羽衣丸船内に彼女の姿がない。
そんなレオナにマダムからお使いを頼みたいと
呼び出しがかかる。
翌日、レオナは目覚めるとハルカを探した。
キリエたちの部屋、格納庫、貨物区画、船橋等々。
でも、彼女はレオナを避けているのか、その影さえ見つからなかった。
零戦があったからガドールに帰っていないことはわかるが。
「……はあ」
ここまで避けられているとなると、彼女自身少しへこんでいる。
でも、仕方がない面もある。あんな言葉を浴びせられれば、避けたくもなるだろう。
「へこんでいてもしょうがない」
ハルカに思うところがあったとはいえ、あんな八つ当たり同然の言葉を放っていい理由にはならない。冷静に話をせず、全てぶつけてしまった結果が今だ。
自分の放った言葉のせいなら、自分で責任を取るしかない。
すくなくとも、この飛行船から出てないなら、見つけることはできるはず。
「どこだ……」
ふと、放送が入った。
『コトブキ飛行隊レオナ、ケイト。評議会護衛隊ハルカ。以上3名は、マダム・ルゥルゥのところまでくるように』
渡りに船だった。
これで、彼女を探す手間が省ける。
彼女はマダムのいる社長室へと駆け足で向かった。
「集まったわね」
目の前の大きな机に備え付けられた高級そうな椅子に腰かけ、火気厳禁の船内で唯一愛用のパイプを吸うことを許されているオウニ商会社長、マダム・ルゥルゥ。
彼女の前にはレオナが立ち、彼女の右側にケイト、左側にハルカがたっている。
ハルカの表情は、いつもより曇っている。
彼女が気になるレオナだが、視線をマダムに戻し、要件を伺う。
「それで、呼び出した要件はなんでしょう?」
「ちょっと、お使いに行ってきてほしいの」
「届け物ですか?」
「ええ」
そういうと、マダムは両手で抱えられる程度の小さめの木でできた小箱を取り出した。
「これを、アレシマにある商会まで運んでほしいの」
あまりに小さな積み荷を見て、3人は首をかしげる。
「これを、ですか?」
「ええ」
レオナが問うが、マダムはさも当然のように返す。
「……お言葉ですが、こんな小物に戦闘機3機というのは……」
コストがかかるのではないか、そう言おうとする。
「中身を見てみなさい」
「よろしいのですか?」
「ええ」
マダムに促され、彼女は小箱を手に取り、フタを慎重に開ける。
そして出てきたものを見て、彼らは言葉を無くした。
「……これは」
出てきたのは、直径4cmにもなる大きな透明の鉱物。ダイヤモンドだった。
「なんでも、ラハマのある住民が荒野で残骸拾いをしている最中に偶然手に入れたものらしいの。それを、アレシマで宝石の買い取りや販売を行っているエメー商会が高値で買いたいと申し出てきたみたいで、その輸送をお願いしたいの」
「……これだけの人数で大丈夫ですか?」
イジツでダイヤモンドと言えば、本当に富裕層しかお目にかかることができない高級品。故に情報漏洩には気を遣うし、それだけに空賊に狙われる確率は高い。
「ええ。あまり大人数でいくと、何か大事なものを運んでいるかもって感づかれるかもしれないでしょ?積み荷はレオナが持っていて。護衛にケイト、ハルカさん。この2人なら大丈夫でしょう?」
レオナは2人を交互に見る。
常に冷静沈着なケイトに、悪魔と言われる技量のハルカ。この2人なら問題ない。
この依頼に、撃墜数に拘るチカに、頭に血がのぼりやすいキリエや、空賊を前にすると暴走するエンマは連れていけない。
ザラは隊長不在時には残しておく必要がある。
「……わかりました」
アレシマまで、戦闘機を飛ばせば1日で行ける。
だがこれは、きっとマダムがくれた昨日の件を謝罪するいい機会なのだろう。
飛行船や輸送機もいない戦闘機3機編隊だけを襲う空賊は滅多にいない。
3人は準備を終えると、羽衣丸を飛び立った。
