彼女は寝不足を解消すべく、その不安の原因になっている
彼女にその責任をとるよう協力を求めることに……。
視線の先で、煙を吹きながら地面に落ちていく、蒼い翼の零戦。
地面に機体をたたきつけながらかろうじて不時着するも、風防が開いてパイロットが下りてくる様子はない。
そこへ向かって、キリエが駆け出した。彼女を追って皆が駆け出す。
すると、彼らの後方から空賊の五式戦闘機が機銃を撃った。
横へ飛びのき地面に伏せる。五式の撃った場所を見ると、その考えを即座に察した。
急いで地面を蹴って、零戦へと走る。
でも飛行機の方が速い。瞬く間に追い抜かれ、再び五式戦が機銃を撃ち始めた。
「やめろおおおおおおおおおおお!」
キリエの悲痛な叫びもむなしく、五式戦の機銃弾は不時着した零戦を穿った。
放たれた銃弾は零戦の操縦席付近に命中。主翼の付け根にもあたり、燃料に引火。瞬く間に火の手が上がり、機体を飲み込んだ。
その光景を前に、キリエはその場に膝をつき、皆が足を止めた。
「そ、そんな……」
機銃によって開いた穴からは、赤黒い液体が流れ出ている。
彼らは、間に合わなかった。その事実が、全員の胸へと、深く突き刺さった瞬間だった。
「はっ!」
一瞬にして眠気が吹き飛んだ彼女は布団を跳ね除け、上半身を起こして飛び起きた。
飛び起きた赤い髪の、凛々しい表情の女性。コトブキ飛行隊の隊長レオナは、荒い呼吸を繰り返しながら周囲を眺める。
「……夢か」
彼女がいるのは、彼女が率いるコトブキ飛行隊を雇っているオウニ商会の所有する輸送船、羽衣丸の寝室。
「……なんて夢を見たんだ」
いいながら彼女はベッドから立ち上がり、額にかいた汗を適当なタオルで拭き取った。
汗を拭き終わると、彼女は自分が寝ているベッドの向かい側に視線を向ける。
「くぅ~」
そこには、先ほどの夢の中では撃ち殺された零戦のパイロット。マダムが雇った用心棒、ハルカが静かな寝息を立てながら眠っている。
ほぼ下着姿で寝ているコトブキのメンバーに対し、彼女は上着とブーツを身に着けていないだけで、黒色のシャツと裾に青いラインの入った白色のスカートは昼間と変わらず身に着けている。
いつ何時、命を狙われ、出動要請がかかるかわからない議員の用心棒をしているためだろうと彼女は察する。
安らかに寝息をたてている姿を見て、レオナはとりあえず胸をなでおろす。
寝返りをうったらしく、布団がずれてしまっている。
レオナはため息を吐き出すと、彼女のふとんを直した。
「全く、人の気も知らないで」
さきほど見た光景は夢であったものの、あと少しで彼女は夢で見た光景が現実になっていた可能性があったことを知っている。
先日、ナガヤ上空で繰り広げられた空戦の中で、ハルカの乗る零戦は撃墜され地面に不時着。
空賊が彼女を直接殺そうとしたとき、あの場にいた誰もが、顔が青ざめ、キリエのように叫び出したい気持ちだった。
幸い、ハリマ評議会護衛隊の戦闘機隊が来てくれたことで事なきを得たが、それでもその場にいた彼らにとっては忘れられない場面となった。
あと少し応援が遅ければ、彼女はここにいない。
レオナは体を震わせた。
「……寝るか」
再び布団に入る彼女。だが妙に目がさえてしまい、寝付けなくなってしまった。
彼女はなんとか寝ようと、布団を頭までかぶってユーハングから伝わったおまじない、羊の数を頭の中で数えたのだった。
「あ、あの……」
背中には壁の固い感触、顔の左右には行く手を阻む壁につかれた両腕、そして前には、三日月のように細められた瞳があった。
彼女は、相手の名を呼んだ。
「あの……、どうかしたんですか……。レオナさん」
見つめてくるのは凛々しい表情、今は欠片もないが、赤い髪を後ろで縛ったコトブキ飛行隊の隊長をつとめる女性、レオナ。
「ちょっと、君に用事があってな……」
彼女の細められた瞳はハルカを射抜くほどに鋭く、声は低めですごみが増している。
日頃、余程の事がなければ彼女がここまで行動で示すことはない。
拳を手の平にぶつけたり、それらしい素振りはあっても、あくまでそこまでだ。
やりすぎたキリエやチカに対してでさえ、精々説教するくらいだ。
とはいうものの、コトブキと初めて仕事を一緒にしたとき、命令違反で拳骨を落とされたりお尻を抓られたり、エンマ共々正座の上で説教を浴びたこともあった。
