荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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幾度もの空戦で生き残り、その度に仲間の最期を見届け、
まとめた手記を残し、雲の中へと消えていったある戦闘
機パイロットの物語。
雲の中へ消えた彼の軌跡は、どこへ行ってしまったのか。


*この話はフィクションです。



おまけ短編:雲に消えた軌跡

 ここに、1冊の手記がある。

 これは、とある人物が日々のことを書きまとめていたものだった。

 中に書かれている内容で多くを占める話題は、仲間の最期についての記載だった。

 戦死者の名前、戦死した日、そして、どのような最期を迎えたのかが、克明に書かれている。

 彼は幾度も戦場へ赴き、仲間の最期を見届け、帰ってきた。

 いつしか、死神と呼ばれるほど生き残ったパイロットになった。

 そう呼ばれた彼にも、最後は訪れた。

 

 1945年4月11日

 

 基地を飛び立った彼もまた、仲間たちのもとへと行った。

 彼は最後、敵艦へと向かい、その最中に発生した雲の中へと、消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 爆音を上げる高出力エンジン。鼓膜を破きかねないほど鳴り響く機銃の発砲音。それらの騒音の中、彼は左右に首を振って後方を確認しながら操縦桿を操る。

 彼の後方についた敵機が、後ろから離れない。

「速度は向こうが上、このままでは……」

 配備間もない時期に、零戦が作り上げた無敵神話。敵より早い脚、小回りのよさ、強力な火器をもって、敵を落とす。

 だがその優位も、長く続かなかった。今となっては、敵機の性能は零戦を上回る。

 彼は機体を操り、紙一重で敵の機銃の射線から逃れる。一か八か、彼は機首を左へわずかに振った。それにつられ、後方の敵機の機首が進路上をむいた。

 

―――今だ!

 

 彼はフットペダルを左へけりこみ、操縦桿を手前に引いた。

 機首が上がったことでわずかな時間減速、片翼が失速し空中でロール。後方の敵を前にオーバーシュートさせる。

 前後の位置関係が瞬く間に逆転、彼はスロットルレバーについている機銃の引き金を引いた。

 機首と主翼の13.2mm機銃、主翼の20mm機銃計5丁が一斉に咆哮を上げた。

 目の前の敵機の主翼を撃ち抜き、バランスを崩した機体は海面に向かって降下していった。

 だが、このとき彼は気づいた。今回の任務の最重要目的を、失念していたことを。

 彼は首を振って目的のものを見つける。

 彼の視線の先にあったのは、胴体下に小型の飛行機のようなものをぶら下げた一式陸上攻撃機が、敵機に群がられている姿だった。

「間に合え!」

 彼はスロットルレバーを押し込み加速。一式陸攻へ向かう。

 だが、一式陸攻はその前に火を噴き、次々落とされていく。

 そして最後の陸攻は翼が折れ、空中で爆散した。

 

『一式陸攻が全滅した。護衛隊は帰還せよ』

 

 隊長からの命令で、全機戦闘をやめ、基地へ進路をとった。

 彼は敵機を振り切った後、一式陸攻の落ちた海を振り返る。

 

―――今日もまた、敵艦を見つけることさえ、できなかったのか……。

 

 今日も、多くの命が失われた。

 散った命の最期を、今日も彼は見届けたのだった。

 

 

 

 

 基地へ帰ってきたのは、出撃した時の半数にまで減った、護衛隊の零戦52型丙。

 一式陸攻は、一機も帰ることができなかった。

 

『全滅か……』

『でも、あいつはまた無事だぞ』

『味方に死神がいるなら、せめて敵を落としてくれっての』

 そんな周囲の声を無視し、彼は愛機から下りると、隊長から部屋に戻るように言われ、自室へ向かった。

 自室へ戻った彼は、机に向かう。

 引き出しから手帳を取り出し、ペンにインクをつけ、白紙のページに文字を刻んでいく。

 今日戦死した人々の名前を、その最後を、できるだけ克明に。

 毎日のように刻んだ名前や最後は、間もなく手帳を埋め尽くそうとしている。

 これがいつまで続くか、彼にはわからない。

 だが彼には、その責任があると思っていた。幾度となく生き残り、そして最後を見届けた者、証人としての責任が。

 ただ1つ、このページの中に彼の名前が書かれることはない。

 それだけが、はっきりしていることだった。

 

