荒野のコトブキ飛行隊 ~ 蒼翼の軌跡 ~   作:魚鷹0822

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人には誰しも好きなもの、嫌いなものがある。

例えばコトブキ飛行隊のキリエの場合、パンケーキが大好き。
では、嫌いなものは……。


おまけ短編:好きなものと嫌いなもの 前編

 どこまでも土色の荒野が広がる世界、イジツ。

 荒野の中で、オアシスのように点在する町や都市。

 その町の1つであるラハマ。

 規模としては大きくないものの、岩塩の交易で大きな利益を得ており、決して貧しい町ではない。それに、住民同士の仲が比較的良好であるため、平穏な町でもある。

 そんな町の中でも、人々による小競り合いというのは起こる。

「ぐぬぬ……」

「んぎぎぎぎ……」

 町の大通りで、2人の若い女性が歯を食いしばりながら何かをしている。

 一方の女性は、相方の片腕にしがみつき足に力を込めて地面を踏みしめ、少しずつ前に進みながら、相方をどこかへ引きずっていこうとしている。

 もう1人の女性は、腕にしがみついている女性に抵抗するように、腰を落として両足を突っ張り、ブーツのかかとを地面に食い込ませて前進を妨げている。

 片腕にしがみついている女性は、肩の下あたりまで伸びる黒髪の末端を白色のリボンでまとめ、パイロットが良く着る防寒用の茶色い上着を羽織り、裾の方に青いラインが入った白色のスカートを身に着けている。

 名をハルカという。

 彼女に抵抗している女性は、短く切りそろえられつつも豊かな黒髪をゆらし、赤いコートを羽織った女性。

 名をキリエという。

 2人とも、ラハマでは名の知れた戦闘機乗りだ。

 そんな2人が街中で、ハルカはキリエの腕をつかんでどこかへ引きずって行こうとし、キリエは抵抗している。

 そんな珍妙な光景を見て、住民たちは呆れ、微笑ましい、驚き、興味深々など色んな顔で見つめている。

「んぎぎぎぎぎ!キリエさん!いい加減あきらめてください!」

「ヤダ!」

「大体、なんでそんなに嫌がるんですか!大したことじゃないでしょう!」

「ヤダ!」

「マダムから再三注意されていたでしょう!それを無視してお小言もらう羽目になって。いい加減行きましょうよ!」

「ヤダ!」

 あきらめるよう促すハルカに対し、キリエはヤダを繰り返す。

「ハルカ離して!」

「離しませんよ!」

「じゃあ行ったことにしてよ!」

「そんな誤魔化しがマダムに通じるとでも!」

「同じ飛行隊のよしみでさ!」

「同僚だからこそ、ここは譲れません!」

「ハルカの頑固者!」

「キリエさんの分からず屋!」

 口で言い合いをしながらも、ハルカはキリエをつかむ手を緩めず、確実に一歩ずつ前進していく。

 彼女が地面を踏みしめ一歩一歩進むたび、キリエの履いているブーツのかかとが地面にめり込み、彼女を引きずった軌跡が地面に刻まれていく。

「あんまりわがまま言うなら、リリコさんやレオナさんに言って、パンケーキ抜きの刑にしてもらいますよ!」

「ヤダ!パンケーキがないと死んじゃう!」

「じゃあ抵抗なんてやめて、素直に行きましょうよ!」

「それもヤダ!」

「どっちかにしてください!」

 そんな痴話げんかのような珍妙な光景を、住民たちは微笑ましいものを見つめる目で見守る。

 なぜこのような状況になっているのか。

 事の始まりは十数分前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

「なんで呼ばれたか、わかっているわね?……キリエ」

 

 キリエが呼び出されたのは、少し高そうなソファーや家具に調度品が置かれた部屋。

そこは彼女が属する飛行隊、コトブキ飛行隊の雇い主であるオウニ商会の社長室。

 奥に置かれた椅子に座るのは、赤いドレスを着た余裕の笑みを浮かべる大人の女性。

 オウニ商会社長のマダム・ルゥルゥ。

 マダムは呆れている内心を隠そうともせずため息を吐きだし、額を左手で押さえながら直立不動で立つキリエに視線を向ける。

「その、呼びだされた心あたりが、ないんだけど」

 一瞬、マダムの表情が険しくなり、キリエは無意識に背筋を伸ばした。

 

「キリエ、あなた……、また健康診断を受診しなかったそうね」

 

