その中にあるとある家の中で老人が頭を抱えて唸っている。
彼が頭を抱えているその内容とは……。
名前だけ登場しているキャラのストーリーを書いてみました。
どこまでもつづく、土色の荒野が広がる世界、イジツ。
そんな世界に異変が起きたのは、70年以上前のこと。
この世界に突如として開いた穴を通ってやってきた、ユーハングという異邦人たちがもたらした、空を飛ぶ技術。
それにより空の航路が発達し、飛ぶことが珍しくなくなった世界。航路を使って人々に恵を届ける人々もいれば、それを奪おうとする無法ものたちもいる。
今日も少ない資源の奪い合いが世界のどこかで起きているが、それでも日々を人々はなんとか生きている。
荒野の中には、鳥が羽を休めるために、人々の生存を拒む荒野から身を守るために、オアシスのように町が多数点在している。
そんな町の中で、豊富な緑、広大な畑、水の都ドルハに並ぶ水源に恵まれた、イジツ最大の食料生産都市ハリマ。
人々の住む居住区よりも、畑や放牧地の方が圧倒的に広い面積を誇るため、最低でも自転車、日常的には車やトラックでの移動が珍しくない変わった都市。
秩序のとれたアレシマのような都市とは対照的に、畑の中に家々が点在する、田舎の田園風景が広がる。
そんな風景の広がる都市の一角にあるとある家の中で、なにやら老人が頭を抱え、あれでもない、これでもないと、両手で頭を抱えて唸っている。
老人という年のためか、頭を覆う黒髪には白髪が混じっているが、その男性は年齢の割に肌の皺が少なく、体の所々には鍛えられた様子がうかがえる。
また顎や鼻の下のヒゲは綺麗に剃られ、着ているのは皺のないシャツや高級そうなスーツなど、身だしなみはしっかりしているのがうかがえる。
高級そうな服装などにくらべ、彼のいる部屋は広いが、高そうな調度品などはとくになく、本棚や机、いすはありふれた簡素なものだった。
この部屋の主の男性こそ、このハリマの方針を決める評議会の議長をつとめる、名をカスガという。
「はあ~」
カスガは、余程大きな難題を抱えているのか、先ほどから頭を抱えて唸ったり、ため息を吐き出したりを繰り返している。
「あなた、お茶が入ったわよ~」
ノックもなしに入ってきたのは、同じく老齢の女性。
白髪交じりの年齢だが、浮かべる微笑みは優美さや温かさを感じさせる。
カスガの妻で、現職のハリマの市長。名をシズネという。
ハリマのトップとその次の人間が同じ場所にいるという、ある意味凄い光景ではあるが、私生活でのことなので本人たちは普通にしている。
シズネはお茶を入れた湯飲みをのせたお盆をもってカスガに歩み寄り、お茶の湯飲みを静かに置いた。
だが、彼が気づいた様子はない。
相も変わらず、頭を抱えて唸っている。
シズネは周りを見る。
ふと目についたのは、彼の部屋の壁にかけられた暦を示すカレンダー。
今は4月になったばかりだが、11日を示す日付に赤い丸印がつけられている。
ついで、どんな議会の難題に頭を抱えているのかと思いきや、カスガの机に広げられているのは、各都市で売られているものの広告や雑誌の類が殆どだ。
しかも、女性向けの。
そして、机の片隅に置かれているのは、アレシマで発行された新聞。
ガドール評議会評議員のユーリア議員と、彼らの娘、ハリマ評議会のホナミ議員が襲撃にあった件が一面をかざっている。
それらを見て、シズネは彼が何に頭を抱えているのかを察した。
ここ数週間にわたって、ずっと彼は同じことに頭を抱えている。
「ん?ああ、シズネか。どうかしたのか?」
ようやく妻の存在に気付いた夫に、彼女は苦笑する。
「いえ、まだ悩んでいるの?」
カスガは、ばつが悪そうに視線をそらした。
「ああ……」
この問題は、今のカスガにとっては、議会のどんな議題よりも困難なものだった。
彼が数週間にわたって悩み続けるほどの議題。それは……。
「孫に……、ハルカに贈り物をしたいが、何がいいのか、決められなくて」
カスガの机に置かれている新聞は、アレシマでおこった現職の議員の襲撃事件について書かれている。
無論、カスガもシズネも、自身の娘のホナミ議員が無事だったことに安堵したが、一緒に写っている人物を見て、2人は当時悲鳴を上げそうになったという。
ユーリア議員とホナミ議員の間に写る女性。
防寒用の茶色いジャケットに、黒色のシャツ、裾の方に青いラインの入った白色のスカートを身に着けた、肩の下あたりまで黒髪を伸ばした女性。
背後に駐機されている、蒼い翼の零戦のパイロット。名をハルカという。