『俺の最期の戦果を、必ず見届けて欲しい』

 

 出撃の前、彼にそう願いを託した隊員の言葉がよぎり、手帳に文字を書いていたペンの先が止まる。

「……くっ」

 彼は左手を握り締める。

 彼にそう頼んだ人物は、先ほど一式陸攻と、彼が乗るはずだった胴体下の小型の飛行機のようなものと共に、海の藻屑となってしまった。

 死ぬことを前提とした作戦に送られ、ろくな戦果さえあげることができなかった。

 彼のまぶたの裏には、落とされる味方の光景が、やきついて離れなかった。

 

 

 

 

「ついに、か……」

 ほどなく、彼の番がやってきた。爆弾を吊り下げた機体による、敵への体当たり作戦。これまでその護衛だったが、遂に彼も行くことになった。

 彼は出撃が決まると、整備員に依頼をした。

 彼の乗る零戦52型丙の主翼に装備されている、13.2mm機銃2丁を外すこと。少しでも重量を軽くし、成功率を上げるために。

 装備は万一の、自衛用の機首の13.2mm機銃と主翼の20mm機銃だけにした。

 そして手記を、彼は整備班長に託した。数少ない、彼が信頼していた人物へと。

 出撃当日、彼はとくに後悔も何もなかった。

 空襲で両親や親族、実家を無くし、帰る場所がない。帰りを待っていてくれる人もいない。彼にとっては、ある意味家族にもうすぐ会えるかもしれない、というわずかな期待さえあった。

 ただ、社会を知ることなく、自分は何のために生まれてきたのかも知ることなく、最後を迎える。

 それだけが、彼にとって後悔と呼べるものだったのかもしれない。

 彼は愛機と共に、空へ上がった。

 

 

 

 

 海の上を飛ぶことしばらく、海の上に何隻もの船が確認できた。

 何発もの機銃弾が空を舞い、彼の仲間たちを次々撃ち落していった。

 彼は雲に飛び込み、時折雲間から顔を出し、様子を伺う。間もなく、最も大きな標的である戦艦が、舵をきって方向を変え、彼に背後を見せた。

「……いくぞ」

 彼は機首を下げ降下。海面ギリギリまで高度を下げ、進路上に標的をとらえる。

標的に装備された対空砲が一斉にこちらを向き、咆哮を上げ始めた。

 彼はフットペダルと速度を調整し、機体を横滑りさせる。

 敵艦が撃った機銃弾全てが、彼の機体に当たることはなかった。

 次第に距離が縮まる。周囲になぜか雲のようなものが立ち込め始めるが、相手は巨大な戦艦だ。失敗することはない。胴体下に吊り下げた爆弾の安全装置を解除。進路を固定。

 目を閉じた。

 いつ敵艦に当たって爆弾が爆発し衝撃が来るのか、彼はまった。

 

 

 そして、体に何かが降ってきたような衝撃が走った。

 

 

 彼は、恐る恐る目を開けた。

 

 目を開けると、視界に入ったのはひまわりのようににこやかで、明るい笑顔を浮かべる、まだ10歳を過ぎたばかりくらいの幼い女の子。

 

 

「おはよう、タカヒトおじいちゃん」

 

 

 彼は、自身のきる布団の上に寝そべり、顔を見て嬉しそうに笑みを浮かべる女の子を見つめる。

「……もう少し、寝かせてくれないか」

 彼は目の前の子供の、自身にできた可愛い孫の名を呼んだ。

 

 

「……ハルカ」

 

 