なので、彼女がここまで行動に出るということは、間違いなくこのあと良くないことが待っている、そう彼女は結論を出した。
「それで、用事って……」
彼女は恐る恐る聞く。
すると、レオナは片手の人差し指を伸ばし、自身が日ごろ寝ているベッドの方角を指さした。
「そこに座ってくれ」
「……はい」
彼女はトボトボと、小さい歩幅で歩く。彼女のベッドの前にたどり着くと、両足のブーツを脱いで床に膝を下ろし、正座をした。
すると、レオナは表情をきつくした。
「ハルカ、何をしている?」
「え、その……」
いつもに比べ、少々とげのある言葉に、ハルカはびくつく。
「私は何も、正座をしろと言った覚えはないが?」
「いえ、てっきりこれからお説教でもされるのかと……」
「君は私に説教される心当たりがあるというのか?」
「……結構あるように思いますけど」
命令違反や危険行為、周囲に心配をかけた等、わりと沢山あると彼女は思う。
キリエやチカほどではないはず。……多分。
「……自覚があるようでよかった。キリエやチカは自覚がないからな。もしないと言ったら、拳骨くらいお見舞いしていたかもな」
とりあえず選択肢が間違っていなかったことに安堵する一方、外れていた場合のことを聞かされ背筋が震えた。
「確かに、説教したいことは山のようにあるが、それは脇に置く。とりあえず、これからするのは説教じゃない。いいから、私のベッドの枕の側に腰かけてくれればいいんだ」
「は、はあ……」
おずおずと、彼女はレオナのベッドの枕側に腰かけ、スカートの裾を直し、レオナの方に直る。
「あの、何をするんですか?」
何をするのか予想がつかないので、彼女は目的を問う。
すると、レオナは顔を近づけてきた。
「何に見える?」
彼女が指さすのは、瞳の下のまぶたのあたり。
見ると、よくわかるほど黒くなっている。
「クマ……、ですね」
「ああ、そうだな……。それで、クマはなぜできる?」
「……睡眠不足、ですね」
「そうだな。睡眠不足は、戦闘時における集中力の低下を招く。だからちゃんと寝るように、そう言ったのは憶えているか?」
「……はい」
「じゃあ、私の睡眠不足の原因は、なんだと思う?」
「……隊長としての気疲れや戦闘における疲労、ですか?」
「……それがないとは言わない。だが……、今の原因は、なんだと思う?」
ハルカは察した。ここに呼ばれた時点で、答えは出ているようなものだ。
「私……ですか?」
「……そうだ」
残念ながら正解だったようだ。
「エンマに自分を撃たせた件、私の命令を無視して空賊を追いかけた件や行方不明になった件、1人で戦った上に空賊に殺されようとした件、目を覚ますまでみんなに心配をかけた件など、上げればきりがない」
後から知った話だが、先日のエンマと不仲の件でユーリア議員が介入してきた際、危うくオウニ商会は運び屋を止めねばならない所まで話が及んだそうで、レオナ隊長やザラ副隊長はひたすら平謝りしたとのことだった。
「エンマを説得できなかったことや、君の手綱を握り切れなかった私にも責任はあるが、君の無茶や自暴自棄にどれだけ私が頭を悩ませていたか、わかるか?」
「……申し訳ありません」
つまり、この険しい表情は、単に寝不足で睡魔に襲われ、機嫌がわるいことの現れだろうと彼女は察した。
「というわけで、その責任はとってもらう」
「どうやって、ですか?」
彼女の体がこわばる。
「大丈夫、簡単なことだ……」
レオナが隣に座り、思わず体がこわばる。
そして彼女は、そのままハルカに向かって倒れる。
「……へ?」
そして、彼女の太ももへと頭を乗せた。
いわゆる、膝枕であった。
「あの、レオナさん?」
「……私が寝ている間、枕になっていてくれ」
彼女はしばし硬直した。
「君の膝枕は、寝心地がいいと聞いたからな」
「……誰から聞いたんですか?」
「マダムからだ。ユーリア議員も、日々ねだる寝心地だそうだな」
彼女は頭の中で悲鳴を上げた。
先日、羽衣丸操舵士の1人、マリアにユーリア議員は変態なのかと問われ、それにまつわる話をした。
その場にはマダムも同席していた。
他言無用とお願いしたのに、さっそくの情報漏洩に彼女は頭を抱えた。
一方レオナは、ハルカの太ももを触ったり、頬ずりしながら感触を確かめている。
「ひゃっ!」
「あ、悪い……。その……、私とは、違うんだな、と……」
特に他意はないのだろうが、ハルカは頬を赤く染める。
