その会話の中で、レオナはなぜあれだけ悪事を働いたイサオ氏に
人々がなびいたのか、疑問を口にする。
*主人公とレオナがしゃべっているだけの物語になります。
「静かな場所ですね」
「ああ、仲間と賑やかなのもいいが、たまには静かな時間もいいだろう」
言いながら2人の女性は目の前の町、ラハマを見下ろす小高い丘の上で腰を下ろし、水筒片手に静かな時間を過ごしている。
2人の女性の内の1人、黒髪を肩の下あたりまで伸ばした女性、ハルカは水筒の口を開け、中身を口に含む。
「いいんですか?ザラさん放っておいて」
「心配ない、今頃サルーンで酔いつぶれている」
隣に座るのは、赤い髪を縛った凛々しい顔つきの女性。
ラハマを拠点に活動するオウニ商会の用心棒、コトブキ飛行隊の隊長レオナ。
2人は仕事場である飛行船羽衣丸を抜け出し、ここにやってきた。
ハルカはユーリア議員からのお使いでやってきて、用事が終わったから帰ろうとしたのだが、コトブキ飛行隊のメンバーに呼び止められ、サルーンでの食事に誘われた。
そうしたら、キリエとチカがいつもの如く喧嘩を始め、飲み比べに発展し、そこにザラも加わり、遂には3人とも酔いつぶれることになってしまった。
「ザラには適量という概念がない。酔いつぶれた彼女はいつも私が部屋に運ぶんだが、今日は放っておく。いい薬になるだろう」
それを聞いてハルカは苦笑する。
同時に、この時間が早く終わることを願った。
ザラさんを置き去りに、レオナさんと一緒にいたということが彼女の耳に入れば、その後どんな警告が待っているか……。
ふとそよ風が吹き、レオナの髪やハルカのスカートを揺らす。
「穏やかな日だな」
「ですね」
天候は極めて良好。空賊による襲撃もなく、久しぶりに彼女らが感じる、穏やかな日だった。
「これまで、ラハマは何度も危機的状況に陥ったが、こんな穏やかな日が訪れたなら、あの時の苦労の甲斐もあったということか」
「そんなに危機的状況だったんですか?」
「ああ。色々あったが、一番の危機は、富嶽による爆撃だったな」
彼女は、故郷のナガヤを爆撃しに来た大型機のことを思い出す。
自由博愛連合の力の象徴。
圧倒的な暴力。
自由博愛連合へのラハマの加盟を拒否したことで、ラハマは富嶽と戦わざるをえなくなった。
「よく無事でしたね」
「そうだな。思い返しても、そう思うよ。コトブキ飛行隊6機にラハマ自警団、数機の応援で戦って、最後の1機は落とせなかった。幸い、被弾した富嶽がラハマ上空に開いた穴に入った瞬間、投下された爆弾も吸い込んでくれたから、この町は無事で済んだ」
レオナは空を見上げ、どこか遠くを見るような目をする。
「思い返せば、なんでだろうな」
「何がですか?」
「いくつもの町を、爆撃で焼け野原にした。自分達に従わない者たちは排除する。そんなことをしたにも関わらず、自由博愛連合には賛同者がいるのだろうな」
「抜けたらどうなるか、わかっているからじゃないですか?」
「当時はそうだろうな。あんな力を見せられれば。私も、彼が、イサオ氏があそこまでするわけない。自由博愛連合は、素晴らしい取り組みだと思っていた」
以前ハルカはレオナから聞かされたが、なんでも彼女はあのリノウチ大空戦でイサオ氏から窮地を救われたのだという。いわば命の恩人。信じたくもなる。
「でも、今は違う。君がいるガドールでも、未だに再興を望む人たちがいないわけじゃないんだろう?」
「そうですね。ユーリア議員曰く、イサオの亡霊だって」
ガドール評議会でも、未だにイサオ氏が帰ってくること、自由博愛連合の再興を望むものたちが多い。ユーリア派も増えたが、未だに数は多くない。
ポロッカやショウト等、いくつもの町が富嶽によって焼野原にされた。
あれだけのことをしたにも関わらず、未だに再興を望む人々がいる。
「あれだけ悪事を働いたのに、どうしてだろうな……」
ハルカは、つぶやくように言った。
「確かに、レオナさんの言っていることは間違っていません」
彼女はハルカへ視線を向ける。
彼女の表情は、どこか悲し気であった。
「あれだけの悪事を働いたのに、なぜ賛同する人々がいるのか。疑問に思うのも当然でしょう。ですが……」
彼女は言葉を切る。そして、静かに言った。
「正しい行いのみが、人々のためになるとは限らない」
「……どういうことだ?」
彼女は、訪れたイヅルマの地下牢で元パロット社の社長ウタカに言われた言葉を思い出す。
