荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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イヅルマの自警団の機体を撃墜した零戦を庇うことに怒る
イヅルマ市長。だが、ユーリア議員の指摘でイヅルマの
勘違いであったことを知る。
自警団の機体がほぼ撃墜された今、町の防衛さえままならない中、
イヅルマ市長はユーリア議員に頼み事をするが……。


第2話 古い情報と勘違いの結果

「ユーリア議員!」

 

 飛行船から下りたユーリアを出迎えたのは、怒りの表情を浮かべる眼鏡をかけた白髪の少し小太りの老人、イヅルマの市長だった。

「自警団を撃墜した空賊を庇うとは、一体どういうつもりですか!?」

 ハルカは戦闘が終わったのち、ユーリアの飛行船へと帰還している。当然といえば当然なのだが、市長にはそれが空賊機を庇ったように見えたのだろう。

 その様子を見て、ユーリアはため息を吐き出す。

「……市長。お言葉ですが、あの機体は空賊機ではありません」

「じゃあ、一体なんなのだね?」

 

「私の護衛隊の一員です」

 

「……は?」

 

 市長は、数秒の間静止した。

「イヅルマを訪れるにあたって、同伴する人間の書類は事前に送付したはずですが?」

 議員の訪問にあたっては、警備にとにかく気を遣う。

 イヅルマはどの程度の警備を手配すればいいのか考える必要があるため、ユーリアがどの程度の護衛や関係者を連れてくるのかを事前に書類を交わして把握している。

 無論、制式な隊員と認められてないとはいえ、ハルカの事も機体と共に記載されている。

「そんな書類、あったかな?」

 見覚えがないという市長の反応に、ユーリアの眉間にしわが寄る。

「え~っと、エルくん。書類を探してきてくれるかな?」

「は~い、承知しました~」

 金髪の、おしとやかそうな自警団員が建物に消えていく。

 間もなく彼女は、書類の束を抱えて帰ってきた。

「これですね」

 市長は目を通す。

 そして、見る見るうちに顔面が蒼白になっていく。

「確認できたかしら?」

 市長が手にしている書類には、先ほど襲撃した蒼い翼の零戦とそのパイロットのことが書かれていた。

 ユーリア護衛隊の一員であることも、もう空賊でも賞金首でもないことも……。

 

「イヅルマ市長……。現役の政治家の護衛隊員を襲撃しておいて、ただで済むとおもってないでしょうね?」

 

 温かさを微塵も感じさせない、絶対零度の視線で相手を見下ろすユーリア。

 

「あれは私への、敵対行為とみなしていいのかしら?」

 

 イヅルマ市長は即座に頭を下げた。

「申し訳なかった!」

「謝って済む問題かしら?」

 冷凍庫から漏れ出る冷気のごとく表情も視線も声も冷たいユーリアを前に、イヅルマ市長は震えあがる。

 そんな市長を見かねてか、自警団員たちも頭を下げ始めた。

「まったく、情報が古いにもほどがあるわね。自警団や市長が最新の情報に疎くて大丈夫なのかしら?」

「おっしゃる通りです……」

「いっておくけど、撃墜した自警団の機体の修理費用諸々は無論そっち持ちよね?」

「え……」

「何か不服かしら?」

「その、お願いが」

「何かしら?」

 ユーリア議員の圧を込めた笑顔を前に、イヅルマ市長は震える口で言葉を紡いだ。

「……その、自警団の機体がほぼすべて修理に入るので、完了するまでの間、町の防空をお願いしたいと……」

 ユーリアの視線がきつくなった。

「あなたたち、私の隊員を襲っておきながら、襲った相手に町の防衛を頼むとは、どういうつもりかしら?」

「その、他に手がなくて……。それに、飛行船の改修が終わるまで、議員の安全確保も必要でしょう?」

 先の件で、本当は今すぐにでも帰りたい気分になったユーリアだったが、だからと言ってこのままイヅルマを見捨てるような行動をとればガドール評議会のクソ連中に追求されかねない。

「わかったわ……」

「ありがとうございます!」

「ただし、その費用は全て請求させてもらうわよ」

「な!」

「何かご不満かしら?」

「いえ、不満など、ありません……」

 ユーリアの圧力に屈し、イヅルマ市長は条件をのむしかなかった。

 

