荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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 ある日、彼女はマダム・ルゥルゥを通じ、カイチのガデン商会のウッズ社長に
手紙を持っていく。
 手紙を受け取ったウッズは、彼女が乗っている零戦の模様に見覚えがある
ようで、以前見た機体のことを話し始める。

 彼が見たという蒼い翼の零戦とは……。


おまけ短編:蒼い翼の足跡をたどって

「な……」

 

 目の前で炎に包まれ、落ちていく雷電。それは紛れもなく、共にこのリノウチ空戦に参加した親友の機体だった。

 飛行機をいじくりまわすのが大好きだった親友。そんな彼が作った最高傑作という雷電が、パイロットもろとも炎に包まれ、荒野へ落ちていく。

「うそ、だろ……」

 だが、戦いの空は感傷に浸る時間を与えてはくれない。

 彼の乗る隼3型の後方に、黒い零戦52型が6機ついた。

「くそっ!」

 彼は慌てて舵を切った。

 そのあとを、零戦も追随する。

「だめだ、俺は、まだ……」

 まだ死ねない。

 偶然にも、彼は親友の最期を目の前で目撃することになってしまった。

 このことを親友の妻に、イオリに伝えなければならない。

 このことを知れば、彼女はきっと悲しむだろう。

 それでも伝えねばならない。

 もういない夫の帰りを、いつまでも待ち続けるイオリ。そんなことをさせるわけにはいかない。

 それに、夫を失った今、彼女は一人。

 親友をこの空戦につき合わせたのは、他でもない自分だ。

 なのに、ここで自分まで落ちてしまったら、イオリを一人にしてしまう。

 それだけはさせられない。

 親友をつき合せた挙句、守れなかった自分は、彼女をこの先支えていかなければならない。

 だが、そんな考えをあざ笑うかのように、彼に死神がせまる。

 後ろについた52型から放たれる機銃弾が雨のように、彼の隼を襲う。

「このままじゃ……」

 彼もあきらめかけた、そのときだった。

 後ろで金属音が響く。直後、52型が1機落ちていく。

「ん?」

 また52型が落ちていく。

 後ろから飛来した機銃弾は彼の隼を撃たず、彼を落とそうとする52型を狙いすましたように次々落としていく。

 最後の1機が落ちていくのを確認した直後、彼の隼の横を1機の零戦が横切っていく。

 

 暗い青色に塗られた主翼を上下に軽く振りながら去っていく零戦52型丙を、彼は見送ったのだった。

 

 

 

 

「……長。ウッズ社長!」

 

 カイチのガデン商会社長、ウッズは自分を呼ぶ少し高い声にイライラを感じながらも、重くなったまぶたをあげる。

「もう、いつ襲撃があるのかわからないのに、社長自らが寝ないでください!」

「ユーカか。いつから寝ていた?」

「もう1時間前ですよ!」

 ウッズはあくびをかみ殺しながら、重い体を動かす。

 

―――今更、思い出すとはな。

 

 彼はかつて、イジツ最大規模と言われた空戦、リノウチ大空戦に参加した。自分を放っておけないと参戦を決めた、親友と共に。

 でも、フタを開ければ自分は生き残り、親友は目の前で撃墜された。

 髪は彼の頭から消えても、当時見た光景が、ウッズの頭から消えることはなかった。

 

 今彼らは、飛行船の用心棒としての依頼を遂行していた。

 運び屋の業界では、ラハマのオウニ商会と名を連ねるほどに有名な、カイチのガデン商会。一応飛行船も保有しており、今回も飛行船での輸送を行っている。

 ただし、資金が潤沢で商売人として交渉力にたけているオウニ商会に比べれば、使用回数は限られ、どちらかと言えば飛行機や輸送機による配達が多い。

 それでも、ユーカたちハルカゼ飛行隊に経験を積ませる意味で、今回彼女たちを連れてきたのだ。

「飛行船の襲撃はいつあるかわからないが、接近があれば警報がなる。休めるときに休むのも仕事のうちだ」

「あー!そうやって自分の居眠りは間違ってないんだって言い訳する気ですね!」

「言い訳じゃねえ。社長としての助言だ」

「職権乱用だあ!」

「ユーカ……、そんな言葉をどこで覚えてきた」

 ウッズに食って掛かるのは、金色の短い髪を揺らす。まだ幼さの残る子供。

 ハルカゼ飛行隊隊長のユーカ。

 あのラハマの孤児院出身で、先輩にあたるコトブキ飛行隊隊長のレオナに憧れ、こうやって飛行隊を作った。

 彼女は、どこまでも前向きで勢いがある。例え相手が社長であろうとも、彼女は引かない。

「どこでもいいじゃないですか?この居眠り社長」

「はあ~。わるかった、お手本の社長が居眠りして」

「いえ!社長はきっと疲れていたんですよ!少しなら、しょうがないですよ~」

「……全く、お前と話しているとどうも調子狂うな」

 