 図星だったのか苦笑するキリエ。

 マダムがあきれ顔で言い放った。

「わずかな不調でも、大きな事故につながる。だから必ず受診しなさい。そういっているわよね?」

 少しの不調が、時に空戦で勝敗や生死を左右することがある。それに、瞬時の判断や警戒、上下左右に振られ、きついGがかかる空戦を日常にするパイロットは皆体や健康が資本だ。

 だから用心棒を生業にしている人々は、健康診断を必ず受診するのが普通になっている。

「そ、その~。行こうとは思っているんだけど」

「けど?」

 

 

「なぜか、病院に行こうと思っても、気づいたらパンケーキが目の前に……」

 

 

「……あなたが健康診断に行く日は、町長に頼んで飲食店を休みにしてもらおうかしらね」

「マダム、ごめんって!パンケーキがないと死んじゃう!」

 ため息を吐きだすマダム。

 キリエが健康診断の受診をさぼったのは、今回が初めてではない。

 マダムが予約を病院に入れておくのだが、いつも病院からキリエが時間になってもこないという連絡がくる。

 そのたびにキリエに行くよう注意するのだが、これがなかなか行かない。

 彼女にとって、町にいるときは緊張も和らぐ憩いの時間だ。

 空戦を日常にしているからこそ、最大限そういう時間を楽しみたいのは理解できる。

 でも、好きなものを好きなように食べるのがキリエという人物。

 これがケイトやレオナなら心配ない。彼らは、飛ぶための体づくりや日々の過ごし方を優先している。

 チカはまだ幼い、といったら本人はおこるだろうがむしろ栄養を取らないと体ができない。

 エンマは没落したとはいえ、元貴族。日々の過ごし方に心配はいらないだろう。

 ザラは酒については少々心配だ。

 今度レオナに言って、休肝日を作るよう助言してもらおうか。

 そして目の前の女性、キリエが最も心配だ。

 いくら空戦でのカロリー消費が多いパイロットとはいえ、摂取カロリーが高いパンケーキを毎日常人では考えられない枚数を胃の中に収める。

 パンケーキとカレーを交互に食べたり、パンケーキを主食におかずを食べるという、ザラ曰く人生に絶望したときにしか試したくない食べ方をする。

 そんな食生活をしているものだから、体に異常がないか心配になるというもの。

 もっとも、見た限りその栄養は彼女が心配するような場所、胸部のふくらみには行っていないようだが。

「……今日予約してあるから、今すぐ行ってきなさい」

「……は~い」

 返事はするものの、今まで健康診断をのらりくらりとかわし続けてきたキリエだ。

 ここで行けと言っても、絶対に行くという保証はない。

「ただし……」

 できれば強硬策は使いたくない。それでも、キリエの健康のため。マダムは自身にそう言い聞かせる。

「あなた1人じゃなくて、今日一緒に受診する子と行ってもらうわ」

「一緒に?」

 ふと、社長室のドアがノックされる。

「入って頂戴」

「失礼します」

 入ってきたのはマダムが新たに雇った用心棒、ハルカだった。

「マダム、およびでしょうか?」

「ええ。ユーリアから伝言よ。ずっと忙しい状態が続いているから、ラハマで休養するついでに健康診断を受けてきなさいって」

「そうなんですか?」

「ええ。病院には連絡してあるわ。ちょうど、キリエも今日受診するから、2人で行ってきなさい」

「わかりました」

 キリエ1人だとばっくれる可能性があるため、今都合よくラハマにいるパンケーキ好きの同志、ハルカを一緒に行かせることにしたのだ。

 彼女なら、きっとキリエが逃げ出そうとしても捕まえてくれるはずだ。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「はい。キリエさん、行きましょう」

「え、あ!ちょっと!」

 ハルカはキリエの手を引き、社長室を後にした。

「……でも、まだ不安ね」

 マダムは2人の姿を見送ったものの、それでも不安はぬぐえない。

 なにせ、キリエは再三の注意にも関わらず健康診断の受診をかわしてきた。

「念には念を、かしらね」

 マダムは電話を取り、彼女たちに連絡を入れた。

 

 

 

 

