彼女が来たことを知って温かく迎えてくれる賑やかな人々に、
彼女は家族がいたときの懐かしさを感じる。
一方、市長はユーリア議員からの手紙の中に、気になる
文章が書かれていたようで……。
床には畳が敷かれ、部屋はふすまで仕切られ、中心にはちゃぶ台がおかれた、いわゆる和室という空間。
そのちゃぶ台の上では、置かれた鉄製の鍋の中で色んな具材が煮えている。
表面が軽く焼かれた豆腐、白く細長い糸のような白滝、彩を添えるネギなどの野菜、そしてメインの牛肉。
それらが醤油味をベースにした汁で煮えていて、室内に充満する匂いが食欲をそそる。
鍋に伸ばされた箸が肉をつかむと、といた卵につけて口へ運ぶ。
卵のまろやかな味わいと、コクのあるしょうゆの味、食材の食感が口の中で混ざり合う。
「う~ん。やっぱりハリマの食材は一級品ですね」
「それほどでも。でも、料理人の腕が良くなければ食材が良くても意味ないです」
「それに雰囲気もな。こうやって集まるのは、何年ぶりだろうな」
「でも、私たちは時折集まっていたじゃないかね」
「それはそうですけど」
「でも今回は……」
全員の視線が、同じ先を見つめる。
「久しぶりに、彼女がいてくれますから」
皆が一様に笑みを浮かべる。
それらの視線が恥ずかしくなり、見つめられる黒髪の女性、ハルカは頬を赤く染める。
「そんなに、見ないでくださいよ」
「ええ、そんなこと言わないで。なかなか会えないんだから、こうやって見つめてもいいでしょう?」
全く意に介さないのは、ハルカの右隣に座る栗色の短い髪に、眼鏡をかけた女性。
ハリマ評議会のホナミ議員。ハルカの母親の妹、叔母に当たる人物である。
「そうそう。こうやって君と一緒に過ごせる時間は、何物にも代えがたい幸せな時間なんだよ。そんな時間の中で君を見つめないでなんて、酷なことだよ」
にこやかにそういってくるのは、このナガヤの市長をつとめるクラマ氏。
彼女の亡くなった父親の親友といえる人物。
「久しぶりにこうやって一緒に時間過ごせるんだ。寂しいこと言わないでくれよ、嬢ちゃん!」
「そうだよ。みんなこの日という日を楽しみに待っていたんだよ」
市長に続くのは、彼女の昔の仕事先の1つであったナガヤ飛行機製作所のナオト工場長にカガミ社長。
皆、ハルカと昔から交流のある人々ばかりだ。
「……少しであれば、いいですよ」
彼女は肉を口に運ぶ。
ちなみに、彼女が今いるこの和室は、彼女が幼い頃住んでいたナガヤにある実家。
なぜそこで彼らと食事をとっているのか。事の始まりは数時間前にさかのぼる。
ユーリア議員に手紙を渡され、故郷であるナガヤの市長をつとめているクラマ氏へ渡して欲しいと言われ、ガドールを出発したのが今日の午前のこと。
そしてナガヤに到着し、手紙を渡して帰ろうとしたら。
「今日はもう日も暮れるし、明日帰ることにして今日は泊まったらどうだい?」
そうやって市長に引き留められてしまった。
それを断ろうとしたら。
「ハルカ~、お願い~」
などと、偶然訪れていた叔母であるホナミ議員に腕に縋りつかれる始末。
実際、夜間飛行は危険を伴うし、ユーリア議員からゆっくりしてこい、と言われているので一晩くらいいいかと思って彼女は承諾した。
そして一泊する場所を探そうと思ったら。
「君には家があるじゃないか」
と言われ再び実家に帰ってきた。
家の中は、カガミさんたちが時折掃除してくれているのか綺麗であった。
布団も問題なくあり、水道も止められていない。
だが食料があるはずもないので、それだけは外食で済ませようと考え、彼女は町へ繰り出そうとした。
すると、玄関が開く音がした。
「よお、嬢ちゃん!ゆっくりできるんだって!?」
「おいしい物作ってあげるから、待っていなさいね。台所借りるよ~」
突如玄関を開けて現れたのは、ナガヤ飛行機製作所のナオト工場長とカガミ社長。
2人とも、何やら段ボールや袋片手に家に入ってきた。
「ハルカ君~」
「お邪魔するわね~」
そういってナガヤ市長とホナミ議員も上がりこんだ。
「……皆さん、お仕事は?」
「もう終えてきたわよ」
「同じく」
なんでも、彼女が一泊することを聞いた彼らは、仕事を早く済ませてきたのだという。
そうやって、台所で何か準備が進むことしばらく。
大部屋のちゃぶ台の上に置かれたのは、ユーハングから伝わったもの、牛鍋だった。
ユーハングが伝えたものと言われているが、使われている食材が牛肉をはじめとした高価な代物ばかりであるため、富裕層を除けば人々の口に入る機会は少ない。
