コトブキ飛行隊と共に羽衣丸の護衛についていた。
羽衣丸が向かった町で市長に出迎えられるマダムだが、
突如市長の表情が険しくなり……。
第1話 消せない烙印
どこまでも広がる土色の荒野、切り立った崖や深い渓谷。
荒廃が進む世界、イジツ。
地上生物や磁気嵐等で陸路が使えなくなった世界で、70年以上前にとある異邦人たちが伝えた空を飛ぶ技術により、空路での交易が発展した世界。
今渓谷の上を飛んでいる飛行船も、ある町へ物資を運ぶ旅路の途中。
穏やかな空の中を、優雅に飛ぶ飛行船。
しかし、そんな飛行船を狙う略奪者、空賊による襲撃が日々絶えない。
なので、この輸送船には用心棒として雇った、零戦21型6機の飛行隊が乗っている。
ふと、飛行船の船橋で外を眺めていた船長の顔が引き締められた。
異常を知らせる警報が、船内にけたたましく響く。
「空賊か?」
「本船に向かってくる機影を確認。レーダー上の反応の数は1」
「たった1機?用心棒に対処させろ」
「了解」
船内に、戦闘機隊発進許可、戦闘配置の命令が発せられる。
襲撃に少々驚きながらも、相手が1機と知った船長は少し安堵する。
1機だけなら、相手が紫電改や疾風でも零戦6機で十分対処できる。
「機影、なおも接近中。もの凄い速さです!」
「会敵までは?」
「間もなくです!」
突如、間近で爆発する音が響き、船を振動が駆け抜ける。
「右弦、発動機被弾。機影、本船を追い越しました」
「ばかな、とらえたときはまだ距離があったんだぞ!」
「敵機、旋回します。本船に向かってきます!」
「戦闘機隊は!?」
「今発艦しました!」
船首のハッチから、赤色に塗られた21型が発艦していく。
これで一安心、と思ったときだった。
何かが高速で横切ったのが見えた瞬間、21型が2機火を噴いて落ちていく。
そして、また何かが高速で横切ったとき、2機が落とされる。
「残り2機です!」
残った用心棒も、状況を理解する間もなく、瞬く間に落とされる。
「な、なにが起こって……」
また船が振動で揺れる。
「左舷発動機、及び上部気密バルブ被弾!ヘリウムが漏れ出しています!」
「高度維持できません!渓谷へ落下します!」
「総員掴まれ!」
船長が叫んだ瞬間、船橋の右側を何かが駆け抜けていった。
交差した一瞬、船長の瞳はその機体に描かれていた模様をとらえた。
黄色いクチバシ、首から上は白く、下は茶色の鳥のマークが描かれていた。
彼はそれに見覚えがあった。
一時、略奪者、空賊として名をはせた集団。
直後、船内を凄まじい衝撃が襲い、周囲を土埃が覆いつくした。
目の前を逃げる1機の飛燕を追う隼が1機。
主翼に、山吹色を背景に赤いプロペラが描かれたマークの隼1型は、逃げる飛燕の機体下部にあるラジエーターを、機首に備え付けられた12.7mm機銃で撃ち抜く。
発動機を冷却する冷却機構に弾を受けた飛燕は加圧した冷却水が漏れだすと、各部があっという間に加熱し、高度を下げていく。
「よっし。1機もらい!」
心の中で拳を握り締めるのは、赤いコートを着込んだ短い黒髪を揺らす女性。
女性のみで構成された凄腕ぞろいのコトブキ飛行隊の隊員、名をキリエという。
「これで2機目!」
撃墜数が増えたことで、雇い主から払われるであろう特別ボーナスが楽しみになり、つかの間喜ぶキリエ。
『へっへ~ん、まだ2機?私はもう3機落としたもんね!』
そんな彼女の耳に入ったのは、挑発的な口調の言葉。その台詞は、低い沸点のキリエに火をつけるには十分すぎた。
「うっさいバカチ!これからなんだよ!」
先ほどの声は、同じコトブキ飛行隊の隊員、最年少のチカの声だ。
元気一杯なのはいいが、まだ幼いせいもあってか感情が先走りしやすい。
『そう?のろまなキリエじゃ無理なんじゃない?』
キリエの真横に、好きな絵本のキャラを尾翼に書いたチカの隼が並ぶ。
「こんにゃろ~いわせておけば!」
直後、銃撃音が下からなる。
2人は慌てて舵をきって回避。
