そこには、ハルカの零戦が駐機されていた。
ナツオ班長は、彼女の零戦を総点検した結果をケイトに
つげる。
その結果やこれまでの経緯を振り返り、ケイトは一つの可能性を抱く。
ケイトは目的地の羽衣丸の格納庫に到着すると、ナツオの姿を探す。
「ああ、ケイト来たのか?」
探して間もなく、いつもの作業着姿に愛用のイナーシャハンドルを手にしたナツオ班長を見つけた。
「呼ばれたから来た。何か隼に問題でも?」
「いや、気になるのは隼じゃないんだ」
ケイトは首を傾げる。
隼の整備に問題がないなら、なぜ自分が呼ばれたのか。
「気になるのは、こいつなんだ」
班長が振り向いた先には、ハルカの愛機の零戦52型丙が駐機されている。
「修理に何か問題でも?」
「いや、修理は完了した。点検が大変だったがな……」
ナツオは遠い目をする。
先日、ハルカは橘花の注意を引き目的地に誘導。一時的に加速するためにRATOを使用。急加速状態から急激に機体を引き起こして減速なんて荒業をしたので、機体の総点検が必要になった。
いくら作戦上仕方がないとはいえ、タイミングを誤れば崖に激突して彼女は死んでいた。
彼女が作戦を明かせなかったのは、そういう可能性があると知られれば反対されるとわかっていたからだ。
その現場を目撃したレオナと、話を聞いたナツオは大激怒。
羽衣丸に帰ってくるなり、ハルカに格納庫で正座を命じ、数時間にわたって説教が行われたのは先日のこと。
「本当によく機体がもったな。水平尾翼がちぎれ飛ばなかったのが不思議なくらいだ」
機体を引き起こす際、水平尾翼に相当な負荷がかかったのは想像に難くない。
「それは同意。幸運だった」
「と、私も始めは思ったんだが……」
ケイトは首を傾げる。
「もしそれが、幸運じゃなかったとすれば?」
「……どういうことだ?」
ナツオはケイトを手招きし、零戦の後部へ歩いていく。
「ここ、みてくれ」
ナツオがイナーシャハンドルで指し示したのは、零戦の水平尾翼とその付け根だった。
「何かおかしい所でもあるのか?」
ケイトはわからず、ナツオに先を促す。
「ケイトでもわからないか……。外見じゃわかりづらいが、ハルカの機体のこの部分、実は普通の52型丙と少し違うんだ」
「違う?しかし、彼女の機体は52型丙のはずでは?」
「主翼の機銃が外されている点を除けば、な。だが、今回の点検でわかった」
「何がわかった?」
「水平尾翼とその付け根、そして胴体の骨組みの一部や外板の厚さが、普通の52型丙と違う。これらの部分だけ、62型の構造が使われているんだ」
「62型?爆撃機の?」
「ああ。だから加速状態からの急激な機体の引き起こしなんてやっても、尾翼がちぎれなかったんだ」
零戦は機体を極限まで軽くし、中低速、中低高度での旋回戦、格闘戦で相手を凌駕することを想定して作られている。
だが、62型は性格が大きくことなる。
零戦最後の量産型と言われており、零戦に爆撃機としての能力を付与したもの。
爆弾を抱えた状態で緩降下し、投下後に機体の引き起こしができるよう、水平尾翼の骨組みや付け根、一部機体の構造が見直されている。
だから、彼女の荒業に耐えられたわけだ。
「だが、そんな改造彼女ができるとは思えない。かといって、62型なんてイジツでは殆ど見たことがない。こんな改造、誰ができる?」
ケイトは考える。彼女の零戦は、彼女の祖父と父が作ったもの。
そのとき、ケイトの脳裏に先日の一件がよぎった。
ユーリア議員が持ってきた、彼女がイジツ語とは異なる言語で話していたあの件を。
「……ユーハング」
「へ?」
「彼女が、あるいは身内がユーハングの関係者なら、技術者ならできるかもしれない。いやむしろ、それしか考えられない」
「けど、ユーハングが去っていったのは70年以上前、ハルカは20歳。明らかにずれがある」
「それ以外に説明がつかない。これまで彼女がしてきた行動のいくつかが、それを証明している」
「例えば?」
「彼女は橘花の情報を、ユーハングの資料で知ったと言っていた。あの時は流していたが、今思えばおかしい」
ナツオは首を傾げる。
「ユーハングの資料は、無論ユーハング語で書かれている。なのになぜ、彼女は読めた?しかも、我々の知らない機体の、未知のエンジンの詳細まで理解していた」
ナツオは呆気にとられる。
確かに、ジェットエンジンの情報など、どこで手にいれることができる?