「空賊時代、私は何隻もの飛行船を襲っては損害を与えていました。その一方で、飛行船産業の会社は、そのことで多大な利益を得ることができた」
どんなことであれ、損害を被る人間がいる一方で、利益を得る人間というのは存在する。
「自由博愛連合もそうでしょう。損害を被る人々がいた一方で、加盟や協力によって大きな利益を得た人々もいた」
かつてアレシマで、ユーリア議員が紅茶の名産地ナハタの市長と対談をした。
ナハタは自博連に加盟し、紅茶の専売を許された一方、商売敵のハリマは自博連の飛行隊に爆撃され、畑を焼かれる被害にあっている。
「それに、イサオ氏は今イジツが直面している課題を解決するとも言っていました。……このイジツは、荒廃していく日々を生きることしかできません。海は枯れ、磁気嵐や地上生物で陸路は使えず、ユーハングがもたらしてくれた飛ぶ技術によって開拓できた、空路によってなんとか命をつなぎとめている」
ユーハングがもたらした飛行機技術は、人々の生活を一変させたが、それでもイジツの抱える根本的な問題の解決には至らず、ただ余命を引き延ばしたにすぎなかった。
いずれ枯渇が予想される資源の奪い合いで争いがおき、ユーハングの遺産を巡って争いがおき、今も諍いはなくならない。
資源がなくなれば、栄えていた町でもあっという間に廃墟になってしまう。
「ある意味、この世界は先細りの未来しか見えません」
「……そうだな」
レオナは同意する。彼女の言っていることは間違っていない。
日々をなんとか必死に生きようとも、そんな絶望のような未来しか見えないのが今のイジツの現状だ。
「そんな今のイジツを生きる人々にとっては、イサオ氏はある意味、希望だったのかもしれません」
「希望?」
「ヒーロー、救世主と言い換えてもいいかもしれません。この絶望的な状況下で、人々が希望という光を見いだせたとしたら、どうでしょうか。このイジツを平定し、抱える問題を一気に解決してくれる救世主が現れたとしたら?」
「彼に、皆がなびく、と」
彼女は頷く。
「苦しい状況下にあればあるほど、人々は苦しさから逃れるために、希望や救世主。光になるような存在を望む。そんな人々にとって、イサオ氏の唱える耳障りのいい言葉。共通の利益や国家統一連合構想などは、さぞ魅力的な言葉に聞こえたことでしょうね」
レオナは胸が一瞬痛くなった。
「でも、それを一概に悪いとも言えません。やったことはどうであれ、人々にはそれが必要だった。日々生きるのに必死で、無法者たちがのさばり、争いはなくならず、荒廃が進む絶望的な未来しか見えないこの世界で生き抜くために、明日を、未来を信じさせてくれる、希望の光が……。そんなものに縋るなんてばからしいという人もいるかもしれませんが、人は何かに縋らなければ生きていけない。それが何であれ」
かつて自身もその言葉を信じていただけに、少し心が痛んだ。
「でも、あの人が推進していた国家統一連合構想は、全ての人々や町を共通の思想で染めてしまおうというもの。それは、反する思想を認めず排除するということ。そのための過程として、彼は富嶽でいくつもの町を焼き払った」
ショウトのように屁理屈で爆撃された町もあったが、おおよそ被害にあったのは反イサオともいえる勢力だけだ。
「ですが、ユーリア議員の思想が中々浸透せず、イサオ氏の取り組みが賛同を得たのは、ひとえにその実行力と基盤でしょうね。ブユウ商事というイジツトップの会社の資本力や、反発する者たちを敵と認定して容赦なくつぶす実行力。傍目に見れば、やり方はどうあれこのイジツを平定してくれる、そう信じさせてくれた。自分達がついていくのに、ふさわしい主人という見方もできるでしょう」
ガドール評議会の評議員のユーリアに比べ、イサオ氏は己の思想を実現できるだけの色んな力があった。
イヅルマの地下牢で会った技術者が、かつてイサオ氏に協力したのは、可能性の高い方に賭けただけと言っていた。
両者を見比べれば、どちらがあの時点で実現性が高かったかは比べるべくもないだろう。
「田舎では特産品を専売にして利益を確保させ、空賊による治安悪化をブユウ商事の警備部門で解決させようとし、他のイジツの抱える課題も解決すると言い切った。人によっては、自博連の要職に起用すると餌をぶら下げた。ユーリア議員が大事と考える自由意志を否定して、一人の人間が取り仕切る社会という実態に、希望の光の奥にある絶望に目がいかないようにした。ある意味、奇術師ともいえますね」
目の前に餌をぶら下げ、その真意に気付かせないようにした。
