そんな2人の前に現れたのは、買い物好きのアンナと
マリアだった。
何やら2人は、同じことを頭に思い浮かべているようで……。
「いた~!」
病院の出口から出て早々、腕を押さえながらキリエは不満を漏らす。
「もう、だから嫌だったのに!」
健康診断の途中、血液検査のための採血や、予防接種などを受けた際、キリエは腕に太い針を刺され、痛い痛いと泣き叫ぶはめになった。
これが、彼女が行きたがらなかった理由の1つだろう。
「それは仕方ないことでしょう?……というか、私キリエさんのせいでいらぬ恥をかくことになったんですけど?」
圧を加えた笑みでハルカは言う。
病院で健康診断を受けた2人だったが、下着姿になったとき、看護師の女性はハルカのお尻が赤く腫れていたことで、「随分親に怒られたみたいね。一体どんな悪さしたの?」、などとからかわれることになった。
無論、道中でのキリエとのキャットファイトの結果なのだが。
「そ、それは仕方がないじゃん」
「仕方がないわけないでしょう!大人しくしてくれれば、こんな痛い思いも恥ずかしい思いもしなくてすんだんですからね~」
ハルカはキリエの頬をつかんで、力を込めて引っ張る。
「わ、悪かったよ~、ごめんて~」
無言でハルカはキリエの頬を引っ張り続ける。
その様が、キリエにはこの上なく恐怖を与えた。
「キリエさんの体に異常がなかったのは幸いですが、あなたのためなんですから、次は大人しく受けてくださいね」
「ひゃ、ひゃい」
「もし次も逃げようとしたら、最初から縄で縛って引きずっていきますからね」
「ひいいいいいいい!」
「あれ、キリエにハルカさん?」
声の方向に振り返れば、そこにいたのは少し凛々しい表情をした長い赤髪の女性と、青みがかった髪の気の弱そうな女性。
羽衣丸操舵士のアンナとマリア。
時折、マリアからは変態な話題の提供を求められ、アンナはそんなマリアのブレーキ役として一緒にいることが多い。
今日は非番なのか、2人とも私服だ。それに買い物の途中なのだろう。彼女らの両腕にはいくつもの紙袋がぶら下がっている。
「キリエ、ようやく健康診断にいったの?」
「え、う、うん。……ようやく、ね」
「私が連れて行ったんです。……少々手こずりましたが」
「そうなんですか?でも、キリエほどの病院嫌いをどうやって?」
「……聞かないほうがいいですよ」
ふと、キリエはイタズラ心を顔ににじませる。
「ハルカはね、私を病院へ連れていくために、色んな代償を払ったんだよ!」
「代償?」
アンナが首をかしげる。
「そう、結構大きな代償をね」
「払わせたのはあなたでしょう!?」
「代償?……それって」
マリアが目を輝かせる。
「変態!?変態な話題ですか?」
話題に乗っかったマリアに、キリエは振り向く。
「ある意味変態な話題かもね。だって、ハルカって時折下着ちらちら見せているけど、今回は」
ふと、ハルカがキリエの左肩をがっしりとつかんだ。
「キリエさん……。それ以上言ったら、全身の穴という穴すべてに隙間なくパンケーキを詰め込みますよ?」
彼女の浮かべる圧を込めた笑みに、キリエはたじろぐ。
「うぐっ!で、でもパンケーキといっしょに死ねるなら、悪くないかも」
「……だめだこりゃ」
キリエの度を越したパンケーキ愛に、ハルカは項垂れる。
「さて、健康診断も終わったことですし、事務所に戻りましょう」
「え!いやいや、ここからが食べ歩きという本題なんだって!」
「マダムへの報告が先です。帰るまでが健康診断ですよ」
そういって、再びハルカはキリエを引きずっていこうとする。
キリエを、オウニ商会の事務所へ引きずっていこうとするハルカ。
そんな2人の光景を、アンナとマリアは眺める。
「ねえ、マリア」
「うん、アンナ。多分、同じこと考えている」