可能なのは、イケスカと、ユーハングだ。
彼女はイケスカ動乱に参加していないし、そもそも旧自由博愛連合の残党と敵対しているため、前者は考えにくい。
なら、可能性は後者しかない。
「じゃあ、彼女は何者だ?……まさか」
「彼女はユーハングの関係者である可能性が高い。でなければ、明らかに知りえない情報があった。ジェットエンジンの情報など、特にそうだ」
時代にずれがあるとはいえ、ナツオはその可能性を否定できなかった。
ケイトは、ハルカの愛機を見つめる。
「いつか、尻尾をつかんでみせる。……必ず」
おそらく、旧自由博愛連合の残党は、ユーハングの遺産を探しているはず。
かつてほどの規模が維持できない中、質を強化し少しでも戦力差を開かせるために。
今回の橘花もそうだったに違いない。
先のイケスカ動乱から、イケスカは再びイジツの覇権を握るべく戦力を再編しようとしている。
でも反イケスカ連合は違う。
あの動乱後も、特に変わっていない。
このままでは、次また戦いがあった際に勝てるかあやしい。
でも、ユーハングのことを知る者がいれば、遺跡から得られるものがあったり、今回のように対抗策を考えることができる。
問題は、ハルカがそのことに協力的でないことだ。
今回の橘花の件だって、ケイトがしつこく迫っても白状しなかった。
彼女なりに理由があるのかもしれないが、敵はそんな加減はしてくれない。
相手がより強力なユーハングの遺産を使ってくるなら、最低でもその知識を持っていなければ、対策一つできない。
こんな身近にその情報源があるなら、活用しない手はない。
これ以上、このイジツで大きな争いを起こさせないために。
ケイトはそう決意し、サルーンへと戻っていった。
「はい。ウミワシ通商に渡した橘花は、確かに強力でした。しかし、維持するのは現状では難しいかと。エンジンの寿命が短く、信頼性もまだ低い。他にも問題を抱えております。そう考えれば、より確実な戦力、現有戦力の拡大がやはり急務かと」
橘花の試験結果を、丸眼鏡をかけたオカッパ頭の男性、ヒデアキは主人に伝える。
『イサオ様の震電ほどでないことはわかっていたが、あの性能でもまだ戦力にはなりえない、と?』
「いえ、性能については反イケスカ連合相手なら申し分ありませんが、空戦で使い続けるには少々高価な機体になるのは違いありません。我々自由博愛連合がかつてほどの規模ではないからこそ、確実な戦力が必要と考えます」
『なら、橘花の試験は無意味だったと?』
「いえ、そうではありません。空戦に使うにはいささか問題がありますが、別の使い道ならうってつけかと」
『わかった。帰ったら意見を聞かせてもらう』
「かしこまりました」
彼はいけ好かない笑みを浮かべながら無線を切った。
「ヒデアキ様……」
「なんでしょう?」
「例の橘花の残骸、連中に回収されるかもしれませんが、よろしいのですか?」
「構いません。手に入れたところで、連中には活かすすべがないですし、作れても維持もままならないでしょう。気にするだけ無駄というものです」
「はあ……」
「それより問題なのは、あの橘花をしとめた件の零戦のこと……」
橘花の前に、並みの用心棒たちはおろか、あのコトブキさえ手を焼いた。
にもかかわらず、なぜあの悪魔は橘花を落とせたのか。
「忌々しい。実に忌々しい。我々の行く先々で、あの悪魔……」
零戦が、橘花に空戦を挑んで勝てるとも思えない。
なら罠をはったと考えるべきか。
だとしても、どうも腑に落ちない。
一度の接敵で勝てたということは、戦い方や準備ができていないと無理だ。
それには、橘花のことを知っている必要がある。
とすれば彼女は、橘花の情報をどこで手に入れたのか。機密漏洩対策はしていたはず。
なら、もっと以前から知っていたのだろうか。
でもどうやって……。
「気になることはありますが……。まあ、所詮は零戦1機のこと。とりあえずは、帰還を急ぎましょう」
「了解」
ヒデアキは座席にもたれかかる。
あの橘花が落とされたのは想定外だったが、いかに悪魔と言われる彼女でも、彼の主人が動けば勝ち目はない。
「その日まで、精々首を洗って待っていてくださいね、ムフッ」
彼らは刻一刻と、反撃のための準備を進めつつあった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
第6章はここまでとなります。
前章の最後でネ式を出したのでどんな機体を出そうか思案した結果、
橘花を出すことにした章です。
今回は執筆よりも橘花のことを調べるのに時間を費やしたので、
面白く描写ができているか不安ですが、面白く読んで頂けたら
幸いです。
次の章がいつになるかはわかりませんが、次章が始まり
ましたら、またよろしくお願いいたします。