彼女はかつて属していた空賊との因縁を終わらせるべく、
室内からの脱走をはかろうとするが……。
「ナカイさん」
ウミワシ通商の団員の1人が、社長のもとを訪れる。
「報告です。こちらに向かって、隼が3機向かっているとのことです」
「隼?」
「出てきましたか、コトブキ飛行隊」
ヒデアキは、眼鏡のブリッジを人差し指で押して位置を直す。
「よし、迎え撃つぞ。準備だ」
格納庫の中があわただしくなる。
「コトブキ飛行隊を落とせば、もうイジツで怖い物なんてねえ。ここでの略奪が安定してできる」
「そろそろ潮時じゃありませんか?このアジトがばれるのは時間の問題」
「用心棒たちさえ落としていりゃあ問題ない。場所がわかっても、近づけねえなら安全だ」
あきらめる気のないナカイに、ヒデアキはため息を吐きだす。
「その機体はまだ試作品。いつダメになるともしれない代物ですよ」
「空賊なら逃げるのは十八番だ。そうなったら、なってから逃げればいい」
ナカイは戦闘機に向かっていった。
「まったく、欲の皮の突っ張った者たちの集まりですね。空賊は」
ヤマセの中心地にある大きな建物の集合体が、この町の市庁舎である。
その市庁舎の一角に、ヤマセ議会はあった。
「市長、この状況はどういうことか」
「ご説明願おうか」
市長は議会の議長や議員たちの前に立ち、説明を始める。
「皆さんご存じの通り、先日タケノ商会が被害にあったのを見てから、どの商会も出航しておりません」
「臆病風に吹かれたのか?」
「問題は、排除対象である空賊機の情報がなく、対策が立てにくいということでしょう。未知の相手ほど、怖いものはありません。そこに、あのタケノ商会の被害です」
「腕利きに依頼をしたと聞いたが、どこも似たり寄ったりの所ばかりか」
「問題は、事態が硬直しているということだ。どうすれば、今の状況を打開できると思う?イタミの水や食料の備蓄も、もう限界に来ている」
「彼らは商会。つまり利益が大きいと感じれば、重い腰もあげるかと」
「報酬の額の引き上げには同意したが、これ以上の増額に、議会は承認しかねる」
動かない事態に、皆がしびれを切らしていた。
「では、いっそ我々ヤマセの飛行隊を行かせるというのは?」
「今我々の飛行隊に甚大な損失を出した場合、町の防衛に大きな支障が出る。それはできない」
「どこもいかないというのなら……、市長」
議長の問いに、市長は背筋を伸ばした。
「例の零戦のパイロットはまだいるのだろう?彼女に依頼をする件はどうなった?」
「……彼女を有するオウニ商会の社長に、断られてしまいまして」
「理由は?」
「……敵の情報も報酬もないのに、命を差し出すような危険な任務には行かせられない、と」
「そこで引いてどうするのだ、市長」
議長の圧を込めた言い方に、市長は息をのみ込む。
「彼女が我々にした仕打ちは、到底許されることではない。あのとき食料がなく、ここにいるだれもが、いや、町の誰もが命の危機に瀕したこと、わすれたわけではあるまいな?」
「……はい」
「奴に償いをさせること。これは議会も承認した、このヤマセの総意だ。われわれを命の危険にさらしたやからの命なぞ、気にする必要はない」
「ですが、彼女の雇い主はオウニ商会だけではありません。ガドール、ハリマの評議員も名を連ねています」
全員が苦々しい表情になった。
「ハリマか、……厄介だな」
ヤマセは渓谷の間にある町。故に土地の広さには限界があり、当然農地は広くない。
なので、食料をどうしても他都市から買う必要がある。
その食料の6割は、実はハリマから供給を受けている。
ここの機嫌を損ねてしまい、もし供給が止められてしまったら文字通り死活問題になる。
そのとき、市長についてきた女性秘書官が市長にメモを渡した、
「皆さん、空港の管制塔から連絡です。オウニ商会の隼3機が、イタミの方向へ飛び立っていったそうです」
「……零戦ではないのか?」
「はい、隼が3機だそうで」
議長がため息を吐きだした。