「……ハゲ社長」

 

「あ!今なんか言ったかユーカ!」

 ハゲという言葉に敏感に反応、もとい本当に頭が綺麗にはげているウッズは咆哮を上げる。

「申し訳ありません社長、ユーカもほら、なにもいってないわよね?」

 そう言いつつ、ユーカの首に腕をかけてじわじわ締め上げるのは、桃色の髪の少し年上のお姉さんのベル。

 見た目に反しその怪力ぶりはすさまじく、手加減しているはずなのに、ユーカの顔が次第に青くなってきた。

「ちょ!ちょっとベル!そこまでそこまで!ユーカが死にそうよ!」

 ハルカゼの副隊長、長い黒髪にその歳にしては凛々しい表情のエリカが慌てて止めに入る。

 ようやく解放されたユーカはその場に膝をついた。

「……はあ、雲の上に登っていきそうだった」

「帰ってこれてよかったわね」

 そんな一幕が繰り広げられる一方、他のハルカゼのメンバーのアカリ、ガーベラ、ダリアの3人は窓から眼下の風景を眺め続けている。

 平穏なのか、騒がしいのかよくわからない。ウッズは頭をかく。

 

―――つっても、まだまだ子供か……。

 

 でも、子供であれ老人であれ、空や荒野は手加減をしてくれない。

 空を飛ぶことが彼女たちの望みならば、本人たちのしたいようにさせるのが一番だ。

 少しじゃじゃ馬だとは思うが。

 

 先日の、ウッズの甥のサカキの一件で、それまで多くの仕事をこなしてきたヤマカゼ飛行隊は、現在活動できない状況にある。

 甥のサカキは飛行隊を抜け、他にもやめたものがいるため、欠員が多く飛行隊として成立しない。

 他に予備隊はあるが、彼らもまだ飛行隊とするには早い。

 結局、ハルカゼ飛行隊に経験を積ませるのが一番確実な方法だった。

 

―――しっかし、大丈夫だろうか。

 

 ウッズは、内心は不安だった。

 彼女たちは飛行船の用心棒を、途中帰還した政治家の護衛をのぞき経験したことがない。

「まあ、どうせカイチまでもう少しで」

 突如、室内に警報が鳴り響いた。

「ちっ、来たか。いくぞ!てめえら!」

「はい、社長!」

 彼らは格納庫を目指し、走り出した。

 

 

 

 

 

「もう少しでカイチか」

 青空の中を目的地へ向かって飛ぶ、主翼が蒼く塗られた零戦52型丙のパイロット、ハルカは操縦席でコンパス片手に地図を広げながら目的地へ向かっていた。

 依頼を終えてラハマまで羽衣丸の護送を終え、ガドールへと帰還しようとしたら追加の依頼が入り、ラハマにしばし留め置かれた。

 その間、ユーリア議員から連絡が毎日入り、ときにはマダムに直接、いい加減彼女を返しなさい、と苦情がいくこともあった。

 もっとも、ハルカはあくまで共有という形をとっているので、ユーリア議員が一方的に返却要求をすることはできない、報酬は払っているし賠償金の請求もある、とマダムは返しどこ吹く風だったが。

 そしてようやく依頼が終わり、ガドールへと帰還しようとしたら、またもマダムから依頼が入った。

 マダムから渡されたのは、1通の手紙だった。

『ハリマ評議会、ホナミ議員からの依頼よ。この手紙を届けてほしいの』

『はい。それで、誰に?』

 マダムは微笑みを浮かべながら言った。

『カイチにある運び屋、ガデン商会の社長、ウッズという人物よ』

 ガデン商会といえば、運び屋の業界ではオウニ商会と並ぶ有名な商会の1つ。

 特に食品の輸送が多く、飛行機で運べる少量の配達から、飛行船を使った大量輸送まで請け負うという。

『どんな人物なんですか?外見の特徴を教えてほしいんですが』

 マダムは、ガデン商会のマークを教えてくれたが、ウッズの写真はないといった。

『心配しなくても、特徴的な見た目をしているから大丈夫よ』

『そんなにですか?』

 

『ええ。でも、そうね。あえていうなら、マフィアみたいな見た目しているから、わかると思うわ。あと頭がハゲている』

 

