彼女。しかし、そこで思わぬ邪魔が入る。
彼女の邪魔をしたものたちの思いとは……。
火薬の炸裂する音が、周囲に木霊した。
だが、ナカイは自身の命がまだ尽きていないことに、疑問と安堵を感じる。
ハルカは、自身の腕をつかむ者をにらみつける。
「レオナさん!なんで邪魔するんですか!?」
いつの間にか追いついたレオナたち。彼女はハルカの銃を持つ手をつかみ、銃口をそらしていた。
「ダメだ、殺しては!?」
「邪魔しないでください!こいつは!……こいつは!」
しがみついて離れないレオナを睨みつけると、彼女は左拳を握り締め振りかぶる。
咄嗟にキリエがしがみついて止める。
「……離せ!!邪魔するな!!」
怒りに震え、見たことないほど恐ろしい形相をうかべるハルカを、レオナは渾身の力を込めて抑え、後ろからはキリエが羽交い絞めにする。
その間に、自警団らしき格好をした男性たち数人がやってきた。
「ヤマセ自警団だ。ウミワシ通商のナカイ。聞きたいことがある」
「一緒に来てもらおう」
自警団員たちはナカイに応急処置を施すと、近くに止めてあった百式輸送機に運ぶ。
「ご協力、感謝します」
そう言い残し、輸送機は飛び立っていった
その輸送機を見送ると、ハルカはレオナの胸倉をつかんだ。
「なんで邪魔した!もう少しで、……もう少しで、全て終わらせることができたのに!」
途端、レオナは右手を握り締め、彼女の左頬を力いっぱい殴りつけた。
ハルカは反撃に、レオナの左頬を殴った。
また彼女が殴った。
それを繰り返すうち、取っ組み合いに発展する。
「なんで邪魔した!?」
「君にこれ以上、手を汚して……。罪を重ねてほしくなかったからだ!」
「そんなことどうだっていいでしょう!」
「どうだってだと!」
「私は、数多の人間の歯車を狂わせた!一生かかっても償いきれるかわからない罪を背負った!人一人殺した罪くらい増えたって、今更どうってこと!」
レオナは彼女の額を力いっぱい殴った。
衝撃で脳が揺さぶられ、一瞬意識が飛びそうになるのをこらえるも、足を崩しその場に座り込んだ。
「今更じゃない!君はもう、空賊じゃないんだ!いい加減、気持ちを切り替えろ!今更罪が増えたってどうってことない?これ以上罪で汚れて欲しくないという、私たちの気持ちがなぜわからない!?」
「……あ」
「それに、今あいつを殺せば、君は本当にあとがなくなるんだぞ!」
彼女は言い返せなかった。いくら無法者たちがのさばるイジツでも、人殺しが合法なわけではない。戦闘機同士の戦闘では違うが、直接人を殺すことは無論違法だ。
ナカイを殺せば、ハルカは法で裁かれることになる。
そうなれば、彼女を観察対象にしているガドール評議会がどんな判断を下すか。
雇い主たちがどんな仕打ちに会うか。
「でも……、でも」
ハルカの瞳から雫が零れ落ち、声に震えが混じり始める。
「言っていることは、わかります。でも……」
彼女は胸のあたりをつかむ。
「ここが……、心が納得してくれない……。だって……、だってあいつは……」
あいつは、ナカイは、彼女の家族の仇だ。
今すぐにでも、最も苦しむ方法で殺してやりたい気持ちなのは想像に難くない。
だが空戦で敵機を落とすことと、直接人を銃で殺すことはイジツでは意味が異なる。
もっとも、どんな言葉をいったところで、彼女の心には届かない。
レオナもキリエも、家族というものがわからないからだ。それを失ったときの苦しみや悲しみも。おいて行かれる寂しさも。
「あの人物を殺してしまうのは勿体ない。生きている君同様、残党にも罪を償わせる必要がある。君一人で、彼らの罪の全てを背負う必要はない」
今のところ、ウミワシ通商で生存が知られているのは、ハルカ一人だけ。
ウミワシ通商の被害者たちすべてが抱く恨みを、ハルカ一人が負うべきではない。
だから、彼らを生かしておく必要がある。
「それに、これでウミワシ通商は本当に終わりを迎える」
レオナは彼女の両肩に手を置き、語り掛けるように言う。
「もう、彼らの被害者が増えることはない。拠点がわかれば、他の団員たちも捕まえられる。君は、沢山の人々を守ったんだ」