2人が見つめるのは、ハルカの短めのスカートから伸びる程よい肉付きの太もも、キリエをつかむ細腕、大きめの胸とお尻。その間にある括れた腰。
そんな彼女の体格を見た2人は、あることを思いつく。
幸いというべきか、病院のある場所はラハマの中心街。
色んな日用品が売られている店が、規模は小さいがある。
アンナとマリアは左右から接近し、ハルカの両腕にしがみついた。
「え?」
何事かと、彼女はアンナとマリアを見つめる。
「あ、あの……」
戸惑う彼女をよそに、2人は笑顔を浮かべる。
「ハルカさん」
「おしゃれに興味ないですか?」
「おしゃれって……」
「いつもと違う服を着てみるとか」
「いつもは履かない靴をはくとか」
「……私はしがない飛行機乗りですから、操縦の邪魔になると困りますし。何より、これが護衛隊での制服なので」
「でも、今日は非番で、今はオウニ商会にいるんですよね?」
「少しくらいおしゃれに挑戦してみません?」
「別に、私は今の服で……」
「折角いいものをお持ちなんですから!」
「活かさないと勿体ないですよ!」
「いいものって……」
なんのことを言っているのだろうか、彼女は頭に疑問符を浮かべる。
彼女だって年頃の女性だ。無論おしゃれに興味がないわけではない。
時折ユーリア議員に、もう少しおしゃれに興味を持ったらどうだと言われはするものの、ハルカは護衛隊員。
おしゃれより、議員の警護を優先しなければならない。それに、何から始めればいいかわからないというのもある。
ハルカは10歳を過ぎたころに戦闘機に乗り、戦いの空をかけるようになった。
用心棒の仕事がない日は、馴染みのナガヤ飛行機製作所で飛行機の製造や整備、修理でお金を稼いでいたので、おしゃれなど無縁。
硝煙の香りに油汚れ、体にかかるGや、生と死が交錯する緊張感が当たり前の日常。
今着ている服装だって、母親が彼女に似合うからと買ってくれたものだ。
おしゃれなど関わりなく生きてきているし、これからだってきっとそうだろう。
「いいじゃん。折角2人が誘ってくれているんだからさぁ~」
キリエが笑顔で誘いに乗るよう促す。
「いえ、別に私は……」
「いいじゃん、折角色気出てきているのに、色気ない下着やら服装から変わるかもよ?」
「それは余計なお世話です!」
「というわけで!」
「行きましょう!」
アンナとマリアはハルカを引きずって、手近な服屋に入ろうとする。
「ちょ!ま!キリエさん!」
「ハルカ~、頑張れ~」
無情にもキリエは彼女に手をふる。
先ほど、無理やり病院に連れて行ったことの報復だろう。
今度はハルカが手を引かれ、ずるずる引きずられていくしかなかった。
店に入ってからしばらく……。
「おお、これ似合う~!」
「次、これ!これにしよう!」
ハルカはテンションの上がったアンナとマリアに着せ替え人形にされていた。
「色々着てもらったけど……」
「やっぱり、これだね!」
試着室のカーテンを開けた向こうには、慣れない服装に戸惑うハルカがいた。
いつものパイロット時の服装とは違い、かなりラフな格好になっている。
彼女が着ているのは、襟付きの白いワンピース。腰のあたりはベルトが巻かれ、裾は彼女の膝より少し上くらいまでとなっている。
裾や襟には、彼女が日ごろ履いているスカートのように青色の細いラインが描かれている。
見た目はシンプルだが、彼女の体格がよくわかる。
そして彼女が履く靴はいつものブーツではなく、マリアが見繕ってきたサンダル。
配色は白が主体とシンプルだが。彼女の体格の良さに加え、綺麗な黒髪も相まってかなり美人に見える。
暑い時期にひまわり畑のそばにいたら似合いそうだと、アンナとマリアは思う。
「でも、どこかまだ子供っぽさが……」
アンナはどこか不満げだ。
「もういいでしょう!落ち着かないですよこの格好!」
「あ、これじゃない?」
