橘花を見つける。
そして、過去の因縁の相手と彼女との一騎打ちが、再び
始まる。
「もう、このお!」
背後から離れない空賊の機体、橘花。隼に乗るキリエは、先ほどからずっと20mm機銃の銃火にさらされ続けている。
速度ではかなわないので回避行動に徹し続けているが、機銃は20mm。命中すれば、隼はただでは済まない。
紙一重で回避行動をとり続ける中、キリエはイケスカ動乱のことを思い出していた。
こんな状況は、あの時以来だった。
イケスカで、イサオの震電と戦ったとき。
あのときと違うのは、パイロットがイサオほど凄腕ではないということ。
とはいえ、機体性能が上回る相手を倒すことは容易ではない。
突如機体に振動が走った。
「くそ!」
左主翼の翼端が穴だらけになった。
「くっ!」
今度は右主翼のフラップが脱落した。回避に徹するも、徐々に機体が損傷していく。
「流石に、もう……」
キリエは次第に、頭にモヤがかかってくる気がした。
回避行動をとり続けるために必死になっている間に、いつの間にか体力を相当消耗していたらしい。
「やばい、やばい!」
このままでは落とされる。
20mmをまともに食らえばただでは済まない。落とされる。そんなこと、空を飛び始めたときから覚悟していた。
だが、相手はいつでもこちらの命を摘み取れる。鋭いナイフの切っ先を背中に突きつけられているようで、キリエは恐怖で背筋が冷える。
この狭い渓谷の中では、数の有利を生かすこともできない。
ケイトにレオナは、誤射を恐れてなかなか発砲できない。
ふと、橘花が速度を増した。
キリエの背後にぴったりついたまま、距離を詰める。
両者の間は、10mも離れていない。
『まず1機』
橘花の機首の機銃の銃口が、妙に黒光りしてキリエには見えた。
『キリエ、よけろ!』
キリエは急いで高度を上げる。だが同時に橘花も高度を上げてキリエを追撃。
キリエはできる限り高度を上げて橘花を引き離そうとするが、限りなく機首が真上を向き、そして機体が斜めを向いた瞬間、空気抵抗が増し、加速が鈍った。
「あ……」
その瞬間、隼は巨大な的になる。彼女は背後を振り向く。
橘花は推力を増し、隼に迫る。
速度は向こうが上のはずなのに、妙にキリエにはゆっくり時間が流れているように感じられた。
撃たれる。そう感じた彼女は覚悟を決める。
そのときだった。
突如飛来した機銃の閃光が橘花をかすめた。
それを見た橘花はキリエをあきらめ、舵を切って回避する。
『ナカイ!』
機上電話から声が聞こえた、恨み、怒り、色んな感情が混ざった大きな声が、キリエの鼓膜を激しく揺らす。
彼と因縁浅からぬ仲の人物、ハルカの声だった。
どうして羽衣丸の一室に監禁してあるはずの彼女がここにいるのか。そんなキリエの疑問をよそに、直後に現れた蒼い翼の零戦は速度を増し、逃走する橘花を追いかけていった。
キリエたちと空戦を繰り広げる機体は、予想通り橘花だった。だが、それがキリエを撃とうとした瞬間、ハルカは機首の13.2mm機銃を撃ちけん制する。
被弾を恐れた橘花は機首を下げ、渓谷へと逃げていく。
「逃がさない!」
ハルカはスロットルレバーを開いて加速し、降下の速度も乗せ橘花を追いかける。
『ハルカ、なぜ!』
レオナの声だ。
「ナカイは、私がなんとかします!」
『どうするつもりだ!橘花は速度でこちらを大きく上回る。いくら君でも』
「私に考えがあります!」
そのために作戦も装備も準備してきた。
彼女はできる限り速度を増し、橘花を追いかける。
まもなく、舵の効きが鈍くなる。