 

 

 

「いいんですかね、これで……」

「まあ、全てはイヅルマが書類確認を怠った結果。落ち度は向こうにある。気にする必要はない」

 ユーリア議員が冷たく対処するのを、護衛隊の隊長やハルカたちは少し離れてみている。

 格納庫に視線を逸らせば、撃墜した紫電が運び込まれていくのが見える。

 ハルカは気になり、その格納庫へ足を踏み入れた。

 

 

「ばっかもおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 

 

 入って早々、怒号が響き渡る。墜落した紫電のそばで、声を上げる老人を前に白い服装をきた自警団員と思われる人々が頭を下げている。

「紫電をほぼ全機壊すとは何を考えている!ええい、すぐ修理だ!リッタ!ハヤト!手伝え!」

「「はい、師匠!」」

 古株の整備員らしき老人と自警団の服装をきた赤みがかった短髪の女性、まだ少年くらいの子供が工具片手に故障した紫電に向かっていく。

「あの~……」

 ハルカは思わず呼びかけていた。

 すると、眼鏡をかけた老人が振り返った。

「なんじゃ?……見ない顔じゃな」

 眼鏡をかけた老人が近づいてきた。

「あの~、変な話ですが……。紫電全機おとしてしまって、申し訳ないです」

「全機落として……」

 老人は怪訝な顔をする。

「おぬし、もしかしてあの零戦のパイロットか?」

「……はい」

 すると、顔を近づけて値踏みするかのように見つめてくる。

「ほう。あの悪魔と言われた零戦のパイロットが、こんな姉ちゃんとは驚きだ」

「よく言われます……」

「じゃが、腕は確かなようだな。一機で自警団の機体をほぼ全機落とすとは」

「……申し訳ありません」

「気にすることはない。全てはこちらの不手際だ」

「あはは……」

「あ、あの!」

 老人の隣に、1人の女性が立った。

 紫電と同じ白色の服装からして、自警団員だろう。短髪の赤髪に帽子をかぶった若い女性が頭を下げた。

「さきほどは、申し訳ありませんでした!」

 しばし、その場を沈黙が支配した。

「あの~、あなたは?」

「アコ、名乗らないと相手もこまるだけじゃぞ」

「あ、そうでした!」

 女性は顔を上げると、背筋を伸ばした。

「初めまして。イヅルマのカナリア自警団団長、アコと申します!」

「カナリア自警団?じゃあ、先ほど落とした紫電の?」

「パイロットの1人、です……」

 最初は元気そうに言ったものの、次第に気まずそうにカナリア自警団団長のアコは言う。同時に、落とした相手の顔を見たことで、ハルカもどこか気まずそうになる。

「あらためまして、申し訳ありませんでした!もう空賊でも賞金首でもない人をいきなり襲ってしまって!」

「は、はあ……。まあ、もういいですよ。過去実際そうだったのは事実ですから……」

 過去の過ちによってできた烙印は一生消えることはない。

 それを彼女は知っている。

「まあ、あなたたちを撃墜したのは私なので、それでお相子ということで……」

「はい!以後最新の情報には気を付けます!」

 

 

「……本当に気を付けて欲しいものね」

 

 

 聞きなれた声が聞こえたと思った直後、ハルカは襟首をつかみ上げられ、首が少ししまる。

 振り返ると、そこには自身の雇い主の少し不機嫌そうな顔があった。

「ゆ、ユーリア、議員……」

 

「カナリア自警団の団長さん、今回はたまたまこの子が凄腕だったからあなたたちに落とされずに済んだ。……でも、もしこの子に何かあったら、私は本気であなたたちをつぶしにかかるつもりだったわ」

 

