とんでもないことを告げられる。
先ほどの空賊たちの次の襲撃に備える護衛隊だが、新兵器の情報
が全くない。皆が困る中、ユーリア議員は彼女を問いただす。
彼女の口から告げられた、新兵器の正体とは……。
「一体どういうつもりなのかしら?」
ユーリア議員が敵意を隠そうともせず、目の前の老人をにらみつける。
「……イヅルマ市長」
向かい合って座るイヅルマの市長は、ため息を吐き出す。
「さきほど申し上げた通りです」
イヅルマ市長は言い放った。
「さきほど、このイヅルマを襲った空賊から、これ以上の襲撃を受けたくなければ、あなたを引き渡すよう要求がありました。私はこのイヅルマを守るため、あらゆる選択肢を排除しない考えでいる、と」
「それはつまり、私を空賊に引き渡すということ?」
「あらゆる選択肢を排除しない。……そう言っているだけです」
ユーリアは表情を険しくする。明言はさけていても、そう言っていることに等しい。
「彼らは、明後日にまた襲撃をすると。それ以後も返答がない場合は、イヅルマを襲撃し続ける。そういっていました」
「それに対して、あなたは町を守るために、他都市の議員を引き渡すというの?」
「私にはこの町を守る義務があります。そのため、あらゆる選択肢を模索するのは、当然のことでしょう?」
「そのために他都市の議員を引き渡すなんて話、聞いたことないけど」
空賊が政治家の引き渡しを求めること自体が、今は珍しい例だ。
誘拐して身代金を、などと想像するかもしれないが、政治家相手にそれができる空賊などいないし、身代金を要求するなら、護衛がついていて手間のかかる政治家よりも、金持ちの子供を誘拐したほうがまだ安全策だ。
何より、他都市からの来客にこんなことをしてしまえば、周囲の都市からの視線は冷たいものになり、そんな都市と関係は持ちたくないと、交流が次第に乏しくなっていく。
身の安全の保障されない都市に行きたがる政治家など、どこにもいない。
そう考えるのだが、今のイヅルマ市長はその選択肢を排除しないといっている。
そんなことをすればどうなるか、わからないわけではあるまい。
「そうでしょう。しかし、町を守るためにあらゆる可能性を模索するのが、我々政治家の役目です」
「でも、それを行うのはうてる手をうってからのこと。自警団は使わないの?」
「あなたの用心棒が全て落としました。修理には、まだしばし時間がかかります」
「……だから私を引き渡して幕を早々に引こうっていうの?」
「早々にとは考えておりません。いずれにしても、自警団が動けない以上、私にとれる手はこれくらいのものです。あなたが自前の護衛隊でやるのは構いません。しかし、それで次の襲撃を防げなければ、この町に被害が出るようなら、私は最後の手段に訴えるつもりです」
「その最後の手段を使えばどうなるか、わからないわけじゃないでしょう?」
「問題ありません。それでも我々は、それによって立つであろう悪評をはねのけられるだけのものがあります」
ユーリアは訝し気な顔をする。
この市長の自信の源はなにか。
いくら飛行船産業で栄えている町とはいえ、それで空賊に屈した、他都市の議員を引き渡した悪評をはねのけ、周辺都市の信頼を損なわないほど強力かは疑問符がつく。
いずれにしても、こんな市長と話しているだけ時間の無駄だ。
「失礼するわ、市長」
ユーリアは静かに、市長の部屋を出た。
「そんなことが……」
隊長からことのいきさつを聞いたハルカは、言葉を失った。
「まさか、イヅルマの市長がこんな判断をするとは……」
隊長は頭を抱えている。日頃、空賊に対して譲らない、屈服しないを旨としているユーリアのそばにいるから考えなかった。
このような判断をする人物がいるなど、蚊帳の外だった。
「とりあえずわかっていることは、今日ここを襲撃に来た連中は、私の引き渡しを求めていること。次に、明後日襲撃を行う予定であること。その際にイヅルマに被害が出た場合、イヅルマ市長は私を引き渡すつもりでいること……」
隊長に副隊長、ハルカたちは俯く。
また襲撃があるということは、あの白い物体がまた使われる可能性がある。
いや、間違いなく使われる。