牛の飼育がおこなわれているのは、ギュウギュウランドやハリマ等一部の都市に限られているためだ。
今回、これらの食材は全てホナミ議員が用意してくれたものらしい。
なんでも、乗ってきた飛行船の料理人を説得して持ってきたものとのこと。
こんな食材を飛行船に乗せているとは、流石は食料生産都市ハリマの議員である。
「ハルカちゃん、おいしいかい?」
「あ、はい。とっても」
作ってくれたカガミさんに笑みを返す。
食材はハリマ産のいいものを使っているし、カガミさんは料理が得意だから、おいしくないはずがない。
彼女は、よく工場で手料理を昼食時、社員たちにふるまっている。
無論味は好評で、ハルカも幼い頃にナガヤ飛行機製作所で手伝いをしていたから、何度も口にしている。
今となっては、この味が凄く懐かしく感じる。
「遠慮なんてしなくていいんだよ?」
「そうそう。パイロットは、食べることも仕事の内だぞ」
そういって、ナオトさんに肉をお皿に沢山入れられる。
上下左右に高速で動き回る激しい戦闘機動をとることが多い戦闘機に乗るパイロットにとって、体を作ることは最も重要視される。
ある程度筋肉をつけないと、重くなった操縦桿を引くのに苦労するし、激しいGのかかる旋回戦で耐えられなくて根を上げてしまう。
コトブキ飛行隊のレオナのようになるまで鍛えられなくても、ある程度は体を作らないと命に係わる。
ただ、ハルカはユーリア議員から必要以上に太ももを鍛えるなと厳命されている。
昼寝の際によく太ももを議員にかしており、今の固さが丁度いいからというのが理由らしい。
ハルカの場合、成長期であった十代前半から九七式戦闘機にのって戦いの空をかけているため、戦闘機動に体が適応するように成長した。
なので、必要な体はおおよそできているが、チカほどではないにしてもキリエにくらべ少し背が低めなのが彼女の気にするところとなってしまっている。
「あ、そうだ」
ナガヤ市長のクラマさんは、何やら紙袋を引っ張った。
「彼女が折角いるんだから、皆で呑もうと思いまして」
市長が取り出したのは、透明な液体の入った大きな瓶。ラベルにはユーハングの文字が書かれている。
「クラマさん、それって」
「ええ、秘蔵のユーハング酒です」
「市長太っ腹!」
「一人でじっくり楽しんでもいいんですが、彼女が折角お酒が飲める年になったんですから、ね」
イジツではお酒が飲める年は10代後半であり、ハルカも時折飲んでいる。
用心棒なのだが、ユーリア議員のお酒の相手を隊長さんや弟さんと一緒にしていることもある。
クラマ市長はコップにお酒をついでいく。
「はい、どうぞ」
コップを受け取り、彼女は匂いを嗅いだ。
豊かな香りが鼻の中に広まり、最後にアルコールの香りが鼻をつく。
口に含むと、甘口の飲みやすい味わいが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「そうかい。よかった」
みんなもコップの中身をあおる。
「く~、体に染みわたる!」
「年代ものですね。高かったでしょう?」
「家にのまずに置いてあったものです。いつまで置いてあっても勿体ない。お酒は飲んでこそ、価値があるものです」
「またユーハング酒が飲めるなんてねえ」
コップのお酒を飲みつつ、鍋をたべ、酔いが回って来たのかみんなが次第に陽気になっていく。
夜の闇が深くなる中、彼女の実家の一角は賑やかになっていく。
そんな風景を見ながら、ハルカは昔のことを思い出していた。
まだ自分が幼かった頃、この部屋は両親に祖父母、兄と姉、小さな弟に妹がいた。
みんなでにぎやかに夕食を食べるのが、日々の日課だった。
祖母に父親と兄姉が亡くなり、祖父は行方不明。母親と弟に妹もいなくなった今では、こんな風景はもう見られないと思っていた。
でも、今はこの部屋ににぎやかさがあふれている。
それが懐かしくも、嬉しくもあった。
「ふふ……」
コップの中身を少しずつ飲む。ふと、彼女の視界が揺らいだ。
「あれ……」
彼女はそのまま、ちゃぶ台に伏せるように倒れた。
「ハルカ?」
ホナミはちゃぶ台に突っ伏した姪っ子に視線を向ける。
耳を澄ませると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったのね」
「飲みすぎたのかもしれないね」
ホナミとクラマは胸をなでおろす。いつの間にか彼女の頬が赤くなり、涎をたらしながら可愛い寝息を立てていた。