 以前、ショウトでエンマがハルカに一度きりの報復として発砲した際、ユーリア議員は本気でオウニ商会をつぶしにかかるつもりだった。

 彼女の言葉に嘘はない。言ったことはやる。それがユーリア議員だ。

「ひぃ!も、申し訳ありませんでした!」

 ユーリア議員がどんな表情を浮かべているのか、ハルカからうかがい知ることはできないが、団長のアコが怯えているあたり、その表情を察した。

「あの~ユーリア議員。もうそれくらいで」

 途端、ユーリアの目が鋭く細められ、ハルカはびくっと体を震わせる。

「ハルカ、あなたは甘すぎるのよ。あなた、彼らの勘違いで落とされそうになったってわかっている?」

「わ、わかっていますよ……。ですけど、私は無事で落とされたのは彼らなんですから」

「ぐふっ!」

 アコが何やら胸のあたりを押さえてうめいた。

「まあ、あなたがそういうなら……。さて、イヅルマが部屋を用意してくれたから、そこまで移動するわよ」

 いうなり、ユーリアはハルカの襟首をつかんだまま引きずっていく。

「ちょ、ちょっとユーリア議員!歩きます!自分で歩きますから、離してくださあい!」

 彼女の叫びもむなしく、彼女はユーリアに引きずられていった。

 

 

 

 

 

「アコ君、みんな。今回の件は私の早とちりでわるかった」

 自警団の部屋に戻ってくれば、そこには鼻の下に立派な黒いヒゲを生やした少し小太りの男性。カナリア自警団の部長、アルバート部長の姿があった。

 部長はアコ達を見かけるなり、頭を下げた。

「部長、お気になさらないでください」

 長い金髪のおしとやかそうな女性団員、エルは部長を包み込むように腕を絡ませる。

「今朝会議で賞金首のリストを見ていたんですもの。仕方がないですわ」

「うう~、ありがとう、エルくん」

 彼らは自警団であるため、基本は町の防衛が主務となるが、時折遠方へ出ることもある。

 そうなったとき、賞金首に出くわさないとも限らないので、彼らのわかっている情報を頭に入れておく。

 なので、今回ハルカを間違って襲ったのはこの賞金首リストの情報が古いままだったというのが原因となっている。

「アルちゃんは頑張っています。少し、癒してあげますね」

「ああ~、エルくん~」

「うぉほん!」

 アコがわざとらしく咳払いをする。

 エルは、人を甘やかして駄目にすることが得意で、彼女の毒牙にかかれば部長どころか市長さえも骨抜きにされてしまうまで時間はかからない。

 ここで止めなければ永遠に続くことになりかねない。

 

「それで、部長。我々は、何をすればいいでしょうか?」

 

 先ほどの一件で、カナリア自警団とシラサギ自警団の機体は出撃していなかったエルの紫電を除いて全て修理中。

 リッタは修理にかりだされ、ここにいるのは残り5人だけだ。

「まあ、紫電が修理中である以上、空賊対処はできない。修理が完了するまで、一時的に評議会護衛隊の手を借りることになった」

 アルバート部長は少し苦々しい表情になる。

 仕方がないとはいえ、自警団が町の防衛をお客さんの護衛隊に移管するというのはいい気分ではない。

「その間は、ユーリア議員の身辺警護を頼む。アコくんとシノくん、ミントくんとヘレンくんで交代制。エルくんは私の手伝いを」

「「「はい!」」」

「特に、市長と議員との対談の日は注意すること。議員にもしものことがあったら、我々全員の首が飛びかねない。くれぐれも気を付けて」

 各々解散し、それぞれの持ち場に向かった。

「シノさん」

 ユーリア議員の部屋に向かう道中、アコはとなりを歩く長い銀髪を揺らすきりっとした女性、シノに声をかける。

「……なによ?」

 彼女は、むすっとした表情で答えた。

 

「何かあったんですか?不機嫌ですって顔していますよ」

 

 シノはため息を吐き出しながら言った。

「だって、悔しいじゃない」

「悔しい?」

 アコは首を傾げる。

「あなたは悔しくないの!?」

 シノは右手人差し指を伸ばし、アコの鼻先に突きつけた。

「だって、あの零戦1機に私たちカナリア自警団だけでなくシラサギ自警団も全滅したのよ?悔しくないの?」

「エルだけは落とされてませんけど……」

「出撃してないんだから当然よ!いくら凄腕で元賞金首でも、1機にやられたのよ?」

「まあ、私たちとは経験が……」

 シノにしてみれば、それなりに腕には自信があったのにあっさり落とされて面白くないのだろう。

 孤児の彼女は、自分の腕だけを頼りにかつてシラサギ自警団を率いていた。

 その後カナリア自警団の6人目となったが、その技量はアコも見習う所が多い。

 そんな彼女が瞬く間に落とされたのだから、この感情は自然なものだろう。

 だが、元賞金首のあの零戦のパイロットはいくつもの空戦を生き残ってきた獣だ。

 まだ経験の少ないアコたちではかなわないのも無理はない。

 そんな考えがアコの頭をよぎる。

 