もともと、中低速時の旋回性能を優先した零戦は、高速時には舵の効きが悪くなる。
重くなった操縦桿を両手で握り、彼女は進路を調整して橘花を追う。
『蒼い翼の零戦……。てめえ、ハルカか!?生きてやがったのか!?』
「その声、やっぱり、あんたナカイね。それはこっちのセリフ!あんたが何で生きているの!あれだけ銃弾撃ちこんでやったのに!?」
『飛行機も団員も金でなんとかなるが、命は1つしかねえからな。防弾板を余分につけておいたんだ。詰めが甘かったな』
「……そう。なら、今度はしくじらない!今度こそ、あんたが死ぬまで、隙間なく弾を撃ち込んでやる!?」
零戦の機首の機銃が咆哮をあげる。
それを橘花は高度を上げて回避。宙返りして、ハルカの背後をとった。
『やれるもんなら、やってみろ!』
橘花の20mm機銃の重い音が渓谷内に木霊する。
彼女は背後を見ながら紙一重で機銃の弾を回避しつつ、頭の中でこの渓谷の地形を思い出す。
今つけている装備はまだ使えない。
この装備は、この渓谷の特定の場所でしか使えない。
彼女はそこまでの道のりや作戦を頭に浮かべつつ、回避行動をとる。
『お前を落とさないと、この場所での略奪に支障が出る。コトブキの前に、まずお前からだ!』
「あなたは、まだ懲りずに略奪行為を繰り返しているの!?」
『当たり前だ。楽して儲ける。タダで奪ったもので多額の利益を得られることに味を占めた奴が、カタギに戻れると思うのか?』
「私は戻ろうとしている!」
『全員が同じとは限らない。それに、一度俺と共に大罪を犯し続けたお前が、本当に戻れるのか?』
内面で増幅し、口から出かかる感情を押し殺し、彼女は冷静さを保つ。
「ええ!でも、あなたは相変わらずね。これ以上罪を重ねて、捕まったらどうなるかわかっているの!?」
『捕まることはない。そのために新しい戦闘機をくれた人間がいる。この機体さえあれば、コトブキも、お前だって敵じゃない』
「大した自信ね」
『これまでここを通った用心棒は皆落とした。結果は知っての通りだ!』
「私の家族だけじゃない。食い扶持を減らすために余分な人間を処分した上に、関係ない町の人々を苦しめて、あなたはそれでもまだ奪い続けるの!?」
『無論だ!捕まりさえしなければ、罪は問われない。犯していないことと同じだ!』
彼女は確信した。
ナカイに、彼に更生の見込みなどない。
これ以上、彼をのさばらせてはいけない。
ここで、全て終わらせる。
『そのためにも、てめえをここで落とす。お前が厄介なのは、身をもってしっているからな!』
橘花の機首から閃光がほとばしり、機銃弾がハルカの零戦をかすめる。
彼女は前方を見据える。
前には、切り立った断崖が遠目に見えてきた。
―――作戦、開始!
彼女は、ナツオ班長に取り付けてもらった計器盤の端にあるスイッチを押した。
機体が急加速し、増したGで座席に体が押さえつけられるも、顎を引いてこらえる。
胴体下に取り付けてもらった補助推進ロケット、RATOを点火。
本来は離陸の補助推進として使うものだが、この作戦では一時的でも橘花を引き離す必要があった。
急加速で、機体がきしみをあげる。
『逃がすか!』
遅れながら、橘花もエンジンの出力を上げて追随してくる。次第に距離が縮まってくる。
チャンスは1回きり。やり直しはできない。
切り立った崖が次第に迫ってくる。このままいけば、確実に激突する。
でもそうはしない。マダムやナツオ班長と約束した。
相棒と一緒に帰ると。
彼女は体にかかるGに耐えながら、タイミングを見計らう。
切り立った崖が、視界を埋めつくそうになる。
―――今!
