空賊が使っている飛行機が何であるか推測する。
そんなものをなぜ空賊が持っているのか。
彼女は、ある可能性に気付く。
「誰もいかないね」
昨日、意気揚々と出航したタケノ商会の飛行船が命からがら帰還した。その被害状況を見てから、どの商会も出航しようとはしなかった。
「仕方がない。帰ってきたタケノ商会の飛行船と用心棒が、あの有様ではな」
飛行船の被害は相当なもので、機体下部の貨物区画が破壊され、積み荷は落としてしまい、発動機もいくつかやられており、なんとかヤマセへ帰還したものの、大規模修理が必要なレベルの損傷を受けていた。
そんな状況を見てか、どの飛行船もイタミへは向かっていない。
紫電改6機を有する腕利き飛行隊が用心棒にいたにも関わらず、たった1機の未知の戦闘機にあそこまで被害を出されては、自分達も危ないと感じたのだろう。
「市長は、報酬を引き上げるから向かってほしいと、言っているのだけれど……」
「どこも、二の足を踏んでしまっている、と」
マダムは頷く。コトブキ飛行隊とマダムは、羽衣丸の会議室に集まり、今後の対応を検討していた。
「ねえ、どこも行かないんだったら、私たちが行こうよ~」
チカはやる気のようだが、レオナは難色を示す。
「といっても、依然として空賊の情報がまるでない。そんな中いっても、タケノ商会の二の舞になるだけだ」
「でも~」
チカは不満そうに頬を膨らませるが、隊長であるレオナも迂闊な行動はできない。
「じゃあさ、チカが1人で行けばいいじゃん?」
少し挑発の意味を込めて、キリエが言った。
「はあ!なんで私1人なわけ!?」
「だって、1人だけ行きたそうじゃん?じゃあ空賊と遭遇して情報持って帰ってきてよ」
「キリエは来ないの?」
「私もレオナと同じ、むざむざ落とされに行きたくないもんね~」
「はあ!それって私が落とされるって決まっているみたいな言い方じゃん!?この臆病者!」
「はあ!誰が臆病だって!私は慎重なだけ。無鉄砲なチカに言われたくないよ!」
「誰が無鉄砲だ!いいよ、キリエは格納庫の隅で、ぶるぶる震えていればいいよ!」
「なんだと、このバカチ!」
「……2人とも」
レオナの圧を込めた言葉に、2人は震えあがる。
「ですが、チカの言うように、誰かが情報を取りにいかないと、対策しようがありませんわ」
「エンマの言う通り、今の段階では情報が少なすぎる。いっそ、誰かが危険を冒してでも、偵察に行くべき」
「ダメだ」
エンマとケイトの言葉を理解しつつも、レオナはあくまで慎重に行く姿勢を崩さない。
「でも、それならこの町に何日いるの?」
ザラが口を開いた。
「どこも行かない状況が何日もつづけば、それだけイタミは苦しむ状況が続く。それに、滞在しているだけでも、私たちは経費が生じているわけだし」
「確かにそうだが……。だからといって、無茶をさせることは隊長としてできない」
「とにかく、あと少しだけ、この町にとどまりましょう。それでも事態が動かないなら、その時考えましょう」
結局結論が出ないまま、会議はお開きになった。
深夜、ハルカは目を開くと、同室のザラとレオナが眠っているのを確認し、防寒用の茶色い上着を着て、忍び足で音を立てないように部屋を出る。
彼女は羽衣丸から下りると、損傷したまま係留されているタケノ商会の飛行船目掛けて歩いていく。
そして目的の飛行船にたどり着くと、携帯電灯を取り出し、スイッチを入れる。
彼女は、破壊された発動機や損傷個所をくまなく照らす。
発動機には、大口径の銃弾が撃ち込まれた大きな穴があった。
「これは、20mm機銃に撃たれた跡……」
日頃乗っている零戦に装備している20mm機銃を使うことがあるから、見慣れた傷だった。
そして、昼間に帰ってきたパイロットから聞いた情報を重ね合わせていく。
「プロペラのない奇妙な姿。機体規模は大きくなく、主翼の下に筒のようなもの。速度が出て、20mm機銃を装備……」
彼女は自身の知る飛行機の情報から、該当機種を絞り込んでいく。
