情報を聞き出そうとしたカナリア自警団であったが、男性の口は
堅く聞きなれない言葉で誤魔化されてしまう。
そんな中、皆が寝静まったころに、彼女は部屋を抜け出す。
彼女が向かった先は……。
「こまったことになりました……」
自警団の事務所に帰ってきたアコはつぶやく。
「手がかりが目の前にあるかもしれないのに……」
「ああもう!口が堅いなんて……。こうなったら、拷問してでも」
「シノさん、自警団で拷問はダメですよ」
「そんなこと言っている場合!?明後日には襲撃が行われるっていうのに!」
「なら技をかけて締め上げれば」
「ミントさん落ち着いて!おじいさんが死んじゃいますよ!」
「なら、いっそ篭絡させるとか?」
「いくらエルでも、あの堅物無言ジジイを篭絡させるのは無理よ」
「くかぁ~」
カナリア自警団の部屋には、紫電の修理にいっているリッタを除いて全員が集まっていた。
地下牢に引きこもっているパロット社の技術者だという老人に口を割らせようと、ああでもないこうでもないと言い合っている。
そんな騒音が凄い環境下、ヘレン1人だけが豪快に寝ている。議員の前で爆睡するとはいい度胸をしているが、それが日常風景なのか皆注意しない。
「ユーリア議員、もう8時になります。もう、お休みになられた方が……」
「……そうね」
護衛隊隊長に言われ、ユーリア議員は今になって疲れが押し寄せてきたことに気づいた。
結局手がかりが得られず、明日再びあの老人のもとにいくとのことで解散となった。
日が沈んだ夜。荒野の広がるイジツの夜は冷える。
イヅルマの町の一角にある、資産家や裕福な人々が暮らす住宅地。
その中で広い敷地を長い塀で囲った屋敷の主は、部屋で震えていた。
「なんだ、今日の襲撃は……。もしかして、あれがあいつらの言っていた」
突如部屋に設置されている電話がベルを鳴らし、主は心臓が跳ね上がるような錯覚に陥った。
彼は震えながら電話の受話器をとった。
「……誰だ」
『我々の力、思い知りましたかな?』
あの眼鏡をかけたいけ好かない男だと、主は察した。
『あれが複数使われれば、どうなるかお判りでしょう?我々の要求を呑んで下されば、明後日の襲撃を最後にしますが?』
「そんな脅し程度」
『脅し?我々は本気ですよ?どうしても断るというのなら、あなたの住む場所に撃ちこんだ後、回収するという強硬策を取りますが?』
「イヅルマにも自警団はいる」
『あの程度の自警団で防げるとでも?何れにしても、ユーリアを引き渡したくらいで我々があきらめると思ったら間違いですよ』
「約束が違うじゃないか!?」
『約束?この世は奪うか奪われるか。ユーリアめを引き渡したとしても、我々は襲撃は行わないだけで、あなたがお持ちのブツをあきらめるとは一言もいっておりません』
主は奥歯をかみしめる。
『さて、我々の提示する金額で引き渡すか、襲撃によって根こそぎ奪われるか、決めるのはあなたですよ。では……、ムフッ』
電話が切れた。
「くそ……」
かつて、穴からの落とし物を手にしたときは、これで未来永劫裕福に過ごせると彼は考えていた。
だが、それが今は危機を引き寄せている。
主は高級そうなソファーに座りこみ、頭を抱えた。
深夜0時を回ったころ、ハルカは目を覚ました。
背後にユーリア議員のぬくもりを感じつつも、彼女は回されている腕から慎重に抜け出す。
同じ部屋に寝ている隊長、副隊長が目覚めていないことを確認すると、彼女は防寒用のジャケットを羽織り、部屋のドアを静かに開けた。
「どこかに行かれるんですか?」
ドアの脇で警護のために立っていたアコ団長が声をかけてくる。
ハルカは咄嗟に彼女の口を右手で塞ぎ、ドアを静かに閉める。
「すいません、ですが議員が起きてしまうので静かにお願いします」
小声で言うと、アコは首を縦に振った。
「お願いがあります」
静かな牢屋の中、男性は部屋の隅に置かれたベッドで寝ていた。
ふと、足音が聞こえてきた。
「nanikakotaetekuremasenka……」
イジツ語の発音だ。何を言っているのかはわかるが、彼は無視した。
