その疑惑を問いかけるも、彼女は否定する。
そんな中、彼らにある場所の調査依頼が舞い込む。
*第6章のその後の話になります。
短編というには数話に分かれるので中編としました。
背中には布団の柔らかい感触、見上げれば二段ベッドの上段が視界一杯に広がる。
はずなのだが……。
「あ、あの~」
肩の下あたりまで黒髪を伸ばし、青いラインが裾の方に描かれた白色のスカートと防寒用の茶色いジャケットを身に着けた女性、ハルカは自身の身に起こっている出来事に戸惑う。
彼女の視界には、羽衣丸であてがわれた部屋に置かれた2段ベッドの上段と、ある人物の見下ろす顔がうつる。
「あの、これはどういうことなんですか?」
彼女のお腹には目の前の人物が乗ることで圧力がかかり、そして押さえられた両手首には絞めつけられる感覚がする。
なぜ、こんな状況になっているのか。
抱くであろう至極当然の理由を、彼女は目の前の人物に問いかけた。
「なんでなんですか?……ケイトさん」
そう。最大の疑問は、そんなことをしているのが、こういったことから最も無縁そうな人物であること。
滅多に表情を変えない銀髪の女性。コトブキ飛行隊の曲芸飛行パイロット、ケイトだったことだ。
事の始まりは数分前にさかのぼる。
仕事が終わりラハマに帰還。ガドールに帰る前に、少し休憩しようと部屋で寝ていたところ、突如お腹に重さを感じ、両手首に絞めつけられる感触を感じた。
不審に思って目をあけると、こんな状況になっていたのだった。
まさか彼女に寝込みを襲われるなど想定外だった。
「なんでこんなことするんですか?」
静かに問いかける彼女だが、内心冷や汗をかいていた。
この状況を誰かに見られたら、あらぬ疑いをかけられるのは必至だ。
一刻も早く、彼女の目的を引き出す必要がある。
「……2人とも」
「……何しているのかしら?」
部屋の入口から聞こえた声に、彼女は顔が引きつる。
首を動かしてケイトの向こうにいる人物をかろうじて視界にとらえる。
そこにいたのは、驚きの表情を浮かべる赤い髪を後ろで縛った凛々しい女性、コトブキ飛行隊隊長のレオナ。
苦笑しながら頬を人差し指でかく、優美な体格の大人の色香を感じさせる女性、副隊長のザラ。
2人は、目の前で起こっている状況を見て戸惑っているのが手に取るようにわかる。
「2人とも……。そういうことをするにはまだ日が高いわよ?」
「そういうことってなんですか!?」
「その……。まさか君たちが、こんな関係にまで進んでいるとは」
「何が進んでいるっていうんですか!だから、違うんですって!?」
「何が違うというんだ?」
「何が違うというのかしら?」
困り果てるレオナとザラ。
「だから、私も気が付いたらこんなことになっていたんですって!」
レオナは額を押さえながらケイトに視線を向ける。
「……ケイト、これはどういうことなんだ?」
ケイトは気にした様子もなく、淡々と答える。
「ハルカに聞きたいことがあった」
「聞きたいことと、この状況にどんな関係があるんだ?」
「そうですよ、聞きたいことには答えますから、まずお互い座りましょうよ!」
「ダメ」
「なぜ!?」
「いまからする質問を聞いたら、あなたが逃走を企てようとする可能性があるから」
「そんなことしませんよ!」
すると、ケイトの視線が細められる。
「……橘花のことを聞いたとき、私の問いから逃げたのは誰だ?」
「ぐっ!」
否定できなかった。
「仕方がない。ハルカ、悪いがそのまま答えたほうが早道みたいだ」
別にケイト一人どけることなど造作もないのだが、危害を加える気はないのか、どける様子はない。というより、できればしたくないのだろう。
「……わかりました。それで、聞きたいことって?」
ハルカは観念し、先を促す。
「ハルカは、ユーハングの関係者なのか?」
ケイトの質問に、レオナとザラは目を見開く。
「以前も言いましたけど、私はイジツ生まれのイジツの民ですよ」
