しかし、帰り道で天候が悪化。視界が悪い中飛び続けるのは
危険と判断し、閉店した空の駅に退避する。
そこでレオナは、ハルカの真意を問う。
吹き付ける風、そして無数の水滴が風防や機体を叩く。
無数の水滴が視界を妨げ、吹き付ける風が機体を揺らす。
「くそ……。なんて天気だ」
『今日の予報は晴天だったはず』
『天気予報が外れることだってありますよ』
アレシマを飛び立ったレオナたち3人は、順調にラハマへの道のりを飛んでいた。
だが、突如天候が悪化。イジツでは珍しい雷雨に見舞われることになった。
風防にたたきつける雨粒のせいで視界は悪く、強風が吹いていて気流が悪く機体が安定しにくい。
おまけに、レオナの隼は重い札束の入ったケースを乗せているためいつもに比べ反応が鈍い。
『レオナ、このまま飛び続けるのは危険。どこかに退避するべき』
「どこかって、どこに……」
視界が悪い中、退避場所が見つけられない。下方に見えるのは、どこまでも広がる荒野だけだ。
『地図によると、この少し先に、最近閉店した空の駅があるようです。建物さえ無事なら、退避はできるかと』
「……いくしかないか」
このまま悪天候の中飛び続ければ、最悪方角を見失う。
都市と都市の距離が離れているイジツで、方角を見失い遭難すれば命の保証はない。
レオナは高度を下げ、その場所を探す。間もなく、小さな建物に格納庫のような施設が並ぶ場所が見えてきた。
「……ここか」
建物が確認できるものの、明かりがなく人がいる様子はない。
また、建物の屋根にはいくつか穴が開いている。
環境としては少し悪いかもしれないが、あくまで一時的に雨がしのげればいい。
「よし、着陸するぞ」
滑走路らしき場所を見つけ、3人は降り立った。
風防を開けると、強い風と雨が体に吹き付けられる。
格納庫らしき建物のドアを開けると、中を調べて危険がないことを確認する。
どの建物も無人で、閉店してから誰も来ていないのだろう、ホコリがたまっていて、壁にヒビが入っている。
でも、今は贅沢は言っていられない。
3人は格納庫の扉を開け放つと、機体を中にいれる。
レオナの機体からお金の入ったケースを持ち出すと扉を閉めて鍵をかけ、彼らは空の駅の店舗のある建物へ向かって走る。
営業していたときはそこそこ大きな規模を誇っていたのだろう。格納庫からは大分距離がある中を、彼らは雨に濡れながら走った。
「はあ……」
建物の中に入ると、酒場だったのだろう、長いテーブルに並ぶ椅子、多くの棚が置かれた部屋に出た。だが、そこは窓が割れていて雨が吹き込んできている。
彼らは奥に進むと、屋根が無事な部屋に出た。
部屋には暖炉があり、物が散乱している他の部屋に比べると比較的綺麗な部屋だった。
「とりあえず、ここで天候が回復するのを待とう」
ケースを部屋の端に置くと、3人は上着やスカートの裾を絞る。
走ったとはいえ重いケースをもってだったので速度は遅く、長い時間雨に打たれすぎた。
絞った服からは、水が滴ってきた。
「ちょっと濡れすぎたな……」
「体が冷えてきた。……くちゅ」
ケイトが小さくくしゃみをした。
イジツでは雨が降ることなど滅多にないので、多くの住民は傘など持っていない。
彼らも無論例外ではなかった。
ケイトは体を抱えて震え出した。
「このままでは体温が低下する。何とかして体を温めないと……」
「でも、暖房なんてここには……」
「……ちょっと待っていてください」
ハルカは言うなり、部屋を出た。
少しすると、建物に転がっていた木製の椅子を複数持って帰ってきた。
彼女はそれに蹴りを入れて形を崩すと、部屋の隅にある暖炉に並べる。
そして腰にぶら下げている小物入れからライターを取り出し、火をつけた。
最初は小さかった火が徐々に大きくなり、その近くだけ室温が上がっていく。
彼女は椅子をまたいくつか持ってくると、暖炉のそばに置く。