 ハルカと呼ばれた女の子は、彼の顔を覗き込んだ。

「お母さんが、朝ごはんできたからおじいちゃんを起こしておいでって」

「もう少し寝たいんだが」

「ご飯さめちゃうよ?」

 すると彼は布団を少しめくりあげ、ハルカを手招きした。

 彼女は嬉しそうに布団に潜り込む。

 そんな彼女を、彼は両腕で抱きしめる。

 温かい孫のぬくもりを、彼は感じる。

 間もなく、部屋のふすまが勢いよく開けられた。

「こら、ハルカ。おじいちゃん起こして来てって頼んだのに、寝ちゃだめでしょ?」

 入ってきたのは、ハルカを大人にしたような女性。

「お爺ちゃん、まだ寝たいって」

「朝ごはんさめちゃうでしょ?それに、今日はナガヤ飛行機の輸送機の護衛があるんでしょ?」

 それを聞いたハルカは飛び起きた。

「あ、そうだ!」

 彼女は布団から出ると、白いスカートをひらめかせ、食事の用意されている台所へとかけていった。

 それを見た彼は、ゆっくり体を起こした。

「すまんね、アスカさん。もう起きる」

「急いでくださいね、タカヒトさん。ハルカが待っていますよ」

 微笑んだ前掛けをしている女性、ハルカの母親のアスカは台所へと戻っていった。

 身支度もそこそこに、タカヒトは台所の椅子に座る。目の前には、白米をたいたご飯、みそ汁、目玉焼きにお漬物という朝食が用意されていた。

 皆で手を合わせ、箸でつつき始める。

 幼い弟や妹が口回りを汚すのを見て、姉のハルカは布で口回りについた汚れを優しくとる。そんないつもの光景を、彼は微笑ましく見つめている。

「ハルカ、今回の護衛は長いの?」

「アレシマあたりまで行くらしいから、帰りは明日になると思う」

 ハルカはまだ10歳を過ぎたあたりだが、彼女が行くのは学校ではない。

 彼女は戦闘機に乗り、輸送機を守ることを日々の仕事にしていた。

「最近、また空賊が多いから、気を付けるのよ」

「は~い」

 アスカさんは、娘の頭を右手でやさしくなでる。

「タカヒトさんは?」

「わしは、ナガヤ飛行機と他の工場へ技術指導にいってくる」

「はい、お夕飯までには帰ってきてくださいね」

「ああ」

 静かな朝食の時間が終わると、ハルカは防寒用の上着を着て、飛行中の食事の入った鞄を肩に背負い、子供用の小さめの飛行眼鏡を頭にかける。

「いってきま~す!」

 ハルカは玄関を開けると、家の前にある滑走路沿いの格納庫へと向かっていった。

 それから間もなく、百式輸送機を囲むようにして、翼端が白く塗られ、所属を示す楔型のマークが描かれたナガヤ自警団の紫電3機に、灰色の機体に白で縁取られた水色の丸が描かれたハルカの九七式戦闘機が離陸していくのが見えた。

「無事に帰ってきますように……」

 母親のアスカさんは、ハルカの飛び去った方向へ両手を合わせて祈っている。

 タカヒトも、両手を合わせて彼女が無事に帰ってくるように願う。

 なぜ、10歳を過ぎたばかりの彼女が働いているのか。

 彼は自室に戻ると、本棚に置いてある写真たてを持ち上げた。

 

「……ミタカ」

 