『運び屋じゃなくて、マフィアの間違いじゃないんですか?』

『それはないわよ。見た目はあれだけど、れっきとした同業者だから』

 マダムがこういうからには、恐らく個人的に面識があるのだろう。

『それに、ホナミ議員がマフィアと繋がっていて、あなたに依頼するなんてこと、考えられる?』

『それを言われると……』

 先日、身内だとわかったハリマ評議会のホナミ議員。

 ハルカの母親の妹で、彼女からすれば叔母にあたる人物。

 ラハマで自分を雇うと言った際にはどうしてかと思ったが、彼女からすれば姉の忘れ形見が生きていたわけだ。

 雇い主になったのも、きっとハルカのことを守るためだろう。

 そんな叔母がマフィアと繋がっているとは考えたくない。個人的にはそう感情的に考えてしまう。

『わかりました。では、さっそくカイチへ向かいます』

『お願いね』

『ただ……、ユーリア議員の説得はお願いします』

 1日1回連絡が入り、そのたびにいつ帰ってくるのか、と問い詰められているのだ。

 その原因であるマダムに、説得くらいお願いしても罰は当たらないだろう。

『お安い御用よ』

 部屋を後にしたとき、扉越しでもユーリア議員の声が受話器から響くのを、彼女は耳にした。

 

 

「もうすぐ、カイチのはずだけど」

 すると、前方の風防の先に町の建物の群れが見えてきた。

「あれかな」

 彼女は双眼鏡で滑走路の位置や周囲を見る。

「あれが滑走路だな。……ん?」

 双眼鏡の先では、戦闘機の機銃の曳光弾の光が見えた。

 視線の先では、羽衣丸のように大きな飛行船の周りで空戦が行われている。

「空賊!こんな町の近くに」

 彼女は双眼鏡で飛行船のマークを確認した。

 少し目を吊り上げたような、青色のクマのマーク。

 それは、マダムに教えてもらったガデン商会のマークだった。

「受け取り人が危ない!」

 彼女は操縦席に座りなおし、ベルトをして風防を閉めると、レバーを引いて増槽を落とす。

 そして戦闘速度へ加速し、戦闘空域へと急いだ。

 

 

 

 

「くそ、なんなんだこいつら」

 戦闘機動をしながら、ウッズは愚痴をこぼした。

 ただの空賊と思ったが、相手は戦闘機12機もの戦力で来た。

「空賊にしちゃあ、随分充実した戦力じゃねえか……」

 操縦桿を引き、左へ旋回する。

 空賊の、黄色い零戦52型もウッズのあとを追う。後方に5機。

「ユーカたちの方には7機か……」

 まだ子供で、ひな鳥ともいえるハルカゼ飛行隊だが、これでも途中で帰還したが議員の護送や、マフィアのルワイ組との戦いを切り抜けてきている。

 1機おおいだけなら問題ない。

『社長!援護に行きます!もう少し耐えてください!』

 心配したユーカの、叫ぶような声が無線から聞こえた。

「心配するな。おめえたちは、目の前の敵に集中しろ」

 ウッズは再び戦闘に集中する。悪運が強かったためか、彼はリノウチ空戦から生還できた。

 そこいらの空賊にやられるようでは、末代までの恥だ。

「いつまでも追われてばかりだと」

 機体に衝撃が走った。

 左主翼に7.7mm機銃弾が命中。燃料が漏れ、霧状に尾を引く。

 まもなく、防漏タンクのゴムが開いた穴を塞ぎ、燃料の漏洩が止まる。

「っくそ!」

 後ろには相変わらず、5機の零戦が張り付いたままだ。

 機首の7.7mm機銃が放たれ、主翼に命中しフラップが脱落する。

 さすがに焦りの色が浮かぶ。

『社長!』

 その様子が、リノウチ空戦のとき、親友が撃墜された直後のことを思い起こさせた。

 52型の機銃の銃口が、鈍く輝く。

「俺の悪運もここまでか」

 ウッズは覚悟した。

 直後、金属を機銃が撃ち抜く音が耳に入った。

「……ん」

 来るはずの衝撃が、いつまでもこない。後ろを見ると、真後ろをとっていた52型が落ちていくのが目に入った。

 ユーカたちが落としたのだろうか。

 すると、同じく後ろにいた4機のうちの2機が落とされる。

 それを見た残り2機は、その場を離脱しようと加速する。

 ウッズの隼の真横に並んだ瞬間、52型が2機とも落とされた。

「……誰だ?」

 後ろを振り返った瞬間、ウッズの隼を1機の零戦が追い抜いた。

「……なに!?」

 ウッズは驚いた。

 空賊を排除したのは、1機の零戦52型丙。

 何より驚いたのは、その機体の塗装。

 主翼が暗い青色で塗られ、その中に白色を縁取った水色の丸が描かれている。

 彼は、その機体を以前見たことがあった。

「どういうことだ……」

 驚きが彼の中で湧き上がってきた。

 かつてリノウチ空戦で、危うく撃墜されそうになった自分に迫る敵機を排除した、蒼い翼の零戦。

 