すれ違い様に、飛燕が2人を追い越していく。
「こんにゃろ~」
キリエは飛燕のあとを追う。
『ちょ、キリエまて~』
相棒のチカもキリエを追う。
キリエは照準眼鏡を覗きこみ、飛燕を中心線にとらえる。
「これで3機目」
直後、彼女は無意識のうちに左へ舵をきっていた。
先ほどまでいた位置を、機銃弾の閃光が駆け抜けていく。
いつの間にか、背後に回り込まれていた。
「いつの間に背後を!それも2機。チカ何やってんのさ!?」
『相棒はケツ持ちじゃないんだよ!相棒のこと考えて飛べよ!』
「うっさいバカチ!隼は前にしか飛べないの!」
『言い分けになるか!だいたい、キリエはいつも!』
空戦の最中にも関わらず言い合いをする2人をよそに、彼女らの背後をとった2機の飛燕のパイロットは、機銃の引き金に指をかける。
そして2機を撃ち落そうとした、瞬間彼らの機体のエンジンが撃ち抜かれ、操縦席の前の風防が煙に包まれて視界が塞がれる。
一寸先も殆ど見通せない視界の中で、彼らは刹那、蒼く塗られた主翼を見た。
「あれ、落ちていく」
キリエは、背後にいた飛燕が2機とも落ちていくのを見る。
次いで、彼女らが追っていた飛燕が落ちていく。
「あ、私の」
『私の獲物!』
「それはこっちのセリフ!」
『戦闘中に口論とは、感心しませんね』
その声の主が乗る蒼い翼の零戦は、キリエやチカの前を飛び、血に飢えた狂犬のように進路上の獲物を次々屠っていく。
『こちら羽衣丸、空賊が撤退していきます』
『了解。全機、深追いは無用だ。帰還してくれ』
落ち着き払った口調で言うのは、コトブキ飛行隊の隊長、レオナだ。
『え~、まだ暴れたりないよ!星稼げてないし!』
だがチカは明らかに不満そうだ。
「私も!」
キリエもチカと同じ気持ちだった。
あれだけ空戦の最中に喧嘩していたというのに、こういうときは協調できるのだから不思議なものである。
『戦闘中に口論なんてするからだろう?助けてくれた彼女に、感謝することだ』
『ちぇ~』
キリエは風防の横を見やった。
いつの間にか、背後の飛燕を落とした蒼い翼の零戦が並んでいた。
『ご無事ですか?』
「うん……、ありがと」
キリエは、風防に見える長い黒髪を揺らす女性、ハルカに一応お礼を言った。
『仲がいいのも撃墜数を競うのも結構ですけど、隙を見せるのは感心しませんよ』
『彼女の言う通りだ。喧嘩するなとは言わないが、戦闘中とマダムの前では控えてくれ』
「……はい」
以前は飛行船で喧嘩したら高度何クーリルあろうと即刻叩き出すと言っていたレオナだったが、控えろというあたり少し理解を示したのかもしれない、とキリエは考えた。
実際には、レオナは半ばあきらめているのだった。
この2人の喧嘩は、こぼした水が下に落ちるくらい自然なものなのだと。
そして彼女らは母艦である羽衣丸へと機首を向けた。
コトブキの隼が全て羽衣丸に着艦したのを見たハルカは、自身も着艦するべく進路をとる。
進路上で旋回したりして速度を調整。着陸脚を出し、羽衣丸の後部ハッチから進入。
脚が羽衣丸のデッキに接地したのを確認するとブレーキをかけて速度を落とし、機体を停止させてエンジンを切った。
「お疲れ」
風防を開けると、羽衣丸の整備クルーの、見た目は子供、中身はおやじと噂のナツオ班長が迎えてくれる。
「機体の整備、お願いしますね」
「任せとけ」
彼女は足掛けに足をかけて歩き、愛機の零戦から下りる。
格納庫内を見渡すと、床に正座をしたキリエとチカがレオナに説教されているいつもの光景が目に入る。
「またですか……」
「ああ、まただ」
彼女は突如背後に現れた声に思わず振り返る。
「ケイトさん、脅かさないでくださいよ」
そこにいたのは、銀髪を左右で分けて結んだ、表情を滅多に変えない人物、ケイト。
「脅かす意図はない」
「は、はあ……」
「まあ、あの光景をまた、いつもの、で片付けられるということは、あなたもコトブキになじんできたということですわね」
ケイトの横に立っているのは、貴族風の少し上品なお嬢様の雰囲気を感じさせる女性、エンマ。