「このままだと体温が下がって危ないので、濡れた服は脱いで乾かしましょう」
いうなり、彼女は防寒用の上着とシャツを脱ぎ、椅子に広げてかける。
「ちょ!」
「わかった」
ケイトも従い、服を上から脱いでいく。
レオナは、最初はその光景に驚いたものの、寒さは我慢できるものではなく同じように服を上から脱いでいく。
最終的に下着姿になった3人は、暖炉のそばに座る。
細身の体格のケイト、細身だが所々肉付きがよく綺麗な体格のハルカ、鍛えられた筋肉が目を引くレオナ。
3人の特徴がこの状態だとよくわかる。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ハルカは持ってきた鞄から薄い毛布を取り出し、それをケイトにかける。さらに周囲を物色すると、2人分の毛布が出てきたので、カビ臭さを我慢しそれに身をくるむ。
静かに炎が燃える中、3人は身を寄せ合って少しでも体を温めようとする。
ふと、ケイトのお腹から虫の鳴き声がした。
彼女は頬を赤くそめると、毛布で顔を隠した。
「少ないですけど、食事の準備でもしましょうか」
ハルカは鞄から缶を取り出すと、缶切りでフタを開ける。缶の中身であるコーンスープを小さな鍋に移すと、暖炉のそばに置いて温め始めた。
そして、もう一つ缶を取り出してフタをあけると、中から乾パンが出てきた。
「はい、どうぞ」
2人は手を伸ばし、乾パンをバリバリかみ砕く。
間もなくスープも温め終わったようで、3つのコップに分けると、軽く息を吹きかけて冷ましながら飲み始める。
長い飛行でお腹がすいていたのか、乾パンはあっという間になくなり、温かいスープの入ったカップで手を温めながら簡単な食事を済ませる。
「ハルカ、ありがとう。体が温まってきた」
「よかった」
「この食料、どこから持って来たんだ」
「万一のことを考えて、いつも機体に積んであるんです」
すると、彼女の表情が曇った。
「空賊時代から、もし撃ち落されても、数日は生きられるようにって」
コトブキ飛行隊は羽衣丸の用心棒であるため、常に母艦の周囲で戦うことが多い。
なので、もし墜落しても母艦が無事ならあとで拾いに来てもらえる。
だが、空賊は仲間を見捨てて逃げることもあるし、常に賞金稼ぎや自警団から逃げる立場だ。
そんな中でも生き残れるようにと、そのときの習慣が今でも続いているのだろう。
「そうか……。だが、おかげで助かった」
ふと、レオナは思った。
「なんでも、できるんだな。……君は」
戦闘機を使っての護衛、情報収集、格闘戦、サバイバル等など。
「なんでもなんて、大げさですよ」
そのとき、レオナは一つの疑問が氷解したような気がした。
「……だから、なのか?」
彼女はハルカを見つめる。
「……私たちを、頼らないのは」
ハルカは気まずそうに視線をそらした。
「一人でなんでもできるから、私たちを頼らない、のか?」
レオナの問いに、ハルカは面食らう。完全に不意打ちと言えるタイミングだった。
「君にとって、コトブキとは何だ?賠償金を払い終わるまでの、面倒な場所でしかないのか?自分一人でなんでもできるから、私たちを頼らないのか?そんなに、私たちは信用できないか?」
顔を上げれば、目の前に真剣な表情で彼女の言葉を待つレオナ。
隣を見れば、ケイトはいつもの無表情だが、正直に応えろと少し圧を加えてくる。
3人しかいない部屋。
外の天気は相変わらずなのでここから出ることはできず、しばらくはここにいなければならない。
レオナの問いに、彼女は口を開こうとするが、また口を閉じて言葉を閉じ込める。
だがいつかは応えなければならないし、このまま気まずい空気を引きずり続けるのも良くない。
彼女は静かに話し始めた。
「それがないとは言いませんが、それだけじゃ、ないんです」
「じゃあ、どうして?」
レオナの表情が曇る。きっと、あなたがたが信用できないから、そんな最悪の答えを想像したに違いない。