 という経緯があって、ハルカはキリエと共に病院に行くことになったのだが、マダムの懸念通り、キリエを病院に連れていくのは容易なことではなかった。

 オウニ商会の事務所を出たところで、「やっぱ行くの嫌」、とか言って逃げ出そうとするのをハルカは即座に手をつかんで阻止。

 その後の説得に応じることなく、その場から動こうともしなかったため、やむなく彼女を病院まで連れていく、もとい引きずっていくことになったのだ。

 オウニ商会事務所前からずっと引きずってきたので、地面にはキリエのブーツのかかとが地面をえぐった跡が続いている。

 そして街中に入ってもその様子は変わらず。むしろ病院が近づいているだけに抵抗は一層激しさを増している。

「嫌だ!ハルカ離して!」

「だから、ダメって言っているでしょう!」

 駄々をこねるキリエ、病院に連れていこうとするハルカ。

 お互いの主張は一向に変わらない。

 キリエの腕を握りなおし、再び病院へ脚を向ける。

「ぜえ、はあ……」

 だが、ハルカも少々きつくなってきた。

 いくら空戦のために日々体を鍛えているパイロットといえども、抵抗の激しい重量物を引きずるのは並大抵のことではない。

 この先もキリエを引きずっていては、流石に病院につく前にばててしまう。

 できればしたくなかったが、ここは強硬策を取ることにする。

「よいしょ!」

「わっ!」

 ハルカはキリエのお腹のあたりに抱き着くように両腕を回すと、米俵を担ぐように彼女を左肩に抱えあげた。

「ちょ!ハルカ!」

 脚が地面から離れてしまったキリエは、手足をばたつかせる。

 こんなことすれば、彼女が着ている赤いコートの中が見えてしまうが、幸いキリエはインナーを着ているから問題はない。

「じゃあ、このまま病院まで行きましょうね」

 ハルカはキリエの腰を抱え直し、脚を早める。

「この!離せ!離せ!」

 キリエは地面から足が離れてしまい、どれだけばたつかせようともむなしく宙をきるだけ。このままでは、確実に病院に連れていかれる未来しかない。

 なんとか到着を阻止すべく、キリエは抵抗を始める。

「この、この!」

 手始めに、キリエは目の前にあるハルカの背中をバシ、バシと両手でたたく。

 痛くないわけではないが、ハルカはその痛みに耐えつつ、目的地へと向かっていく。

「この!離して!」

 キリエは背中を叩くことに効果がないとわかると、次の行動に移る。

「……だったら」

 彼女はハルカの背中を叩くのをやめると、右手を伸ばす。

 伸ばした右手は、ハルカの背中の下、スカートの裾をつかむと勢いよく引き寄せ、腰の方向にめくりあげた。

「きゃあ!」

 お尻のあたりが急に涼しくなったことで、何をされたかハルカは瞬時に悟り、頬を赤く染め、お尻の側のスカートをつかんでいるキリエに手を伸ばす。

「させない!」

 キリエは右手でハルカのスカートをつかんだまま、左手で彼女の伸ばした手をつかんで妨害する。

 それでもこの状況を止めさせるべく、ハルカはキリエの手をつかもうと抵抗する。

「キリエさん、離してください!恥ずかしいですから!」

「じゃあ今すぐ私を解放して!」

「それはできません!」

「じゃあこのままパンツ丸見えでいいんだね!」

「いいわけないでしょう!?」

 キリエは自分を解放させるべく、ハルカが要求を呑むしかない状況を作ろうとしている。

「いつも下着ちらちら見せているくせに、今更何言っているのさ!」

「ザラさんほどじゃありません!なんにしても、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」

「じゃあ離せ!」

「ダメ!」

 お互い譲らず膠着状態が続く。

 そんな2人の様子を微笑ましい視線で眺めるもの、凝視するもの、そそくさとこの場をさるもの、カメラを構えるもの等色んな住民が周囲にはいた。

 状況は一進一退。いや、街中で恥ずかしい思いをしている分、ハルカが押されているというべきか。

 このままではお互い平行線だし、キリエを病院に連れていくという依頼も完遂できないし、何より恥ずかしい。

 

 ハルカは反攻作戦にでることにする。

 

「この!」

 彼女はキリエを左腕で抱えたまま、伸ばした右腕をひっこめ、キリエの脚のほうに伸ばす。

「いたあ!」

 キリエが思わず悲鳴を上げる。ハルカはキリエの太ももに手を伸ばし、太ももの内側を力いっぱい抓った。

 太ももの内側は、抓られるとかなり痛い部位の1つ。

 キリエがケイトのように、ズボンをはいていないのが幸いした。

「どうです、痛いでしょう!大人しく!」

「ならこっちはこうだ!」

 ふと、何かが破裂するような音と共に、お尻に衝撃が走った。

「痛い!」

 今度は、ハルカのお尻をバシバシ叩き始めた。

 ここまで抵抗するあたり、余程病院に行きたくないのか、力加減は一切ない。

 2人はお互い譲らず、空でやるドッグファイトならぬキャットファイトが行われる。

「ちょ!痛い、痛いですって!」

「じゃあ私を離して!健康診断にはいったことにしておいて!」

「だから、これはマダムの依頼で……、痛い!」

「私を解放してくれるまで止めないからね!」

「い、痛い痛い、痛い!」

 次第にお尻のあたりが赤くなりはじめ、痛みでハルカの瞳に涙が浮かび始めた。

 