レオナたちが去った社長室で、マダムは一人机の上で頬杖をつく。
静寂が満ちる室内に、コンコンと木製の扉を叩く音が3回響く。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、優美な体格を持ち、大人の色香をにおわせる女性。
コトブキ飛行隊副隊長のザラだった。
「何かあった?」
「マダムに聞きたいことがあってきました」
「聞きたいこと?」
マダムは口を閉じ、先を促した。
「なぜ、あの3人で行かせたんですか?ダイヤモンドの輸送」
「……聞こえていたの」
「偶然、廊下を通りがかったときに」
本当に偶然かはさておき、マダムはザラに頷いた。
「何か問題でも?」
ザラが笑みをひっこめ、表情を引き締める。
「ダイヤモンドの輸送に、たった戦闘機3機でいいんですか?」
「下手に羽衣丸で運ぶ方が空賊に狙われやすいし、コストもかかる。戦闘機で早く運んでしまったほうがいいのよ」
「そうですか。それと、その商会は信用できるんですか?」
「……どういうこと?」
「そのままの意味です。ダイヤモンドの取引について、ちょっと良くない噂を聞いたもので」
マダムはしばらく黙り込む。
「……だから、ハルカさんを一緒に行かせたのよ。彼女なら、この手のことに詳しいから」
「なるほど。マダムも、なんだかんだであの子をあてにしているんですね」
「……そうね。でも、それ以上に、昨日の件を片付けて欲しいというのがあるわ」
「そうですか。……レオナもマダムも、過保護ですね」
ザラはつまらなそうにいう。
「そうかもしれない。でも、過保護になるのも仕方がない。ハルカさんが私たちを信用しているのかどうか、時々不安になるのは私も同じだもの」
「頼ってくれないのが、寂しいんですか?それとも、自分達が頼られないのは、自分たちに原因があると?」
「……かもしれない。いずれにしても、レオナがいない間コトブキを頼むわね、副隊長さん」
「は~い」
ザラは軽く返事をし、部屋から退出した。
『周囲に敵影なし』
「了解」
『後方からも機影なし』
「わかった」
ラハマを飛び立ち、アレシマへ向かうレオナたち。周辺を警戒しながら、お互いの距離を一定に保ちつつ飛ぶ。
だが……。
『……』
「……」
『……』
高級品を運んでいるためか、空賊を警戒しているためか、3人の間の空気は重苦しいものになっていた。
いつもは羽衣丸のレーダーが空賊の接近を探知してくれるため、飛行隊は気を抜いていても構わない。
だが、戦闘機にレーダーなどつけていない今、頼れるのは目視での確認しかない。
まして、イジツでは途方もない高値がつくダイヤモンドを運んでいるとなればなおさら……。
ケイトがいるものの、折角ハルカに謝罪ができる機会を得られたというのに、レオナは警戒を緩めることもできず、もどかしい思いをしている。
「……ハルカ、その」
『後方に敵影なし。警戒を続けます』
「……わかった」
話そうにも、今のハルカは警戒に集中しているため取りつく島もない。
早く昨日の件にけりをつけたいのに、状況がそれを許してくれない。
レオナはそんな心情の中、少しでも早くつくことを願いつつ、アレシマへ向かっていった。
アレシマへの進路を飛ぶ中、周囲を警戒しながら蒼い翼の零戦のパイロット、ハルカは頭の中でよくない想像をしていた。
ダイヤモンドの輸送に戦闘機3機。
その編成や懸念、さきのマダムの言い分は理解できる。
空賊が襲うことが多いのは主に飛行船だ。
飛行船なら、何かしら積み荷をつんでいることが予想できる。
一方、戦闘機数機なら襲う利点は少ない。
詰める荷物が少量に限られ、輸送船を護衛している用心棒と違い身軽に動けるからだ。
だが彼女が気になっているのは、アレシマについた後の事。
あの宝石を手に入れた経緯もちょっと気になるが、問題はあの宝石を買い取りたいと申し出ているエメー商会。