あるいは気づいても利益が上回るように見えるようにした。
自由という名前に反し、選択の自由をなくそうとした。
「餌をぶら下げられた人々や、このイジツの平定をどんな形であれ望む人々には、あの時点で実現可能な力があったのは、イサオ氏だけ。それに、状況が悪いほど、人は目の前のことを過大評価するようになります。それしかない、とね。そう考えれば、彼が一筋の希望に見えたのも、無理ないかもしれません」
レオナは黙ったまま話に耳を傾ける。
「今でも自博連派がなくならないのは、その当時の夢のようなことが忘れられないか、今でも代案になるような思想が弱いのか、どちらかでしょうね」
「なるほど……。にしても、やけに詳しいんだな」
「ユーリア議員と話していると、嫌でもこのような話をしなければなりませんからね」
「議員の用心棒も大変だな。だが、もう自博連の思想が広まることはないだろうな」
レオナは口を開いた。
「もうイサオはいない。会長がなくなった自博連は瓦解。イケスカは内戦状態。あとは自滅の道を歩むだけだ」
「……後継者が現れたという話もありますよ」
「……え?」
レオナは頭から冷水を浴びせられたような、驚愕の表情を浮かべ、彼女を見る。
「イサオ氏の地盤を引き継ぐ後継者があらわれ、イケスカは内戦から脱しつつある。という話もありますよ」
レオナは彼女の両肩をつかみ、鼻先が触れそうな位置まで引き寄せた。
「レ、レオナさん!?」
「今の話、本当なのか!?」
彼女の目が見開かれ、瞳が揺れている。
「本当なのか!?」
「え、ええ。噂、ですけど」
本当はイヅルマの地下牢にいた技術者から聞き出したのだが、それを話す必要はないと彼女はぼかした。
「そうか……」
レオナは彼女から手を離し、隣に腰かける。
「それじゃあ、また彼らは……」
「ありえなくはないでしょうね」
ユーリア議員は行く先々で残党と思われる集団に襲撃を受けているし、先日イヅルマ襲撃の際に使われた桜花の件もある。
またイジツの覇権を狙って、準備を進めているのは想像に難くない。
そんな有様では、先のイケスカ動乱を生き残ったコトブキ飛行隊にとっては心中複雑だろう。
「でも、まあ……。なんとかなるだろう」
「……随分楽観的ですね」
いつも慎重にいく隊長らしくないと彼女は苦笑する。
「見えない敵のことを考えても仕方がない。それに、そういう事態に備えて、今ユーリア議員が協力体制を作るべく都市を回っているんだろう」
ユーリア議員は、以前にもまして外遊にいくことが多い。
それは、横のつながり、都市間のつながりを求めるためでもあるが、いつか自由博愛連合が本当に再興したときの備えでもある。
「それまでは、日々自分達にできることをしよう」
「そうですね」
「それに……」
レオナはハルカの肩に腕を回し、彼女を寄せた。
「今度は、君もいることだしな」
「……へ?」
「へ?じゃないだろう?君はユーリア議員やホナミ議員の用心棒であり、私たちコトブキ飛行隊の一員でもある。私たちが自由博愛連合と敵対する以上、その時には一緒に戦わなければならないだろう?」
「……ああ」
ようやく彼女は実感が伴ってきたようで、うめくような声をもらした。
「それに、君はもう残党と思われる集団と何度も戦っている。今更じゃないか?」
「言われてみれば……」
レオナは彼女の頭に右手をポンと置く。
「君はもう状況の一部になっているんだ。そのことは自覚しておくように。頼りにしているぞ、蒼い悪魔」
「私、そういわれるのあまり好きじゃないんですけど……」
「そうか?似合っていると思うぞ、小悪魔」
悪魔などというおどろおどろしい異名がついていて、実際それにふさわしい腕前である一方、こんな可愛い見た目の悪魔などいるものか、とレオナは思う。
「……はい。ところで、レオナさん」
彼女はレオナに問うた。
「レオナさんにとっての希望は、イサオ氏だったんですか?」
彼女はしばし考え込む。
「一時期はそうだったかもしれない。でも、今は違うな」
「今は?」
「そうだな。今は、コトブキ飛行隊や私の身の回りの人々が希望だ。日々私を支えてくれて、共に歩んでくれる人々。そもそも、ザラと出会わなければ、私はここまでこれなかった。彼女は君の言う通り、救世主だったのかもしれない」
「なるほど……」
「言っておくが、君も含まれるんだぞ?」
「なぜ?」
レオナはため息を吐き出す。これが彼女が、空賊に長い間いた弊害か。仲間というものがわかっていない。