―――だが、あの機体は……。

 

 彼は知っている。その機体の迎えた結末を。

 

 そんなウッズをしり目に、零戦は空賊機へと襲い掛かっていく。

「な、なに!なんなの、この零戦!」

「敵?味方?どっちなのさ、ユーカ!社長!」

「でも、すっごく強いよ!」

「お前たち、すぐその場を離れろ!」

 ウッズは無線に向かって叫んだ。

「……死にたくなかったら、な」

 ハルカゼ飛行隊の隼はその場を離れ、ウッズの周りに集まる。

 一方、蒼い翼の零戦は空賊機を次々落としていく。

 逃げようとする空賊の背後につき。機銃で主翼付け根まわりを確実に撃ち抜いていく。

 最後の2機になると、空賊は急降下して離脱しようとする。

 それを52型丙は追う。

 急降下速度で敵わない52型が機首を上げた瞬間、遅れて上昇に転じ、下方から3丁の機銃をまとめて発砲。2機まとめて撃墜した。

 空賊機を全て排除し終わると、零戦がウッズたち目指して向かってくる。

「ひょえ~、こっちに来る!」

 悲鳴を上げるハルカゼ飛行隊のダリア。全員が身構えた。

 すると、零戦は着陸脚を下ろして主翼を上下に振った。

「交戦の意志なし、か……」

 間もなく、無線からノイズと声が聞こえてきた。

『こちら、ガドール評議会護衛隊のものです。ガデン商会の方、ですよね?』

「こちらガデン商会社長、ウッズだ。先ほどの援護には感謝するが、貴様の目的を知りたい」

『ハリマ評議会のホナミ議員の使いとしてきました。ウッズ社長に届け物があります』

 

―――ハリマ評議会?何で俺に……。

 

「……わかった。要件は着陸してから聞く。ことのついでといっちゃあなんだが、カイチまで護衛を頼む」

『承知しました』

 零戦が旋回し、ウッズの隣に並ぶ。

 

―――こいつが噂の……。

 

 ウッズも噂は耳にしていた。

 運び屋たちの間で噂された、悪魔と呼ばれた零戦。

 主翼が蒼く塗られているのが特徴で、悪魔のように強い。だから、その機体に襲われたらあきらめろ。

 業界内ではそう噂されていた。

 

―――そんな機体に護衛されるたあ、妙な気分だ。

 

 その後彼らは襲撃をうけることもなく、無事カイチへと降り立った。

 

 

 

 カイチの飛行場にユーカたちの隼がおり、次にウッズ社長がおり、最後に零戦が降り立った。

 ウッズは機体を格納庫前まで誘導するとエンジンを切り、機体から下りる。

 そして、同じく機体を格納庫近くまで移動させている零戦を眺める。

 間もなく零戦のプロペラが止まる。風防が開くと、中から1人の女性が下りてきた。

 彼女の姿を見て、ウッズは怪訝な表情を浮かべ、ハルカゼの隊員たちは唖然とした表情になる。

 肩の下あたりまで伸ばした黒髪に、裾に青いラインの入ったスカート、防寒用の茶色い上着の左胸には、ガドール評議会所属を示す翼のバッチをつけている。

 年齢は、ハルカゼのユーカたちより年上、コトブキ飛行隊くらいだろうか、とウッズはあたりをつける。

 

―――噂に聞いちゃいたが、随分若いパイロットだな……。

 

 彼女はウッズ社長の前にくると、かかとを揃えて背筋を伸ばし、右手を顔の右側まであげて敬礼をする。

「初めまして、ガドール評議会護衛隊所属、ハルカと申します」

「ガデン商会社長、ウッズだ」

 ウッズが名乗ると、彼女は目を丸くした。

「あなたがウッズ社長ですか。マダムの言った通り……」

 ウッズは問いかけた。

「マダムっていうと、マダム・ルゥルゥか?あいつは俺のこと、なんて言っていたんだ?」

 こういう時は、せめてオブラートに包んだものの言い方をするのが得策なのだろう。

 しかし、ハルカはレオナ曰くウゾやごまかしが下手である。

 なので彼女は……。

 

 

「マダムは、マフィアみたいな見た目をしている、と」

 

 

 素直に言ってしまった。

「……ほう」

 ウッズの背後でユーカたちが笑いをかみ殺すのに必死になっている中、彼は口端を上げ、額に青筋を浮かび上がらせながら、両手を組んで関節を鳴らし始めた。

 