レオナは筋トレを欠かさない。そのために彼女の太ももは少し筋肉質というか逞しく、鍛えているのがわかる見た目になっている。
空戦にはその方がいいのだが、ハルカの少し丸みを帯びた綺麗な線を描く太ももと比べると、見た目は大分違う。
位置を調整し、レオナは寝る準備に入る。
見下ろすと、横向きに寝転がっているためにレオナの整った横顔に、綺麗なうなじ、胸の大きさ、耳のあたりが良く見える。
「どうですか、寝心地は?」
「確かに、寝心地は、いいな……」
見た目がいいだけでなく、程よい肉付きに柔らかさ、鍛えた弾力も持ち合わせている。
ふと、レオナは思い出したことがあった。
「なあ、ハルカ」
「なんですか?」
「先日、君の歓迎会を兼ねてサルーンで食事をしたときのことだが……」
一瞬、ハルカの体がびくっと震えた。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです。で、なんですか?」
一瞬ハルカの顔が引きつったが、流してレオナは続ける。
「ザラから聞いて知ったんだが、なんでもあの場で私は酔って眠ってしまい、隣に座っていた人の膝を枕にしたそうだな」
「ええ……」
「もしかして、君か?」
数巡した後、彼女は応えた。
「……ええ。そうです」
「やっぱりか。酒に酔っていても、この感触は何となく覚えていた」
「わかるものなんですか?」
「私に膝枕してくれる人など、今はザラだけだ。彼女と違えば、流石にわかる」
それでもわかるものなのだろうかと、ハルカは疑問符を浮かべる。
「すまなかったな。酒に酔っていたから、吐いたりしてなかったか?」
「いえ、そんなことはなかったです。……よだれは少しこぼれていましたけど」
「すまなかった。服を汚してしまって」
「スカートは汚れませんでしたし、幸い拭けばとれるものでしたから、気にしないでください」
「そうか。ありがとう」
レオナは静かに目を閉じた。
ふと、ハルカはレオナの頭に右手を置いた。
「……どうかしたか?」
「いえ、こうするとよく眠れると、昔お姉ちゃんたちが、いっていましたので……」
「……少し、恥ずかしいんだが」
レオナの耳が赤く染まっているのが、彼女にはよく見える。
「誰も見ていませんし、それに今更だと思いますよ」
「いや、こういうときでも、隊長や年上の威厳というものが……」
「人の太ももにお酒の混じったよだれを垂らしながら寝顔をさらしておいて、今更じゃないですか?」
「ごふっ!」
ハルカには一瞬、レオナが吐血する幻が見えた。
よほどダメージが大きかったのか、体がぴくぴくと震えている。
「ぐっ!でも、それでも、私には隊長の威厳というものが……」
「今は休んでいるんですし、適度に息抜きしないと長く飛べませんよ」
「……そういうものか?」
「そういうものです」
レオナは黙って、ハルカにされるがままになる。
「……私にこんなことするのは、ザラ以外だと君が初めてだ」
「日頃はザラさんに、こういうことしてもらっているんですね」
「……ああ」
「ザラさんとは、長い付き合いなんですか?」
「……コトブキの中では、一番長い。私がリノウチ空戦から生還して、行く当てもなく彷徨っている中で出会ったんだ」
「レオナさん、リノウチ空戦に参加したんですか?」
レオナは咄嗟に両手で口をふさいだ。
だが、言葉は一度口に出してしまえば戻ることはない。
「いいですよ、気にしなくて」
「……すまない。私は帰ってこれたのに、君の身内がみんな帰ってこられなかったというのを聞いたら、口にすることができなかった」
「いいんですよ。それは、飛行機乗りにはつきものですから」
飛行機乗りにとって、墜落や撃墜による死はいつもとなりにある。
帰ることを望まれていたのに、生還できなかった者。
悪運が強かったのか、生き残ったもの。
「そうか……」
レオナは、ただハルカに頭を撫でられる。
「あの、レオナさんは」
「なんだ?」
「……リノウチで、
「君も参戦していたのか?」
真っ先に思い浮かべたのは、彼女の零戦だった。
「いえ、私じゃないんです……」
思えば、リノウチ空戦はもう9年も前。彼女がまだ九七式戦闘機に乗り始めた時期だから、彼女があの激戦地にいたはずはない。
なら、蒼い翼の零戦は彼女以外にいたということだろうか。
それが誰だったのかレオナは少し興味がわくが、見上げると少し曇った表情を浮かべるハルカを見て、それ以上詮索することははばかられた。
