パイロットの拘束に成功する。
ラハマや第二羽衣丸の襲撃目的、情報を聞き出すため、自警団による
取り調べが始まる。
ハルカは目の前の九七戦を追いかけつつ、時間を稼ぐ。
装備の追加で重くなっても、52型丙の速度は九七戦や隼1型を上回る。
九七戦は必至に上に下に回避行動をとる。タイミングを見計らい、彼女は機銃を撃ちこむ。
「ナカイ、まだ撤収は完了しないの!?」
『もう少しで安全圏だ。あと5分頼む』
「無茶いってくれて……」
『そういうな。今回の報酬弾んでやるよ。これで家族に、もっとマシな暮らしさせられるだろう?』
「……わかった」
彼女は深追いをやめ、標的を別の九七戦に変える。敵の数が多い場合は、深追いや足を止める戦い方はご法度。
周囲を観察しながら、彼女は標的を変えては追いかけていく。
「とはいったものの……」
彼女は計器盤を見つめる。もう、先ほど敵機を落とすのに機銃の弾を大量に使ったし、なにより、根城からここまで増槽無しで飛んで来た上に空戦をこんな長時間しているせいで、燃料の残りが心配になってきた。
「5分以内になんとかしないと、帰れなくなる……」
そのとき、背後から機銃を撃つ発砲音が耳に入った。
「……また」
彼女は風防の後ろを振り返りつつ、フットペダルを蹴りこんだ。
「よし、いくぞ!」
背後に陣取ったレオナは零戦に機首の機銃を撃つ。零戦は左へ機体を滑らせ、回避する。
「行かせるな!」
ザラの隼が零戦の左後ろから発砲する。それを回避するため、右へ進路を変えた。
「よし、そのままだ」
レオナたちは零戦を追い込むように、後ろからの発砲を繰り返す。零戦は左右に機体を振り、機銃を回避する。レオナはその進路上に目をむける。
零戦の進路上には、ラハマの町がある。町の上での戦闘は、住民に被害を出さないために、極力戦闘は控えるべきと、大都市なら考えることだろう。
間もなく、町の上空にさしかかった。レオナは無線に向かって叫んだ。
「今だ!」
『了解!各銃座、撃て!』
ラハマ各所に設置された対空機銃が火を噴いた。
この町は、町民が一体となり、空賊に譲らないと誓った町だ。
来た空賊は迎え撃つ。大事なものは、自分達の手で守り抜く。
下からの銃座の弾幕を回避しようと、零戦は上昇に転じようとする。
「ケイト!」
『……了解』
上空から零戦に向けて機銃弾が駆け抜けていく。機首をあげようとした零戦は機体を水平に戻す。上空にはケイトが陣取っている。下手に上昇しようとして速度を失えば、その瞬間を狙い撃たれる。
上昇を断念した零戦は、右へ旋回する。
それをレオナがけん制。
左へ機首を向けたところでザラが発砲。
下からは対空機銃が睨みをきかせている。
上昇しようとすれば、ケイトが頭をおさえる。
上にも、左にも右にも、下にもいけない。零戦はなんとかこの状況から抜け出そうともがくが、銃弾をかわすのに精一杯の状況だ。
そんな中、焦れた零戦が動いた。右へ機体を傾け、大きく右へ旋回しようとする。
レオナはフラップで旋回半径を小さくし、零戦の進路上に機首を向ける。
装備が増して重くなった上に、主翼が短くなった52型は翼面荷重が高い。低空での旋回性能なら、隼が上。
レオナは照準眼鏡を覗く。照準線に零戦の主翼が重なる。
隼の機銃弾が放たれた。
真っすぐとんだ機銃弾は零戦の右主翼にめり込み、出火した。
「くそ!」
撃たれた右主翼から火の手が上がる。
「……消火装置!」
彼女は手動で消火装置を作動させる。主翼内に取り付けられた、炭酸ガス噴射装置が作動し、炎を鎮火させる。
だが一息ついている暇はない。上空にも、後方にもコトブキの機体。
旋回しようとすればまた撃たれるし、対空機銃が地上からにらみを利かせている以上低空にも逃げられない。
「目に見えない鳥かごか……」
火災は消えたが燃料の放出が止まらない。52型丙には、防弾板はあっても防漏タンクはない。
このままではいずれ燃料が尽きてエンジンが止まり、不時着しなければならなくなる。
無線から声が聞こえる。
『ハルカ、こちらは撤収が終わった。もう離脱してくれ』
「……ごめん、帰るのが遅れる」
『落とされたのか?』
「……軽く撃たれた。おまけに燃料もない」
『そっか。まあ、お前なら逃げてこれるだろう。待っているぞ』
「……ええ」
軽く言う上司を憎らしく思いつつ、彼女は周囲を見る。
「……この機体は落とせない、いくしかない」
彼女は着陸脚を下ろし、高度を下げて着陸準備にはいる。彼女の進路上には、舗装された平地が広がっている。