ならば、明後日の襲撃時になんとしてでもイヅルマに被害を与えてはいけない。
それには、この町に到着する前に迎え撃つしかない。
それを、護衛隊9機の戦力のみで。
ふと、部屋のドアがノックされる。
「ユーリア議員、いらっしゃいますか?」
「……入って」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、カナリア自警団団長のアコと、団員のシノだった。
「何の用かしら?私を引き渡す準備に来たのかしら?」
ユーリアの視線が、敵意を含んだように鋭くなり、アコとシノが一瞬怯えた。
「いえ、その……」
「私たちにも、協力させてください」
おびえるアコをよそに、シノが答えた。
「……協力?」
「はい!このまま議員を空賊に引き渡すのを、黙ってみていることはできません!私たちも手伝います。いえ、手伝わせてください!」
「……でも、あなたたちの紫電は修理中なのでしょう?」
「明日には修理が完了する目途が立ちました」
「でも、イヅルマ市長はあなたたちを使う気はないように見えたけど?」
先ほどユーリアは市長と話した際、自警団の機体の修理が完了すると思っていないようだったし、使う気があるのかもわからない口ぶりだった。
それに、自警団はイヅルマという町の持ち物。勝手な行動は許されない。
「でも、私たちは自警団です!イヅルマを守るためとはいえ、お客さんを引き渡すなんて、そんなことしたら私たち自警団の名折れ。私たちの存在する理由を奪うことに他なりません。それだけは、何があってもやってはいけません!」
町を守るための自警団。市長の意向で動くとしても、やってはいけない一線というものがある。
自警団が空賊の要求をのんであっさり応じるようでは、彼らは自分達の存在意義を失ってしまう。
「……わかったわ」
ため息を吐き出したユーリアは、アコとシノに座るよう促す。
2人は礼をしてからユーリアの正面に座った。
「ではまず、今わかっている空賊の戦力について、情報を共有したいのですが……」
「戦力は、護衛の52型はまた来るだろう。そして一式陸攻と、あの白い物体が使われるだろうな」
「あの白い物体について、何かわかりましたか?」
すると隊長は、整備班長が依頼した写真を机の上に並べた。
「それが、さっぱり。古参の整備班長でも、こんなもの見たことないそうだ」
「そうですか……」
「整備班長のジノリさんも、見たことないっていっていたわね」
アコが、カナリア自警団の整備班長ですと補足する。
「結局、あの物体が何なのか情報がまるでない、ということね……」
部屋に沈黙が訪れる。
ふと、ユーリアは左のソファーに視線を向ける。
「……ハルカ」
「……はい」
彼女はゆっくりとした動作で視線を向けてきた。
「あなた、あれについて何かしらない?」
「え……。その、知らない、です」
ユーリアは視線を細めた。
さきほど、彼女が視線を逸らすのを見逃さなかった。
確信を得た。彼女は何かを知っている。
でも、問いただしたところで、彼女は口を開かないだろう。
「そうなの……。にしては、あの白い物体が使われたあと、随分的確に攻撃をしていたようだけど?陸攻を撃墜するとか」
ハルカの目が一瞬見開かれた。
「そういえば……。君はあの爆発に我々が驚いている中、すぐ行動に移せていたな」
隊長が思い出したように言う。
「ねえ、どうして?」
優しくユーリアは問いかけるが、それがかえって恐ろしいのかハルカの顔がこわばる。
「やっぱり、何か知っているんじゃないの?」
否定できない事実を並べ、ユーリアは彼女の逃げ道をふさいでいく。
「え、その……。ただ、記憶が朧気なので……」
咄嗟の言い訳なのだろうが、これで彼女は認めたようなものだ。
「そう。じゃあ、朧気でもいいから話してくれないかしら?」
彼女はハッとした表情になるが、もう遅い。
「そうですよ、それが突破口になるかもしれません。朧気でもいいから、今は情報が必要なんです!」
アコの力説も加わり、彼女は遂に言い逃れができなくなった。
ユーリアは内心でアコに感謝しつつ、ハルカに視線を戻す。
「ハルカ、返事は?」
