今のイヅルマの姿勢を知るためと始まった対談の最中、
警報が鳴り響く。
ユーリア議員の命令で、護衛隊は空賊排除のために発進する。
上空でイヅルマへ向かってくる一式陸攻を確認するが、
一式陸攻は見慣れないものを装備していた。
「では改めまして。初めましてユーリア議員」
「初めまして、イヅルマ市長」
2人は、テーブルに向かい合って座る。
「今回は、飛行船の武装強化でイヅルマへ来たそうだね」
「ええ。最近物騒なもので。私は恨みには不自由しないから、念のためにって部下に説得されたの」
「ユーリア議員は横のつながり。縦のつながりを目指す旧自由博愛連合の思想と反する活動を行ってみえる。先のイケスカ動乱で勝利したとはいえ、残党が残っているうちはいつ狙われるかわかったものじゃないですな」
「そうね。でも、私はそんなに不安を感じてはいないわ。凄腕の用心棒をやとったもの」
「凄腕?」
「そう。あなたの町の自警団をたった1機で殲滅した、蒼い翼の零戦。彼女がいてくれるなら、特に不安は感じないわ」
一瞬、イヅルマ市長の眉間に皺がよった。
「余程信頼しているようですな」
「ええ、勿論。アレシマの件をご存じかしら」
「それはもう。新聞に載りましたからね」
「イケスカ動乱で活躍した、あのコトブキ飛行隊が数人がかりで挑んでも返り討ちにし、ヤクシでは空賊機数十機を、ナガヤではあの爆撃機富嶽も単機で落とした、まさに悪魔。それ以外でも、彼女はその技量を遺憾なく発揮して私を守ってくれている。空でも、陸でもね。敵になれば脅威だけど、味方になればこれほど頼もしいものもないわ」
「それは羨ましいですな」
「言っておくけど、あげないわよ」
「それは残念」
格納庫の一角に置かれたラジオから聞こえてくる声を聴いて、ハルカは顔を赤くして両手で顔を覆い、その場にしゃがんでいた。
「うう~、ユーリア議員……」
「ははは。対談のはずが、君の自慢話になっているな、ハルカ君」
隊長たちは微笑ましい笑みを浮かべているが、彼女は内心恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
このラジオは、イヅルマ中の住民が聞いている。公共の電波を使って、対談の場で部下の自慢話をしないで欲しい。
彼女はできれば、今すぐにでもユーリア議員のもとへ向かってこの対談を止めさせたい気分だった。
「ところで、今イヅルマはどういう姿勢かしら?」
「と、おっしゃいますと?」
「……私の思想に共感を覚えるのかしら?それともイサオの残党?」
イヅルマ市長の表情が一瞬真剣なものに変わるのを、ユーリア議員は見逃さなかった。
「いや~、イヅルマはどちらにも加担しません。イヅルマの飛行船産業は、イジツの人々全ての生活を豊かにするためにある」
「つまり、分け隔てなく皆平等に扱う、と?」
「そういうことです」
「たとえ、自分たちに牙を向けるものたちであっても?」
「そうなったときのために、自警団がいるんです」
「そう。ところで、その自慢の飛行船産業の中核を担う会社が、先日イヅルマで反乱を起こしたようですけど、大丈夫かしら?」
イヅルマ市長は視線をそらした。
「飛行船産業の中核を担う企業、パロット社。その前社長は、何か特定の目的のために動いていたと聞きましたが?」
「あれはパロット社の意向であって、イヅルマの意志とは関係ありません」
「関係ないというなら、なぜことを起こしたパロット社を未だに存続させているのかしら?」
イヅルマ市長は押し黙った。いくらイヅルマがパロット社の恩恵を多分に受けているとはいえ、町を封鎖し、市民を危機にさらした会社を存続させる理由はない。
「いくら産業の中心であっても、町に反旗を翻した存在に処分を下さず放置しているのは、なぜかしら?今もパロット社は存続しているでしょう?」
「自警団の活躍で、パロット社の野望は阻止できた。前社長ウタカ氏は解任し、パロット社は雇用対策の意味もこめ、イヅルマの市営企業となった。処分していないわけではありません」
「……かつて、資源もなく小さな町に過ぎなかったイヅルマが、なぜ飛行船産業の都市として発展できたのか。その理由は私も存じ上げませんが、イヅルマはパロット社にいいように手なずけられているようですね」
明らかに市長の顔にいら立ちの感情がにじむ。
「あなたたちは、私やイサオのとちらの思想にも加担しないんじゃない。パロット社の意向には逆らえない。でなければ自分たちの明日はない。違いますか?」
「それはいささか失礼なものいいではないかな、ユーリア議員」
イヅルマ市長の顔が険しくなった。
「それを言うなら、未だイサオ氏の再興を望む派閥がおり、汚職にまみれているガドール評議会も人のことは言えないでしょう?」
ユーリア議員は眉間に皺をよせる。