「機銃の大きさは違うけど……」
彼女は、空賊がどんな機体を使っているのか察した。
彼女は自身の知る中で、1機だけ思い当たる飛行機の名前を口にした。
「まさか……、橘花」
自身が導き出した答えに、彼女はどこか引っかかりを感じる。ウミワシ通商の残党が、なぜそんなものを持っている。
一体、どこで手に入れてきたのか。
「エンジンはどこで……」
彼女は、先日のイヅルマ襲撃の件を思い出す。あの時、襲撃者たちは新兵器、桜花を使ってイヅルマを脅してきた。
あの時は新兵器のテストが目的と思っていたが、なぜ彼らは桜花という新兵器をあのとき使ってきたのか。
それは、桜花を使ってまでも手に入れたかったものが、イヅルマにあったと考えれる。
「もし、あのときイヅルマから持ち出されたものが、ネ式だとすれば……」
そのとき、彼女の肩に何かが置かれた。
「ひぃ!」
考え事に夢中になっていた彼女は、思わず体をこわばらせる。
その方向に電灯の明かりを向けると、闇夜の中に突如無表情の顔が浮かび上がった。
「きゃああああああああああああああああ!」
彼女は思わず悲鳴をあげ、その拍子にバランスを崩し、その場に尻餅をついた。
「いたた……」
目に涙を浮かべつつ、彼女は痛みを和らげるため、ぶつけたお尻を右手でさする。
「大丈夫か?」
顔を上げると、そこには銀色の髪を二つに分けた、いつもと変わらぬ表情を浮かべる女性が1人。
「ケイトさん……、脅かさないでくださいよ」
「脅かすつもりはなかった。……それより」
ケイトはある一点を見つめる。
「それより?」
「……足を閉じた方がいい」
ハルカはケイトの視線の先を見る。
「……あ!」
彼女はスカートがめくれあがって中が見えているのに気づき、足を閉じて裾を押さえた。
「うう~」
彼女の頬が瞬時に赤く染まる。そしてお尻のあたりについたホコリをはたきながら、ゆっくり立ち上がる。
「それで、何でこんなところにいるんですか?」
「あなたが深夜なのにどこかへ出かけていくのを見て、あとをつけてきた」
「……物好きですね」
「興味があった。ハルカのことを、ケイトはあまり知らない。だから何が目的なのか、興味があった」
「……面白いですか?」
「うん、とても。……それで、聞きたいことがある」
ケイトは、彼女に顔を近づけ言った。
「
彼女は一瞬心臓が大きくはねた。
「いえ、その……」
彼女は明後日の方向を見ながら言う。
「この事態を打開できる、
そういうと、ケイトの視線が細められる。
「……なぜ誤魔化す?」
「誤魔化してなんか……」
「言いつくろっても無駄。あなたは嘘やごまかしが下手」
「そんなに?」
「うん、バレバレ」
ハッキリ言われてしまうと、ハルカも少しショックだった。
「もう一度聞く。きっかとはなんだ?」
ケイトがまた顔を近づけながら言う。
「さ、さあ、なんでしょう……」
ハルカは一歩引いて距離をとった。
「なぜ下がる?」
ケイトが一歩進む。
「べ、別に下がってなんか……」
彼女は一歩さがった。
「なぜ誤魔化す?なぜ下がる?やましいことでもあるのか?」
「そ……そんなもの、あるわけないじゃないですか」
「今の間は何だ?」
珍しく情熱的、もといあきらめが悪いケイト。
ケイトが一歩距離を詰めるごとに、ハルカは一歩下がる。
「そ、その……、皆さんにいい加減な情報を与えたくはないです。うろ覚えですし……」
「うろ覚えでも、何か知っているのだな?」
彼女は内心しまったと思う。
「きっかとは何だ?空賊の使っている飛行機のことか?どこでその情報を知った?」
「え、ええ……。そんなに一度に聞かれても」
「そうか」
ふと、ケイトが足を止めた。
あきらめてくれたのかと一瞬安堵する。
「では、時間をかけてゆっくり話してもらう」
「わっ!」
直後、ハルカはわきの下に何かが通され、体が持ち上げられ、地面から足が離れた。
「おとなしくするんだ」
背後から聞こえた声に、彼女は振り向く。