いいながら、キリエはハルカが黒髪をまとめている白いリボンをほどいた。
一瞬、彼女の髪が流れる。わずかなことであるが、綺麗な黒い髪の毛が流れるその様は、彼女をいつもに比べ大人っぽく見せる。
「おおおおお!」
「私たちの目に狂いはなかった!」
喜ぶアンナとマリアだが、ハルカの顔は赤くなっていく一方だ。
「もう十分でしょう!服を返してくださいよ!」
「あ、ハルカさんの服はクリーニングに出しちゃいましたよ」
「なっ!それじゃあ……」
「しばらくその格好で居てくださいね、因みに、その服は私とマリアで折半して会計すませてあります。私たちからのささやかな贈り物、受け取ってくれますよね~?」
「変態な話題を提供してくれたお礼です。受け取ってくれますよね~?」
アンナとマリアの圧をまとった笑顔で迫られ、言い返せなかった。
「うう~」
服屋を出てからというもの、ハルカは隠れるようにキリエの背中にしがみついて離れない。
「あのさ、ハルカ~」
「だって~」
いつもは平然としていて、格闘戦で下着が見えようが平気な彼女がすっかり縮こまっている。
「ハルカさん、そんなんじゃ」
「折角の美人が勿体ないですよ~」
「美人じゃないですよ~」
と言いながらも、すれ違う男性たちは彼女を視線で追っている。
彼女は、自分の魅力に全く気付いていない。
「ハルカ~。別に変な格好しているわけじゃないんだからさ~。もう少し胸張って歩いたら?」
「だって、こんな服着たことないから、落ち着かなくて」
「いつもと変わらないじゃん?というか、むしろいつものスカートの方が丈短いじゃん」
「あれは着なれているから平気なんですよ!」
「じゃあ、下着見られるのも平気なんだね?」
「それは平気じゃないです!」
病院へ引きずっていったお返しと言わんばかりに、キリエの報復が始まる。
ふと、キリエのお腹から虫が鳴った。
「はあ~、お腹すいた。健康診断のせいでパンケーキが食べれなかったもんな~」
「じゃあ、手近なお店に入ろう」
「いいね。入ろう入ろう」
またもハルカを引きずりながら、4人は手近なお店に入った。
「なんだか、事態が思わぬ方向にいっているんだが……」
建物の影から顔を出したのは、マダムからキリエの見張りを頼まれたレオナ、ザラ、ケイトの3人だ。
本来なら、キリエは健康診断を終えたら事務所へ帰還。
それによって、マダムの依頼は終わるはずだった。
はずなのだが、なぜかアンナとマリアに引きずられて思わぬ方向に転んでいる。
「まあ、これもありなんじゃないかしら?ハルカさん、素材はいいけどそういったことに疎いみたいだし」
「素材というと、何か食べ物のように聞こえるんだが……」
「だが、普段見られない彼女を見られたのは収穫。貴重な写真がとれた」
ケイトの言う通り、彼らがしっているのはいつもの服装を着ているハルカだけだ。
彼女が服装を変えないのは、彼女がおしゃれに疎いことや、議員の護衛という立場ゆえいつでも動けるようにというためだ。
「ところで、ケイト」
「何か?」
「確認だが、その写真を見るのは、マダムだけだよな?」
「……無論」
もしこの写真が流出しようものなら、ハルカが恥ずかしがることは想像に難くない。
レオナも、普段着ない服に着替えた彼女の姿を見て、一瞬来るものがあった。
「乗りかかった船だ。顛末まで見届けるとしよう」
レオナたちは、再び彼女たちを追うのであった。
「あ~、おいしい」
目の前には、ガラス容器に入れられた緑色の液体に浮かぶアイスクリーム。
それに舌鼓をうつアンナとマリア。
「うんま~!やっぱパンケーキが最高!」
そして、いつものパンケーキに破顔するキリエ。
ハルカの前にもマリアたちと同じもの、クリームソーダが置かれている。
「たまにはパンケーキ以外も試したらどうですか?」
「アンナさん、マリアさん……」
