事態は硬直する。そんな中、市長はオウニ商会に依頼をするも、
マダムは依頼を拒絶する。
このままでは何も変化が訪れない中、彼女がある提案をするが……。
どの商会もヤマセを出航することなく事態が硬直してから3日が経過。そんな折、ヤマセ市長が羽衣丸にやってきた。
「マダム、依頼があってきました」
「……何かしら?」
羽衣丸船内の会議室で向かいに座る市長を、険しい表情でマダムは見つめる。
事態が硬直している今、ろくな内容でないことは察しがついている。それは、あまりに予想通りの答えだった。
「あなたの部下、ハルカさんに、この先の空賊の排除を依頼します」
マダムの視線が鋭くなる。
「ご存じの通り、今事態は硬直しております。先日のタケノ商会の被害から、どの商会も二の足を踏んでいます。ですが、これ以上長引けばイタミは干上がる」
「だから、彼女に依頼を?」
「悪魔と呼ばれるほどの腕前の彼女なら、問題ないでしょう?」
同席しているレオナは奥歯をかみしめた。
先日、ハルカは飛行船の被害や集めた情報から、空賊が使っている飛行機を推測したが、その彼女でさえ対抗策が思いついていない。
彼女の腕は確かにいいが、それだけで倒せるほど甘い相手でないことは確かだ。
「……報酬は?」
「以前お伝えしたように、これは彼女にとっては罪を清算する機会。それを、報酬とさせてください」
「ふざけないでください!」
マダムの隣に座っていたレオナが言う。
「それは報酬がないのと同じです!情報が碌にない、とても危険な依頼にも関わらず!普通じゃありません!」
「……成功すれば、ヤマセは金輪際、彼女の罪を問わないと約束します」
「そういえば、彼女が断れないと思っているのですか!」
「じゃあ、罪を償わないことが、許されるとでも?」
レオナは黙った。
「それじゃあ、彼女の収入から一定の額を賠償金として払うわ。それでいいかしら?」
マダムの提示した案に、市長は首を横に振った。
「賠償金ではなく、彼女に目に見える行動をもって償ってほしい。それが、ヤマセの総意です」
「それが総意とは、御笑い種ですわね」
それまで黙っていたエンマが口を開いた。
「あなたたちは、確かに彼女の被害者なのでしょう。ですが、加害者は彼女だけでなくウミワシ通商という組織によるもの。組織に対する鬱憤を、生存がハッキリしている彼女に全てぶつけているだけ。情報もない、時間もない、報酬もない。そんな中、よくわからない相手を、命がけで排除しろなど、それほどひどい話はありません!それじゃあ、空賊や悪党と同じではありませんの!」
かつてハルカに同じようなことをしたエンマだけに、彼女のセリフに同席していたものたちは一瞬目を開いた。
「……被害者が加害者に償いを求めるのは、当然のことでしょう。それに、他の商会や運び屋の用心棒が足踏みをする中、この依頼を完遂できそうなのは、イケスカ動乱で名をはせたコトブキ飛行隊と、蒼き悪魔と呼ばれる零戦。これ以外、考えられないのも事実」
マダムは押し黙った。
市長はあくまで要求を伝えながら、事実を並べている。
彼の言っていることの、事実の部分は間違いではない。
だからと言って、マダムはこのまま要求をのむつもりはない。
ハルカに危険なことはさせられないというオウニ商会。
彼女に今回の依頼をこなして、罪の清算を求めるヤマセ。
どちらの主張も譲らず平行線だ。
「仮にですが、もし彼女が、犠牲になった場合は?」
市長に同伴してきた女性の秘書官が口をはさんだ。
「それもやむを得ない話でしょう?彼女1人でイタミの住民が救える。少数の犠牲を容認し、多数の者を救う。これが町を守る者の、基本的な姿勢です」
レオナは席を立ち、叫ぶように言った。
「勝手なことを言うな!彼女はあなた方の部下じゃない!私たちの仲間だ!彼女を、そんなことを前提にした依頼に行かせるなどできない!」
「ではあなた方は、イタミの住民を見捨てるというのですか?」
「そんなに言うなら、あなた方がいったどうかしら?」
ザラが笑顔を浮かべながら言う。