どうせ技術的なことを欲しているだけだ。どの町も、ユーハングの遺産を巡って目に見えない小競り合いを続けている。
それを独占しようとしたイサオ氏は、疾風や紫電改の量産だけでなく、あの富嶽の量産までもやってのけた。
その結果がなにをもたらしたのかは、語るまでもない。
パロット社ならそういったことと無縁だと思っていたが、社長が失脚した今、結局はこの争いごとからは逃げられないのかもしれない。
もう、そんなことにかかわるのはごめんだった。
『あの~、何か言ってもらえませんか?』
彼は飛び起きた。
『い、いまのは……』
『ああ、
彼は驚いた。久方ぶりに聞く言語に。
彼はベッドから体を起こすと、声の主の姿を確認した。
黒くて長い髪に、白色のスカート。防寒用の茶色のジャケット。
あのユーリアとかいう議員のそばにいた若い女性だろうと、彼は思い出した。
『嬢ちゃん、何者だ?』
『私はイジツ生まれのイジツの人間ですよ』
『だが、今嬢ちゃんが話している言葉は……』
今2人が話している言語は、もう部分的にしかイジツには残っていない。
もし理解できても、文章が解釈できるのがやっとで、話せる人間は殆どいない。
この言葉を話していた人々は、70年以上前にこのイジツを去ってしまったのだから。
『それより、教えて欲しいことがあるんです』
『あいにくだが、私は何も応えんぞ』
老人はそっぽを向いた。
『さっき、私はあなたの質問に答えました。それであなたは嫌では、不公平ではありませんか?』
老人は一瞬眉を引くつかせたが、黙ったままだ。
『これは私の勝手な想像なのですが……』
彼女は勝手に続けた。
『あなたが無言なのは、情報を与えていい人間かを確かめているんじゃないですか?』
『なぜ、そんな面倒なことをしなければならない?』
『あなたはかつて、パロット社で働いていた。ですが、一度イケスカに戻っている。それは、恐らくイケスカがあなたの技術を求めてきたから。ですが、その後再びパロット社に保護を求めて帰ってきた』
『それが、どうした?』
『……あなたは、何かイケスカでとんでもないことにかかわっていた。それが嫌で、自由博愛連合側でも、反イケスカ同盟側でもない、ある種の中立であるイヅルマに戻り、飛行船を作ることに集中した。その際、この牢屋を仕事場にしたのは、あなたの知っている知識や技術が、むやみに外部で流出しないようにするためだったんじゃないですか?』
『なぜそう思う?』
『イケスカは、ユーハングでさえ実現できなかった爆撃機、富嶽を実現させた。あれの実現には、膨大な資金が必要であると同時に、高度な知識も要求される。その知識の一部を、ユーハングは資料を置きっぱなしにして帰っていったことで残してしまった。ですが、どんな高度な技術も解釈して活用できる人間がいなければ意味がない。あなたは、その解釈や活用ができた』
老人が黙っているのを肯定ととらえ、彼女は続ける。
『技術者をかき集め、イケスカはどの都市よりも飛行機の研究で先を行った。それによって肥大化したイケスカが、もっといえばイサオ氏が何をしたのかは、周知の事実。従わない都市を焼き払い、リノウチ空戦ほどではないにせよ、イケスカ動乱を引き起こし、ユーハングの遺産でこのイジツが荒れることになった。あなたは、イケスカを肥大させるのに加担した。結果として、そのことを後悔している。違いますか?』
彼女は鉄格子に近寄り、床に膝をついた。
『……後悔しているのは、そのことだけじゃないが。自分の技術で多くの人々の人生を狂わせた。そんな老人には、こんな牢屋がお似合いだろう?』
ようやく老人は口を開いた。
『あなたは、桜花の写真を見たとき、わずかに反応していましたよね?』
『ほう、嬢ちゃんは桜花のことも知っているのか?』
『……残された資料を読んだだけですけどね』
『なら、あれがどれほど倫理や人道的な考えを排した結果生まれたものか、わからないわけではないだろう?悪魔の研究とは、ああいうもののことを言うんだ』
『じゃあ、あれはあなたが……』