「そうか、そうか。そういったのかルゥルゥは……。そんで、お前もその通りだと納得したわけか」

 

「いや、その、そういうわけでは……。まあ、言われてみれば、そうかな、と」

 墓穴を掘っていることに彼女は気づかない。

 

「納得したわけか。つまり、マフィアのような対応をお望みというわけか?」

 不自然な笑みを浮かべるウッズに、ハルカは両手を前に出して落ち着くよう仕草で示す。

「丁重にお断りさせていただきます!マフィアみたいとか思って申し訳ございません!」

 彼女が頭を下げたことで、ウッズはいつもの不愛想な表情に戻った。

「にしても、あの悪魔と言われた零戦のパイロットが、こんな若い嬢ちゃんとは驚きだ」

「よく言われます……」

「社長、この方、そんなに有名なんですか?」

 おどおどしながら、ハルカゼ飛行隊の一人、ダリアは質問する。

「逆に、お前ら知らないのか?」

「私は知っていますよ!この間、ラハマで孤児院を守ってくれた人です!」

「あ、あなたラハマの孤児院で」

「ユーカです!この社長のもとでハルカゼ飛行隊を作って、隊長してます!」

 隊長のユーカはいつもの調子で元気そうにいう。

 一方、副隊長のエリカは丁寧な物腰でお辞儀をする。

「あの時はありがとうございました。今度は、社長を守っていただいて」

「気にしないでください。恩に着せるつもりはありませんから」

「噂は聞いている……。何やら、あちこちでまたやっているみたいだな」

「あはは……。まあ色々と」

「それで社長、この方は?」

 するとウッズは表情を引き締める。

「……彼女は、蒼翼の悪魔と異名がある凄腕パイロットだ。かつては空賊にいて、俺たち運び屋の間では有名だった。蒼い翼の零戦に出会ったら……、あきらめろってな」

「ひょえええ~」

 ハルカゼ飛行隊、全員の顔が引きつった。

「つっても、今は足を洗ってガドール評議会護衛隊にいるようだな」

「ご存じでしたか……」

「運び屋連中でてめえのこと知らねえ奴などいない。まあ、こんな若い姉ちゃんとは、思わなかったがな……」

「もしかして、空賊時代の私に襲撃された経験が?」

「あったら今頃、ガデン商会はねえよ。幸い、出会わずに済んだようだ」

 ハルカはほっと胸をなでおろす。

「そんで、評議会護衛隊のエリートさんが、俺に何の用だ?」

 彼女は上着の内ポケットから封筒を取り出した。

「ハリマ評議会、ホナミ議員からです。ウッズ社長にお渡しするように、と」

「ハリマ評議会?おまえはガドール評議会護衛隊じゃないのか?」

「まあ、一応そうなんですけど……。オウニ商会のマダムや、ハリマ評議会のホナミ議員に呼ばれることもありまして……」

「ずいぶん引っ張りだこだな……。俺も一枚かませてほしいもんだ」

 言いながら、ウッズは封筒を受け取り、中身の封書に目を通した。

「これは……」

 中身を見た後、ウッズは封書を戻した。

「社長?」

 ユーカが首を傾げる。

「いい話だ。近いうちに、ハリマが交易ルートの拡大を求めて、大きな商談会を行うらしい。その招待状だ」

 彼は珍しく笑みを浮かべる。

「こんなうまい話、行かないわけにはいかねえな」

 イジツの食糧の半分を賄っているという都市、ハリマ。

 ここで作られた農産物は評判がよく、欲しがる人間は多い。

 長らく空賊被害や、自由博愛連合に加盟しなかったことで、爆撃で畑を焼かれたりなどの被害にあっていたが、ようやく航路拡大へ向けて動き出せるようになったようだ。

 これは間違いなく儲かる。商会としては、何としてもものにしたい話だった。

「では、私はこれで」

 手紙を確認したのを見ると、ハルカは回れ右をする。

「待て」

 素早くウッズは彼女の首根っこをつかみ、彼女はぐぇっと声を漏らした。

「なんですか?」

「さっきの援護の件の礼もしたい。茶の一杯くらい付き合ってくれ」

「そんな気にしなくても……」

「俺が気にするんだ」

 結局、彼女は首をたてに振るしかなかった。

 

 

 

 

「おいしい」

「だろう」

 格納庫の近くで、2人は紅茶に舌鼓をうっていた。

「今は販売休止になっているハリマ産の紅茶だ。貴重な残りでな」

「いいんですか、飲んでしまって」

「さっさと飲んじまわねえと勿体ないし、ユーカたちは味がわかる歳じゃないからな」

 ふと、ウッズはキャッキャと機体の整備をしているハルカゼのみんなから、ハルカの零戦に視線を向ける。

「ところで、1つ聞いてもいいか?」

「はい」

 ウッズは、紅茶のカップをテーブルに置く。

 