そこは彼女が最初に襲撃した場所、第二羽衣丸のそばだった。
『着陸する気なの?』
『……レオナどうする?撃墜するなら、絶好の機会』
「いや、このまま着陸させよう。自警団へ連絡を」
『……了解』
ケイトが無線で自警団に連絡を入れる。
『いいの?蒼翼の悪魔を落とす、せっかくの機会よ?』
レオナは町を見渡す。地上には、落とされた九七戦やキリエたちの隼が見える。
それ以前に、あの零戦は輸送船を何隻も襲っている。
単機でこれだけの被害をもたらせる敵機を落とせば、確かにこれ以上被害がでることはない。
「……なぜ羽衣丸を狙ってきたのか、色んな事情を聞き出す機会でもある。仲間が逃げた今、貴重な情報源だ」
『レオナがそういうなら、私は従うわ』
「ありがとう」
レオナは高度を落とし、離れた地点に降りる準備をする。
「私は彼女の拘束に立ち会う。2人は、万一に備え上空警戒を」
『『了解』』
脚を下ろし、彼女は離れた場所に降りる準備にはいった。
「はあ~」
着陸に成功しエンジンを切ったが、一息ついている場合ではない。
「来ているか……」
遠目に、自警団員たちが近づいてきているのが見える。捕まるのは間もなくだ。
彼女は計器盤の下に手を入れ、操作を行った。
この機体を作った祖父と父が盗難防止に、いくつかの操作を行えば燃料供給が遮断され、エンジンの始動もできなくなるように細工がしている。
これで、この零戦を動かすことはできない。
彼女は風防を開けて翼の付け根に脚を下ろすと風防を閉めて地面に降り、尾翼の影に隠れた。
直後、銃声とともに近くの地面がえぐれた。
「もう逃げ場はないぞ!両手を頭の後ろに組んで、おとなしく出てこい!」
彼女はゆっくりとした足取りで、尾翼の影から出た。
目の前には、一斉に銃口を向けている自警団員たちがいる。そしてコトブキの赤髪の人も。
「お、おい……」
「あの嬢ちゃん、本当に空賊なのか…」
「なんかの間違いなんじゃないか?」
「見た目に騙されるな!この機体から出てきた以上、間違いない!」
戸惑った彼らだが、すぐ表情を引き締めた。
「で、これでいいですか?」
ハルカは言われた通り、両手を頭の後ろに組んでいた。
「ジャケットの左胸。銃を持っているだろ?」
衣服のふくらみで気づかれたのだろう。彼女はホルスターから銃を抜き、自警団員たちの方へけってよこした。
「よし、拘束しろ!」
途端、彼女は顔を地面に打ち付けた。いつの間にか後ろに回り込んでいたレオナに頭を掴まれ、万力のような強い力でつかまれたまま地面に押し倒された。
「抵抗するな」
彼女は淡々と手錠を両手首にかける。それが終わると、彼女をたたせる。
「やっと捕まえたぞ。君には色々聞きたいことがある。ゆっくり話そうか」
「詰め所まで行くぞ」
自警団に包囲され、レオナに誘導され、彼女は自警団の詰め所へと連行されていった。
「うき~!!なんか納得いかない!レオナなんでそんなにやさしいの!私たちには鬼なのに!」
「機銃弾全部撃ちこんでやりたい!10回叩き落したい!」
「チカ、野蛮すぎですわよ?キリエはレオナに聞かれたら大変ですわ」
ハルカに撃墜された3人は、地上でその風景を遠目に眺めていた。
「どうせなら簀巻きにして、彗星の爆弾倉に入れて、高い空から放り出してやりたいですわ」
空恐ろしいことを、上品な笑顔でさらっというエンマにキリエは震える。
「……エンマも野蛮だと思う」
「安心してくださいまし、半分冗談ですから」
「……でも、半分なんだ」
「ところで、キリエ」
エンマの表情が険しくなり、キリエは縮こまる。
「あなたの同志、空賊でしたわね」
「……うん」
折角できた同志、ということでキリエは彼女を信じたかったが、フタを開ければ、彼女はラハマと羽衣丸襲撃を企てた空賊の一員だった。
「見た目にごまかされてはいけませんわ。そういう人間こそ、気を付けなければならない。いい勉強になったでしょう?」
エンマの家は、いい人間のふりをして近寄ってきた空賊や悪党に、家の財産の多くを吸い取られ、没落した貴族。
彼女の実体験が含まれているだけに、キリエは言い返せなかった。
キリエは黙ったまま、連行されていくハルカを、遠目に見つめるしかなかった。
「いい加減、白状したらどうだ!?」
狭い取り調べ室内に、怒号が響き渡る。
「仲間はどこだ?一体何が目的だ?だれに雇われてきた!?」
ハルカは涼しい顔で聞き流す。狭い取り調べ室内には、ハルカと1つの長机と2つのパイプ椅子、自警団員1人だけ。