悪党や空賊に家の資産を盗まれたとかで、没落した貴族の家の人。
故に、一時は元空賊のハルカと折り合いが悪く喧嘩や口論をしたものだが、今は認めてくれている様子だった。
「でも、毎度説教するレオナも大変よ」
そして、大人の色香を匂わせる副隊長のザラもいる。
一時期、レオナに接近しすぎたことが原因で警告をしてきたザラ。
ハルカにとっては、内心穏やかではいられない人物。
「お疲れ様」
現れたのは、赤いドレスを着た余裕の笑みを浮かべる女性。
雇い主のマダム・ルゥルゥ。
マダムはコートのポケットから封筒を取り出し、ハルカに差し出してきた。
「はいこれ、臨時ボーナスよ」
「……ありがとう、ございます」
彼女はそれを受けとるとスカートのポケットにしまう。
他の隊員たちも厚みに違いはあれど封筒を受け取る。
「ハルカ、今回も封筒が厚めだった」
「そりゃあそうよ、撃墜数が一番多かったもの」
「何機でしたの?」
「……8機です」
「相変わらず、いい腕しているじゃない」
ハルカはイヅルマからガドールへ帰還したのち、今度はオウニ商会に呼ばれ羽衣丸の護衛についていた。
今回は、ある町へ生活物資を届ける依頼のため、道中の護衛が仕事である。
「さて、そろそろ見えてきたようね」
マダムが格納庫にある窓から眼下の光景を眺める。
眼下に広がるのは、切り立った渓谷の間にあるオアシスと言える場所。
物資を積み込む町として立ち寄る場所、ヤマセという町だ。
係留所には、物資の積み込みや荷下ろしをするため、何隻もの輸送船が停泊しているのが見える。
「ここで目的地、イタミに運ぶ物資を積み込むわ。出航は明日だから、各自ハメを外しすぎない程度に、羽を休めなさい」
全員が「は~い」と答える。
今回の仕事は、渓谷の奥にある鉱山の町、イタミに生活物資を届けること。
なんでも、敷地内で育てている作物が天候不順で壊滅に近い被害を受け飢饉に陥り、備蓄していた食料も間もなく底をつくらしい。
物資の緊急輸送の依頼が、近隣の町ヤマセを通じて色んな町へされているという状況からよほど切羽詰まっているのだろう。
眼下に係留されている飛行船たちも、同じ目的かもしれない。
他の飛行船と少し間をあけて、羽衣丸は高度を下げ係留塔に固定される。
「いっちば~ん!」
「あ、待てキリエ~」
搭乗口から地面へ通路がつながると、我先にとキリエとチカが駆け下りていった。
「元気ですこと」
「さっき説教されたばかりですよね?」
「……いつものことだ」
レオナは、頭を抱えながら言う。
そしてマダムを先頭に、コトブキのメンバーは羽衣丸を下りていく。
下りた先には、一人の男性と秘書らしき女性が立っていた。
「初めまして、マダム・ルゥルゥ。ヤマセの市長をつとめております。このたびは依頼を受けて下さり、ありがとうございます」
「お初にお目にかかります、市長」
市長とルゥルゥが握手を交わす。
「イタミへ向かう輸送船は、他に何隻もおります。説明をまとめて行いますので、午後2時に市庁舎へ来てください」
「わかりました」
「では……」
市長は、ある一点で視線を止めた。
途端、彼の表情が険しくなった。
「市長?」
ルゥルゥの声を無視し、彼は視線の先へ歩を進めていく。
そして視線の先、ハルカの前で足を止めた。
「君、名前は?」
「……ハルカ、ですが」
内なる感情を押し殺しているような市長の表情に、戸惑う彼女。
「……蒼い翼の零戦のパイロットだね」
「……ええ」
ハルカは手短に市長の質問に答える。
市長の目は、彼女に対し怒りと同時に、明らかに敵意を含んでいる。
「雪雲丸、という名前に心当たりは?」
瞬間、彼女の目が見開かれた。
「そうか……」
突如、何かを殴りつける音が聞こえた。直後、彼女が地面に倒れた。
「え?」
キリエやレオナたちは、何が起こったのか一瞬わからなかった。
そこには、拳を振り下ろした市長と、地面に倒れ、痛む箇所、左頬を押さえるハルカの姿があった。