「な、なんでそんなに嫌がるんですか!健康診断は大事なことでしょう!?」

 

「ハルカには理解できないんだよ!育ってほしい部分の数値が、一向に変わらない無情さを!」

 

「気にするところそこですか!?」

 

「お尻が順調に大きくなっているあなたに言われたくないよ!」

 

「往来で恥ずかしいこと口にしないでください!」

 

「体は色気出てきているくせに、下着はいつも同じ形で白とか全く色気ないね!」

 

「余計なお世話です!」

 

「だいたい、何で体に針刺さなくちゃいけないのさ!健康かどうか調べるために、なんで痛い思いしなくちゃいけないのさ!?」

 

「血液しらべたり予防接種するんですから、仕方がないでしょう!」

 

「嫌!痛い思いも、数値の無情さも嫌!何より、病院のあの独特の雰囲気が嫌!薬品の匂いとか、生と死の入り乱れる、あの清潔すぎで不気味な雰囲気」

 

「生死が交錯する空戦をやっている人が、今さら何言っているんですか!だからって行かないわけにはいかないでしょう!キリエさんのためなんですよ!」

 

「私のためを思うなら離して!」

 

 ついに、キリエは口をあけ、彼女のお尻にかみついた。

「いっ!!!!」

 突如襲った激痛に、声にならない悲鳴を上げたハルカは、そのまま地面に倒れこんだ。

 その瞬間、彼女の腕の拘束が緩んだのをキリエは見逃さない。

 

「やった!今のうち!」

 

 即座に立ち上がり、逃走をはかろうとするキリエ。駆け出そうとしたその瞬間、突如足が動かせなくなり、彼女は前のめりに倒れこんだ。

「ぐえ!」

 顔を地面にぶつけてしまったキリエは、鼻をさすりながら体を起こす。

「いたた、何これ!」

 キリエの両足首には、いつの間にか縄がまかれていた。

 彼女はその縄をほどこうと手を伸ばす。すると、輪っか状にされた縄がキリエのお腹あたりにかかったと思うと、次の瞬間に彼女を締め上げ、動けなくした。

「な、何々!?なにこれ!」

 

 

「逃げられるとでも思いました?」

 

 

 声の方向に視線を向ければ、痛むお尻をさすりながら縄の端を握っているハルカの姿があった。

 笑みを浮かべてはいるものの、お尻が痛むのか少々その笑顔は引きつっている。

「おじいちゃんから投げ縄を教えてもらっておいてよかった。逃げようとする獲物を捕まえるのはこれが一番ですね」

 彼女がやったのは、西部劇ではお決まりと言える方法、投げ縄。

 輪っか状にした縄を獲物に向かって投げ、締め上げて捕獲する方法だ。

 ハルカが飛行機の操縦だけでなく銃が扱えたり格闘戦ができたり、彼女のおじいちゃんは、本当に色んなことを教え込みすぎである。

 彼女はゆっくりとした足取りでキリエに近づくと、縄の余っている部分を使ってキリエの両腕と両足首を縛り、地面にころがす。

「……手間かけさせてくれましたね?」

 場違いな笑みを浮かべながら、縄で縛られて身動きできないキリエを見下ろす。

 笑みを浮かべるが、額には青筋がたっている。

 間違いなく怒っている。ものすごく怒っているのが見て取れる。

「あ、あのさ、ハルカ」

「なんですか?」

 このとき、キリエは何を言うべきかわからなかった。

 だが、ハルカが怒りながら縛られて身動きのできないキリエを見下ろす様は、さっそう捕食者とまな板の上の鯉である。

 何か言わなければならない。でなければ、このまま何をされるかわからない。

 キリエは、とりあえず目についたことを言った。

「そこに立つとさ……」

「……立つと?」

 

「……スカートの中、見えているよ?」

 