「お前の零戦、あの模様は誰かから引き継いだのか?それも真似したのか?」

 

 ふと、ハルカは口をつけようとしていた紅茶のカップから顔をあげる。

「なんで、そう思うんですか?」

 

「……俺は、あれによく似た零戦を、以前見たことがあるんだ。翼端が白かったがな」

 

「どこで、ですか?」

「……今から9年前にあった、リノウチ大空戦。あの激戦の中でだ」

 彼女は目を見開いた。

「リノウチに、参加したんですか!?」

「ああ、悪運が強かったせいか、生き残っちまってな。それと、その零戦に助けられた」

「その零戦のパイロットには、会いましたか?」

「一度だけな。俺と違って、見た目から優しそうな男だったな。髪は黒色で、細身だが鍛えられた体つきをしていた。なんでも、参加すると言ってきかなかった娘と息子を無事に家に帰すために、自分も来たんだ。そう言っていた」

 ハルカは、心臓が大きくはねた気がした。

「家には残してきた妻や幼い娘がいる。だから死ぬわけにはいかない。そう意気込んでいた。イサオの影に隠れてしまっていたが、実際それができそうと思えるほどに腕はよかったな」

 彼女は胸の動悸が収まらない。ふと、彼女は問いかけたい言葉が喉元までこみあげてくる。

 でも、その先を知りたくないという気持ちの間でせめぎ合う。

「どうかしたか?」

「あ、……いえ」

 意を決して、彼女は言った。

 

「そのパイロットと零戦は、どうなりましたか?」

 

「……翌日の空戦で、敵から集中攻撃を受けて、火だるまになって墜落した。その際に、敵機を巻き込んでな」

「そう、ですか……」

 ハルカは、見るからに表情が曇る。

 ウッズは問いかけた。

「なんで知りたがるんだ?おまえ、そのパイロットのこと知っているのか?」

「ええ……、すごく知っていますよ」

 彼女は無理に微笑みながら言った。

「だって、その零戦のパイロットは……」

 彼女が言い放った言葉に、ウッズは固まった。

 

 

「私の……、父親です」

 

 

 

 

 

 

 

『さっきは助かった』

 ウッズはその日の空戦が終わると、偶然にも助けてくれた蒼い翼の零戦のパイロットを見つけることができた。

『あ、あなたは。危なかった隼の』

 ウッズは驚いた。いい腕のパイロットとは思っていたが、おおよそ戦闘狂や腕試しで参戦したとは思えない温和そうな見た目の、やさしそうな顔をした男性だった。

『無事で何よりです』

『あ、ああ……』

『あなたは、腕試しで?それとも報奨金?あるいは、空戦好き?』

『まあ、どれも……一応当てはまるな。そういうてめえは、どれも当てはまりそうにないな』

 男性は、クスクスと笑う。

『おっしゃる通り、私はそのどれにも該当しない理由で参戦してまいますから』

『どれにも?じゃあ、なんでこんな危険な場所に?』

『私の娘と息子たちが、参戦するって聞かなくて。私は、彼らを無事に家に帰すために、参戦を決めたんです』

『……戦場に保護者かよ。変わったやつだ』

『よく言われます』

『そんなんで、大丈夫か?』

 自分で自分を守るだけでも必死なリノウチ空戦の中、自分を守りながら他人を守るというのは、並大抵のことではない。

 特にウッズは今日、親友が落とされるのを見て、自身も危うかった。

『それでも、やってみせます。家には帰りを待っている妻や、まだ幼い娘もいるんです。帰りを待ってくれている人を、悲しませたくはない』

 それが、きっと親や夫としての意地なのかもしれない。そうウッズは思った。

『まあ、確かに報奨金は魅力ですね。なんとしても、獲得したいものです』

『そうか。まあ、お互い最後まで無事だったら、またな』

 ウッズは手をふりながら、その場を後にする。

『ええ、あなたもご無事で!』

 去り際、男性はそう言った。

 

 それが、ウッズとその男性との最初で最後の出会いだった。

 

 そう意気込んだ彼も、翌日の空戦で撃墜されることになってしまったのだった。

 

 

 

 