「私たちはあなたたちみたいに、義務や慈善事業でやっているんじゃない。結果と引き換えの報酬があるから引き受ける商会、運び屋です。報酬のない仕事など、もとより受ける気はありません。そこまでイタミの住民を助けたいなら、隣町であるあなた方ヤマセがやればいいのではないかしら?この町にも、飛行隊はあるのでしょう?」
「……それは」
「我々の戦力では、それができないから依頼をしているんです」
「じゃあ、頼み方を間違えているわ」
「彼女の言う通り、報酬のない仕事など受ける気はないわ」
マダムは鋭い視線で市長と秘書官に言い放った。
「お引き取り下さい」
結局、市長の依頼は受けないことになった。
羽衣丸から市庁舎への道すがら、市長は秘書へ言った。
「彼らの言葉を借りることになるが、流石に言い方や頼み方がまずかったよ」
「お言葉ですが、私は市長のように殴る蹴るの暴行を働いてはおりませんので」
「言葉も言い方を誤まれば、暴行以上の刃物になる」
「そうですか。にしてもあのオウニ商会でしたか。悪人を庇うなど、どういうつもりなのか……」
「それは、彼女が償いに動いているからだろうね」
「なら、私たちが清算を求めるのも、当然のことですよね。なのにあの女社長、私たちが悪党や空賊と同じだと……」
秘書官は、先日マダムが言ったセリフを根に持っているらしい。
「おまけに子供にまで同じことを……」
エンマのセリフも気に入らなかったらしい。
因みに、子供という年齢ではないが。
「それに、彼女への依頼は議会で決まったこと。そしてこのヤマセの総意のはず。それを市長は、なぜ引いたのですか?」
「……思うところがあった、からかな」
「……何がですか?」
「……かつて雪雲丸の船長をしていたとき、人が苦労して得たものを全てかっさらっていってしまう空賊が憎かった」
「空賊が憎くない人なんていないでしょう?」
「そうだ。だが、今一度考えてみると、私たちが今していることは、俯瞰的に見て、どうだ?」
秘書官は言いにくそうに言う。
「……空賊と同じだと?」
「いくら議会で決まった総意とはいえ、……私たちは無報酬で危険な依頼に行け、命を差し出せと迫っているのだから、そう言えるかもしれないね。だからラハマは、賠償金の請求にとどめているのかもしれない」
「罪を問わないことが、報酬でいいじゃありませんか!」
「そうは言っても、彼女とて商会の一員だ。無報酬でというわけにはいかない。それに調べてみたら、彼女の雇い主はオウニ商会だけじゃない。ガドール評議会のユーリア議員、ハリマ評議会のホナミ議員も名を連ねているらしい」
「……このことが知られれば、ガドールやハリマが敵になる可能性があると?」
「なくはない。特に、ハリマとことを構えたくはない。そうでなくても、もし、彼女が本当に空賊を1人で排除した場合、報酬が出なかったことが知れ渡れば、ヤマセの信用にかかわる。我々からの依頼は報酬がでないから受けない、となられても困る」
「……そこまで考える必要、あるんですか?」
「私は他都市との交流も行う市長だからね」
「ですが、この機会を逃せば……」
「我々は、彼女の清算に拘り過ぎて、大事なイタミへの救援という目的を果たせずにいる。彼らが今受けている苦しみは、かつて我々も味わったことだ」
「わかります。……わかりますが」
でもこの機会を逃したくはない、そう言っているようだ。
だが、このままでは本当にイタミの住民が危ない。
この状況をどうすべきか。市長は頭を悩ませ始めた。
「あの市長にも、困ったものね」
「いくら彼女が空賊時代に被害を与えたとはいえ、あんな要求は……」
市長の言う通り、被害者が加害者に贖罪を求めるのは当然だが、だからといってなんでも要求していいわけではない。
それでは、それこそ悪党や空賊と同じだ。
だからこそ、マダムやラハマはハルカに賠償金を求めるのみにとどめている。
「でも、今の状況が続くのはよくないわ」
「ザラの言う通り。このままでは、何も事態は動かない」
「だからといって、市長の依頼を受けてハルカ1人を行かせるなんて、できるわけない」