彼女はホナミ議員の姉、アスカという人物の生んだ子供の一人で、ホナミ議員にとっては姪、カスガとシズネにとっては、現在まで生き残っている、ただ一人孫と呼べる女性。
最後にあったのは10年近く前の、リノウチ空戦の少し前。
あの空戦で父と姉と兄を失った彼女は、用心棒などの飛ぶ仕事で家族を支えていたが、母親が病気になったことでもっと稼げる仕事を探して、故郷のナガヤを出て行ってしまった。
以降消息がつかめず、母親であるアスカに手紙を出しても返事が来なくなり、音信不通となった。
もう生きてないのではないか。そう考え、彼らはあきらめていた。
そんな中、アレシマで発行された新聞を読んだとき、カスガは驚きのあまり飲んでいたお茶を噴き出し、椅子から転げ落ちた。
新聞の一面に、生きている可能性は低いと考えていた孫の姿がのっていたのだから。
まあ、最後に会ってから10年近く経過しているので、体の色々なところが成長していて同一人物だとにわかに信じがたかったが、それでも自分たちの孫だと彼らにはわかった。
彼らの娘が、それくらいの年齢のときの姿そのままだったのだから。
以降、カスガはハルカに会いたいと、面会の申し入れを彼女の雇い主たちにおこなっている。
ガドール評議会のユーリア議員、ユーリア護衛隊の隊長、オウニ商会社長のマダム・ルゥルゥ、コトブキ飛行隊隊長のレオナのもとにまで手紙を送っていた。
もっとも、いずれもいい返事はもらえていない。
それもそのはず。
彼女にあったホナミが言うには、ハルカは叔母のホナミ議員のことを覚えていなかったという。
家族を守るために空を翔ける中で塗りつぶされてしまった、カスガたちとの思い出。
それに加え、彼女は少し前まで空賊で、挙句その空賊によって残っていた母親、妹、弟までも処分されてしまった。
どんな理由であれ、彼女はカスガとシズネの娘、ホナミの姉であった自分の母親を守れなかった。
きっとその後ろめたさから、返事をくれないのだろうとカスガは考えた。
彼女が心の整理をつける時間が必要だろうと、彼らは自分達から出向くことはせず、彼女が自分からきてくれる日を待つことにした。
だが、カスガはやはり会いたいという気持ちが大きくなることが耐えられなかった。
生きていてくれた、最後の孫。
一目でもいい。会いたい、会わせて欲しい。そう祈るのは、無理からぬことだった。
そして近づいてきた、4月11日。
この日は、ハルカの誕生日だ。
心の整理がつかなくて会いにきてくれなくても、せめて贈り物くらいはしたい。
彼はそう考え、何がいいかを考えた。
そして3週間がすぎ、未だ答えはでていない。
残り、約9日である。
「そこで相談なんだが、シズネ」
カスガ議長は表情を引き締める。
「君は、何がいいと思う?」
「そうですね……」
神妙な面持ちになるシズネ市長。すると、笑みを浮かべ、彼女は言い放った。
「いっそ、トランクに札束を詰めておくったらどうかしら?」
カスガ議長は机に顔を打ち付けた。
あまりに勢いよく打ち付けたのか少し震えているが、そんな彼をシズネは楽しそうに笑みを浮かべながら眺める。
そして彼は勢いよく顔をあげた。
「祖父が孫に送る贈り物が、そんな味もそっけもないものであっていいはずがなかろうがあああ!」
「でも誰もかれもが欲しくてしかたがないものかつ、得するものなんだから受け取らないことはないでしょう?」
「間違っていないが、そうじゃない!だいたい、あの子がそんな現金な子だと思うのか!?」
「現金だけに。……っくす」
「やかましい!」
必死なカスガに対し、シズネは楽しそうに笑いこける。
「なら、服とかどうですか?」
「服の好みや大きさがわからない……」
「食べ物は?」
「食の好みがわからない……」
「じゃあ、いっそ飛行機とかは?」
「彼女にはタカヒト君の残した相棒がいる。送られても困るだけだろう?」
「なら、やっぱり現金で」
「金から離れんか!?」
「ただいま~」
玄関の方から声がしたかと思えば、部屋に入ってきたのは銀縁の眼鏡をかけ、短い茶色の髪を揺らす女性。
「あらホナミ、お帰りなさい」
彼らの娘、ホナミ議員だった。
「ホナミーーー!」
カスガは椅子から立ち上がると、娘に抱き着いた。
「ちょ!お父さん、どうしたの!?」
カスガは娘に抱き着き、涙を流しながらお腹に頬ずりをするという奇行に及んでいる。
これが評議会の重鎮と言われる人物の姿なのだから、私人と仕事人の顔が一致するかどうかはわからないものである。
幸いだったのは、ここが自宅ということ。この瞬間を見られたら、支持者はさぞ蔑んだ目線を向けることだろう。