「……わかりました」
彼女は遂に観念した。
「ですけど、ユーハングの残した資料を読んだだけで、私も実物を見るのは初めてです。記憶も朧気ですが、それでも?」
「ええ、勿論」
ユーリアは先を促す。ハルカは大きく息を吐き出した後、口を開いた。
「この白い物体ですが、先も言ったように、ユーハングの残していった資料の中に記載がありました」
「これは、ユーハングの遺産なのか?」
「おそらく……。この白い物体はユーハングが生み出した、特殊攻撃に用いるための決戦兵器」
彼女は一度言葉を切り、絞り出すようにその名を口にした。
「名前は確か、桜花といいます」
「桜花?」
初めて聞く名前に、皆が首を傾げる。
「桜花は、爆薬を機首の内部に搭載し、その後ろに操縦席があります。主翼は短く、安定性を高めるために双垂直尾翼を装備。最大の特徴は、この機体は従来のプロペラではなく、ロケットエンジンで推力を得るんです」
「でも、ロケットエンジンじゃ長い距離は飛べないんじゃ?」
「はい。ですから、一式陸攻が運んでいたんです」
「そもそも、これは何に使うの?機銃の1つも装備していないようだけど?」
「炸薬を積んでいるから爆弾かと思いきや、操縦席があるとか、よくわからないんだが……」
ふと、ハルカの表情が曇った。
アコにシノ、隊長の抱いた違和感は間違っていない。
あんな使い方をするなど、普通は思わない。
「桜花は……、特殊な攻撃を行うために作られたんです」
皆が首を傾げる。
「この兵器は、ロケットエンジンで推力を得ながら、パイロットが操縦して機体を誘導。そして、目標目掛けて直進し、機首の炸薬で損傷を与える」
「ちょっと待てハルカ君!それじゃあまるで体当たりだ!パイロットはどうなる?」
慌てる隊長に、彼女は静かに言った。
「パイロットは、機体もろとも死にます。この桜花は、パイロットの命を弾のように打ち出し、引き換えに、敵に多大な損害を与えるものなんです」
皆が目を見開いた。
その、悪魔ともいえる使い方に。
このイジツに空を飛ぶ技術をもたらし、反映に大きく貢献したユーハングが、そんな兵器を生み出していたことに、少なからずショックを受けている様子だ。
「でも、今回使われた桜花に人は乗っていませんでした。代わりに操縦席にあったのは、機械の箱のようなものですけど……」
ハルカは、机の上に置かれた写真を手に取る。
残骸から察するに、今回使われた桜花には人が乗っていない。
最後に投下された桜花を追った際にも、操縦席に人がいたようには見えなかった。
操縦席にあったのは、何か機械が収められているのであろう金属製の箱のようなものだけだった。
「これ、何だと思う?」
ユーリア議員の言葉に、彼女は首を横に振った。
「人の変わりを、この機械が担っている可能性はあります。旧自由博愛連合の残党が、人的資源を使い捨てにできるほど、余裕のある状態とは思えません」
イケスカ動乱以降、会長であったイサオ氏が穴に消えたあと、自由博愛連合は瓦解。
後継を自任するものたちで半ば争っている状態だった。
かつては連合に参加していた都市も多くが離れ、飛行隊だった人間たちも空賊に流れた今、人的資源には限りがあるはず。
にも関わらず、いくら与える損失は大きいとはいえ、人的資源を弾として打ち出す桜花をユーハングが使用した通りに運用できるとは思えない。
「きっと、今回使われた桜花は、何かしら改造が施されている可能性があります」
「例えば?」
「そうですね……。流星や天山、銀河のようなオートパイロットが搭載されている、とか」
「なるほど、なら無人であっても不思議じゃないな」
「……ですが、流星などに使われているオートパイロットは、あくまで方位や高度を固定するものです。桜花は、一定高度まで下がると自動でエンジンが始動していました。そこまではできないはず……」
「できるかも、しれません」
それまで静観していたアコが、突如口をはさんだ。
「私たちはそれができる機械、自動操縦装置を見たことがあります。それを作れる会社にも、心当たりがあります」
彼女は立ち上がり、言った。
「聞きに行きましょう。元パロット社の社長、ウタカさんに」