 写真には、9人ほどの男女が写っていた。

 彼の家族が、全員そろっていたときの写真だった。

 でも、何人かはもういない。向こう側へ、行ってしまった。

 老衰でなくなった彼の妻。

先日起こったリノウチ空戦に参加し亡くなった、彼の息子のミタカ、その息子のカズヒラに娘のアカネ。

 今残っているのは、彼タカヒトと、息子の妻のアスカ、娘のハルカに、幼い弟と妹だけだ。

「タカヒトさん」

 声の方向に振り向くと、息子の妻のアスカがいた。

「その……」

 彼女は言葉を詰まらせる。

「……ハルカのことが、心配か?」

 彼女は黙ってうなずいた。

「大丈夫だ。彼女はわしの知る全てを教えた。並みの空賊にやられる子ではない」

「ええ……。でも、彼女に申し訳、なくて」

 なぜまだ子供のハルカが働かなければならないのか。

 それは、先日起こったリノウチ空戦。

 参戦した彼女の父親に兄と姉の3人。いずれも帰ってこなかった。

 家計を支えていた3人が亡くなったことで、誰かが働かなければならなくなった。

 タカヒトは元々技術指導で収入を得ていたが、それだけでは足りなかった。

「私が、働かなければいけないのに……」

「それはハルカに反対されただろう?病人が無理をしたら、取り返しがつかないことになる」

「だからって、彼女はまだ子供です」

「彼女の意志だ。それに、幼い弟や妹のこともある。君が家庭を守り、家で待っていてくれるから、彼女は帰ってこようと必死になるんだ」

 夫や子供たちが亡くなったことが原因で、アスカさんは体調を崩しがちになり、飛行機に乗って働くことができなくなった。

 弟や妹が幼い今、働けるのはタカヒトさんとハルカの2人だけ。

 ハルカは通っていた学校をやめ、かつて父親が乗っていた九七式戦闘機で、空へ上がることを決めた。

 そして必ず生きのこれるようにと、タカヒトは彼女に操縦技術や空戦の戦法、修理に整備、座学に格闘術や銃の扱い方まで、知る限りの全てを教え込んだ。

 タカヒトはアスカの肩に手を置いた。

「母親が娘を信じなくて、誰が彼女を信じてやれるんだ」

「……そうですね」

「それより、今日は診察の日だろう?気をつけてな」

「はい」

 彼女は病院へ向かうため、部屋を出ていった。

「……はあ」

 一人になった部屋で、彼はため息を吐きだした。

 ああは言ったものの、彼も孫のことが心配で仕方がなかった。

 確かに、彼女には自身の知る全てを教え込んだ。

 彼女は憶えが良かったし、教えたことはどんどん吸収していった。

 でも、物事に絶対はない。

 彼は、それをよく知っていた。

 だからといって、年を取った彼が彼女と一緒にいくことはできない。

 できるのは、信じることだけだった。

 もっと収入の多い仕事があれば、彼女を働かせる必要もなかった。

 彼もまた、アスカと同じことを考えていた。

「……わしも行くか」

 彼は荷物を手にすると、技術指導のため工場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「周囲に機影なし」