 地面に転がされているキリエが、仁王立ちしているハルカを間近で見上げれば当然だろう。

 当然なのだが、この状況で言うべき台詞ではない。

 そしていつものハルカなら、こういったセリフを言われると、スカートを両手で押さえて、頬を赤く染めつつ、小さな悲鳴を上げることだろう。

 そうやって隙ができれば、縄をほどくなり、切って逃走も可能だろうというのがキリエの算段だった。

 なのだが、このときは反応がいつもと異なっていた。

 彼女は、静かに防寒用の茶色い上着のポケットから布を取り出し、言った。

 

 

「……目隠しと猿ぐつわも必要みたいですね」

 

 

 彼女はキリエのそばにしゃがむと、手にしている白い布の一枚をキリエの口に噛ませつつ、手慣れた手つきで後頭部あたりでしっかり結んだ。

「ひゃ、ひゃひふふの!(な、何するの)」

「なんですか?何言っているかわかりませんね?」

 そして、今度は両目を覆うように布をかぶせると、同じく頭の後ろに結び目が来るようにしばる。

「むぐう!むぐう!はふはほほいて!(ハルカほどいて)」

 キリエを縛り終えると、彼女は周囲の住民たちに振り返る。

「皆さん、御見苦しいものを見せて、申し訳ありませんでした」

 彼女は住民たちに頭を下げた。

「その子の手綱握るのに、苦労しているみたいだね」

「ええ、まあ……」

「気にすることないぞ、嬢ちゃん」

「いい物見せてもらったしな」

「今すぐ記憶から消してください!」

「そりゃあ無理な相談だな」

 住民たちの間に笑いが木霊する。

 彼女はキリエに向きなおる。

 

「さて、それじゃあキリエさん。予定通り、病院へ向かいましょうね」

 

「ひひゃあ!はふはふふひて!(いやあ!ハルカ許して!)」

 

 キリエの願いなどどこ吹く風。ハルカは付近の住民に頭を下げた後、キリエを縛った縄の端を持ち、彼女を病院までずるずると引きずっていったのだった。

 

 後に病院に到着したとき、縛られたキリエを見て、受付の看護師が仰天したのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 縛られたキリエがハルカに引きずられていくのを見送ると、建物の角から3人の女性が姿を表した。

「キリエがここまで病院嫌いとはな……」

「ハルカさん、ちょっと気の毒ね……」

「ああ、キリエがあそこまで抵抗するとは……」

「でも、他のメンバーではここまでのことはできない。マダムの人選は正解だった」

 その状況を見ていたのは、鍛え上げられた肉体を持つ、赤い髪の凛々しい顔つきの女性。コトブキ飛行隊隊長のレオナ。

 優美なスタイルの女性、副隊長ザラ。

 銀色の髪を二つに分けた、いつもと寸分変わらない表情を浮かべる女性、ケイト。

 3人とも、マダムに頼まれ、キリエがさぼらないか見張りに来たのだった。

「……後でキリエには埋め合わせをさせよう」

 衆人環視の中、スカートをめくりあげられるは、お尻をバシバシ叩かれるは、嚙みつかれるは、挙句彼女が気にしている体格上のことを大声で叫ばれるは、散々だ。

 キリエに少し埋め合わせさせても、ばちはあたらないだろう。

「ところで、ケイト」

「何か?」

 副隊長のザラの視線は、ケイトが手にしているものに注がれている。

 

「あなた、なんでカメラを持っているの?」

 

 そう、3人の中で、なぜかケイトだけはカメラを手にしている。

「マダムに頼まれた。道中の様子と、キリエが病院にいったか証拠写真がほしい、と」

「道中?」

「ってことは……。ケイト、まさかさっきの様子は」

 ケイトは左手の五本の指のうち、親指だけを立て、残り4本を握りながら言った。

 

「大丈夫。ばっちり撮れている」

 

 レオナとザラはため息を吐きだした。

「……何か?」

「ケイト、その写真を見るのは……」

「マダムだけよね?」

「そうだが?」

「……すまない。ならいい」

 ということは、先ほどの一連の出来事は全てフィルムに焼き付けられているということだ。

 マダムが現像された写真を見たらどんな反応を示すか、レオナは少し心配になると同時に病院に向かったハルカに頭の中で謝罪した。

「まあいい。追いかけよう」

 3人は見つからない程度に隠れながら、キリエたちを追ったのだった。

 

 

 




短編ですが、前編と後編に分けます。

日常系の話を書いてみたくなり、勢いで書きました。

キリエがパンケーキ好きなのは周知の事実ですが、健康診断は
受けるのを忘れてマダムに怒られるあたり、何か嫌いな理由で
もあるのか。そんな所から生まれた話です。

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