その様子を、皆は眺める。皆は一様に、慈愛を込めた優しい顔をしている。
「にしても、こういう寝顔は大きくなっても変わらないね」
「そうだな。小さかった頃のままだ」
「可愛いものは、いくつになっても可愛いものね」
「はは、あんまり可愛い可愛い言いすぎると、ハルカ君が怒りますよ」
ホナミは彼女に近寄ると、手を彼女の頭に置き、起こさないよう静かに頭を撫でる。
4人は、微笑ましい笑みを浮かべる。
「本当に、この子だけでも生きていてくれてよかった」
「ええ、全くです」
この4人にとって、彼女は死んだ姉の娘であり、死んだ親友の忘れ形見であり、わが子のようにかわいがった子。
立ち位置は少し違うが、大事という点では同じである。
4人全員が、彼女が生まれたときから、その成長を見守ってきた。
ナガヤを出て行ってしまってからしばらく行方がつかめなかったが、今こうして生きていてくれて、先日はここ故郷であるナガヤを守ってくれた。
こうして、また自分達のもとに来てくれた。
それが、何より彼らにとっては嬉しかった。
共に時間を過ごすことも、彼女を支えることもできる。
かつて町を救ってくれた、彼女に頼っていた時の恩を、ようやく返すことができる。
「さて、片付けをしたら、今日はここで寝ましょうかね」
「ええ、布団も人数分ありますし」
「休暇にはちょうどいいんじゃねえか」
彼らは彼女を起こさないように静かに片付けを終えると、寝室に彼女の布団を囲むようにして皆が布団を敷いた。
クラマ市長は、目を覚まさないハルカを抱え上げて布団に静かに寝かせる。
そしてホナミ議員は彼女の布団に潜り込み、腕の中に抱いて一緒に寝たとか……。
翌朝、目を覚ましたハルカが驚いたのは、言うまでもない。
翌朝、帰ろうとしたハルカだったが、自警団長のカサイさんに呼び止められ、ナガヤ自警団の訓練に付き合うことになった。
滑走路からは、まるで相手になっていないナガヤ自警団の紫電と、余裕があるように軽やかに飛ぶハルカの零戦の姿が見えた。
「相変わらず、良い腕していますね」
「本当にね」
そんな風景を、クラマ市長やホナミ議員たちは見上げる。
「そういえば、ユーリア議員からの手紙に、気になることが書いてありましたよ」
「どんな?」
クラマ市長は、ハルカがユーリア議員から預かったという手紙を広げる。
その終わりのところには、こう書いてあった。
『ハルカとユーハングの関係について、いつか教えてもらえないでしょうか?』
その文面を見て、皆が表情を引き締めた。
「ユーリア議員は、何か気づいたみたいだね」
「確かに、勘が鋭い人だとは思ってはいましたけど……」
自由博愛連合が、皆の共通の利益のための組織という皮をかぶったイサオ帝国だということを、ユーリア議員は早い段階から見抜いていた。
少なくとも、鈍い方ではないだろう。
「あるいは、ハルカ君が何かボロを出したか」
「その可能性の方が大きいんじゃないか?」
「きっとそうだね。ハルカちゃんは母親のアスカさん同様、ウソや誤魔化しが苦手だからね」
それを聞いて皆が苦笑する。
「それで市長、どうします?」
クラマ市長は、少し考える。
「……今はまだ、その時じゃないね」
クラマ市長は、上空を飛ぶハルカの零戦を眺める。
「それに、彼女自身も自覚がないでしょう。まずは、彼女が自身のルーツを知ることが先だね」
ハルカは、自分はイジツ生まれのイジツの人間だと言っていた。
それは間違っていない。でも、少し間違ってもいる。
「本当は、祖父のタカヒトさんが話してくれていればよかったのでしょうけど、伝える前に行方不明になってしまったからね」
「それに、当時伝えるには彼女は幼すぎました。何より……」
「当時伝えていたら、彼女もどうなっていたかわからなかった」
「そうだね。大事なことを伝えるには、適切な機会というのがあるからね」
「あと、適切な人間が伝えねえとな」
「となると、誰が適任でしょうか……」
クラマ市長は少し悩んだ後、静かに言った。
「ホナミさん。あなたの父親の、カスガ氏から伝えてもらうのが一番いいでしょう」
「まあ、そうですね」
ホナミ議員も、上空の零戦を眺める。
「近いうちに、彼女をハリマに呼ぶつもりです。その時がいいでしょう」
「でも、本当に伝えるのか?」
ナオト工場長が言う。
「自分のルーツなんて、このまま知らずに過ごすのも、ありなんじゃねえか?」
「そうだよ。その方がむしろ厄介ごとに巻き込まれる心配もないし」
クラマ市長とホナミ議員は表情を曇らせる。