 操縦席から双眼鏡片手に、彼女は周囲を見渡す。

『アレシマまでもう少し。今回も無事につけそうだな』

「油断しないでくださいよ。空賊はどこから来るかわかりません」

『了解』

 百式輸送機の少し前を飛ぶ九七式戦闘機に乗る少女、ハルカは周囲を見渡しながら、時折180度ロールをして、死角である下方を警戒する。

 ナガヤ飛行機所属の百式輸送機には、アレシマ市立飛行警備隊に自警団等へ納入する飛行機の部品が積まれている。

 空賊だって飛行機を使って襲ってくる。

 しかし、金がない彼らは部品や燃料を襲撃で手に入れることが珍しくない。

 なので、部品を積んでいる輸送機も油断はできない。

 ふと、9時方向で何かが光ったのが目に入る。

 双眼鏡を取りだし確認する。見えたのは、こちらを目指してくる戦闘機。

 零戦21型が6機。いずれも黒色に塗られている。

「9時方向、21型6機確認」

『了解。回避する』

 衝突を回避するため、百式輸送機が高度を上げる。

 それに呼応するように、21型の編隊も高度を上げた。

「……やる気だ」

 彼らがこちらを狙ってきていることを悟った彼女は、飛行眼鏡をかけ、巡行速度から戦闘速度へ加速する。

「百式輸送機と護衛機は速度を上げてアレシマへ。空賊は私が引き受けます。急いで安全圏へ」

『すまねえ嬢ちゃん!』

 輸送機は速度を上げ、アレシマへ向かっていく。

 ハルカは舵を切り、21型の編隊へむかっていく。

 進路上の黒い21型が見えると、間もなく7.7mm機銃の弾が飛来。彼女は高度を上げて回避する。

「交戦の意志を確認」

 21型と交差すると、彼女は舵を切って左へ旋回。エンジン馬力で劣る九七戦でも、旋回半径は21型より小さい。

 得意な水平面の旋回戦に持ち込み、短時間で戦闘を終える。

 小さな半径で素早く旋回を終え、21型の後方に回り込む。

スロットルレバーの引き金を引き、彼女は機銃を放った。

 機首に装備された7.7mm機銃が咆哮を上げ、目の前の21型に機銃弾を打ち込む。

 主翼付け根に命中した弾丸は燃料タンクを撃ち抜き、瞬く間に火災が発生。

 1機が落ちていく。

 次いで彼女は後ろに敵機がついたのを見ると、フットペダルを蹴りこみ、直後操縦桿を引きロール。

 後方の敵機を追い越させ、再び機銃で21型を撃ち抜く。

「残り4機」

 直後、後方から機銃弾が殺到する。高度を上げて回避。そして急降下に入る。21型が追って降下し始めた直後、彼女はスロットルレバーを引き、操縦桿を手前に引いた。

 九七式が機首を持ち上げた状態で減速。

 後方の21型は彼女を追い越してしまう。

 機首を下げて後を追い、2機撃墜。

 右へ旋回しようとした1機の進路上に機銃弾をうち主翼に命中、1機撃墜。

 残り1機は離脱していく。

 空賊の離脱を確認した彼女は、輸送機と合流すべく進路をアレシマへ向ける。

 

『流石だな、嬢ちゃん』

 

「……それほどでも」

 彼女にとっては、事務処理のような淡々とした作業だった。

 リノウチ空戦に参戦した、彼女の父親や兄と姉。

 皆、帰ってこなかった。

 他にナガヤから参戦したものもいたが、皆が帰ってこなかった。

 今ナガヤを守れるのは、素人に毛が生えた程度の練度の自警団と、ハルカだけ。

 そして家族を支えられるのも、ハルカと祖父のタカヒトだけ。

 この程度できなければ、大事な家族を守ることも、支えることもできない。

 彼女以上の腕だった父親たちでさえ、誰もかえってこなかったのだから。

『お、見えてきた』

 進路上に町らしきものが見えてくる。

『よし、全機着陸態勢にはいれ』

「了解」

 彼らは目的地であるアレシマの飛行場へ機首を向けた。

 

 

 

 

 

 アレシマで積み荷を降ろしたナガヤの輸送機は、帰りの積み荷をのせ帰路につく。

『今回の売り上げはなかなかだったな』

『こらこら、家に帰るまでが運び屋の仕事だぞ』

『そうだ、嬢ちゃんの護衛があるからって、油断しすぎだ』

『俺たち自警団もいるんだが……』

 帰りの道中、輸送機の中でにぎやかな声が聞こえる中、ハルカは周囲を警戒する。

 アレシマは物流が活発な都市の1つ。

 そこを出発した輸送機や飛行船を狙う空賊は多いという。

 ナガヤまでもう少しとはいえ、油断できない。

「ん?」

 9時方向で何かが光ったのが一瞬見えた。

 彼女は双眼鏡を取り出し確認する。

「輸送機、9時方向機影らしきもの確認」

『空賊か?』

 彼女は機影を確認する。

 

「五式戦闘機が3機。まっすぐこちらへ向かってくる」

 