「議長、彼女を行かせたいなら、向こうの要求通り、報酬を少額でも用意すべきと思いますが」
「それは市民もここの誰もが望まん。なぜ我々を苦しめたものに、金を払わねばならん!」
「ですが、このままではイタミが干上がるだけ。それは、最も避けねばなりません」
皆が苦々しい表情をする。
零戦のパイロットに罪の清算はさせたい。
だがそれにばかりこだわっていては、イタミを見捨てることになる。
そんなことになれば、ヤマセの信用は失墜してしまう。
「議長、ご決断を」
ヤマセ評議会の議長は両手を組み、考え始めた。
「う……ん」
ハルカは重いまぶたを上げ、周囲の風景を確認する。
「ここは……」
彼女がいるのは、羽衣丸のどこかの部屋だろう。ベッドに机が置かれただけのシンプルな部屋。
「痛っ!」
彼女はお腹を押さえた。
そういえば、レオナにお腹のあたりを思い切り殴られたところまでは覚えている。
気を失っている間に、ここに運ばれたのだろう。
彼女はゆっくり立ち上がると、ドアへ向かう。
ノブをつかんで回すも、外側から施錠されているらしくドアは開かなかった。
「この、この……。開いて!」
ドアに体当たりをしたりもするが、開く様子はない。
「誰か!誰かいないんですか!?」
反応がない。
思えば、言い方がまずかった。
どんな手を使ってでも。
そう言ったことで、レオナは彼女が帰ってくるつもりがないと思ったに違いない。まして今回の空賊は、彼女と因縁が深いウミワシ通商。
だから気絶させてこの部屋にとじこめ、代わりに自分達が向かったにちがいない、と彼女は推測した。
「どうすれば……」
このままでは、ナカイをしとめる機会を逃してしまう。
いや、それ以前にレオナたちが偵察に飛び立ったのなら、彼らが危ない。
もし本当にナカイたちが使っている機体が橘花なら、偵察などという悠長なことは言っていられない。
ふと天井をみたとき、彼女の視界にあるものが目に入った。
「あれは」
彼女はベッドの位置をずらして、その上に机を乗せて高さをあげる。
そして机を上った先にあったのは、船内に空気を循環させる通気口。
彼女は設置されている網を固定しているねじを、隠し持っていた工具であけて中に入る。
中は狭くて暗いが、通れそうだ。
「行こう」
彼女は狭い通気口の中を這って進んでいく。
羽衣丸の見取り図は、おおよそ頭に入っている。
静かに、音を最小限にしながら彼女は進む。
すると、警報がなりはじめた。
『総員に通達、ハルカさんが部屋から脱走。総員、発見次第拘束せよ!』
「もう気付かれた!」
彼女は通気口を急いで進み、適当な場所の網を外して下りる。
周囲に人はいない。
「どこにいった!探せ野郎ども!」
「「「うっす!」」」
ナツオ班長の声だ。
彼女は駆け足で格納庫へ向かう。
見つからないよう進み、彼女は格納庫へ出た。
「……よし」
室内に誰もいないことを確認。彼女は愛機へ向かう。
ふと、彼女の中に何かが引っ掛かり、足を止めた。
そもそも、彼女が格納庫へ向かうことは想定できるはず。
なのに、そこに人がいないのは不自然ではないか。
「……まさか!」
彼女が振り返った瞬間、背後に黒光りするものが一瞬見える。
それがなんであるか瞬時に悟った彼女は地面を蹴って飛び、急いで手近にあった木箱の影に隠れた。
直後、火薬が炸裂する音と木箱に何かが勢いよく当たる甲高い音がした。
「……ジョニーの射撃をかわすとは、流石ユーリアの番犬。……いえ」
彼女は木箱の影から少し顔をのぞかせ、様子を伺う。
「狂犬といったほうがいいのかしら。今に至るまで、数多の修羅場を潜り抜けてきただけのことはあるわね」
格納庫の入口には、羽衣丸船内にある食事処、ジョニーズ・サルーンの店主たるジョニーを伴ったマダムが立っている。
ジョニーの両手には黒光りする物体、拳銃が握られている。
「できれば、おとなしくしてくれないかい」
「ハルカさん、おとなしく部屋へ戻ってちょうだい。あなたを気絶させてまで行かせたくなかった、レオナたちのあなたを心配する気持ち、わからないわけじゃないでしょ?」