「では、他に何か手が?」
ケイトの質問に、レオナは応えられなかった。
今の状況が続けば、目的地イタミの住民は苦しみ続ける。
この状況に、他の運び屋が動き出す様子もない。
でも、市長の依頼を受けて、ハルカ1人を行かせるなんてできない。
彼女の口から空賊の使用している機体は推定できたものの、彼女でさえ対抗策が思い浮かばないのでは戦えない。
会議室にいるマダム、レオナ、ザラ、ケイトは頭を悩ませる。
「……最悪、依頼を断ることも検討する必要があるわね」
依頼を途中で放棄すれば、無論報酬はでない。
それでも、これ以上傷を広げるよりマシとマダムは考えたのだろう。
ふと、会議室のドアがノックされる。
「どうぞ」
「……失礼します」
入ってきたのは渦中の人物、ハルカだった。
「あら、ハルカさんどうかした?」
彼女は神妙な面持ちでマダムに向き合う。
「……お願いがあってきました」
「お願い?」
ここにいる4人は、嫌な予感がした。そして間もなく、その予感が間違っていなかったと知ることになる。
「市長の依頼を受けてください。道中の空賊は、私が何とかします」
ここに来て早々彼女は市長に痛めつけられたこともあるので、市長が来ている間は自室にいてもらったのだが、聞かれてしまっていたのだろう。
「今の状況が続けば、誰にとっても良くない結果になるだけです。私が空賊を排除しますから、依頼を受けてください」
「ハルカさん……」
「ダメだ」
口をはさんだのはレオナだった。
「マダムと話していたんだが、いくら相手が1機でも君1人で行かせることはできない。危険が大きすぎる」
「相手の機体は推定できました」
「それでもだ。大体、勝てる見込みはあるのか?」
「……なくはない、です」
「どんな方法だ?」
「それは……」
レオナが問うも、彼女は黙り込んだ。
レオナの視線が鋭くなる。
「……何も考えがないのか?いや、君に限ってそれはない。つまり……」
レオナは彼女の目の前に立った。
「私たちには言えない方法、ということか?」
ハルカの視線が左へそれる。それは、彼女が図星のときのサインだ。
「ダメだ。隊長として、君を1人で行かせることも、危険な方法をとらせることもできない」
「空戦は、いつも危険と隣り合わせです。なら……」
「危険があることと、危険に会いに行くことは違う」
「……なら」
彼女は、静かに言った。
「私は、一時的にオウニ商会の依頼から外れます」
「……え」
皆が唖然とし、マダムの視線が鋭くなる。
「それは、この依頼はあなた個人で受けるということ?」
「……はい」
マダムは立ち上がり、彼女に近づく。
「それなら問題ないでしょう?何か被害があっても、あなたたちには関係ない。……私個人の問題になります。損するも得をするのも」
マダムは彼女を見下ろしながら、静かに言った。
「ハルカさん、あなた、なんでこの依頼にそこまで執着するの?」
マダムは顔を近づけ、彼女の瞳を覗き込む。
「ただ罪の清算が目的、というわけじゃないわよね?」
彼女の瞳が細かく揺れる。
思えば、疑問がある。
罪の清算が目的ということもあるかもしれないが、なぜ彼女は依頼を完遂するためにコトブキ飛行隊に助けを求めず、自分一人で完遂させようとするのか。
自分の罪に仲間を巻き込みたくない、ということかもしれない。
だが、そもそも彼女は依頼を途中で投げ出す方ではない。
そんな彼女がオウニ商会の依頼を外れてまで、このヤマセの市長の依頼に執着するのはなぜか。
それは恐らく、そこまでしてでも自身の手で完遂させなければならない理由があるからだ。
マダムは、慎重に言葉を選んで話す。
「あなた、まだ私たちに隠していることがあるんじゃない?」
彼女の瞳が左へ揺れる。
本当に、彼女はわかりやすい。
「噂で聞いたのだけれど、なんでも空賊の機体には、
彼女が目を見開く。
マダムは確信した。自身の推測が間違っていないことを。
「また出てくるなんて、しつこいのね」
「いや、まだ
「ウミワシ通商?」
「……あ」
ハルカは、内心しまったと思う。
マダムはただ、カマをかけただけだ。