「それに、どちらかに加担すれば、イケスカ動乱のような争いにこの町が巻き込まれることになる。それは願い下げだ」
「そうね。でも、いくら無関係でいようと思っても、向こうがイヅルマを放っておくとは限らないわよ」
「何かあれば、自警団が守ってくれます」
「私の用心棒1人に撃墜される自警団のようですが、大丈夫かしら?」
イヅルマ市長の両手が握られ、わずかに震える。
「無関係でいれば、確かに傷つくことはないかもしれない。でも、つながりなくして、皆で協力する生存努力なくして、イジツに明日はありません。イヅルマ一都市で、この先もやっていけると思っているなら、危機感がないわ。未来を生きるために、手を取り合う。そして、どこかの都市が危機に陥っているときに、他の都市が手を差し伸べる。その逆もしかり。それが、私の思想です」
「例え協力できたとしても、ユーハングの新たな遺産が見つかったり、利害で裏切る都市もでるでしょう。そのことを思えば、イサオ氏の誰かが全てを取り仕切るやり方のほうが、現実的だと思うがね」
「イヅルマ市長は檻にぶち込まれるほうがいいというのかしら?」
「現実的と言っているんです。それに、どの都市にも明かせないものというのはある。全ての都市が横の同格なつながりで協力しあうなど、夢物語のようだ。イヅルマは、どちらにも加担しません。我々は、我々のみで生き抜いてみせます」
ユーリア議員は疑問に思った。イヅルマだけでも生き抜く。
食料生産都市のハリマですら、一都市で生き抜くことは難しいと考えているというのに、この市長の自信はどこからくるのか。
そのときだった。
イヅルマ全域に、襲撃を知らせるサイレンが、鳴り響いた。
「なんだ?」
「イヅルマ市長、町へ接近する機影を確認。こちらの呼びかけに応答はないとのことです」
「な、なぜイヅルマを襲う!一体どこの連中だね?」
すると、そばに控えていたカナリア自警団員、エルは市長の優しく触れる。
「大丈夫ですよ。私たちが守りますから、市長はゆっくり避難してくださいね~」
「う~ん、エルく~ん。いつもありがとう~」
そんな光景を見せられてユーリアは内心腹が立ってきた。
無線で聞かされたやり取りは、この自警団員が原因なのは間違いない。
ふと、ユーリアのそばには同じくカナリア自警団員のシノが立っていた。
「ユーリア議員、ここは危険です。避難を」
「必要ないわ」
ユーリアの言葉を聞いて、自警団員は目を見開いた。
「で、ですが、もしものことがあったら……」
「避難なんて必要ないわ」
ここでもし逃げ出せば、帰ってから評議会のクソ野郎どもに腰抜けだ、臆病ものだと責められるだけだ。
「それに、自慢の用心棒がいるもの」
彼女がいれば、並み以上の空賊も追い払ってくれる。
ユーリアは、携帯用の無線機を取り出す。
「隊長、出撃してちょうだい」
カナリア自警団に促され、イヅルマ市長が避難する一方、ユーリアは部屋に1人残り紅茶の入ったカップに手を伸ばした。
「始動準備!」
ハルカの合図で、整備班長がイナーシャハンドルを回す。
「点火!」
班長の合図で彼女はエンジンを始動させる。
推力式単排気管は排気を勢いよく噴き出し、目の前の3枚羽のプロペラが高速で回り始める。
いつもの発進準備を終え、機体に問題がないことを確認すると、彼女は手を振って車輪止めを班長に外してもらい、機体の滑走を始める。
『全機、敵勢力は小型の機影が12機、大型の機影が6機だそうだ』
「大きいのは、爆撃機でしょうか?」
『おそらくはそうだ。ユーリア議員はいつも通り、避難する気はないとのことだ』
無線で笑い声が響いた。
『今、一時的にイヅルマの防空を肩代わりしているが、議員がいる今、我々の仕事はいつもと変わらない』
「「「はい!」」」
滑走路に到着し、隊長を先頭に次々と地面を離れていく。
そしてイヅルマを離れると、町へ向かってくる機影が確認できた。
『敵は零戦52型が12。それに大きいのは……』
「一式陸攻ですね」
遠目に見える、葉巻型の胴体で彼女は機体を特定した。
『よし。全機、まず52型を遠ざける。ハルカ君は敵を落としつつ、陸攻を頼む』
「了解」
『全機交戦開始。行くぞ!』
「「「はい!」」」
鍾馗と零戦が増速し、高出力のエンジンが爆音を上げ、イヅルマを目指す敵影に向かっていった。
上空に陣取ったハルカの零戦は、機首を下げて降下。
すれ違い様に機首の13.2mm機銃を撃ち、先頭を飛ぶ52型を叩き落した。
即座に操縦桿を引いて水平飛行へ移り、一式陸攻の下部を通って後方へ回る。
そのとき、彼女は陸攻が胴体下に妙なものを抱えているのを見た。
「なんだろう、あれ?」
『どうした?』
「隊長、陸攻が胴体下部に何かを抱えています。通常の爆弾よりも大きなものです」
『爆弾なら、都市へ近づけなければいい。早く終わらせるぞ』
「はい」
だが、彼女は何かが引っかかっていた。