気のせいか、ケイトの視線が少しきつくなった気がした。
「その、ものすごく単純なことなんですけど……」
2人は、黙って言葉をまった。
そして彼女の口から出てきたのは、思いもしない言葉だった。
「……人を、どう頼ればいいか、わからないんです」
その場に静寂が満ちた。
「……え?」
レオナはその言葉の意味が分からなかった。
「どう頼ればいいか?」
「わからない、と?」
彼女は頷いた。
戸惑うレオナは、彼女に聞き返す。
「だって、昔故郷のナガヤで一緒に飛んでいた人々だっているんだろ?その時みたいに」
「……一度もないんです」
「何がだ?」
「一緒に飛んでいる人を頼ったことなんて。一度もないんです」
彼女は飛び始めた当時のことを語り始めた。
彼女が飛び始めたのは、リノウチ空戦終結から間もなくのこと。
当時彼女は、故郷のナガヤ自警団の手伝いやナガヤ飛行機製作所の輸送機の用心棒を生業にしていた。
確かに、一緒に飛ぶ人々はいた。
だが、当時のナガヤはリノウチ空戦に雇われ飛行隊だけでなく、自警団の凄腕、中堅までも参戦。結果全員が帰ってこなかった。
そんなことがあったものだから、残されたパイロットは素人に毛が生えた程度の練度しかなかった。
ハルカの当時の技量は、その自警団員たちが束になってかかっても敵わないほどだった。
彼女はすでに当時から重要戦力として見られ、頼られることはあっても、誰かを頼ることはできなかった。
そしてウミワシ通商に入った際には、儲けを多くするために、一人で輸送船を襲撃し、仲間が離脱するまで一人で周辺警戒まで行うことになった。
金のために集まった集団だ。頼れるわけもない。
そうやって単身で多勢に無勢の戦いを幾度となく経験し、結果生まれたのが悪魔と呼ばれるほどの腕をもつパイロットだった。
「だから、私は誰かに頼られることはあっても、誰かを頼ったことなんて、ないから……」
「それで頼り方がわからない、と?」
ハルカは頷いた。
「じゃあハルカ、一つ確認したい」
レオナはあの時の質問を再びした。
「君にとって、コトブキは何だ?」
「一緒に飛んでくれる仲間のいる、大事な場所です」
よどみなく、彼女は応えた。
その内容に安堵する一方、やはり消えない疑問がある。
「そう思ってくれているなら、今回のアレシマのときといい、なぜ君は、何でも自分で解決しようとするんだ?何で、今でも危険にすすんで踏み込むんだ?」
彼女は、言いづらそうに言った。
「それは、この居場所を、無くしたくなかったから」
レオナとケイトは首を傾げる。
思い返せば、ハルカは色んなものを無くしすぎた。
父親と兄と姉はリノウチ空戦で戦死。残った家族だけでも守り切りたいと思ったが、空賊に殺されてしまった。
そして彼女が慕っていた祖父は行方不明。
彼女は、自身の生まれた家、家族という大事な居場所を失ってしまった。
悪魔といわれるほどの力を持ちながら、大事なものを救えず、皆手の平から零れ落ちた。
その後、ユーリア議員たちに雇われ、評議会護衛隊やコトブキ飛行隊と飛ぶことになった。
特に、コトブキ飛行隊はハルカと年が近い仲間と飛ぶことになる。
必死に空を翔け続けてきた彼女には、友達と言える存在はなく、ある意味そういった存在をコトブキ飛行隊で初めて知ることになった。
同じパンケーキ好きの同士の、キリエのような存在を。
だが、共に時間を過ごすほど、彼女には不安が増していく一方だった。
この場所を、いつか無くしてしまうのではないか、という不安に。
彼女は悩んだ末、その不安を打ち消すため、一つの方法を思いついた。
失うのが怖いなら、彼らを自分の手で守ればいい。
一見すると笑うほど単純な考えだが、ハルカは本気だったし、それができるだけの技量を持っていた。
彼女は、ただ今の居場所を守るために必死だったのだ。