「お前の、父親、だと……」

「はい」

 ハルカは、寂しそうな笑顔を浮かべ、頷いた。

 蒼い翼の零戦といえば、悪魔と呼ばれるハルカの機体が有名になっているが、彼女の前に似た塗装の機体が存在した。

 それこそが、彼女の父親、ミタカの零戦だった。

「そうですか……。いつまで待っても帰ってこないと思っていましたが、やっぱり、リノウチで落とされていたんですね」

 彼女は表情を曇らせる。

「ことのついでですけど、もしかして青い零戦22型や、赤い鍾馗は見ませんでしたか?」

「ああ……、見た。同じく、撃ち落されていた」

「……そうですか。お兄ちゃんと、お姉ちゃんも」

 彼女は、悲しそうな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。私の家族の最期を教えてくれて」

 ウッズは思い起こす。

 

『私の娘と息子たちが、参戦するって聞かなくて。私は、彼らを無事に家に帰すために、参戦を決めたんです』

『それでも、やってみせます。家には、帰りを待っている妻や、まだ幼い娘もいるんです。帰りを待ってくれている人を、悲しませたくはない』

 

 彼は、そう言っていたのをハッキリ覚えている。

 変わったやつだと、当時ウッズは思った。

 ウッズは、ハルカの頭からつま先までを見る。

 彼女が、あの優男の言っていた、家に残してきた件の娘だろう。目元あたりは、確かにあの男の面影があった。今は、20歳くらいだろうか。

 9年前と言えば、彼女は本当に子供だっただろう。

 

―――こんな綺麗になった娘の姿、見られないなんてな……。

 

 それが父親にとって、どれ程残念なことであったか。察するに余りあった。

「ありがとうございます。父の、家族の最期を教えてくれて。おかげで、区切りがつけられました」

 無理に笑みを浮かべる彼女に、ウッズは手を伸ばした。

「え……」

 彼女が驚きの声を上げた。

 ウッズの伸ばした右手は、彼女の頭を撫でていた。

「……どうしたんですか?」

「いや……」

 ウッズは自身の行動に、自分でも驚いていた。

 視線をそらし、少しばかり鼻のあたりをかきながら言う。

「なんだか、こうしなきゃならんような気がしてな」

「ふふ、なんですか、それ」

 彼女はくすっと笑う。

 

 

「ああ!社長が昼間からいやらしいことしている!」

 

 