「にしては不審な点が多い」
「例えば?」
「……橘花のことを、ユーハングの資料を読んで知っていたといった」
「それが?」
「ユーハングの資料は、全てユーハングの言葉で書かれている。なぜ読めた?どこでユーハングの言葉を覚えた?」
「……それは」
「それに、資料を読んだにしては、橘花のエンジンの構造や原理も知っていて、その構造上の弱点をついて倒した。なぜそこまで理解していた?」
ハルカの瞳はケイトを見つめるが、次第に震え初め、左右に揺れ始める。
ケイトは確信した。
彼女は、何かを隠している。
「……それは」
「それは?」
ハルカは顔を横に向ける。
「それは、なんだ?」
視線を細め、ケイトは顔を近づける。
ふとそのとき……。
「あれ、みんな何やってんの?」
聞き覚えのある声に、また扉の方を見る。
そこには、パンケーキを咥えながら部屋の中を見つめるキリエ。
「どうしたのさ、みんなあつまって!」
「一体どうしたのかしら?」
コトブキのメンバーが皆集まり、目の前の光景に絶句した。
「ケイト、何やってんの?」
キリエは顔を赤くする。
「ケイト、何々組手?そんな狭い所でしなくてもいいんじゃない?」
「2人とも、ちょっとまだ日が高いと思いますわよ?」
チカだけが状況を理解できていないようだ。
「……2人とも、とりあえずマダムの所に行こう。……仕事の依頼だ」
「承知した」
皆が踵を返して去っていく。
そこでようやくケイトが上からどいてくれる。
締めつけがなくなった手首を、ハルカはさする。
「……またあとで、ゆっくり話そう」
そういって彼女は皆を追いかけていった。
「……はあ」
また追求されるのだろう。少し憂鬱な気持ちになりながら、彼女も皆を追った。
―――追求されても、違うとしか言えないのに。
ラハマを離陸する5機の隼と1機の零戦21型は、1機のオウニ商会所属の白い百式輸送機を取り囲むように編隊を組み襲撃に備える。
『申し訳ありませんね、急なお願いで』
『いいえ、タミルのお願いとあらば、無下にできませんわ』
『にしても、遺跡の調査の護衛とは。余程空賊が出る場所なんだな』
『ええ。ユーハングの遺産を狙うのは、皆同じということですわ』
仲間の無線を聞きながら、百式輸送機の操縦桿を握るハルカは、無意識に周囲を警戒する。
今回の仕事は、黄色く塗られた零戦21型のパイロット、エンマの友人のタミルという女性が依頼主だという。
目的は、ラハマから近い場所にある渓谷。ユーハングが使っていた隠し施設があったという場所の調査。
でも、遺産を狙って空賊が出る可能性もある上、人手が必要だからと護衛と調査の手伝いを兼ねて、コトブキ飛行隊と整備班が駆り出されることになった。
そして整備班を運ぶため、オウニ商会が所有する百式輸送機が使われることになり、今回パイロットはハルカが務めることになった。
「はあ……」
いつもは議員の護衛として周囲を自由に動いているだけに、守られるという感覚はどうも苦手だった。
いつ襲われるかわからない緊張感が満ちる中、彼女は輸送機を慎重に飛ばす。
だが空賊の襲撃以前に、彼女には気になることがあった。
「あの~」
彼女は、顔は正面を向きながら、視線だけを若干左の座席へ向ける。
そこには、先ほどからじ~っと彼女を見つめる銀髪の女性の姿があった。
「……何か?」
首を傾げるケイトに、彼女は言い放った。
「なんで私をじっと見ているんですか?」
「……あなたに興味があるから」
「その言い方は誤解を招きますよ」
ラハマを飛び立ってからずっと、ケイトは彼女から視線を外さない。
それが、一挙手一投足見逃さない、見張っているぞ、と無言で言っているようであった。
「気が散りますから、正面を向いてもらえませんか?」
「……承知した」
ようやく彼女が前を向いた。
「どうしたケイト。いつになく情熱的だな」
後ろの座席からナツオ班長が姿を見せる。
「ケイトが他人に関心持つなんて、珍しいな」
「彼女を知りたいから」