それゆえ、彼女はどうしても進んで危険に脚を踏み入れるように、レオナたちからすると見えるようになった。
彼らに心配をかけているのはわかる。でも、彼女だってこの居場所を失いたくなかった。
死んだ家族の影に引きずられることがなくなった今でも、わが身を省みない飛び方を時としてするのは、そういうことだった。
「そういうことか……」
彼女の心情を初めて聞いたことで、レオナは少し疑問が氷解したのを感じる。
「凄腕の皆さんに、こんなこと思うのは失礼だってわかっています。……でも」
コトブキ飛行隊は、あのイケスカ動乱を戦い、生き延びた。
パイロットは皆凄腕で、守られなければならないほど弱い彼女たちではない。
「でも、無くしてから後悔するより、マシだと思って……」
レオナとケイトは、静かに彼女の言葉を聞く。
「結局、それはあなた方を信じていないことに他ならない。何で仲間を信じないのか?……それはただ、私が一人不安がっていただけなんです」
ふと、背中にかけていた毛布がはぎ取られる。
戸惑っていると、後ろから腕が回された。
「レオナ、さん?」
彼女は、後ろからレオナに抱きしめられていた。
「……ありがとう、ハルカ。コトブキを、大事な居場所だと思ってくれて」
彼女は優しい声で、耳元でささやいてくる。
「でも、仲間が大事なのは、私たちにとっても同じだ。君が危険にあってばかりなのに、私たちだけないなんて、それは不公平だ」
「……ですけど」
腕に力が込められ、背中に二つの大きな柔らかいものがあたる感触が伝わる。
「君に落とされた隊員がいるから不安なのかもしれないが、少しくらい、私たちを信じてくれてもいいんじゃないか?」
互いを信じ合う関係。それが、本来あるべき姿だろう。
誰かが全ての負担を背負うなど、それに反する。
「君がすすんで槍の切っ先になる必要はない。互いの背中を預け合う関係、くらいがいいと思う。仲間を信じることも、頼ることの第一歩だと思う」
「信頼関係なしに、依頼の遂行はできない。橘花を相手にしたときも含め、あなたが考えを明かしてくれていたら、ケイトも、レオナも、みんなも手を貸すことができた」
「……でも、私が考えた作戦が上手くいかず、もし、皆さんに何かあったら……」
「それが、橘花の時作戦を明かせなかった理由の一つか」
「心配しなくていい。コトブキには、お互い様ルールというものがある」
「お互い様ルール?」
ケイトが言う聞きなれない言葉に、彼女は首を傾げる。
「コトブキの隊長は私だが、大事なことはみんなで決める。その結果、失敗したとしても、みんなで決めたことだからお互い様、というルールだ」
まわされた腕に力が込められる。
「君は色んなものを失ってきたから、今の居場所を大事にしたいのはわかる。でも、君だけが片意地を張る必要はない。少しくらい私たちを、信じてくれないか?」
「あなたがケイトたちを大事に思ってくれているのはわかった。だが、今の行いを続けていけば、あなたはいつか自分を殺す。そうなったとき、あなたは守れたと満足かもしれないが、ケイトたちは一生後悔し続ける。その辛さは、あなたが一番よくわかっているはず」
ケイトの指摘に、彼女は言葉がでなかった。
「安心してほしい。コトブキは、ケイトのいうようにお互い様。みんなで決めたことなら悔いはないだろう?」
「……そう、ですね」
「君にとっては、慣れない事柄かもしれないが、君だってコトブキの一員なんだ。慣れて欲しい。その最初の段階として、私たちを信じてくれないか?」
「……はい」
彼女は頷いた。
「さて、それじゃあ嵐はしばらくやみそうにない。順番に見張りをしようか」
いうなり、ハルカは頭をレオナの太ももの上に固定される。
「何かあったら起こすから、君は寝るように」
「……でも」
「私の見張りじゃ不安か?」
まずは彼らを信じたらどうか、と言われた手前彼女は何も言えなかった。
「……わかりました」
間もなく、彼女は寝息を立て始めた。