「よくも……」
「ぐっ!」
市長の右足が、地面に倒れた彼女の腹部にめり込んだ。
「よくも……、よくも、このヤマセの地を踏めたものだな!この恥知らず!」
一度では終わらず、二度、三度と続く。
「貴様の、貴様のせいで!どれだけの民が苦しんだと思っている!貴様の、貴様のせいで!」
何度も何度も彼女を蹴り踏みつける市長の姿に、誰もが呆然とし、秘書らしき女性は止めるどころか、冷たい視線を彼女に送っているだけだ。
ハルカも、抵抗するどころかその状況を受け入れ、されるがまま。
そんな状況にキリエが動いた。
「やめて!」
キリエが、2人の間に割って入った。
「やめて!彼女が何したっていうのさ!」
「どいてくれないか?これは当然の報いだ」
「何が当然なのさ!」
キリエはどかない。
「市長……」
マダムは、いつもの余裕の態度とは打って変わり、明らかに怒りを含んだ視線を市長に向ける。
「何があったかは存じ上げませんが、その子は今、私のオウニ商会の社員の一人です。部下を痛めつけてくれた以上、それなりの対応を取らせてもらいますが?」
「そうですか。今は空賊ではなく、あなたの部下なのですか?」
「ええ」
市長は、マダムにゆっくりと振り返る。
「だからといって、過去の罪がなくなるとでも?そんな話はないでしょう!」
マダムと市長はお互い譲らずにらみ合う。
「レオナ」
マダムに呼ばれ、彼女はようやく体の硬直が解けたようだ。
「ハルカさんを船内へ」
「……はい!」
レオナは彼女を米俵を抱えるように肩に担ぐと、急ぎ足で羽衣丸の船内へと向かった。
「イタタ……」
羽衣丸の会議室で、ハルカはキリエから傷に処置をしてもらっていた。
打撲や擦り傷が殆どだったので、湿布薬を貼ったり、傷を消毒して最後にガーゼを張り付けていく。
消毒薬が傷に染みるのか、彼女は時折うめき声をあげる。
「はい、おわったよ」
「……ありがとう、ございます」
キリエは救急箱に道具をしまうと、ハルカの隣に腰かける。
「にしても、さっきの市長ひどいよね!いきなり暴力ふるうなんてさ!」
ご立腹のキリエに対し、ハルカの表情は冴えない。
「なんで抵抗しなかったわけ!?」
「いえ……、これは、その。……当然の、報いですから」
「当然の?」
「市長も言っていたな。……どういうことなんだ?」
市長ともあろう人物が、いきなり衆人環視の中暴力に訴えるなど余程のことだ。
すると、彼女は表情を曇らせる。
「かつてこの町には、大きな商会があって、雪雲丸という飛行船を持っていたんです」
先ほどの会話に出てきた名前だと、皆が思い出す。
「でも、その飛行船とハルカがどう関係してくるのさ?」
「……かつて、このヤマセの町は、飢饉に瀕したことがあったんです」
イジツにも、時折異常気象や空賊に農業に必要な資材を盗まれたとかで、食料生産が上手くいかないときがある。
それ以上に多いのが、空賊による略奪の被害である。
「そのとき、ようやく食料を調達できた雪雲丸は、ヤマセの町へ急いで帰ろうとした」
「その道中で、何か?」
「……空賊の襲撃に会い、物資を全て盗まれたんです」
「でもさ、そのこととハルカがなんで……」
キリエは途中で言葉を切った。
気づいたのだ。市長の怒りが、彼女に向けられた理由に……。周囲も皆、同じ考えに行きついていた。
「ええ……。その雪雲丸を襲撃した空賊は、ウミワシ通商。そして、飛行船を撃墜したのは、この私。雪雲丸は、私が撃墜した、初めての飛行船だったんです」
それからハルカは、当時のことを話し始めた。
ナガヤを去り、実入りのいいウミワシ通商へと移った彼女は、運び屋の用心棒を生業としていた。
母親を入院させることができ、弟と妹を学校に入れることができた。
そんなある日、ウミワシ通商社長のナカイに、空賊に物資を盗まれたから取り返すのに協力してほしいと頼まれた。
彼女は疑いなく承諾し、物資の奪回へ向かった。
向かった先にいたのは、1隻の飛行船。