「実は、ちょ~っと難しい問題に頭を抱えていてね~」
「難しい問題?」
シズネは、カスガの机に置かれた新聞と、カレンダーを指さした。
「ああ……」
それでホナミは察したようで、とりあえず父親を引きはがした。
「孫のハルカに贈り物ね~」
ハリマ産のお茶に舌鼓を打ちながら、親子3人は一息つく。
「そうだ。ホナミはもう彼女にあっているんだろう?なら何かヒントになるものを知らないか?」
偶然とはいえ、ホナミはハルカにもう会っている。
何か知っているかもと望みを抱くも、娘は首を左右に振った。
「残念だけど、そういった話をまだ彼女とはできていないの。そもそも物欲が存在しているかすら怪しいと思うわ」
ユーリア曰く、ハルカに個室は与えているが、半ば寝に帰るだけだの、物置としての役割しか果たしていない状態で、特に私物が置かれているわけでもなく、殺風景だという。
それは、部屋の主であるハルカが、死に場所を求めて彷徨っていたことが原因だろう。
死に場所を探すのに、余分なものは少ないほうがいい。
もっとも、この間姉の墓前で一緒に生きて欲しいとホナミが告げ、彼女もそれを受け入れたので今後は変わってほしいものだが。
「そうか……。ならホナミ、君は何がいいと思う?」
「そうね~」
彼女はしばし神妙な面持ちで思考する。そして、言い放った。
「なら、小遣いとして札束をケースに入れて送ったら?」
カスガはまたもやテーブルに顔を打ち付けた。
「お前たちは金の亡者か!母娘そろって同じことを言ってからに!」
「だって、みんなが欲しがるものだし、受け取りを拒む人なんていないでしょう?」
「理由まで同じか!母娘だからって、そこまで似るものなのか!?」
「だって、あなたたちの娘ですから」
「やかましい!」
ホナミはため息を吐き出し、また笑みを浮かべながら言った。
「あの子に最後にあったのはもう10年近く前でしょう?それだけ経過していれば、色々変わるわよ。そんな中、彼女が好きなものを送りたいなんて、議会の議題より難解じゃない?」
「……だからこうして頭をひねっておる」
カスガは、テーブルの片隅に置かれたアレシマの新聞を見つめる。
最後にあったときはまだ小さく、小柄で抱き上げることもできる女の子だった彼女。
それから時が流れ、背は伸びて、母親に似てきて、色んな所が丸みを帯びて、すっかり女の子から女性の体になりつつある。
「私たちが知っているのは、まだ幼かったときのハルカよ。今の彼女を、私たちは何もしらない。だから、一緒に生きて欲しい。生きて、お互いを知っていきたいんでしょう?」
「それはそうだが……」
それでも可愛い孫に何かしたい、そう譲らない父親に苦笑する。
「そもそも、お父さんはなんで彼女に贈り物を?」
「アスカたちがいなくなってしまったのは残念だが、それでもあの子だけは生きていてくれた。あの子が苦しかったとき、私たちは手を差し伸べることができなかった。それでも、ハルカは私たちの娘で、そなたの姉を守ろうと必死になってくれた。この世に生まれ、今日まで生きていてくれた。私たちの家族を守ろうと、必死になってくれた。そんな孫のことを、祝わない祖父がどこにいる」
本当に、孫のことが気になって仕方がないのだと、2人は思う。
だが実際、今の彼女のことは何も知らない。そんな中彼女の好きなものを選ぶのは、夜に月明りもない中で、敵機を撃ち落とすのと同じくらい難しい。
「あ、そうだ」
ホナミは何かを思いついた。
「それじゃあ、良い贈り物があるじゃない?」
「なんだ!?」
身を乗り出すカスガに、ホナミは言った。
「これからを共に歩んでいってほしい彼女に、良い贈り物が、ね」
「これは誤配、これは議員あて」
今日この日も、ハルカはユーリアのもとで職務に励む。
まずは、部屋に届けられた書類や荷物の仕分けを始める。
「ハルカ」
ふと、ユーリアが小包を差し出してくる。
「今からあなたの部屋にいって、これを開けてきなさい」
「なんで、ですか?」
すると、ユーリアは小声で言った。
「差出人が差出人だからよ」
彼女は首を傾げながらも小包を受け取り、自室へと向かった。
荷ほどきもしていない荷物が部屋のすみに積まれている、半ば物置と化している自室へ入ってドアを閉めると、彼女は部屋の片隅に置かれている机から椅子を引き出して座る。
机に小包を置いて、差出人の名前を確認すると、彼女は目を見開いた。
「カスガ、さん……」
そこには、彼女の母方の祖父の名が書かれていた。
先日、ナガヤの墓地で明かされた、ホナミ議員と自分との関係。その際、彼女はハルカに、会いたがっている人がいると言っていた。