陸攻が抱えているものは全体が白く塗られ、主翼や尾翼があり、飛行機のような形状をしている物体だった。
記憶の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じたが、彼女は頭を振ってわきに追いやる。
背後を追ってくる零戦52型の銃撃を回避しつつ、彼女は高度を上げる。
そしてある程度上昇したところでフットペダルを蹴りこみ、失速。
追ってきた52型2機は衝突を避けるために回避する。
彼女は即座に加速し、旋回中の2機の進路上に銃撃を見舞う。タイミングが合ったことで、2機に機銃弾がめり込み、火を噴きながら落ちていく。
周囲を見渡せば、1機の陸攻の周囲の52型がいなくなっている。
「今の内!」
彼女は、護衛のいなくなった一式陸攻へ進路を向ける。
一度高度を上げた後に再び降下。
防弾装備のない上方から進入し、主翼のインテグラルタンクを狙い撃つ。
数発命中しただけで火災が発生。炎がどんどん大きくなっていく。
彼女は陸攻との衝突コースから外れ、後方に回り込み、下方から主翼を撃つ。
陸攻を追い越し、彼女は上空から振り返る。
また出火し、みるみるうちに炎が大きくなっていく。
主翼の付け根あたりが大きな爆炎を上げ、陸攻が急速に高度を下げていく。
その最中。
陸攻は、胴体下に抱えていた白いものを切り離した。
重量を軽くするため、爆弾を切り離したものと誰もが思った。
だが、それは地面に向かって高度を下げていくと、突如後ろから炎を噴き出す。
それは推力となって白い物体を前へ進め、瞬く間に離れていく。
『な、なんだ!?』
隊長の焦る声をよそに、白い物体はイヅルマの町へ向かっていく。
そして建物に激突し大きな爆炎を、爆発音をあげた。
大きな爆発が地面を揺らし、同時に発生した爆風が窓のガラスや建物の壁を激しく揺さぶる。
「……何事!」
激しく波打つ紅茶のカップをテーブルに置き、ユーリアは窓から外の様子を見る。
「何があったの?」
町の一角から炎が上がり、人々が逃げ惑っている。
爆撃でも受けたのかと思ったが、付近に投下したと思しき機体はない。
かといって、ハルカがいるのに爆撃機をむざむざ見逃すとも思えない。
周囲には残骸らしき白色の破片が転がっている。
ユーリアが見たこともないものだった。
「何か新しい手を思いついたのかしら?」
彼女の胸に、新たな疑念が宿った。
「な……」
皆が言葉を失った。
「なんだ、あれは……」
イヅルマの町の一角から上がる煙を見ながら、ユーリア護衛隊の隊長はうめくように言葉を絞り出した。
爆弾かと思っていたら、自力で飛行して建物に激突。町で爆発をおこした。
幸いにしてユーリア議員が対談を行っている場所ではないが、次も無事とは限らない。
これまで、見たこともないものだった。
どうすればいいのか、隊長の頭の中が疑問で溢れそうになる。
その隊長の横を、蒼い翼が追い抜いていった。
ハルカは零戦を加速させると、一式陸攻の上方から襲い掛かった。
スロットルレバーについている20mm機銃の安全装置を外して引き金を引き、機首の13.2mm機銃と主翼の20mm機銃が咆哮を上げた。
機銃弾は一式陸攻の主翼付け根とエンジンに命中。瞬く間に火災が発生しエンジンも停止。空中で爆発を起こした。
「残り4機」
降下から上昇に転じ、手近な一式陸攻に下方から襲い掛かる。
彼女は胴体下に吊り下げられた白い飛行機のような物体を陸攻の胴体ごと撃ち抜いた。
残り3機。
上昇から旋回し、陸攻のエンジンを正面から撃ち抜く。
他の陸攻に狙いをかえ、下方から機銃を放ち、2基のエンジンと胴体下の爆弾を破壊。
「残り1機」
急いで速度を増して、彼女は最後の陸攻を追いかける。
胴体後端の機銃を回避しつつ、彼女は片方の主翼の付け根に機銃弾を叩き込む。
燃料に引火して火災が発生。消火装置が作動するもこれで撃墜、のはずだった。
機体が炎に包まれる直前、胴体下の白い物体を切り離した。
「しまった!」
白い物体は、イヅルマの町へ向けて高度を下げていく。
ハルカも機首を下げて急いで白い物体のあとを追う。
降下角度が次第に急になり、速度が増し、同時に機体の振動が増してくる。
いくら急降下速度が増している52型丙でも、次第に限界速度に近づいてくる。
「も、もう少し……」
機体の振動で照準器がぶれ、小さな標的に定めることが難しくなる。
できるだけ距離を詰めて照準器のサークルを合わせ、彼女は引き金を引いた。
3丁の機銃が一斉に放たれ、白い標的に殺到する。
銃弾が白い物体の後部から中央にかけて命中し、穴が開く。
その中の数発が機首の中央付近に命中。炎が上がった。
―――まずい!
反射的に危険を察した彼女はスロットルレバーを絞って操縦桿を引き、機首をあげた。直後、白い物体が爆発を起こした。
強烈な爆風が、彼女の愛機を襲い、爆炎が彼女を包み込んだ。