『そうだ。イサオ氏がいたとき、イケスカに帰った際、残された資料をもとに再現した。自由博愛連合に協力したときの成果物だ。ロケットエンジンを搭載した小型の飛行機が作れないかと、模索するためのな。もっとも作りはしたが、イサオ氏は興味なさそうだったから使われなかったし、イケスカ動乱でイサオ氏がいなくなってはただのガラクタ。歴史の徒花として消えるはずだった』
『でも消えなかった。それどころか、ある程度の数が作られこのイヅルマで使われた。おまけに、自動操縦装置で操作するという改良まで施して』
老人は黙り込む。
『なんで量産が可能だったんですか?イケスカは、今は内戦状態のはず』
『……後継者が現れた』
『後継者って、イサオ氏の?』
『……ああ。その後継者が現れたことで、イケスカは内戦状態から徐々に脱しつつある。イサオ氏が残した地盤を引き継ぎ、再びイジツの覇権を狙って戦力の再編を行っている』
『それで、ショウトやナガヤを攻撃したわけですか……』
『内戦状態から脱しつつあるものの、それでも規模はかつてほどではない。だからこそ、人的資源を極力消費しない戦力が必要になった』
『それが、改造された桜花ですか』
『自動操縦装置で操作できれば、自力で飛行する爆弾だ。規模が小さくなった自由博愛連合にとっては、魅力的なものだ。……設計図をイケスカに残してきたのがあだになったな』
『……あなたは、なぜイサオ氏に協力を?』
老人は黙り込んだ。
『……可能性が高い方にかけた。それだけだ』
『可能性?』
『……私は、君たちの言うところの、
彼女は目を見開いた。
『私は、元は飛行機の技術者だった。ユーハングで色んな飛行機の設計に携わった。戦いに勝つためにな』
『戦い?』
『ユーハングに攻め込んでくる外敵から国を守るために、私は飛行機や、桜花を生み出した』
老人は何かを絞り出すように、苦しそうに言う。
『だが、生み出したものは守るどころか、乗った仲間を確実に殺すものになってしまった。こんな話があるか!私は、仲間を殺すために飛行機を作ったんじゃない!あんな場所に帰るのは、もうごめんだ』
『だから、ユーハングに帰ろうとしないんですね』
『そうだ。そこでイジツに残ることにした。だが、この世界は荒れている。資源やユーハングの遺産を奪い合い、航空技術でこの世界は何度も荒れた』
『だから、この世界をまとめようとする人間に味方した』
当時はまだ、ユーリア議員の思想を信じていたのはごく少数の都市の関係者だけであった。
確かに議員の理想が叶えばいいが、そのときに実現可能だったのは、ブユウ商事という巨大企業の力をもったイサオ氏の自由博愛連合しかなかった。
『そうだ。それでパロット社である程度働いた後、イサオ氏に手を貸した。今にして思えば過ちだったが、気付くのが遅すぎた』
過ち。それがなんであるか、彼女は察した。
『力を貸した結果、生み出された富嶽で多くの都市が焼かれた。彼が、あんなに徹底的にやる男だと気づけなかった……』
ユーリア議員は気づいていたようだが、ガドール評議会は未だにイサオ氏が帰ってくると信じているものがいるし、実際にイケスカに多くの都市が味方した事実がある以上、彼のカリスマ性や人に夢や希望を持たせる話術は本物だったのだろう。
『自分の作ったもので仲間たちが命を落とし、ここで協力した結果多くの人々を傷つけた。私は決めたんだ。この牢屋の中ならば、一番平穏に暮らせる』
自分のしたことに対して負い目を感じ、そこから離れたくて、この技術者はこんな地下にこもったのだ。
『少しおしゃべりが過ぎたな……』
老人は部屋のすみのベッドに戻ろうとする。
『そういえば、嬢ちゃんは飛行機乗りなのか?』
『……はい』
『なぜ、飛行機に乗る?』
しばし考え、彼女は応えた。
『亡き家族の願いに、応えるため』
老人は足を止めた。ハルカはまだ聞きたいことを聞き出せていない。それを聞き出すまでは寝られては困る。
『私の名前は、ハルカと言います。ユーハングの言葉で、とても遠くを示す言葉だと』
『……そうだな』
『それは、自分達ができなかったことを成し遂げてくれる。自分達が見なかった風景を見に行ってくれる。そのために自身で道を切りひらいっていってくれる。そうあってほしいと望まれ、そうあってくれると家族が信じてつけてくれた名です』