「ナオトさん、カガミさん。確かに、お二人のいうことも一理あります」
「なら……」
「ですが、ユーリア議員のように、すでに可能性に気付いている人間もいます。隠したところで、いずれはわかること。なら、知らずに過ごすのではなく、向き合って、受け入れるのが一番いいでしょう」
「誰のために?」
「彼女のためと、タカヒトさんのためです」
「タカヒトさんの?」
「ユーハングの遺産は、イジツを荒らすためのものじゃない。イジツとユーハングの双方を知る彼女なら、きっと使い方を間違えないでいてくれる。それが、あの蒼い翼に込められた、タカヒトさんの願いです。彼女ならそうあってくれると、彼は彼女を信じたからこそ、願いを、自身の知る全てを託した。その願いを絶やすことは、できません」
「でも、厄介ごとに巻き込まれるかもしれねえぞ?……タカヒトさんがそうであったように」
「そのために、彼女を支えるために、私たちは今の地位にいるのでしょう?」
「まあ、そうか」
昔はその他大勢の議員の一人だったり、ただの従業員だった彼らも、今はそれなりの社会的地位を手にしている。
「ユーハングの遺産で、このイジツは何度も荒れました。しかし、遺産で人々の生活が豊かになったのも、また事実」
「この混沌としているイジツで、タカヒトさんは遺産が人々を豊かにしてくれると信じた。だが、実際は荒れている様をどうすることもできなかった」
「自分が果たせなかった目的を、彼女はいつか成し遂げてくれる。その願いをなぜタカヒトさんが抱いたかを知るためにも、ハルカくんには自分のルーツを知ってもらう必要がある」
「きっと、大丈夫ですよ」
ホナミ議員は微笑む。
「少し回り道をしてしまいましたが、彼女は自身の過ちに気付き、受け入れ、前に進もうとしている。知ったからって、彼女が変な方向に向いたりすることはないですよ。だって……」
彼女は言った。
「ハルカは、私の姉の、自慢の娘ですから」
皆はきょとんとした表情をするが、すぐに笑い声が出た。
「あなたはつくづく、お姉さんが大好きですね」
「悪いですか?」
「開き直ってやがる。まあ、らしいっちゃらしいか」
「そうだね」
全員で空を見上げる。
遺産は、厄介ごとをもたらしてばかりだ。
いくつもの空戦や動乱で、イジツは荒れた。
でも、空路の開拓で人々の生活が豊かになったのも、また事実。
いい面も、悪い面も受け入れなければならない。
そしていつか、争いが収まることを、平穏が訪れることを信じて、タカヒトさんは彼女に願いを託した。
それが、遥か遠い未来にしか訪れないとしても、彼女はあきらめず、歩んでくれると信じて。
「ユーリア議員、ただいまもどりました」
後日、ガドールに戻ったハルカはクラマ市長から受け取った手紙の返事を、ユーリア議員に渡した。
「お疲れ様、ありがとう」
手紙を受け取ると、ユーリアは早速封を開け、文章に目を走らせる。
便箋には、今はまだ話せないが、時が来たらお話しするという旨が書かれていた。
明言していないが、それで十分だった。
「少しは休養できたかしら?」
「はい、おかげさまで」
なら良かったとユーリアは思う。ふと、封筒にもう一枚何か紙が入っているのに気が付く。
彼女はそれを取り出した。
「ふ~ん、本当に休養できたみたいね」
「どうかしたんですか?」
ユーリアは手にしている紙を裏返した。
「なっ!」
彼女は驚きの声を上げ、その紙をひったくろうと手を伸ばしたが、寸でのところでユーリアはひっこめ手帳にしまった。
「ちょっと議員!」
「別にいいじゃない?」
「恥ずかしいですから!?」
抗議するハルカの声を無視し、ユーリアは手帳を覗く。
封筒に入っていたもう一枚の紙。それは、酒に酔ってちゃぶ台で突っ伏して寝ているハルカの姿を撮影したものだった。
きっと、食事の場にいた誰かがカメラで撮影したものだろう。
写真には、安心しきった寝顔、口から垂れたヨダレ、酒で赤く染まった頬、正座から足を崩したせいで少しめくれたスカートやそこから見える白いものなど、彼女の無防備な姿がしっかり写っていた。
「恥ずかしいから、捨てて下さいよ!」
「お断りよ。こんなに可愛く撮れているもの。それを捨てるなんてとんでもないわ!」
抗議の声を上げるハルカを無視し、ユーリアはその写真を手帳にいれて大事に持ち歩くことにしたという。
その件以降、ユーリアが彼女を酒に誘う回数が増えたり、飲むお酒の量が増えた結果いつの間にか寝落ちしてしまうことが増えたのは、別の話である。