「そうかそうか、いいことだ」
ナツオ班長は笑顔だが、ハルカにとってはたまったものではない。
恐らく、いくら違うといってもケイトは納得しないだろう。
認めるまで追求され続けると考えると、彼女は気が重かった。
操縦桿を握るハルカを横目に見ながら、ケイトはラハマでのやり取りを思い出す。
彼女はラハマのオウニ商会のとある一室で、兄のアレンと、今回の依頼主であるタミルとあっていた。
「ケイトの見解はどうかな?」
兄のアレンが尋ねる中、ケイトは淡々と言い放った。
「やはり、ハルカはユーハングの関係者である可能性が高いとケイトは考える」
「ですけど、本人は否定しているのでしょう?」
「だが、彼女の機体のマークや、施されている改造。そしてユーハングの言葉が話せ、今回行った町で、誰も知らない戦闘機の情報を知っていた。これで関係ないという方がおかしい」
「橘花、だっけ?ケイトやナツオ班長さえ知らないユーハングの戦闘機にジェットエンジンというエンジン。どこで彼女は知ったんだろうね」
「ですがケイト、正面から聞いても、真偽はどうであれ普通は否定されますわよ」
「でも、他に迫りようがない」
「ケイトはそういうのが苦手だからね。それに、ユーハングの言葉の件で追求するのは、流石にできないからね」
先日ユーリア議員が、イヅルマの地下牢で録音したというハルカと技術者との会話。
それは、ユーハングの言葉で交わされたものだ。
だが、その件はユーリア議員からは内密にと言われているし、口止め料も支払われた。
それに、ハルカはユーリア議員の用心棒でもある。
この件で迫ったことが議員の耳に入れば、どんなしっぺ返しを食らうかわかったものではない。
「ですが、ユーハングが去っていったのは70年以上前。ハルカさんは20歳くらい。このずれはどう見ますの?」
当時10歳の子供でさえ、80歳になるほど時間が経過している。
「僕の考えている可能性は、2つあるよ」
アレンは、手の指を二本立てる。
「1つは、当時帰らなかった人がイジツの住民と結婚し、彼女はその末裔であるという可能性」
だがそうなると、1つおかしな点がある。
当時イジツにやってきたユーハングの人々は、技術者やパイロットが殆どで、子供がいたという記録はない。もし来ていたとしても、子供を置いていくだろうか。
おいて行かれた子供が1人で生きられるほど、このイジツの環境は甘くない。
もう少し年を取っていた大人が残ったと考えた場合でも、その子孫であるハルカが今の年齢ほど若くはないだろう。
だが、ユーハングが去っていったのはあのタイミングだけのはずだ。
「もう1つは?」
「もう1つは、ユーハングが去ったあとやってきた人の末裔であるという可能性だね」
「そんなことがあり得るのか?」
「むしろ、こっちの方が可能性が高いと思うよ」
アレンは自信をもって言う。
「だって、ユーハングが通ってきた穴は、彼らが去った後も開いた。ラハマや、イケスカ上空にね」
ユーハングがこのイジツに来る際、通ってきたという穴。
イジツに、繫栄と争いの火種をもたらしたもの。
「あれほど大きな穴でなければ、何度も開いていると考えられるよ。その小さな穴を通ってきた人々の子孫だと考えれば、可能性はあるんじゃないかな?」
「……確かに」
「でも、そうだとしても彼女が素直に白状するものでしょうか」
「まあ、このイジツでユーハングと言えば、どこも手に入れようとするだろうしね」
「まして、ユーハングの言葉を読め、話すことができ、技術にも詳しければなおさら」
「だからこそ、自分達の手に置いておきたいし、自由博愛連合の残党に対抗するために協力してほしい、と?」
「そう。でも現状では、正面から聞くしかない。他の切り口がほしい」
「なら、彼女が否定できない状況をつくればいい。まさに、今回のタミルの依頼は、渡りに船だよ」
ハルカを見つめながら、ケイトは心の中で思った。
―――ハルカ。あなたは、誰だ?