彼女は、主翼下に取り付けた計6発のロケットを全弾発射。推進剤に点火、レールから打ち出されたロケットは前方の崖に向かって飛翔する。
直後、彼女は燃焼の終わっていないRATOを胴体から切り離す。
次いでスロットルレバーを引き減速。操縦桿を両腕で手前に力を込めて引く。
零戦の機首が次第に上向き、遂には機体全体が上を向いたことで空気抵抗が増して大きく減速した。
『な!』
零戦との激突を恐れたナカイは、慌ててエンジンの出力を絞り、減速しようとする。
だが、橘花のエンジン、ネ式エンジンは応答が遅く、すぐには減速できない上に、RATOで加速した彼女に追いつくため速度が乗りすぎていた。
ハルカは加速から急に機首上げをしたことで、増大した空気抵抗で機体が激しく振動する中、操縦桿を調整してその姿勢を維持する。
そして、彼女の放ったロケットが崖に向かって小弾を発射。
崖の広範囲で爆発がおき、被弾した場所で岩が砕け散る。
ハルカは崖にぶつかる直前に減速を終え、衝突を免れた。
次いでスロットルレバーを開き、崖を垂直に上昇していく。
一方、ナカイも機首を上げて機体全体を使って減速。衝突を回避した後出力を上げ、砕け散る石のつぶてが降る中、崖を垂直に上昇していく。
すると、突如橘花の右主翼下のエンジンが火を噴いた。
『なんだ!どうした!?』
ハルカは、作戦が上手くいったことを確信した。
橘花に使われているジェットエンジンは、高速で回転する圧縮機で吸い込んだ空気を燃料と混合し、燃焼させて推力を得る。
つまり、エンジンの前方にある圧縮機の隙間はエンジン内部に通じている。
そこからロケット弾で砕いた、崖から崩れた石でも吸い込んだら、エンジン内部で暴れまわり、エンジンが損傷する。
まともに空戦をやって勝ち目がないなら、まずは橘花の速度をどう制限するか。上手くいくかは賭けだったが、これがハルカの出した答えだった。
「もう一撃!」
速度が落ちた橘花の背後についたハルカは、機銃を撃ち橘花の無事な左エンジンを破壊した。
『くそ!』
推力を失った橘花は速度に高度を失い、機首をさげ地面に不時着した。
「……くそ」
不時着した橘花の風防をこじ開けたナカイは、橘花の操縦席からはい出る。
エンジンの爆発の際に部品が飛び胴体側面を貫通したのか、彼の体には何か所か金属がめり込んでいる。
胴体にもたれかかる彼に影がさす。
ゆっくり振り向くと、そこには冷めた顔をしたハルカが立っていた。
「まだ生きていたの?相変わらず、悪運が強いね」
「これくらいでくたばってたまるか。俺は、まだまだ儲けるんだ!」
「なんでそんなに金に執着するの?団員たちのため?」
彼の金への執着が凄いことは、彼女もよく知っている。
最後に、聞いておきたかった。
「……ちげえよ。どんな奴も、金さえ積めばいうことを聞く。かつて貴様が、金を積まれて略奪行為に加担し続けたようにな」
彼女は目じりを少し吊り上げた。
「この世界は、最終的に力がある奴が上に立つ。力というのは、何も権力や飛行機の技量ばかりじゃねえ。そう、金だ。金さえあれば、政治家も、強い戦闘機乗り
も、空賊も、自警団も、全て意のままだ」
「だから金を手に入れることに執着したと?」
「ああ。てめえもわかるだろう?真面目に働いたところで、空賊に物資を奪われれば苦労が水の泡どころか、マイナス。このイジツでは法を守るやつは損をし、無法者たちが得をする」
「だからあなたは、無法者たちの方になったの?」
「生きるため、団員たちを養うためだ。綺麗事で生きていけるほど、この世界は甘くない。それはお前もわかっているだろう?わかっているから、俺たちの悪行に加担し続けたんだろう?」
「……初めから、あなたは空賊に?」
「俺だって初めは真面目に運び屋をしていた。だが、略奪したもので得た莫大な利益を前にすれば、真面目さなどばかばかしくなった」
「その結果、さらに金が欲しくて食い扶持を増やすために不要な人々を処分した、と?」