「それで、わかりました、というと思いますか?」
彼らが自分を心配してくれる気持ちは、彼女とてわかっている。
それでも、今回は譲れない。過去の罪を清算し、過去の亡霊であるウミワシ通商を、ナカイを倒す機会なのだ。
「……そうね。だから……」
直後、彼女はその場から飛びのいた。
彼女の頭があった場所を、何かが勢いよく駆け抜ける。
「あら、残念」
目の前には、ウエイトレスの格好をした女性、リリコが立っていた。
「……力づくでも、あなたを止めてみせるわ」
「随分強引ですね」
マダムらしからぬ強引な行動に、彼女は戸惑う。
「あなたにもしものことがあっては困るの。前みたいに、死をも厭わない行動をとられてはね」
「私は死ににいくんじゃありません!」
「口でならなんとでもいえるわ。そう言いつつも、結局はわが身を省みない行動をとり続けたあなたの言葉を、簡単に信じられると思う?まして……」
顔を出そうとした瞬間、木箱に銃弾が跳弾した。
「相手が、ウミワシ通商となればなおの事。あなたは、かつてラハマ上空で元社長をしとめそこなったことに責任を感じている。今あなたを行かせれば、どういう結末になるかは明らかなこと」
「私は死ぬためにいくんじゃありません!自分の過ちを正しにいくだけです!それに周囲をつき合わせるなんてできません!」
「そうやって全て自分で抱え込むことが、結局は周囲を心配させると、なぜわからないの?」
「自分で自分の責任をとることの、何がいけないんですか!?」
マダムもハルカも、お互い譲らない。
「あなたは、なぜ周りを頼らないの?あのとき、あなたがレオナたちを頼っていれば、一緒に来て欲しいといえば、彼女もここまで強引な手は使わなかったわ」
「それは、私の考えている方法が、単独でないとできないから……」
「なら、なぜその方法を伝えなかったの?……いえ、伝えられなかったのね。私たちにいえば、止められることがわかっていたから」
ハルカは押し黙った。それを、マダムは肯定と受け取った。
「なら、なおの事あなたを行かせるわけにはいかない。あなたはこれ以上、過去の亡霊にとらわれ続けるべきじゃない」
「行かせてください。空賊がウミワシ通商なら、使っている機体が橘花なら、レオナさんたちでも危険な相手です!」
「レオナたちなら心配ないわ。どんな手を使ってでもというあなたとは違う」
「必ず帰ってきます!約束しますから!」
彼女は叫ぶように言った。自身の行いのせいで言葉が信用できず、心配された結果今の状況になった。
思い当たる節が沢山ある手前仕方がないとはいえ、彼女は今ばかりは過去の自分を殴りたい気分だった。
「そう。……なら、この2人を倒してみなさい。それができたら、あなたがいくのを止めはしないわ」
「……そういうことなら」
彼女は上着の袖の中から小さな物体を取り出し、ジョニーへ向かって放り投げた。
2対1で、まして1人は拳銃を持っている今、勝ち目はない。
まず、厄介な方を片付ける。
ハルカが投げた物体を危険と判断したジョニーは、即座にその物体を撃った。
だが、それは彼女の想定通り。
ジョニーの放った銃弾は、寸分の狂いもなくその物体に命中。直後、煙幕がジョニーを包んだ。
「な、なんだこれは!?」
その間に、彼女は素早くジョニーの背後に回り込み、背後から腕を絡めて首を締め上げる。
ガンマニアの性分なのか、ジョニーはハルカの腕をはがそうとせず、両手は銃を握ったまま。
間もなく、ジョニーがその場に崩れ落ちた。
脈があることを確認し、即座にリリコを探す。
彼女は反射的に頭を下げた。
直後、頭上を何かが勢いよく駆け抜けていく。
「あなた、やるわね」
リリコは右足を軸足にし、左足で回し蹴りを繰り出していた。
ハルカは咄嗟に右足に力をこめ、リリコの軸足をはらう。彼女はバランスを崩し床に倒れそうになるのを、体を回転させて受け身をとる。
そのバランスが不安定な瞬間を狙い、地面を蹴って全体重を乗せてリリコに体当たりする。
リリコがバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。
直前、彼女はハルカの首の左右の服をつかみ、お腹のあたりに右足の裏をあて、巴投げの要領で彼女を投げ飛ばし、格納庫の床にたたきつけた。
「ぐは!」
背中に伝わる衝撃に、肺から空気が一気に吐き出される。
せき込む彼女の頭上に、リリコのかかとが迫っていた。
横に転がってかかと落としを回避し、後ろへ飛びのいて距離をとる。
「……なかなかしぶといわね。さっさと気絶してしまえば楽なのに」
「そうはいきませんよ」
リリコが距離を詰めてきた。
ふるわれた右こぶしが、彼女の左耳をかすめる。
「……隙あり」
リリコは左手を下から上に振り上げた。
それは、ハルカのスカートの前を思い切りめくりあげた。
「きゃあああ!」
彼女は慌てて両手で押さえる。それこそがリリコの狙いだった。
両手が下がった彼女に向かって、右こぶしを振るう。
咄嗟に姿勢を低くして回避。
次に右足の回し蹴りが襲い掛かる。
彼女は両腕を顔の前で交差させ、蹴りを受け止める。
当たった衝撃が両腕を翔け抜け、しびれた感覚が瞬く間に腕に染み込む。
間を置かず、彼女は追撃の手を緩めない。
力を込めた拳が、彼女の額を狙う。
ハルカは咄嗟に身をかがめ、リリコの勢いを殺さないように加減し、腕をつかんで彼女を地面に転がした。
「くっ!」
すぐに彼女は立ち上がり、こちらの意識を摘み取るため、頭部を集中的に狙ってくる。
また右こぶしがくる。
彼女はそれを受け止めようと手を伸ばす。
と見せかけ、彼女は腕を払い方向をかえる。
そして姿勢を低くし、リリコの懐に潜り込み腹部に肘打ちをいれる。
痛みでできた一瞬の隙に彼女の腕をつかむと、小さい体を回してリリコを投げ飛ばし、格納庫の床にたたきつけた。
「がはっ!」
彼女は背中に受けた衝撃で空気を吐き出し、動かなくなった。
「はあ……、はあ」
彼女はマダムを見やった。
マダムは目を見開いていたが、間もなく額に手を当ててため息を吐きだした。
「まさか、この2人をのしてしまうなんてね。……こんな猛獣を閉じ込めておける檻なんて、あるはずなかったのね」
「人を猛獣扱いしないでくださいよ!」
「これが猛獣以外のなんだっていうのよ……」
「とにかく、約束です。私が行くのを止めないでください」
マダムは表情を引きしめた。
「1つ教えて頂戴」
彼女は黙って続きをまつ。
「あなた、本当に死ににいくわけじゃないのね?」
「当たり前ですよ!」
「なんで?少し前はあんなに危険な行動を平気でしていたのに」
彼女は、一刻も早く行きたい気持ちを抑え、少しずつ話始めた。
「今の私には、帰ってきたい場所がありますから」
少し前は、彼女は先に逝ってしまった家族の影に引きずられ、死に場所を探していた。
でも、故郷のナガヤで知った。
これからを、共に生きて欲しいと言ってくれた人がいる。
自分の帰りを、待ってくれていた人々がいる。
自分に、会いたがってくれている人がいる。
一緒に翼を並べて飛んでくれる人がいる。
「だから、そういった人々とこれからを生きるためにも、過去の因縁はもう、終わりにしたいんです!」
マダムは、しばらく彼女と見つめ合った後。はあっと息を吐き出した。
「……わかったわ」
「マダム!」
「でも、条件があるわ」
マダムは彼女に歩み寄り、おでこに人差し指をあてる。
「必ず帰ってくること。そして、これで全て終わらせてきなさい」
「わかりました!」
「……班長!」
マダムの声に反応するように、格納庫の木箱や機体の影から、整備班たちが現れた。
「……どうすればいいんだ?」
彼女はナツオ班長に手早く必要な準備を伝える。
「……まったく、無茶を考えやがる」
「でも、今はこんな方法しか思い浮かばなくて」
「わかった。でも、死ぬんじゃねえぞ。機体ともども帰ってこねえと、ケツにイナーシャぶっさしてやるからな!」
「は、はい……」
「よし、てめえら時間がねえぞ!急いで準備だ!」
「「「うっす!」」」
整備班たちは、急ぎ準備にかかった。