「ハルカ、聞こえるか?」
『はい』
「流石に君でも、その敵戦力を相手にするのは分が悪い。対空機銃の場所はわかっているだろう?そこに誘導を頼む」
飛び上がれない以上、地上からできるだけのことをしようと、彼女は言う。
『それはできません。ナガヤから離れた位置で迎撃します』
「わかっているのか!そんなことしたら、君でも恐らく無事では済まない!」
『……ナガヤ上空で戦えば、その隙に富嶽がナガヤを焼け野原に変えます。ここは私の故郷。この町を、焦土にするわけにはいかないんです』
「ならせめて、滑走路の修復が終わるまでまて!全員で迎え撃てば」
『敵はそんな時間を与えてはくれません。……やるしかないんです』
レオナは押し黙った。
『それでは、戦闘に入ります』
一方的にハルカは無線を切った。
「……滑走路の修復状況は?」
「……まだ、時間がかかる、と」
皆が表情を曇らせる。
こうしている間にも、町を爆撃しようと富嶽が向かってきているというのに、自分達にはできることがない。
「結局、嬢ちゃんにまた、守られるのか……」
自警団長が拳を握り締める。
レオナにキリエも、苦々しい顔をするしかなかった。
ハルカはスロットルレバーを押し込み増速。
彼女は護衛機の五式戦の銃撃を回避すると、富嶽に真っすぐに向かっていく。
反転した五式戦が、彼女の零戦の背後をとった。折角つかんだ攻撃の機会。
だが五式戦は発砲できなかった。
「フフフ……。どうしたの?撃たないの?」
零戦の進路上には、富嶽がいる。
数の上で不利なのはわかり切っている。
まして、標的は撃墜に時間のかかる爆撃機。
少し護衛機の数を減らさなければ攻撃できない。
そこで、彼女は空賊時代の経験から得た戦訓をこの場で試していた。
護衛や用心棒は、敵弾であれ誤射であれ、護衛対象が被弾することを恐れる。
空賊や自由博愛連合の関係者とはいえ、富嶽という護衛対象がいるなら、射線上に巻き込みつつ移動すれば護衛機の動きや攻撃機会を制限することができる。
彼女は富嶽の上方を通過すると、銃座の銃撃を回避しつつ180度機体をロールさせ、下面に回り込む。
富嶽の上面や下面、周りを這うように飛び、銃座や五式戦の銃撃を回避。それを繰り返している間についていけなくなり、離脱して様子を伺う五式戦が出始める。
彼女はその機体を見逃さず、即座に撃墜。
「フフフ、ハハハ……」
すぐに富嶽のまわりをまわりはじめ、それを護衛機は追いかける。
いかに富嶽が巨大とはいえ、残り8機もの機体が追随できるわけもなく、様子を伺うように離れる2機を見つけては、彼女はまたあとを追いかけ、撃墜。
また富嶽のまわりをまわるのを繰り返す。
そうやって、徐々に護衛機が数を減らしていく。
残りが4機になったとき、彼女が動いた。
富嶽の下面から抜け出ると機首を上げ、高度をとる。そして宙返りをすると、機首を下へ向けた。
急降下しつつ、彼女は照準器のサークル内に富嶽をとらえる。
機体がわずかに振動した。
焦れた五式戦が、射線上に富嶽がいるにもかかわらず発砲してきた。
それに構わず、彼女は降下を続ける。
五式戦の放った銃弾が翼端や主翼を撃ち抜くも、胴体には被弾しないよう彼女は機体を操作する。20mm機銃の安全装置を外し、引き金を引いた。
3丁の機銃が一斉に咆哮を上げ、放たれた銃弾は富嶽の主翼付け根と近くのエンジンに殺到する。
機体に次々穴が穿たれる。それでも、防弾装備の充実している富嶽は簡単に落ちない。
機首を上げて水平飛行にうつり、一度距離をとる。そして旋回し、富嶽の正面から2撃目を仕掛ける。
機銃の弾が胴体近くのエンジン2基に殺到する。
間もなく20mm機銃の弾がなくなる。そう感じ取ったとき、機銃を撃ちこんだ翼の根元に近いエンジンから大きく出火。
その炎はたちまち出火箇所を中心に富嶽を飲み込もうと広がっていき、主翼付け根から大きな爆炎が上がった。
主翼の片方がちぎれ飛んだ巨体はバランスを崩し、炎に包まれながらナガヤの近くの荒野へと墜落していった。
「……はあ」
彼女は大きく息を吐き出す。
これで最大の危機はさった。機体は多少被弾しているものの、なんとか飛べる。
「あとは、残りの敵機を追い払えば」
直後、機体に振動が走り、座席後ろの防弾鋼板を叩く音がした。
「……なっ!」
振り返れば、残り4機ほどだったはずの五式戦闘機がどこに隠れていたのか、12機にまで増えていた。
富嶽を落としたお礼参りか、全機が彼女目掛けて機銃を撃ってくる。
主翼の燃料タンクに被弾。消火装置が作動して鎮火されるが、燃料の漏洩が止まらない。
再び主翼が撃ち抜かれる。なんとか胴体への被弾は回避しようとするが、動翼に被弾していきフラップ等が脱落。次第に動きが鈍っていく。
「……このままじゃ」
今のままではいずれ落とされる。かといって、富嶽と護衛戦闘機を落とすのに機銃の弾は殆ど使い切ってしまった。
どれだけ節約しようとも、これだけの数を一人で落とすのは無理だ。
「でも、まだ……」
せめてできることはしようと、彼女は舵を切って敵機の後方に回り込む。
背後に回り込み、機銃を撃とうと引き金を引こうとした。
瞬間、また被弾した。
雲に隠れていたのか、五式戦闘機がまた増えていた。およそ、16機。
五式戦の機首の20mm機銃が主翼や尾翼を撃ち抜き、右主翼の3分の1がちぎれ飛び、機体がバランスを崩した。
彼女は必死に操縦桿を操り、ナガヤの滑走路そばへとかろうじて不時着した。
「ハルカが落とされた!」
彼女の零戦が不時着する瞬間を目撃したキリエは叫んだ。
不時着した零戦から、ハルカが下りてくる様子はない。
衝撃で気を失ったのか、ケガをしているのかもしれない。
キリエは対空機銃から離れ、彼女の元へ走り出した。後を追って、コトブキ飛行隊のメンバーも走る。
空いた銃座に、護衛隊の隊長や弟さんたちはとりつき、上空に弾幕を張る。
ふと、上空から五式戦が1機低空で進入してくる。
機首の機銃が地面に向けて火を噴いた瞬間、キリエたちは横に飛んで地面に伏せた。
だが、機銃の着弾した場所はキリエたちのそばではなかった。
着弾した場所のそばには、ハルカの零戦があった。
幸い尾翼付近に命中しただけだが、五式戦は旋回すると、再び同じコースで進入を試みる。
「まさか!」
キリエは彼らの考えを悟り、全力で彼女のもとへ走る。
この空賊たちは、ハルカを直接殺すつもりだ。
五式戦が彼女に銃弾を撃ち込む前に、操縦席から下ろさなければ。
両足を必死になって動かし、全力でキリエは走る。
でも、人間の足の速さは飛行機にかなわない。
旋回を終えた五式戦が、キリエを追い越した。
低空で地面を這うように進み、機首の機銃の銃口を、彼女に向ける。
必死に手を伸ばすも、届かない。
五式戦の機首の機銃が、咆哮を上げた。
皆の顔が蒼白に染まる中、彼女は叫んだ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」