後に聞いたところ、それはホナミ議員の両親だという。つまり、ハルカの母方の祖父母にあたる。
聞くところによると、2人ともハリマで要職についているという。母方にはまだ存命な人がいたのだと、彼女はこのとき知った。
以前は、ハルカは会いたくないと思っていた。正確には、会うべきではない、と。
どんな理由であれ、彼女は母親を、彼らの大事な家族を守ることができなかった。おまけに、空賊になって悪事を働いていた孫などに会いたくはないだろうと。
だが、ホナミ議員が説明したところ、大変な時期に手を差し伸べられなかった自分達にも責任があると、彼らは言ったそうだ。
自分の過去をしってなお、会いたがってくれている。でも、それでも心の整理はまだついていなくて、ハルカは行くと言えなかった。
そんな祖父からの届け物とはなんだろうか。
彼女は疑問符を頭に浮かべながら、包装をといていく。
すると中から、1冊のファイルのようなものが出てきた。
「アルバム?」
中には、写真を入れるページが入った、いわゆるアルバムが出てきた。
開けてみると、最初のページには4枚の写真が入っていた。
リノウチ空戦前に家族全員で撮ったものと、母親と撮った最後の写真。
あと2枚は、ハルカが持っていないものだった。
1枚は、年を取った男性が2人一緒に写っていて、幼き日のハルカが肩車されているもの。
1人は細身の体型で、白髪交じりの髪にアゴヒゲを少し生やして、照れ臭そうに笑みを浮かべている。
照れ臭そうに写っている男性は、彼女の父方の祖父、タカヒトお爺ちゃん。
そして自身を肩車してくれている、嬉しそうに笑顔を浮かべている男性は、高そうな服装を着こなし、ヒゲもそって身綺麗にしている。こちらがカスガさんだと、彼女にはわかった。
これは、ハリマに行ったときに撮ったものだと彼女は思い出した。
そして次の1枚は、カスガさんともう一人女性が写っている。同じように白髪が混じってはいるが、温和そうな笑みを浮かべている女性。
この方がシズネさんだろうか。
彼女は日々を翔ける中で、いつしか彼らの顔が思い出せなくなった。
ページをめくると、先日のアレシマの件で一面に載った、ユーリア議員、ホナミ議員と一緒に写る写真が入っていた。
だが、以降には何も入っていない。
彼女は、箱の底に封筒が入っているのに気づき、封をあけた。
中に入っていた便箋には、達筆な字でこう書かれている。
『4月11日。10年ぶりぐらいになるが、この日に再びこの言葉を言えることを、私は嬉しく思う』
『誕生日おめでとう、ハルカ』
「カスガさん……」
『心の整理がついたらでいいから、顔を見せに来て欲しい。
私たちは君を、いつまでも待っている。
そしてこれからを、私たちと共に、歩んでほしい』
便箋にはそう書かれていた。
自分でも忘れていた、カスガさんやシズネさんとの思い出。
もう全て無くしてしまった、自分は空っぽだと、かつては思った。
でも、なくしてなどなかった。
今もこうして、自分のことを覚えていて、会いたがってくれている人がいる。
そしてこれからを、共に歩き、残りのページを埋めていこうと。
その願いを込めて、このアルバムを誕生日に送ってくれたのだろう。
自分でももう誕生日など忘れてしまっていたが、久しぶりに受け取った贈り物に、彼女は胸の中が温かくなるのを感じる。
何を戸惑う必要がある。
こんなに会いたがってくれている人がいる。
なら、会いにいけばいいじゃないか、と。
彼女はそう思った。
「確か、近いうちにハリマで商談会があるっていっていたな……」
ウッズ社長に持っていった手紙は、中身はハリマが行うという商談会への招待状だった。恐らくオウニ商会にも同じものが行っているはずだし、ユーリア議員も久しぶりに議長たちに会いに行くと言っていた。
その時に、会いに行こうと彼女は決めた。
その日の仕事が終わると、彼女は便箋と封筒を取り出し、贈り物のお礼を兼ねた手紙を書き始めた。
自分に歩み寄ってくれた彼らに、今度は自分から、歩み寄るために。
だが久しぶりに送る祖父への手紙に、お礼以外にどんな内容を書こうか。彼女は頭を抱え、カスガと同じように唸り始めたのだった。
後日、結局お礼の内容だけを書いた手紙を送ったところ、受け取ったカスガが喜びのあまり、奇声を放つ様が目撃されたとかなんとか……。
読んでいただき、ありがとうございました。
次の章の執筆が中々進まず、いつの間にか短編を書いていました。
不定期更新になりますので、気長に待っていただけると幸いです。