彼女も空賊だったが、宝石が奪えたときなど数えるほどしかない。
それでも、それで得られる利益の大きさは知っている。
問題なのは、この宝石を買い取りたいと申し出ているエメー商会に関する噂のいくつかだ。
どれも決していいとは思えない。
それら知っている噂から彼女は、この依頼の危険性を察した。
だが同時に、それがただの妄想であってほしいとも思っていた。
そんなときだった。
『9時方向、接近してくる機影を4機確認』
ケイトからの無線に、彼女は警戒態勢に頭を切り替える。
左弦から、ほぼ同じ高度で零戦21型らしき機影が4機。いずれも黒く塗られている。
『空賊?』
『どうだろうな……』
「様子を見ましょう。衝突回避のため、少し高度を上げてください」
ハルカの指示で、3機は機首を僅かに上向け、相手の出方をみる。
『4機とも機首を上に向けた。こちらに向かってくる』
その行動に、彼女は確信を得た。
『やる気なのか?』
「空賊ですね」
彼女はプロペラピッチを低へ変更し、エンジン出力を上げる。
「敵機は引き受けます。2人は安全圏へ退避を」
『ちょ!まて私も!』
『レオナ、あなたは積み荷を持っている。ここは彼女に任せて、アレシマへ向かうべき』
今回は自分が積み荷を持っていることを思い出したのか、レオナは押し黙った。
『……わかった』
2人はスロットルレバーを開き、増速。戦闘空域から抜けるように機首をアレシマへ向ける。
一方、ハルカは接近する機影に向かっていく。
敵機と交差する直前、彼女は機首を上げた。
直後、敵機の機首から7.7mm弾が放たれた。
「やる気か……」
だが、なぜ戦闘機3機編隊を襲うのか。彼女の頭に疑問が残る。
戦闘機3機編隊を襲ったところで、戦闘機に積める物資の量などたかが知れている。
それなら飛行船の航路で待ち構えた方が確実だ。
それとも……。
気になることはあるが、彼女は疑問を脇へ押しやる。
操縦桿を倒し、機体を旋回させる。
敵の背後をとり、機首の13.2mm機銃を撃ち込み1機撃墜。
すると敵機が2組に分かれた。
1機は旋回してハルカの背後へ回り込もうとし、2機はレオナたちへ向かっていく。
「させない」
彼女は増速し、正面をいく零戦2機を射線上にとらえ、13.2mmと20mm機銃を同時に発砲。
13.2mm機銃が正面の機体を撃ち抜き、さらに20mm機銃が正面の機体を貫通しその奥の敵機に命中し撃墜。
直後、彼女はスロットルレバーを引き操縦桿を前に倒し急降下。
後ろをとった21型が追随してくる。
だが間もなく制限速度に達した21型は機首を上げた。
それを見たハルカも機首を上げ、後方から撃ち抜いた。
両翼の燃料タンクを撃ち抜かれた21型は主翼から火を噴きながら落ちていった。
「……敵機撃墜」
ふと彼女は落ちていく機体に目を凝らす。
その機体には見慣れないマークが描かれていた。
「あれは……、鎌?」
それは、死神がもつ鎌のようなマークだった。
空賊のマークだろうと考えるが、どうも彼女の中に何かが引っかかっている。
彼女は携帯用の大型無線機を操作する。
『はい、ルゥルゥよ』
彼女は、オウニ商会のマダムに連絡をとった。
「マダム、至急調べてほしいことがあるんです」
『何かしら?』
「今回運んでいるダイヤモンド、ラハマの人が残骸探しの途中で見つけたって言っていましたよね?」
『ええ、でもそれが?』
「その残骸ってなんですか?」
『輸送機の残骸だったそうよ』
「じゃあ、その機体に描かれている所属を示すマークはわかりますか?」
『わかった。至急確認するわ』
マダムとの通信が切れた。
彼女の胸の中には、ある疑惑が渦巻いていた。
その疑惑が妄想であってほしいと願いながら、彼女はレオナたちと合流。
アレシマへ進路を向けた。