それが彼女にとって救いになるかはわからない。彼女にとって一番大事なものが彼らによって奪われている今、事実しか言えることはなかった。
「君はもう、あんな亡霊に取りつかれるべきじゃない」
レオナは彼女の顔を左右から両手で挟む。
「一緒に生きて欲しいと言ってくれた人がいるんだろう?会いたがってくれている人がいるんだろう?一緒に飛ぶ仲間、長年の相棒がいるんだろう。彼らに、さらに汚れた君で会いに行くのか?そんな姿でともにありたいのか?」
彼女は首を横に振った。
故郷のナガヤで、叔母のホナミ議員に誓った。
これからを、一緒に生きていく、と。
そう願ってくれた人々に、さらに薄汚れた自分で、いつまでも亡霊にとらわれた自分でいいわけない。
だから、過去の因縁はこれで終わりにする。
楽な道は選ばせない。
自警団に引き渡し、隠し持っていたお金も全て奪い、狭い牢屋の中で苦痛の日々を送ってもらう。一生をかけて、苦しんでもらう。
死なれたら、それ以上何も償わせることも、苦しみを味合わせることもできない。
ようやく、頭が冷静になってきた。
きっと、これでよかったのだ。
「う……、うう」
レオナにしがみつくと、彼女は大きな声で泣き始めた。
頭ではわかっていても、心が納得してくれない。
本当は殺してやりたい。
でも、これ以上薄汚れるわけにはいかない。
もう、これで終わりにしなければならない。
結末を、受け入れなければならない。
色んな気持ちがごちゃ混ぜになった彼女は、幼い子供のように泣きじゃくった。
自身の中の気持ちを、全て吐き出すように。
涙に乗せて洗い流すように。
彼女が泣き止むまで、レオナとキリエは、その様子を静かに見つめていた。
後日、羽衣丸は目的地イタミへ向けて出港。
その船内に、ハルカの姿はあった。
「ハルカさん、ビールおかわり」
「はい」
「ハ~ルカ~、カレー1つ!」
「カレーですね」
「ハルカ、ハンブルグサンドを1つ所望する」
「ハンブルグサンドっと……」
「私はアホウドリのから揚げを」
「アホウドリのから揚げ……」
「ハルカ!私はパンケーキ!」
「……ホイップクリーム増し増しですね」
「ほうほう、わかってきたじゃないかハルカ君」
いつも着ている服の上にエプロンを身に着け、手慣れた手つきで調理器具を扱いながら、彼女はジョニーズ・サルーンの厨房にいた。
なぜ彼女がコックの真似事をしているのか。
彼女が出撃したあの日、道中の障害として料理人兼用心棒のジョニーと交戦。目くらましをしている間に距離を詰め、首を締め上げて気絶させた。
このことが原因で、一応医者に診てもらって問題ないと言われたものの、ジョニーは数日気絶の状態が続き、そして念のため今も安静にしている。
料理人が不在の間、ジョニーズ・サルーンもとい、腹をすかせた飛行船員たちの胃袋をどうするか検討させた結果、ラハマ孤児院で手料理をふるまったことをレオナが言ってしまい、ジョニーを気絶させたハルカに代理をしてもらおうということになったのだった。
因みに、味がいいと好評である。
なお、これはレオナたちの言うことを無視して勝手に出撃した罰でもある。
「おいし~!リリコさんのパンケーキに引けを取らないかも!流石パンケーキ好きが作ったパンケーキ好き!」
「カレーおいしい!ジョニーと少し味付け違うけど、これもおいしい!」
「ハンブルグサンドも。ジョニーと違う味付けだがおいしい。また作ってほしい」
「ハルカ、このから揚げは醤油か?それともソースのどちらがいい?」
「そのから揚げは塩味がついていますから、そのまま食べてもらっていいですよ」
箸でつまみ、レオナはから揚げをほおばる。
「おお、素朴だがうまいな」
「好評じゃない。いっそジョニーを解雇して、私とあなたで切り盛りしない?」
「勘弁してください、リリコさん」
ふと、パンケーキをほおばるキリエは、ウエイトレスのリリコの腕に巻かれた包帯に視線がいった。
「リリコさん、ケガでもしたの?」
「ああ。これは先日、この子とやり合ったときにね」
「ハルカと?」
「ええ。この子凄いのよ。ジョニーだけでなく、私も倒しちゃうんだから」
「リリコさんまで!」
キリエが驚きの声を上げる。