視界の端に見えたのは、赤い髪と凛々しい表情。
「レオナさん!?いつの間に!?」
レオナは、両腕をハルカの脇の下に入れ、地面から持ち上げて羽交い絞めにしている。
「君が部屋から抜け出すのに、気づかなかったとでも思うのか?」
「気づいていたんですか?」
「ああ、気になってあとをつけさせてもらった。そしたら君が、損傷している飛行船の方へ向かったからな」
レオナは、場違いな笑みを浮かべる。
「じゃあ、羽衣丸でゆっくり話そうか」
「ちょ、ちょっと!」
レオナは彼女を羽交い絞めにしたまま歩いていく。
鍛え上げられた肉体を持つレオナの腕をはがすことはできず、かといって地面から足が浮いているので何もできず、彼女はただ羽衣丸へ連行されていくしかなかった。
深夜であるため、必要最低限の明かり以外落とされている羽衣丸船内。その中で、明るい光がドアの隙間から漏れている部屋、会議室の中でハルカは床に正座させられ、その前にレオナが腕を組んで仁王立ちし、周囲をザラ、ケイト、マダム、エンマ、ナツオ班長が囲う。
キリエとチカは、夜にたたき起こされたせいか、ソファーで船をこいでいる。
「さて、ハルカ。何やら、私たちに話していない隠し事があるようだが?」
「別に、隠しているわけでは……」
「なら、なぜ私たちに隠れて動いている?」
「……それは」
彼女が単独で動いていたのは、今回の件にウミワシ通商が絡んでいるかもしれないということがあるためだ。
もし本当に残党が今も動いているなら、できるだけ自分の手で終わらせたい。
それはレミから得た情報なのだが、マフィアである彼女と接触していたことは伏せる必要がある。
「思い当たることはあるんですが、確証が持てなくて。だから調べていたんです。うろ覚えのいい加減なことを、皆さんに伝えるわけにはいかなくて」
「それならそれで、一言くらい言ってくれてもいいんじゃないか?私たちは、君がまだ空賊と繋がっているんじゃないか。そんな疑念を持ちたくはない」
「申し訳ありません……」
レオナはため息を吐きだす。
「それで、確証は得られたのか?」
ハルカは視線をそらした。
こういうときの彼女の憶測は、ほぼ確証に近いことをレオナは知っている。
「うろ覚えでもいい。今はとにかく情報がほしい。話してくれないか」
「……あくまで、可能性の話ですよ」
「それでもいい」
レオナの押しに彼女は観念したのか、ようやく重い口を開いた。
「……問題の空賊が使っているという飛行機ですが、昔見たユーハングの資料に書かれていたものに、似ていると思いまして」
「なんて言うんだ?」
ナツオの問いかけに、彼女は応えた。
「橘花。その資料には、そう書かれていました」
レオナは首を傾げる。ザラも、エンマもだ。
「聞いたことない名前だな……。ケイト、知っているか?」
「いや、知らない」
「そうか……。ナツオ班長」
ナツオは首を横に振った。
「残念だが、私もない」
ナツオにケイトさえ知らない未知の飛行機。
「どんな飛行機なんだ?」
「……立っても、いいですか?」
「……ちゃんと説明するか?」
「はい」
「……わかった」
しびれる足をさすりながら、彼女は会議室に置かれている黒板の前にたつとチョークを手にする。
彼女が黒板に書いたのは、飛行機の絵だった。飛燕のように、機首から細く絞られた胴体、前進翼の隼とは対照的に後退角を持つ主翼、大きな特徴はプロペラがないこと、そして主翼の下に筒のようなものを持っていること。
「これが、橘花の大まかな図です」
ナツオ班長は簡単な図を観察する。
「本当にプロペラがないな。こいつはどうやって飛ぶんだ?」
「橘花は……、ジェットエンジンで飛翔する機体です」
「ジェット、エンジン?」
ナツオ班長や皆が首を傾げる。
続いて、ハルカはまた絵を描いた。それは、何かの簡単な構造図のようだ。