「団長にそんな言い訳が許されると思っているの!?」

 

 シノの言葉に、アコは言い返せなかった。

「自警団は町を守るためにある。その自警団が、敵の方が経験豊富だから負けました。そんな言い訳通用する?」

「……しません」

 経験不足であれ、凄腕であれ自警団員である以上、町を守る義務がある。

 経験不足だから負けた、なんて言い訳通用するはずはない。

 今回はあの零戦がユーリア議員の用心棒だったからよかったが、もし本当に空賊や敵勢勢力だったら、今頃イヅルマはどうなっていたか。

 アコはそれを考えると身震いがした。

「今は紫電が修理中だから仕方がないけど、この件が落ち着いたら演習に付き合いなさいよね」

「……はい!勿論」

「2人だけずるい~、私も~」

「お姉さま、ミントもお付き合いします」

 眠そうに返事をするヘレン、アコ大好きなミントもつづく。

「皆さん、頑張りましょう。まあ演習のことは紫電が直ってから考えるとして、今は目の前の仕事をこなしましょう」

 団長に続き、彼女たちはユーリア議員の部屋へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

「飛行船の改修作業が完了するのは2日後になります。また、自警団の機体の修理が終わるのも、そのころだろうということです」

「わかったわ」

 護衛隊隊長の報告を聞いたユーリアは憂鬱そうな顔をする。

「自警団の機体の修理が完了するまで、この町の防空は一時的に私たちガドール評議会護衛隊に移管されます。各自、待機していてちょうだい」

「「「は!」」」

「あの、ユーリア議員」

「なにかしら?」

「確か明日は、議員はイヅルマ市長との対談の予定ですよね?」

「そうね、面倒だけど」

 今回の訪問は飛行船の改修に加え、イヅルマの視察、市長との対談が目的だった。

「でも、これを断るとまた議会のクソ野郎どもに嫌味を言われるし、イヅルマの今の姿勢を知っておきたいからね」

 イヅルマは、現状ユーリア派でも旧自由博愛連合の側でもなかった。

 さきのイケスカ動乱の際、多くが自由博愛連合側、あるいはユーリア派に分かれたが、イヅルマは関心がないように、どちらでもなかった。

 今後を考え、今の町の姿勢を知っておきたいというのは一理ある。

「ですが、私たちが防空任務につくと、議員の護衛は……」

「……対談の間は、カナリア自警団が警護についてくれるわ。戦闘機が修理中で、やることがないのでしょうね」

「あはは……」

「それ以外のときは、ハルカ、あなたがいなさい」

「……わかりました」

 そして、にやつく隊長と弟さんは、部屋を出ていった。

 

 