「いや。私が見た零戦は、殆どが敵の黒く塗られた機体ばかりだった」
「じゃあ、青い零戦22型と、赤い鍾馗は?」
「……すまない」
「そう、ですか」
彼女は無理に微笑むと、言った。
「変なこと聞いてすみません。寝てください」
少し後ろ髪を引かれる思いをしながら、レオナは目を閉じた。
間もなく、規則正しい寝息が聞こえてきた。
心地よさそうに眠るレオナを、ハルカは慈愛を込めた表情で見下ろす。
以前、ジョニーズ・サルーンでレオナが酔って自分の膝に倒れこんできたとき、ケイトから彼女の心労の回復に協力するべきと圧を込めた言葉で言われた。
睡眠不足の原因が自分にあるなら、それは協力するべきなのだろう。
「うん……」
ふと、レオナが寝返りをうち、ハルカのお腹の側をむいた。
「ふふ……」
彼女は、よく膝枕をねだってきた兄や姉、弟や妹のことを思い出す。
あのときは膝枕しながらおしゃべりしたり、時折耳かきをしたものだった。
はじめて間近に見る、彼女の寝顔。日頃の凛々しい、隊長としての表情とは裏腹に、気持ちよさそうな寝顔。
これは、思わぬ収穫だったなと、彼女は微笑む。
だが同時に、ハルカはふと思った。
この部屋に帰ってくるのは、今寝ているレオナ隊長に自分、それにレオナ隊長の長年の相棒のザラ副隊長。
それが思い浮かんだことで、彼女の額に冷や汗が滲む。
―――もしかして、今って見られたらまずい状況なのでは?
―――もし、こんな瞬間をザラさんに目撃されたら……。
―――まずい、非常にまずい。
思い起こされるのは、先日この部屋でおこった、ザラとの一件。
レオナとザラの間に入り込もうとしたと解釈され、警告という名のもと行われたおぞましい行為を思い出し、彼女は背筋をふるわせる。
先日は警告で済んだが、これ以上2人の領空を侵犯すると、威嚇射撃くらい、場合によっては撃ち落されるだろうか。
そんな悪い想像ばかりが浮かぶ。
「まあ、でもこれくらいなら……」
「うん……」
ふと、レオナがハルカの腰に腕をまわし、お腹に顔をくっつけてきた。
「ひゃっ!」
レオナが顔を近づけるときに、一緒にスカートの裾が少しずり上がってしまい、彼女は小さな悲鳴をあげた。
はたから見れば、顔を突っ込んでいるようにも見える。
―――アウト……。
―――これは完全にアウト!
こんな現場を目撃されたらまずいし、恥ずかしい。
安眠を邪魔して申し訳ないが、とりあえず起きてもらい、姿勢を直す必要がある。
「レ、レオナさん!起きてください!」
彼女はレオナの体をゆする。
すると、彼女は仰向けになり、両目を薄くあける。
「レオナさん……、ちょっと姿勢を」
「……
「……へ?」
聞こえたのは、いつもの逞しい声に反して弱々しい声。
「ここに、
「は……、はい」
応えるも、レオナの表情は不安そうで。
また腰に腕を回してお腹のあたりに密着してきた。
「だ、だから!……ちょっと!」
「……時々、不安になるんだ」
彼女は顔だけ動かして、ハルカを見上げる。
「……君が、そこにいるのか、どうか」
その弱々しい声に、彼女は言葉を飲み込んだ。
「そりゃあ、私たち飛行機乗りに、常に危険はつきものだ」
飛行機に乗って空に上がれば、そこは生と死の交錯する戦場がある。
無論戦闘機乗りには、常に危険が隣にいる。
「隊長として、隊の仲間には死んでほしくない。でも、いつそうなるかわからない。それはわかっている。それでときどき、君が幻ではないかと、思ってしまうことがあって……」
腰に回された腕に、力が込められる。
レオナは、彼女のお腹や太ももに頬ずりをする。
「おかしな話と思うかもしれない。こうやって、今君に触れることができて、ぬくもりだって感じるのに、君のことが幻じゃないかって考えてしまったり、次の瞬間消えるんじゃないか。そんな不安に駆られて、寝つきが悪くなって……」
どうやら、それがこの睡眠不足の原因だったようだ。
「だ、大丈夫ですよ。そんな不安がらなくても……」
すると、レオナは体を起こし、彼女の両肩をつかむとベッドに押さえつけた。
「え、……え!」
戸惑う彼女をよそに、レオナの瞳が鋭い刃のように細められた。
「どんな無茶なものでも、エンマの要求を受け入れ続けたのは誰だ?」
「うっ!」
「もういいといったのに、空賊機の群れを追いかけていったのは誰だ?」
「ぬっ!」
「戻れといったのに、空賊の機体を追いかけて、一時行方不明になったのは誰だ?」