 確認のため高度を上げたり進路を変えてみるが、いずれもそれに呼応するように動いている。明らかに輸送機が狙いだろう。

 だが、奇妙だ。

 五式戦闘機。空賊がもつにしてはいささか高価な機体だ。

 昨今、空賊が維持できるのは多くは九六式艦戦や九七式戦闘機やそれ以前の戦闘機。良くて零戦21型がせいぜい、

 なのに、五式戦闘機をつかってくるとは妙な連中だ。

『また空賊か』

「空賊はこちらで対処します。至急安全圏へ」

『了解』

 ハルカは戦闘速度へ加速し、五式戦の方向へ向かっていく。

 五式戦と正面で相対するように飛ぶと、彼女は衝突しないように高度を上げ、ロールしながら交差。

 直後、左へ小さい半径で旋回し五式戦の背後をとる。

 照準眼鏡を覗き、即座に機銃を発射。

 放った弾は五式の主翼に命中。燃料タンクに命中し引火。主翼から炎があがる。

 だが間もなく、その炎は消え、霧状に漏れ出していた燃料の漏洩も止まった。

「……ダメか」

 彼女は奥歯をかみしめる。

 五式戦には、銃弾からパイロットを守る防弾板、燃料タンクが撃たれても穴をすぐに塞いで燃料漏れを防ぐセルフシーリグタンクや火災を消す消火装置がある。

九七戦の7.7mm機銃くらいでは撃墜は容易ではない。

 おまけに五式戦は火力、速度で九七戦を上回る。

 前の機体に気を取られていると、背後から重くも低い機銃の発射音がとどろく。

 機首の20mm機銃が九七戦を狙う。

 一発でも受ければ墜落は免れない。

 彼女は機銃の射線を読みながら回避する。

 そして舵を切って左へ旋回しようとする。と五式が機首を左へ向けようとする。

 その瞬間、彼女はフットペダルを蹴りこみ、操縦桿を手前にひいた。

 片翼が失速した状態でロール。

 後方の五式に自分を追い越させた。

 背後をとった彼女は、五式の水平・垂直尾翼に機銃を叩き込んだ。

 瞬く間に尾翼が穴だらけになり、動翼が脱落。

 バランスを崩した五式が1機落ちていく。

「まず1機」

 あと2機いる敵機を彼女は探す。

 すると、機体下から衝撃が響く。

 急いで舵をきって旋回。しかし銃弾が数発命中し、左主翼を撃ち抜いた。

 幸い燃料タンクへの被弾は免れたが、動翼の動きが鈍い。

 背後から加速した五式が迫ってくる。

 彼女はスロットルレバーを引き、直後に操縦桿を引いた。

 機首を起こした九七戦が増した空気抵抗で一時的に大きく減速。空中に静止したかに見えた。

 2機は衝突を回避しようと左右へわかれる。

 彼女は加速し、右へ逃れた機体の進路上に機銃を放った。

 はなった機銃弾が五式の機首のエンジンに命中。

 プロペラの回転が次第に遅くなり、地上へ降下していく。

「あと1機は……」

 直後、左主翼の翼端がちぎれ飛ぶ。

 五式の20mm機銃が命中したのだ。

 彼女は右へ左へ機体を振るが、五式が離れる気配がない。

 主翼に被弾。燃料タンクから燃料が霧状に漏れ出した。

「この!」

 彼女は高度を一瞬だけ下げ、機首をあげて減速。

 背後の五式戦が鼻先を通過する直前から機銃を放った。

 わずかな間ではあったが、五式は機体下部から銃弾で撃ち抜かれる。

そして五式の進路上に機体の角度を変え、引き金をひく。

 銃弾は胴体側面から尾翼にかけて命中。少ない機会を逃す者かと、彼女はひたすら銃弾を叩き込む。

 ついには動翼が脱落、地面に墜落していった。

「はあ……、はあ」

 彼女は周囲を警戒し、敵影がないことを確認すると大きく息を吐き出した。

「あぶなかった……」

 機体各部を確認。目視できる範囲では、主翼の左翼端がちぎれ飛んだり、主翼に開いた穴から燃料が霧状にもれでている。

 燃料の残量計を見ても、針の進みが止まらない。

「ナガヤまでギリギリ……」

 彼女は燃料消費を抑えるため、戦闘速度から巡行速度へ速度を落とす。

 危機が去ったことで、彼女は頭が冷静になってくる。

 さきほどの空賊は、ただの空賊とは考えにくい。

 そもそも略奪を日々しなければならない空賊が、中では高価な五式戦闘機を維持できるものだろうか。

 なにより、3機でかかってきて輸送機を追う仕草もなかった。

 彼女は頭をふってそれらを脇に追いやる。

「……早く帰らないと」

 彼女はナガヤへの進路をとった。

 

 

 

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