 隊長たちが部屋を出たのを確認すると、ユーリアはベッドに腰かける。

「ハルカ」

 彼女は振り向く。

 すると、ユーリアは自身の太ももを右手でポンポンと叩いている。

 その意味を察した彼女はユーリアに近づき、彼女の太ももの上に腰かけた。

 その後、ユーリアの腕がハルカのお腹に回され、抱き寄せられる。

 そして、彼女はハルカに頬ずりをしたり、首を軽く噛んで歯形をつけたり、胸やお尻、太ももに触れる。

「っくっ、ひゃっ!」

 彼女が思わず声を漏らすも、ユーリアは構うことなく撫でまわす。

「あの、ユーリア議員」

「何かしら?」

「これ……、まだ続けるんですか?」

 ユーリアの動きが止まり、口を彼女の耳元に近づける。

「当たり前でしょ。この間のナガヤの件を忘れたのかしら」

 先日、ハルカの故郷であるナガヤにショウトが発注した飛燕を受け取りに行った際、空賊の襲撃を受けた。

 その最中、彼女は多勢に無勢の中奮闘するも撃墜されて地面に不時着。空賊たちは、地面に機銃を撃ち彼女を殺そうとした。

 そんなことを聞かされたユーリアは、それから不安に駆られるようになった。

 ハルカはユーリアにとって、自身の目指す、横のつながりの実現したイジツ。その先を見てみたい。そう期待を込めていってくれた初めての人物だった。

 だから彼女には、自身の目指す未来が実現されていく様を見ていて欲しかった。

 ユーリアのそばという、特等席で。

 それに、彼女との日常を気に入っている。

 先のナガヤの件で不安に駆られたユーリアは、ハルカの存在を時折確認するように、彼女を極力そばに置き、撫でまわすようになった。

 だからといって、書類の提出に行くのも引き留めるのは流石に考えものだとハルカは内心窮屈さを感じている。

 でも議員の不安の原因が自分にある手前、言う通りにするしかなかった。

「あの、議員……、そろそろ」

「まだだめ。今日自警団に撃たれて、どこかケガしてないか確認しないと」

 議員の撫でまわす手は止まらない。

「だ、大丈夫ですから……」

 20mm機銃で撃たれれば、普通ただでは済まない。

「あなたは重症でも隠すから、確認が大事なの」

 全く聞き入れてもらえない。

 そしてしばらく、ハルカはユーリアにされるがままになるしかなかった。

 

 

 

 

 

 イヅルマには、飛行船や関連事業で財をなした資産家が数多くいる。

 もともと資源が乏しく、小さな町にすぎなかったイヅルマは、あるものを偶然手に入れたことで急速な発展を遂げた。

 そして今も、それらの多くは世間に存在を公表されず、隠されたままだ。

 あるものを偶然手に入れた資産家、古い権力者は自警団上層部と繋がり、今日まで情報操作、隠蔽を怠らなかったはずだった。

 

 

「いいかげん、首を縦に振ってもらえないでしょうかね?」

 

 

 高級な家具や調度品が置かれ、汚れなく掃除のされた室内は、部屋の主が裕福であることを物語っている。

 その室内に座るのは、皺なく高級そうなスーツに袖を通した、年老いた老人。

 その向かいに座るのは、オカッパ頭に丸眼鏡をかけ、ムフッと笑うパイロットの服装を来た男性。

「何度もいうが、そんなもの私は持っていない」

 オカッパ頭の男性は眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げる。

「いい加減白を切るのはやめたらどうですか?数十年前、イヅルマの急成長に大いに貢献した落し物。その多くを手に入れたのはあなた。そして、我々が欲しているものを、あなたが持っているのはわかっております。無論タダで譲ってほしいとは思っておりません。それ相応のお支払いは約束します」

「仮にあったとして、何に使うつもりだ!」

「知れたことでしょう?あなたが隠し持ち続けて、わけのわからないガラクタで終わらせるのではなく、我々が有効活用したほうがよほどいい」

 すると年老いた男性は肩を怒らせ、ソファーから勢いよく立ち上がった。

「とにかく、そんなものここにはない!」

 交渉に応じる様子のない男性に、オカッパ頭の男性は大きくため息を吐き出す。

「そうですか……」

 彼はソファーから立ち上がると、扉へ向かう。

 

 

「いや~残念、実に残念です。今応じて下されば、怖い思いをしなくて済んだのに」

 

 

 わざとらしい彼の仕草を、老人は鼻で笑う。

「ふん。イサオの亡霊に何ができる。精々楽しみにさせてもらう」

「いいましたね。では明日、精々楽しみにしていてくださいね」

 ムフッと笑うと、彼は部屋を去った。

「いかがなさいますか?」

「予定通り、明日イヅルマを襲撃します。評議会の内通者から、ユーリアめがいることもわかっています。例のもののテストにちょうどいい機会です」

「ですが、その内通者によると」

「わかっています。例の零戦のことでしょう?ですが、あやつでも例のものの相手は難しいはず。気にすることはありません。計画を実行しましょう」

「はい!」

 丸眼鏡をかけたオカッパ頭の男性、元人事部長のヒデアキは資産家の家を振り返る。

「明日が、楽しみですね。……ムフッ」

 

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