「ジェットエンジンは、レシプロエンジンとは全く異なるエンジンです。この主翼の下にある筒のようなものがそうです。前方から吸い込んだ空気を、圧縮機、高速で回るプロペラを何枚か重ねたものと思って下さい。それで吸い込んで圧縮。燃焼室で燃料と空気を混合して燃焼させ、それによって生じるエネルギーを後方へ噴き出すことで、推進力を得るんです」
「なんか、構造自体は単純なんだな」
「はい、構造は単純ですし、オクタン価が低い質の悪い燃料でも問題なく性能を発揮できます。ただし、各部品に求められる工作精度はとても高く、高い技術力がないと作れません。他に、燃焼室は高温高圧に耐えられる必要があるので、それに応じた材質があることも絶対です」
「これが、プロペラのない奇妙な飛行機の正体か……」
「搭載機銃は、恐らく20mmです。ユーハングでは30mmの計画だったらしいですが」
「でも、こんなもの、空賊が何で持っているのかしら?」
いかに構造が簡単とはいえ、高い工作精度や整備能力が求められるものを空賊が持てるはずがない。
何より、こんな聞き覚えのない未知の飛行機を、どこで手に入れてきたのかも気になる。
「キリエさんから聞いたんですけど、あなたたちはすでに、ジェットエンジンを使った飛行機に遭遇しているはずです」
「すでに?」
「はい。イケスカ上空で」
「……イサオの震電か」
「それから、先日議員に同伴してイヅルマへ行った際、なぞの襲撃者たちが市長たちを脅して、イヅルマが隠し持つものを差し出すよう迫ってきたことがありました。それが、この橘花に使われているエンジンであった可能性があります」
「ということは……」
「自由博愛連合の残党が、戦力の再編をはかるため、空賊を使って新兵器の試験を行っている可能性はあります」
皆が目を見開いた。
「確かに、イケスカならこのようなエンジンを作れる可能性はあるわね。まして、イヅルマから持ち出したオリジナルがあればなおのこと」
「じゃあ、今回の件は飛行船が多く行き来する場所で、用心棒相手に実戦での試験結果を得るために?」
「……おそらく」
コトブキの面々は苦々しい顔をする。
「にしても……」
レオナはハルカをジト目で見つめる。
「可能性の話という割には、随分詳しいようだが……」
彼女はジト目に耐えられず視線をそらした。
「ここまでわかっていたなら、少しくらい話してくれてもよかったんじゃないか?」
「いや、もう少し確証を得てから話そうかな、と……」
「ケイトの追求から逃げていたようだが……」
「ぐっ!」
先ほどのケイトとのやり取りの一部始終を見られていたらしい。
ふと、レオナは彼女の頭に右手をポンと置いた。
「ここにいるときは、君はコトブキの一員だ。知っていることは、些細なことでもいいから話して欲しい。仲間と情報を共有すれば、何か打開策が思いつくかもしれない。いいな?」
「……はい」
彼女は笑顔でハルカの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「それで、この飛行機、速度はどれくらいでるのかしら?」
「計画ですけど、少なくとも、疾風や紫電改より速いと考えられます」
「そうか……。さて、そんな相手に一体、どうやれば勝てる?」
ハルカは黙り込んだ。
「……わかりません。まともにやって、勝てる相手じゃありません」
「何かないのか?このままじゃ……」
だが、ハルカは首を横に振った。
「速度は相手が上です。この速度を制限する方法があれば、対抗できなくはないですが……」
だが、そんな方法をだれも思いつけない。
火力も速力も相手が上。速力で勝っている相手を倒すのは容易ではない。旋回性能で勝っていても、追いつけなければ話にならないし、速度が出れば攻撃する機会はいくらでも作れるからだ。
「みんな、部屋に戻って寝ましょう。こんな時間じゃ、いい方法が思いつけるわけもないわ」
時計の針はすでに、翌日の早朝と言える時間だった。
「わかりました。みんな、部屋に戻って眠ろう」
大きなあくびをかみ殺しながら、皆は部屋に戻った。
そんな中、ケイトだけはハルカの背中を、じっと見つめていた。