 ウッズは背後からしたユーカの大声に振り向いた。

「いやらしいくねえ!その言い方はやめろ、誤解を招くだろう!」

「社長!私たちという可愛い娘がいながら、他の女に浮気するなんて!社長、そういう趣味があったんですね!」

「どこでそんな言葉覚えてきた!そういう趣味なんてねえし、第一お前たちのことを可愛いとも、娘とも思ったことなど一度もねえよ!」

「うっそだあ!その黒眼鏡で隠していたって、目を細めて鼻の下伸ばしていること、私はしっている!」

「大声でなんてこと言いやがる!今すぐその口を縫い付けてやろうか!?」

 そんな様子をハルカは微笑みながら見つめる。

「楽しそうですね」

「……まあ、退屈はしないがな」

 ユーカの頬をつかんで左右に引っ張りながらウッズは言う。

「マダムの言う通り、見た目はマフィアみたいですけど、やさしいんですね」

「……ほめているのか、けなしているのか、どっちだ?」

「ほめているんですよ」

 ウッズはため息をはいた。ユーカもそうだが、彼女と話していると別の意味で調子がくるってきた。

 彼女には他意はないのだろう。恐らく、ウソやごまかしが苦手で、真っすぐで思ったことを口に出してしまう類の人物だとウッズはあたりをつけた。

「にしても、親子二代にわたって助けられるとは、な」

「ただの偶然ですよ。気にしないでください」

「つってもな……」

 親子二代にわたって助けられるなど、偶然とはいえ、ウッズはどうもそのまま流せなかった。

「おまえ、今誰に雇われてんだ?」

「ガドール評議会のユーリア議員、オウニ商会のマダム・ルゥルゥ、ハリマ評議会のホナミ議員の3人です」

「……本当に引っ張りだこだな」

 ウッズが驚く一方、彼女は苦笑した。

「何かの縁だ。困ったことがあったら、頼ってくれ。もし、ルゥルゥたちの所を首になったら、俺のところへ来い。いい給料で雇ってやる」

「ありがとうございます」

 ハルカは微笑んだ。

 彼女を手放すことなどないと思うが、でもこのまま流せるほど、ウッズも人でなしではなかった。

「ところでハルカさん!折角ですから、ハルカゼ飛行隊と対戦演習をしませんか!?」

 ウッズに引っ張られた頬をさすりながら、ユーカは言った。

「対戦演習?」

「ええ!先輩の噂は、かねがね伺っております!その先輩の腕を、ぜひぜひ拝見したいと思いまして!」

「いいよ。全員でかかっておいで」

「本当に!いいんですか!?」

「ちょっと、ユーカ。流石に全員では」

「ちょっと、卑怯な気が……」

 喜ぶユーカに対し、エリカとダリアは少し気が進まない様子。全員でこいということは、1機対6機の対戦になり、普通に考えればハルカに勝ち目はない。

「気にしない気にしない。先輩の胸を借りるつもりで、全員で来ていいよ」

 だが彼女には気にした様子がない。

「随分な自信だな……」

「勝つ気満々ね」

「ガーベラは何でもいいよ~」

 一方、アカリ、ベル、ガーベラに気にした様子はない。

「やめとけ、一方的に負けるのが関の山だぞ?」

 いくらマフィアのルワイ組を退け、スズロカの議員の護衛を途中までやったとはいえ、まだ飛行隊としても、戦闘機乗りとしてもハルカゼ飛行隊は日が浅い。

 一方、ハルカはあちこちでその名が知られている凄腕。

 ウッズは、演習の結果を容易に察することができた。

「じゃあ、さっそく始めましょう!みんな~、行くよ~」

 ウッズの声を無視し、ユーカたちは自身の隼へ向かっていく。

「悪いな、あいつらのわがままにつき合わせて」

「気にしないでください。後輩みたいで、少し嬉しいんです」

 ハルカも愛機へ足を向ける。

「ウッズ社長」

「なんだ?」

 彼女は振り向き、言った。

「話ができて、よかったです。これで私は、迷わず飛ぶことができます」

 彼女は丁寧にお辞儀をすると、小走りで零戦に向かっていった。

 

 

 機銃の弾を染料の入った演習弾に交換し、ハルカゼ飛行隊の6機の隼とハルカの零戦1機が滑走路から離陸する。

 そして両者が向かいあって進み、交差した瞬間演習開始。猟犬のような、激しい後ろの取り合いが始まった。

 ハルカの零戦の飛び方を見て、ウッズは彼女の父親と飛び方が似ているな、と頭の中で思った。

 

 帰りを待ってくれいる人がいる。だから帰らないといけない。

 

 彼女の父親はそう言っていたが、彼は結局その目標を達成することはできなかった。

 家族や、大事な人のため。そう意気込んでいた人間に限って、あの空では落とされた。

 自分を放っておけないからと参戦し、イオリを残して撃墜された、彼の親友も……。

 

 ウッズは、なぜ自分が生き残れたのか、いや、生き残ってしまったのか、ずっと問いかけてきた。

 でも、その理由の一部が、わかった気がした。

 

 イオリに、夫であった親友の最期を伝え、彼女を支えるために。

 

 ハルカに、父親たちの最期を伝え、区切りをつけさせるために。

 

 そのために、自分は残されたのかもしれない、と。

 

「まったく、ガラにもねえ。面倒な役回りだ」

 

 でも、自分が伝えた物語で、気持ちの整理をつけることができた人がいることは事実。

 そしてやり遂げなくてはいけない。親友の代わりに、イオリを支え続けること。

 もしハルカが行く当てを無くしたら、彼女の父親と彼女に救われたこの命で、せめて少しでも借りを返すこと。

 

「にしても、あんな綺麗になった娘残してくたばっちまいやがって……」

 

 彼はリノウチで自身を助けてくれたパイロット、ハルカの父親のミタカのことを思い出す。

 彼がどれほど残念がっているか、今となっては知るすべはない。

 撃墜された親友が、自分のことをどう思っているのかも。

「まあいいさ。俺がくたばってあいつらの所に行ったら、いくらでも知ることができるし、文句だっていくらでも聞いてやれる」

 ウッズは葉巻をくわえ、マッチの炎でゆっくりとあぶった。

「それまで精々、俺や、お前たちの残したものがどう生きているか、見守っていてくれ。……どこまでも広がる、この青空の上から、な」

 彼は地上で一人、静かにそういった。

 

 

 ちなみに、ハルカとハルカゼ飛行隊の対戦演習の結果は、ウッズの予想通りハルカの一方的な勝利となり、ペイント弾の一発も命中させられなかったハルカゼ飛行隊の面々は、ユーカでさえしばらく自信喪失で、数日部屋に引きこもる日々を送ったとのことだった。

 




読んで頂き、ありがとうございます。

今回の短編は、主人公がリノウチ空戦に参戦した父親の足跡、もとい結末
を聞かされる物語です。

あの空戦の生還者のキャラクターは、ウッズもしくはレオナなのですが、
劇場版を見て、レオナにそんな余裕はなさそうだし、イサオ氏のことしか
覚えていなさそうだったので、ハルカゼ飛行隊との物語を少し書いてみた
かったこともあり、ウッズ社長から伝えてもらいました。
完全なる妄想ですが……。

また不定期更新になりますが、次回もお付き合い頂ければ幸いです。
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