『随分大きな願いだな。ところで、君の家族は』
『……リノウチ空戦に参戦したり、空賊によって殆どは亡くなりました』
『そうか……。なのに君は家族の願いのために飛ぶのか?死人を相手に、なんの義理がある?』
『……連れて行く。そう応えましたから』
老人は首を傾げた。
『生き残ったものは、看取った人間の最期や、歩んだ物語全てをもって、歩き続けなければならない。それが、生きのこったものの責務だと、そう教えてくれた人がいました』
『……生真面目な奴だな』
『それに、私は一時期家族を養うために、空賊行為に手を染めていた時期がありました』
老人は目を見開いた。
『その結果、その空賊に家族は処分されてしまったんですけどね。滑稽な話ですよね。私も、ユーハングの遺産でこのイジツを荒らした人間の1人です』
『そんな罪を犯しても、それでも君は、飛び続けるのか?』
『はい』
彼女は、はっきりと言い放った。
『私は確かに許されないことをした。だから、償いをしなければなりません』
『簡単に償える罪なのか?』
『償えるかじゃありません。むしろ、一生かけても償えるかわかりません。それでも、やるしかない。進むしかないんです』
それが、今の彼女の現状だった。
『できてもできなくても、進むしかない、か……』
老人は表情を引き締める。
『イヅルマで桜花を使った連中は、間違いなく自由博愛連合の残党だ。私が残した設計図をもとに作ったんだろう』
『その桜花を使って、明後日襲撃を行うと予告されています。……どうすれば』
『あの桜花はロケットエンジンを使っている。飛べる距離は、せいぜい50km。イヅルマに到達する前に、母機を落とす方が効果的だ』
『桜花を直接落とすことは?』
『無理だと考えた方がいい。落下中なら可能性はあるが、一度エンジンに火が入ると通常の飛行機では追いつけない。それなら、吊り下げている陸攻を落としたほうがいい』
『その陸攻は、イケスカから来たと思いますか?』
『それはないだろうな。イヅルマから少し離れた場所に、今は使われていない空の駅がある。恐らく、そこだ』
『わかりました』
ハルカは一度深呼吸をする。
ここからは、個人的に聞きたいことだ。
『あと1つ、聞きたいことがあるんですけど』
『なんだ?』
『イケスカで、タカヒトという名を聞きませんでしたか?』
『タカヒト?……一緒にイケスカで技術者として働いていた』
『本当に!?』
彼女は鉄格子に張り付くように顔を近づける。
『ああ。彼の協力があって、震電や富嶽が実現できたんだ』
『彼は、今どこに?』
『なぜ知りたがる?』
『……私の、祖父なんです』
『あいつの、孫か……』
老人は、鉄格子を通して彼女をまじまじと見る。
『すまない。途中でわしと同様、イケスカから逃げ出した。その後のことはわからないんだ』
『そう、ですか……』
行方はハッキリしなかったものの、少なくとももうイケスカにはいる可能性は低いことはわかった。
なら、生きている可能性がある。まだ、希望がある。
彼女は頭をさげ、その場をあとにした。
そして待ってもらっていたアコに礼をいうと、彼女は議員の部屋に向かった。
その際、彼女は気が付かなかった。
「……ハルカ」
その背中を、脇道に隠れていたユーリア議員が見つめていたことに。
そばには、カナリア自警団のシノがいる。
議員は、ハルカが部屋を抜け出すのに気づいていた。
そこで、護衛だから一緒にくるようにと、シノを連れてあとをつけた。そしてやってきたのは、訪れたはずの地下牢。
様子を見守るユーリアは驚いた。最初はイジツの言葉で呼びかけていた彼女だったが、突如聞いたことのない言語で老人と話をはじめた。
何を言っているのかは理解できなかったが、単語は部分的に聞き取ることができた。
そこから、ユーリアは彼女が話していた言葉が何であるか推測できた。
――――あなた……、何者なの……。
ユーリアは今すぐにでも問い詰めたい衝動を抑え、シノを連れて部屋に向かった。
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