「一緒に仕事をしていて、なぜはないだろう?空賊相手の戦闘のとき、君がいることでどれだけ私が精神的に助かっていると思っているんだ、撃墜王」
「大げさな……」
「大げさじゃない。君がいればなんとかなる。いつも、私はそう思っているぞ」
同時に敵になった場合はこの上ない脅威となるが、まあユーリア議員たちが首輪をつけてくれているうちはその心配はない。
彼女はハルカの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ところで、そんな君の希望はなんだったんだ?」
ハルカもしばし考える。
「そうですね……。金でしょうか」
レオナはその場でずっこけそうになった。
「……随分現金な答えだな」
「現金だけに」
スパーンと爽快な音が鳴り響くと同時に、レオナは彼女の頭をはたいた。
「だって、お金があれば略奪からは逃れられますし、用心棒を雇ったり装備を整えて身を守ることもできますし、札束で頬を張り飛ばせば大概の人は心を動かすでしょう?」
「……妙に実感のこもった言葉だな。否定はできないが、この雰囲気でそれはないだろう?というか、君の口からできれば聞きたくなかった」
レオナが身の回りの人が希望と言った直後に金と来た。
雰囲気がぶち壊しである。
「実際、空賊時代の私はそうでした」
「今はどうなんだ?」
彼女はしばし考え込む。
「何、でしょうね……」
かつては、お金があれば、家族がいれば、そう思っていた。
家族が残っていたからこそ、彼女は生きようと思えた。
今はもういないが、まだ生き残っている身内もいる。
ホナミ議員や、カスガさん、シズネさんのように。
「この名前を、ハルカという名前をくれた。願いを込めてくれた人々、でしょうかね」
かつて、自分にそうあってほしいと望み、あってくれると信じてくれた人々。
この名前に込められた願い、そして願いを込めてくれた人々、彼らこそが今彼女を支えてくれているものだった。
「そこでできれば、私たちのことが出てくれると嬉しかったんだが」
「み、皆さんには感謝していますよ」
「真っ先に出てこなかったことが残念だ」
ふと、レオナは彼女の手をとる。
「じゃあ、親睦を深めるためにも、町へ繰り出そうか?」
「いいんですか、ザラさんたちを放っておいて」
「私とは嫌か?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、いいじゃないか」
「レオナさんて、時々強引ですよね?」
「少しくらい強引じゃないと、個性豊かなコトブキをまとめるなんてできないだろ?」
「それには私も含まれているんですか?」
「当然だ」
笑顔でいうレオナに、彼女は何も言えなかった。
少し強引だけど、手を引っ張ってくれる存在、兄や姉が、昔の彼女にはいた。
でも、今はもういない。そう思っていたけど、ユーリア議員とはまた違った形で、自分の手を引いてくれる。
そんな存在が、彼女には少しうれしかった。
―――なんだか、昔のお姉ちゃんやお兄ちゃんみたい……。
彼女の少し前を歩いてくれる、身近な光とは、こういうもののことなのだろうか。
どうもレオナは自分のことを年下扱い、実際レオナが年上なので間違ってないが、もとい妹扱いしているような節がある。
よく頭を撫でてくるのはそういうことだろうか。
でも、自分のことを心配してくれる年の近い存在のありがたさを、彼女はかつての姉や兄の存在で知っていた。
彼女はレオナの手を握り返した。
この先細りの未来しか待ち受けていない世界の中で、再び手に入れた居場所を、身近な希望を、もう無くしたくないと、離したくないと、そう示すように。
2人は丘を下り、ラハマの町へと繰り出していった。
なお、羽衣丸に帰った直後、2人で呑みに行ったことがコトブキの面々にばれ、抜け駆けはずるいと2人で5人分の飲食代を負担させられ、財布の風通しが良くなったのは、その日の夜のことであった。
あまりの額の大きさに、2人は絶望に打ちひしがれているようだったと、後にケイトは証言している。
ちなみにザラが店中の酒を飲みほしたせいで、その店からしばらく出禁を言い渡されたのは、仕方ないことかもしれない。
アニメではラスボスとして終わったイサオ氏ですが、
いくつもの町を焼野原にかえた容赦のなさの一方で、
なぜそんな彼のもとに人々は集まったのか。
そんなことから思いついた話になります。
思いつきと勢いで書いた話なので面白みはあまり
ないかもしれませんが、お付き合い頂けたら幸いです。