他にはなにもない、寂しい風景だった。
そんな取り調べ室に変化が訪れる。扉が開き、入ってきた人物を見て、自警団員は目を剥いた。
「ユ、ユーリア議員に、ホナミ議員?」
評議員の登場に、彼は戸惑う。
「面白そうなことしているわね」
ユーリアはいつもの笑みで、部屋を見回す。
「ユーリア議員、危険です!退出してください!」
ハルカの両手首は後ろ手に手錠をかけたままなので暴れられる心配はないが、それでも議員に何かあったら、ラハマにとって致命傷になりかねない。
「あら、ラハマ自警団は手錠をかけた少女が一人暴れただけで、返り討ちに会うというのかしら?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あなたも物好きね、ユーリア」
後ろに立つ、ホナミはあきれ顔で言う。
「だって、空賊っていうのがどんな人間か、この目で確かめるいい機会よ。これで、私の発言にも説得力が増すわ」
「相変わらずね……」
ホナミの後ろからは、レオナが現れる。
「私も立ち会います」
3人は各々椅子を用意し、腰かける。自警団員は気を取り直し、尋問を続ける。
「いい加減口を開いたらどうだ!」
「口を開けばいいことでもあるの?」
イジツには自警団等防衛、警察機構に近い組織は存在しても、司法取引はおろか、裁判制度、というものがほとんどない。
ただし、空賊行為で略奪などを働けば、決まった罰則が適用されるルールは存在する。
何を言っても結果が変わらない以上、供述の意味がないのだ。
「いいことのあるなしじゃない!こっちには知りたいことがある!」
「捕まっただけで、あなたがたの知りたいことをペラペラしゃべるとでも?罰則が変わりない以上、話しても利益がない。鼻先に餌をぶら下げるくらい考えたらどうですか?」
「こやつ……」
自警団員は拳を握りしめ、必死に怒りを抑えている。
「……1ついいか?」
状況を黙ってみていたレオナが口を開いた。
「……君、ハルカ、といったな?その年で、なぜ空賊になった?」
彼女の見た目から、チカより年上、キリエぐらいだろうと推測できる。そんな若い内から、なぜ空賊になったのか。
「……あなたは?」
「コトブキ飛行隊隊長のレオナ。先ほど、君の零戦の主翼に弾を当てたのは私だ」
彼女は目を細め、レオナを観察するように瞳が動く。
「……聞いてどうするの?」
「別に、個人的興味だ」
レオナは本心では、なぜ彼女がラハマを、羽衣丸を襲ったのか知りたい。
だが自警団員がいくら問いただしても言わない以上、少しずつ近づくように聞き出していくしかない。
焦る気持ちを抑えつつ、彼女はハルカの言葉を待つ。
「私も知りたいわね~。空賊の実情はどうなのか」
ホナミ議員は、黙って状況を見つめる。だがその表情は、どこか辛そうである。
「……はあ」
彼女はしばらく黙り込んだのち、言った。
「……家族を養うため」
その内容は、ごくありふれたものだった。だがそれはあくまで、働くための理由としてだ。
「家族を養うためなら、他にいくらでも仕事があるだろう?」
「……病人や、幼い親類。みんな抱えて生きていけるほど、この荒野はやさしくない」
「あなた、家族がいるの?」
ユーリアが口をはさんだ。
「……今は母と妹、それと弟」
「そう。今はってことは、昔は違ったの?」
「……祖父母と父、兄と姉がいた。祖母は死に、祖父は私が幼い頃に、イケスカに行ったきり行方不明」
ユーリアとレオナは目を細めた。
イケスカ市長のイサオが行方不明になって以降、イケスカは内乱がおこり、今後町をどうするか決まっておらず、治安は悪化の一途をたどっているという。
彼女が幼い頃、ということはイサオの元で何かしていた可能性がある。
いずれにしても、イケスカは内乱状態。生存の望みは限りなく低いだろう。
「……そして、父と姉と、兄は、奪われた」
「奪われた?」
その言葉にひっかかりを覚える。
「3人は戦死した。……リノウチ大空戦で」
レオナは息をのみ、ユーリアは目を細めた。
「彼らが用心棒などの仕事をこなすことで、私の家は生活ができていた。そして戦いに参戦するよう依頼されて、……帰ってこなかった」
リノウチ大空戦。
イジツ史上最大の空戦と言われ、穴の向こうから来たユーハングの遺産を巡って起こった戦いの一つ。
そしてユーハングがもたらした航空技術で、最も荒れた出来事。
駆け出しだったころのレオナはそれを痛感しており、ユーリアはその出来事から復興や法整備に奔走する年長者たちの背中を見ていたに違いない。