「にしても、格闘戦に慣れているのね。どこで教わったの?」
「……子供の頃、祖父に教わりました。どんなことがあっても、生きていけるようにって」
言いながら彼女は調理の手を止めない。
「へえ、そうなの」
「ってことは、ハルカはさ」
キリエが、少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「スカートのまま格闘戦やったわけ?」
彼女は咄嗟に、両手でスカートの裾の前を引っ張った。
「言わないでくださいよ!気にしているんですから!仕方ないでしょう!?」
「まあ、仕方ないけどさ……。想像したら結構、倒錯的?な光景だなって」
「想像しないでください!」
「いえ。キリエの言う通り、結構倒錯的な光景だったわよ。動くたびに、スカートがヒラヒラして中の白色の」
「それ以上言わなくていいですから!?」
顔を真っ赤にして抗議するハルカ。キリエたちには、その光景がありありと想像できた。
サルーンが喧噪に包まれる中、ケイトは食事を終え、歩き出した。
「あれ、ケイトどこ行くの?」
「格納庫、班長に呼ばれている」
彼女は静かに目的地へ向かっていった。
「そういえばさ、ハルカ」
パンケーキを口いっぱいに詰め込み、リスのように頬を膨らませながらキリエが口を開く。
「……パンケーキを食べてからでいいですよ」
キリエは口の中のパンケーキを一気に飲み込むと、ビールで口の中をスッキリさせる。
「ヤマセの市長がくれるっていった報酬、断っちゃってよかったの?」
ヤマセからイタミへの航路上にいた空賊機、橘花を排除したことで、オウニ商会は空賊の排除の報酬を受け取ることになった。
ナカイへの強硬的な取り調べから、ウミワシ通商の残党の拠点を聞き出し、残党の団員たちも逮捕。
加えて、ナカイが隠し持っていた資産の隠し場所も聞き出すことができたそうで、これで本当にウミワシ通商は終わりを迎えることになる。
空賊排除と物資輸送それぞれで報酬が出るという話だったが、空賊排除を行ったのはハルカなので、彼女が属するオウニ商会に報酬が入った。
また、ハルカに報酬は払わないと言っていた市長だったが、流石に無一文というわけにはいかなくなったようで、報酬を払うことにしたらしい。
『今回の件、本当にありがとう。約束のオウニ商会への報酬と、あと君個人への報酬がでることになりました』
羽衣丸を訪れたヤマセ市長は、大きなケースに札束を入れて秘書と共にやってきた。
マダムは差し出されたケースを素直に受け取った。
だが、ハルカはその報酬を受け取らず、市長と秘書に突き返した。
『私は結構です。それを承知で依頼を受けたのですし、私がこの町にしたことを考えれば、報酬は受けとるわけにはいきません』
『でも、流石に無一文というわけには』
『このお金は、この町のために使って下さい』
彼女はそう言い放った。
「よかったんですよ。かつて私があの町にしたことを、少しでも償えるなら」
「そっか……。ならさあ」
言いよどむキリエ。彼女は言葉を待つ。
「市長が、これでもう罪を問わないっていったとき……。なんで、許さないで、って言ったの?」
『約束通り、君のしたことを、今後ヤマセは罪に問わないと約束します』
そういうヤマセの市長、少々不満そうな女性秘書官を前に、彼女は言い放った。
『……許さないでください』
市長に秘書だけではない。マダムやキリエたちも目を見開いた。
これで終わりに、和解できると誰もが思っていたのに。
彼女の口から出たのは、それを望まないという言葉だった。
『私のこと、私の犯した罪を、まだ許さないでください』
「……まだ、全ておわったわけじゃないから」
彼女が空賊時代に犯したいくつもの罪。あのヤマセも、その被害を受けた町の一つだった。
「いつになるかわからないけど、全て終えたとき。そのときが、本当の意味で許されていいとき。私はそう思うから」
「そうなの……。まあ、ハルカらしいっちゃらしいけど……」
「かたいな」
ふと、から揚げを口に含みながらレオナがキリエの隣にすわった。
「あれ、固くしすぎましたか?から揚げ」