彼女は静かに言った。
「どういうつもりなんですか?私を着せ替え人形にしたと思ったら、今度は別の所へ引っ張って行って」
2人は顔を見合わせた後、再び彼女に向きなおる。
「前々から思っていたんです」
「ハルカさんて、おしゃれしたら」
「どんな風になるのかなって」
「……どんなって」
見ての通りだというしかない。特に驚くこともないだろうから、やるだけ無駄では。そんな考えが頭の中に浮かぶ。
「あ~、今こんなこと無駄だ、とか思っていますね?」
アンナが、人差し指をハルカの額に突きつける。
「じゃあお聞きしますけど、ハルカさんの好きなことってなんですか?」
「……好きなこと?」
「そうです!例えば、私なら鞄を買い集めることが好き。マリアなら靴を買い集めることが好き、キリエなら、食べ歩きが好き!」
「私はパンケーキが好きなんだけど……」
「ではお聞きします。ハルカさんの好きなことは、何ですか?」
そういわれて、彼女は応えに窮した。
頭の中に、何も思い浮かばなかった。
昔はあったような気がするが、いつしかそんなもの無くなり、愛機のレイと飛ぶことが全てになっていた。
「じゃあ質問を変えましょう。休み時間はどんなことしているんですか?」
マリアが問う。
「休み時間……。レイの整備とか、ユーリア議員のもとにいるときは図書館にいって空戦や法律の本を読んだりとか」
その答えを聞いて、マリアとアンナだけでなく、キリエまで呆れたような顔になった。
「それって……」
「仕事じゃないですか?」
「うん、仕事だね」
「他には……、ぼ~っとしている、とか」
「それってケイトとおなじ」
「同じね」
「時間の無駄だね」
「いや、空戦で緊張するから、気を抜けるときに気を抜くことも大事なわけで」
「「「全部結局仕事じゃないですか!!!」」」
3人から一斉に声を銃撃のように浴び、彼女はたじろいだ。
「それはダメです!仕事に関係したこと以外に、何か楽しみを作らないと」
「そんなものなくても……」
「ダメです!」
「そうですよ!ハルカさんは、日常の中に、何か執着するものとかないんですか!?」
「そっか。ないから死にたがりみたいな行動ができるんだね」
「だって、私は用心棒ですよ。いつ死ぬかわからないのに、そんな」
「「「死んだらダメ!」」」
またも三方向からの銃撃に会う。
「いえ、でも可能性は……」
「考えるの禁止!」
「そうです!折角変態な話題が聞けるようになったのに!」
「マリア、あんたは少し静かにしていて頂戴……」
マリアを静かにさせると、アンナとキリエが向きなおる。
「確かにさ、ハルカの言っていることは間違ってないよ。用心棒はいつ死ぬかわからない。でも、だからってそのことばかり考えていたら、何もできないよ」
「ですけど、色んなことに手を出したら、死に際に後悔が残って……」
アンナとキリエはため息を吐きだした。
まだ20歳だというのに、そんなことを考えている彼女に。
もっとも、仕方がない面もある。彼女は少し前まで、本気で死に場所を探していたのだから。
「だからって何もしなければ、それこそ、色んなことしたかったって、死に際に後悔するんじゃないですか?」
「それは……」
「それに、コトブキ飛行隊の皆さんを見てください。みんな何かしら楽しみを持っているじゃないですか?」
レオナは筋トレが趣味だし、ザラは酒を飲むこと。
エンマは紅茶を嗜むこと。ケイトとチカは、ジャンルは違うが読書。
キリエは食べ歩き。
では、ハルカは何だろうか。
「そういえば……」
「そういう個人的な楽しみがあるから、仕事が上手くいったり、張り合いが出ると思うんです」
「仕事は大事ですけど、それ一色の人生なんて、なんか味気ないじゃないですか。絶望的」
「だからさ、何か楽しみを作って、人生を彩ることも、日常を楽しむことも必要なんじゃないかなって思う。ハルカって、日常に執着なさそうだから」