「……そして母親は家族を失った悲しみから体を壊して、お金を稼げるのは私だけになった」
「……だからって、空賊にならなくても真っ当な仕事があっただろう?」
「幼い子供を雇ってくれるところなんてなかった。母を病院へ行かせるためにも、幼い家族を抱えて生きていくには沢山のお金がいる。それを稼ぐための手段なんて、選んでいられなかった!」
突如声を荒げた彼女に、レオナは一瞬たじろいだ。
「……この世界には、奪う人間と奪われる人間しかいない。奪われるばかりの弱い人間には、何も選べない!選べる選択肢だって初めからない!生き残るには、残った家族を守るためには、奪えるぐらいの大きな力がいる!奪う側にいなければ、自分の命だっていつもっていかれるか!」
鬼気迫る表情を浮かべるハルカ。
彼女の空戦における技量は、きっと生きるために、奪われないために、その状況下で得たものなのだと、レオナは察した。
「そんなおびえて生きていくなんて、私はごめんだよ……」
「だから零戦を手に入れ、空賊に参加したのか?」
「……あの零戦は、父と祖父が残してくれた形見。最初から私のもの……」
幼い頃から乗っているから、あれだけ動き回れたのだろう。
「奪われる側の人間のことは、考えなかったのか?」
「……考えてくれる人がいたら、私は家族と今も暮らしていて、無法者たちがのさばることも、なかったでしょうね」
自分が色んなものを奪われた以上、被害者のことを考えることはない。被害者に自分がならないためには、外敵を駆除するために、結局は加害者の側になる他ない。
「……あなたの言っていることは、ある程度は理解できるわ」
ユーリアが口を開いた。
「でも、どんなに正しいことであっても、空賊である以上、誰も耳を貸さないわよ?」
「理解してもらおうなんて思っていません。お金が稼げるからやる、それだけです」
空賊は金になるからやる、というものは珍しくない。
もとをただせば、空賊になる理由の大部分は経済的困窮だといわれる。
空賊の方が報酬がいいからと、用心棒から空賊に鞍替えする者もいる。
真面目に用心棒をやっていても、いつ空賊の襲撃に会い撃ち落されるか、命を持っていかれるかわからない。
商売をしていても、イサオがいた当時に比べれば価格が変動している場合が多く、収入が確実とも言えない。
お金がなければものが買えない。買えないなら死ぬしかない。だからこそ少しでも人々は儲けようとする。
生活を豊かなものにするために。そこに間違いはない。
「それが、略奪行為の結果であっても?」
「……はい」
「家族はあなたのしていることを知って、悲しんだりしなかったの?」
「……母は遠くの病院、妹と弟は学校。だれも知りませんよ。表向き、ウミワシ通商はれっきとした会社ですからね」
ユーリア議員は目を細め、彼女を見つめる。
「……そのれっきとした会社であるウミワシ通商は、なぜ今回、羽衣丸を襲撃したんだ?」
レオナが、最も聞きたかった話題に切り込む。
「……仕事だから」
「仕事?」
レオナたちは顔を見合わせた。
空賊は、襲撃というのはあくまで手段であり、その後物資の略奪を行う。物資の売買で利益を出すためだ。
それが今回は襲撃のみ。空賊が好んでやる方法とは思えず、彼女たちは違和感を抱いていた。
「……依頼された。ある男に」
「誰だ?」
「……名前は知らない」
自警団員が立ち上がり、机にこぶしをたたきつけた。
「貴様この期に及んで!」
彼女は自警団員に負けない声で叫んだ。
「本当に知らない!名乗ってもなかった!私はただ相手を撃つ銃と同じだ!詳しいことは何も聞かされていない!」
おそらく、彼女は本当に知らないのだろう。もし用心棒が落とされ、捕まった場合に余計な情報をしゃべらないように。
この場合は、依頼主の意向だろうか。
「……ただ1つ、覚えていることがある」
「些細なことでもいい。話してくれ」
レオナが先を促す。
「……左胸に、徽章をつけていた」
それを聞いて、レオナは嫌な予感がした。
ラハマ、羽衣丸を襲撃する理由があり、それを裏で空賊にさせる集団。
恨みには不自由しなくても、その中で徽章をつけるような集団は、心当たりは一つしかなかった。
「花びらのような、赤と白の徽章だった」
ユーリアも表情を険しくし、自警団員も戸惑いの表情を見せた。
花びらのような、赤と白の徽章。
それはかつて、この町を空爆しようとした爆撃機にも描かれていた。
かつてのイケスカ市長、イサオの率いた、自由博愛連合の徽章だった。