「いえ、その……」
「エンマに条件を提示して、自分を撃たせたのは誰だ?」
レオナはハルカのやった命令違反などの、いわば彼女の罪状を述べていく。
「不時着した際に、降りてこなくて敵に撃たれようとしていたのは誰だ?目が覚めたとき、生きていることを後悔しているような発言をしたのは誰だ?自分の命はいらないからあげるという発言をしたのは誰だ?」
「ひいいいいいいいい!ごめんなさいいいいいいい!」
「……これだけのことをしておいて、君は大丈夫などと誰が思える?」
「……思えない、ですね」
「私が君を心配している理由が少しでも理解できたか?」
「……はい」
思い返せばわが身を顧みない、自暴自棄な行動で散々心配をかけていたのだと理解せざるを得ない。
これでは、確かに幻とか、いなくなりそう、などと思われても否定はできない。
「1つ教えてほしい。ナガヤで敵に落とされたとき、あのとき君は、本当に殺されようとおもったのか?」
「……はい」
レオナの視線が険しくなるも、すぎたことだと彼女は口を開く。
「寝るたびに見る悪夢から逃げたくて、向こう側へ行った家族に会いたくて……。故郷を守って終わるなら、これが幕引きとしてはいいかもしれない……。そう思いまして」
それが、偽りのない彼女のその時の考えだった。
「……そうか」
そして、突如からだが密着した。
「ちょ、ちょっと!」
気が付けば、レオナの腕の中に抱きしめられていた。
「やっぱり、君を1人にしすぎるのは不安だ」
もがこうとするも、レオナの両腕がしっかり背中に回され、両足が絡みついて抵抗を許さない。
何より、レオナの不安げな顔が、彼女を突き飛ばすという選択肢を選ばせない。
「私の不安の種を少しでも減らすため、睡眠不足解消のため、しばらく抱き枕になっていてくれ」
「え!な!」
「恥ずかしがることないだろう?ユーリア議員相手によくしていると聞いたからな」
―――マダム・ルゥルゥ!!!!
またも情報漏洩がわかり、彼女は頭の中で悲鳴を上げる。
まもなく、心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
―――どうしたものか……。
目の前には、レオナの安らかな寝顔が鼻先数センチの間をおいてある。
そこには、少し前までの機嫌の悪さはなかった。
「ま、いっか……」
眠りを妨げることはよくないし、動くこともできないので、彼女も目を閉じることにした。
思えばこの行動が、間違いだったのかもしれない。
ハルカは、後にそう思い返している。
「あらあら、随分気持ちよさそうに寝ているのね~」
耳に入った声で眠気が一瞬で吹き飛び、脳が覚醒した。
ハルカは額に冷や汗が滲むのを感じる。
恐る恐る視線を上げると、そこには口元は母性を感じさせる柔らかい笑みを浮かべているものの、視線は冷たいという器用な微笑み方をしているコトブキ飛行隊副隊長、ザラがいた。
「しかも、随分と密着しているわね~」
レオナの両腕が背中に回され、両足も絡んでおり、2人は密着している。
言い訳できないほどに。
「ハルカさん……、警告はしたはずよね?」
彼女は無言で首を縦にふる。
「でもまあ……」
ザラは熟睡しているレオナの頬を、人差し指でツン、ツンと軽くつつく。
「レオナがよく眠れているみたいだから、邪魔しちゃいけないわね。この場は見逃してあげる」
ほっと、動けないがハルカは胸をなでおろす。
「最近寝不足だったみたいだから、しばらく寝かせてあげてね」
そう言いながら、ザラは唇に人差し指をあて、静かにねと仕草で示す。
ドアに向かい、彼女がドアノブに手をかけた。
「ああ、そうそう。ハルカさん」
ふと、ザラが振り返った。
全身からあふれ出そうな殺気を、強引に押し隠しているような引きつった笑みを浮かべながら。
「この場は見逃すけど、あとで……、ゆっくりお話ししましょうね」
ああ、この場ではなくても、やっぱり見逃してはもらえないのだなあと、彼女はあきらめる。
その後、レオナとザラの間に割り込んだ警告として、レオナと触れていた場所をザラによって散々嘗め回されたのは、別の話である。
「全ての始まりの地で」の後日談になります。
主人公はなにかと無茶や自暴自棄なことをやってしましたので、
きっと隊長さんは色々気苦労を抱えていただろうと思い、書いた
話です。
今後は不安のタネにならないと思いますが……。