空賊に奪われた物資を積載しているから、軟着陸させて欲しいと頼まれた。
彼女は機銃でエンジンや機体上部の機密バルブを撃ち抜き、飛行船を難なく不時着させることに成功した。
そして仲間が物資を積み込み、飛び立つのを確認した彼女は、成功を知って安堵した。
思えば、これが過ちの始まりだった。
その後も、社長のナカイから似たような依頼が続いた。
回数が積み重なるにつれ、次第に彼女は不信感を募らせていく。
そんなある日、彼女は飛行船から奪い返したという荷物を確認した。
ウミワシ通商の荷物には、全て鳥のマークが入っている。
本当に奪い返した荷物なら、どこかにウミワシ通商を示すマークが描かれているはず。
荷物があるという倉庫で彼女が見たのは、奪った荷物にマークを入れていく作業員たちの姿だった。
彼女はさとった。このウミワシ通商は、奪った荷物を売ることで儲けている空賊だと。
ナカイを問い詰めた彼女だったが、彼は気にした様子もなかった。
「それがどうした?むしろ、今更気づいたのか?」
「飛行船を襲撃して物資を奪うなんて、やっていることが空賊そのものじゃない!?」
「ああ、だってウミワシ通商は空賊だからな」
「空賊って聞いていたら入らなかった……」
「なら止めるか?誰が貴様を雇ってくれる?すでに飛行船を何隻も襲っている貴様を?」
彼は楽しそうな笑みを浮かべながら言った。
「蒼い翼の零戦、巷じゃ有名だ。そんな貴様を雇うやつがどこにいる?仮にいたとして、今ほどの報酬を払ってくれる人がいるのか?報酬が減れば、お前の家族はどうなる?」
彼女は言い返せなかった。
結局、彼女は家族を養い続けるために、ナカイの、ウミワシ通商の悪行に加担し続けた。
だがその甲斐もなく、家族は皆失ってしまった。
思えば、当然だったのだろう。
色んな人々の人生の歯車を狂わせて置きながら、自分の大事なものだけは守りたいなんてこと。
ユーハングでは、因果応報という言葉がある。
悪行を働けば、必ず報いを受けることになる。
「後に知ったんですが、雪雲丸が使えず、他の町が物資を融通してくれるまでの間、住民は水も満足になく、飢えや渇きに苦しんだと、聞いています」
過去のことを、苦しそうにハルカは話し終えた。
「当然、なんです。あのようなことをされるのも……」
「でもさ、悪いのはウミワシ通商じゃん?ハルカ一人が何で責められないといけないの!?」
「仕方がないよ。生き残っていることがハッキリしているのは、私だけだから」
アレシマの新聞で脚光を浴びた彼女だが、彼女がまだ存命であると血縁者に伝わったと同時に、恨みを持つ人々にも生存が知られてしまった。
生きていることがハッキリしている彼女に、ウミワシ通商の被害者たちは怒りの矛先を向けた。
こうなるのは、時間の問題だったのかもしれない。
「……許しちゃ、くれませんよね」
彼女は、ぽつぽつつぶやくように言う。
「私が、馬鹿な夢みたから……」
「ハルカ?」
「償いを続ければ、いつかわかってもらえる。罪が許される日が、くるって……。その日までは、生きなきゃいけない。でもそんなこと、本当は幻想でしかない。……これが、現実だというのに」
「ハルカ」
「こんなことなら、ナカイを始末した後、ラハマで不時着なんてしないで」
「ハルカ!」
レオナが人差し指を、彼女のおでこに突きつける。
「それ以上言ったら怒るぞ」
「でも……」
「怒るぞ」
圧を込めたレオナの言葉に押され、彼女は押し黙った。
レオナはそれ以上彼女の言葉を聞きたくなかった。
彼女の瞳が、段々虚ろになっていくのが見えたのだから。
「とりあえず、皆は船内にいてちょうだい。私はこれから市庁舎で、依頼の説明を聞いてくるから」
「おひとりでいいんですか?」
「ヤマセが迎えを寄越してくれているみたいなの。もしもの時は無線で連絡するから」
「わかりました。お気をつけて」
羽衣丸を下りたマダムは、市長からの迎えらしきスーツを着た職員に案内され、他の商会の人々とともに、バスで目的地へ向かっていった。