「……ああ。そして決めたんだ。俺を苦しめた連中の頬を、いつか札束で引っぱたいてやろうってな」
ハルカは右足を振り上げ、ナカイの顔を蹴飛ばした。
「ふざけるな!少し分け前が多めに欲しいからって、それで人を殺していい理由になるか!全ては、あなたの欲望を満たすためだったんじゃない!」
「それはお前もだろう?家族を守るためという欲望のために悪行に手を染め、数多の人間の歯車を狂わせた。中には死んだ人間もいただろうな。そんな俺とお前の何が違う?」
「……そうね。結局は同じ穴の狢ね。私も、あなたも」
「そうだろう?」
「ええ、だから……」
ハルカは防寒用の上着の内側に手を突っ込むと、6連発のリボルバー拳銃を抜いた。
「選ばせてあげる」
銃口は、ナカイの頭に向けられている。
「ここで悔い改めて略奪行為から手を引くか、まだ略奪行為を続けるか、どっち?」
「……手を引いたら?」
「あなたを自警団に引き渡す。あなたが隠し持つ金の在り処をしゃべってもらう」
「続けるなら?」
「この場で撃ち殺す」
ハルカの視線は、それが本気だと無言で言っている。
「ふざけるなよ。なんで金の在り処をしゃべらないといけないんだ。あれは俺が稼いだ金だ!どちらに転んでも、俺には損しかねえ。そんなのごめんだ!俺はこれからも、もっと儲けるんだ!」
「そう、じゃあ……」
彼女は拳銃の撃鉄を上げた。
「いいのか?無法者たちがのさばるこのイジツでも、私的な人殺しは罪になるぞ!」
「あなた言ったよね?捕まらなければ罪にはならないって」
「……逃げ続けるつもりなのか?」
「それに、もう私は罪を沢山背負っている。今更増えたところで関係ない」
「まて!取引しねえか?分け前をやるから」
「お生憎。私は、もう誰かのために金を稼ぐ必要はなくなったの。……あなたのせいで」
「それでなお、お前は生きて飛び続けるのか?……戦いに取りつかれた亡霊め」
「亡霊はあなたもでしょう?」
彼女は奥歯をかみしめる。
「手を引くなら考えたけど、そんな必要なかったね」
「待て、お前に俺が殺せるのか!?」
「戦闘機乗りは誰かを殺している。私は何人殺したかわからない。今更よ」
「同じ穴の狢のお前が、俺を殺すのか!一生かかっても償いきれない罪を背負ったお前が!?」
「あなたと同じにしないで。これでも償いはしているんだから」
「馬鹿なやつだ!償い切れるわけないのに!」
「できる出来ないの問題じゃない。やるしかない」
彼女は拳銃を両手で握り、ナカイの心臓に銃口を向け直す。
「ところで、1つ教えて」
「……なんだ」
「この橘花。どこで手に入れたの?」
「きっか?」
「とぼけないで。あなたが乗っていた戦闘機のこと」
「あれか……。お前もあったことがある。眼鏡をかけたオカッパ頭の、いけ好かない依頼人がくれたんだよ」
ウミワシ通商にいたとき、ラハマ襲撃を依頼してきた人物だと、彼女は思い出した。
名前は知らないが。
「……そう」
彼女は引き金を引いた。直後、火薬が撃発する音が響いた。
「があ!」
銃弾は、ナカイの左足をかすめ、血が飛び散った。
次いで、左腕を撃ち、右足を撃ち抜いた。
「があああ!」
彼は痛みにもだえ苦しみながらも、動く右腕で地面をはいずって逃げようとする。
そんな彼の脚を踏みつけ、逃亡を阻止する。
右腕に銃弾を撃ち込み、動きをとめる。
そして彼女は、ナカイの頭部に銃口を向ける。
「た、頼むよ!許してくれ!見逃してくれ!」
「私の大事なものを奪っておきながら、そんな願い受け入れると思う?」
「た、頼むよ。ウミワシ通商の団員やその家族が」
咄嗟の言い訳なのだろうが、それは火に油を注いだだけだった。
「あなたの口から、そんな言葉聞きたくない!」
人の家族を奪っておきながら、その口が団員やその家族のことを口にするのか。
それだけは、彼女は絶対に許せなかった。
彼女は引き金に指をかけ直し、狙いを定める。
「あなたとの因縁、ここで終わらせる!」
―――これで終わらせる。……全て!
「やめろ!やめてくれえええええええええええええ!」
彼女は引き金を引いた。