昨今、彼女が行く先々でユーリアを襲撃しているのは旧自由博愛連合の残党だという。
彼らの特徴的なマークは嫌でも目に焼き付けられているが、残党となった今では行動を悟られなくないのか、殆どの場合そのマークを目撃することは少ない。
ならなぜ彼女はここまで執着するのか。
それは、彼女の過去に密接に絡んでいる存在であった可能性。おそらくは空賊。
彼女に関係の深い空賊で、特徴的なマークを描く。そんな組織は1つしかない。
ラハマ上空に現れ、特徴的な鳥のマークを描いていた、あの組織しかない。
「へえ、あの空賊、ウミワシ通商の残党なの?」
彼女は俯いたまま小刻みに震える。
「……ハルカ」
レオナが催促すると、彼女は僅かに頷いた。
「なるほど、それなら私からの依頼を外れても、自分の手で片付けたいわよね」
「……仕方がないでしょう」
彼女は絞り出すように言った。
「……私のせいで、この事態を招いたんですから」
彼女はそのまま、つぶやくように言い始めた。
「元社長のナカイなら、多額のお金を独り占めして隠した彼なら、崩壊した組織にまた人を集めることも可能です。略奪行為に慣れた彼が、生きているなら、また空賊をやるのも自然です。逆に、彼でなければ、組織は再興できません」
「でも、社長さんはあなたがラハマ上空で倒したんじゃなかったの?」
彼女の零戦とナカイの紫電改の死闘をレオナたちは目撃している。
「正確には、彼の乗る紫電改を撃墜しただけです。弾がなくなった上に、意識が朦朧としていたので、彼が死んだことを、はっきり確認できなかったんです……」
機銃弾を散々撃ちこんで、いくら防弾装備があっても無事で歯すまないだろうに。
「帰還したタケノ商会のパイロットに聞いたんですが、彼らが目撃した戦闘機に描かれていたマークは、間違いなくウミワシ通商のものです。なおかつ人を集められる資金力があるのは、元社長のナカイだけ」
彼女は会議室の扉へ向かおうとする。レオナが、彼女の左腕をつかんで止めた。
「どこへ行く?」
「……準備を始めます」
「まだマダムは、いいとも何ともいっていない!」
「……私はオウニ商会の依頼から一時的に外れます。……関係ないでしょう?」
突き放すようにいう彼女に、レオナは少し苛立ち、叫ぶように言った。
「なんで私たちを頼らない!そんなに頼りないか、私たちは!?」
「……そんなことはないです。でも、これだけは、誰にも任せられない」
「またそうやって1人で抱え込むのか!君にもしものことがあったらどうする!君の生死は、もう君1人で決めていい物ではなくなっている!君がいなくなったら、悲しむ人はいるんだぞ!」
「これは私のせいなんです。……責任はとらないと」
彼女はレオナに向きなおった。
「道中の空賊機は、何をしてでも絶対に排除します。だから……」
彼女はそれ以上言えなかった。
レオナの渾身の力を込めた右こぶしが、彼女の腹部にめり込んだ。
「ぐっ!」
ハルカの体から力が抜け、レオナにもたれかかる。
「レ、レオナ……さん」
「悪いな」
彼女は気を失ったように、レオナに身を任せた。
「……君を1人で行かせるなんて、できないんだ」
珍しく力に訴えかける彼女に、ザラたちは唖然としている。
「マダム、私たちが偵察に出ます」
「……いいの?」
「私を含めて3人。まずは敵機の情報を得ます。行くのは、私とケイト、それから……、キリエ。この3人で」
「……わかったわ。でも、珍しく強引なのね」
「……こうでもしないと、彼女を止めるなんてできませんから」
「彼女はどうするの?」
「羽衣丸の一室に監禁しておきます」
「……過保護ね」
「彼女は、どんな手を使ってでも、そういいました。……このままいけばどうなるか、わかるでしょう」
マダムはため息を吐きだした。
「彼女はもう、亡霊に取りつかれているべきじゃない」
「……そうね」
「彼女が逃げださないよう、見張りをつけてください」
「わかったわ。……気を付けて」
「はい。ケイト、出発の準備を」
「了解した」
レオナは2人を引き連れ、羽衣丸から飛び立っていった。