「違う、から揚げは文句なしに上手い。いや、そうじゃない、君の考えがだ」
「あはは……。まあ、これが私ですから」
「レオナは人の事言えないよ。堅物だし」
「キリエ、今なんて言った?」
場違いなほど満面の笑みを浮かべるレオナ。
そんな彼女におびえるキリエ。ふと、ザラが樽ジョッキ片手にやってくる。
「あら、キリエの言う通りよ。お堅い隊長さん」
「ザラ、酔っているのか?」
「あら~、酔っているのはいつもの事でしょう?朝でも、昼でも、夜でも、隼の操縦席でも」
「飛行中まで酔っているのは問題だろ……」
「まあ、確かにハルカさんが堅いのは否定できないわ。でも、それで彼女が納得できるなら、それでいいんじゃないかしら?」
「まあ、そうだな」
「でもさ、報酬受け取らないなら、私にくれてもよかったんじゃない?」
「チカはダメだよ。またあの気持ち悪い人形買うつもりでしょ?」
「はあ!?マロちゃんは気持ち悪くないもん!」
いつもの喧噪がサルーンを包む。
これが、今の彼女の日常だ。
議員の護衛だったり、議員にイタズラされたり、年の近い飛行隊の仲間とこうやって何気ない賑やかな時間を過ごしたり。
もし、あの時ナカイをこの手で撃ち殺していたら、この時間も壊してしまっていたのだろうか。
人を殺した罪を裁かれるために、刑務所行きになっていたかもしれない。
そうなれば、彼女の雇い主たちや、コトブキ飛行隊の皆も、どうなっていたか。
彼女の生き死には、もう彼女だけのものではなくなっている。
彼女は、その事実にようやく気付いた。
―――これで、終わった。
―――亡霊は、どこにもいない。
―――もう、とりつかれるべきじゃない。
「どうかしたの?」
キリエがパンケーキを咥えながら聞いてきた。
苦笑しつつ、ハルカは応える。
「いえ、なんでも」
「え~、絶対なんかあるでしょう?」
「ありませんよ」
「うっそだ~。いつもよりいい顔してるじゃん」
「いい顔?」
「いい顔、というより、憑き物が落ちたような顔しているな」
「そうですね」
彼女は笑みを浮かべながら言った。
「もう、亡霊がいなくなりましたから」
キリエとレオナは呆気にとられたような顔をしているが、すぐに安堵した表情になる。
「そうか」
「そうだよね。そういえばさ」
キリエがふと疑問を言う。
「あの戦闘機、橘花、だっけ?ウミワシ通商はどこから手に入れたんだろうね?」
「詳しいことは取り調べ中らしいですが、なんでも、前会った依頼人からもらったそうです」
「依頼人?」
キリエは首を傾げる。
「私がウミワシ通商にいたころ、一度だけあったことがあるんです。ラハマ襲撃を依頼してきたのは、その人なんです。名前は名乗っていませんでしたけど」
「どんな人?」
「えっと、丸眼鏡をかけていて、髪型はオカッパ頭、力仕事より頭脳労働が仕事でありそうですけど。どうもいじわるそうな人。そんな印象でしたね。なにより、いけ好かない感じがしました」
「丸眼鏡をかけていて……」
「オカッパ頭で……」
「頭脳労働……」
「いじわるそうで……」
「いけ好かない……」
キリエ、レオナ、ザラ、チカ、エンマの5人は顔を見合わせる。
皆はその時、共通の人物の顔を思い浮かべていた。
「ねえ、ハルカ。その人ってさ」
キリエはまさかと思いつつ、その人物の彼女の知る特徴を訪ねてみた。
「言葉の最後に、ムフッって言ってなかった?」
「ええ、言っていましたよ。……でも」
「「「「ああああああああああああああああああああ!」」」」」
なんでかを尋ねようとした言葉は、コトブキの叫びにかき消された。
「な、なんですか急に……」
「あいつ~!」
「生きていたのか……」
「あのダニども……」
握りこぶしを作るキリエ、額を押さえるレオナ、険しい形相のエンマ。
きっと、あの依頼人にあったことが彼らもどんな形であれあったのだろう。
彼女はこのときはそう思っていた。
「余程色々しているみたいですね、その人」
「そうだね……」
「その人、一体なん何ですか?」
レオナが表情を引き締める。
「その依頼人は……」
ハルカは言葉の続きを待つ。
「……旧自由博愛連合の人間だ」
今度はハルカの声がサルーンに木霊することになった。