言い返せず、ハルカは黙り込んだ。
「まあ色々言いましたけど、普段着ない服を着たり」
「サンダルや鞄を身に着けたり」
「食べ物を食べたり」
「そんな所から、まず始めたらどう?」
「……そう、ですね」
彼らの言っていることは間違っていない。
そうやって、やり残したことをやるために、また楽しい時間を過ごすために、人は日常を守りたい、日常へ帰ってきたいと思うのかもしれない。
何もないハルカは、そう推測した。
「さて、パンケーキもいいですけど」
「暑い時期なので、クリームソーダなんてどうですか?早く食べないと、溶けちゃいますよ」
「とはいうものの……」
目の前に置かれたガラス容器を満たす緑色の液体に浮かぶアイスを、少し長めのスプーンでつつくも、アイスは沈んで浮いてを繰り返すばかりでスプーンから逃げてしまう。
「これ、どう食べればいいんですか?」
そんな光景に、アンナ、マリア、キリエは微笑ましい視線を送る。
「ハルカさんて、仕事の合間にお菓子食べたりしないんですか?」
「しますよ」
「どんな?」
「……お茶とお煎餅」
「「「じじ臭い!」」」
「じじ臭いとはなんですか!おいしいじゃありませんか!」
「あなたはナツオ班長ですか!」
「……なぜ班長?」
「見た目は幼女、中身は親父だからです!」
納得できてしまうも、それもつかの間。咄嗟に周囲を見渡した。幸い、件のナツオ班長はいないようだ。
「それが好きなのは結構ですけど、食わず嫌いはよくないですよ」
「そうですよ。色々試してみましょうよ」
「はあ……」
ぐいぐい攻めてくるアンナとマリアに、ハルカはたじろぐ。
「それでクリームソーダですけど、まずはジュースを飲む方がいいですよ」
「そしてある程度減らしたら、アイスを食べるとこぼしませんよ」
物は試しで、言われた通りにしてみる。
アイスが大分とけていたせいか、味がまろやかになっていて飲みやすい。
「……おいしい」
「でしょ!?」
「折角生きているんですから!」
「楽しまないと損ですよ!」
「……なんか話が大きくなっているような」
でも、あながち間違いではないかもしれない。
死に場所を探すのはやめ、これからも生きると決めたのだから、何か楽しみを見つけるのもいいかもしれない。
何より、楽しく日々を過ごさない彼女を、先に逝ってしまった家族が望むはずもないのだから。
「でも、そうかもしれませんね」
「そうでしょ!そうでしょ!」
「ですから、ハルカさん!」
アンナとマリアが顔を近づけてきた。
「今日は一日」
「付き合ってもらいますからね」
「……断るという選択肢は?」
「「無理」」
「……ですよね」
その後、ハルカはアンナ、マリアに散々町中を引き回されることになったという。
「よく撮れているわね」
社長室で1人写真を眺めるのは、オウニ商会社長のマダム・ルゥルゥ。
彼女が眺めているのは、先日頼んでおいたケイトがカメラで撮影した写真。
キリエとハルカのキャットファイトから始まり、アンナとマリアに出会ってからの買い物や食べ歩きも含めて、全て写真に収められていた。
その中で1枚、マダムはハルカが白いワンピースに着替えさせられた写真を手にする。
「中々貴重な一枚ね。あの2人を行かせて正解だったわ」
実のところ、アンナとマリアに病院前でキリエとハルカが出会ったのは偶然ではなかった。
2人はマダムと、ユーリア議員の依頼半分、アンナとマリアの興味半分で動いていたのだ。
ユーリア議員には気になることがあった。
それは、ハルカに与えている部屋の殺風景さだ。
ガドールで一応個室は与えているものの、中はまだ荷ほどきがされていない少ない荷物に、ベッドに机に姿見と収納庫という最低限のものが置かれているだけ。
そんな風景に、ユーリア議員はハルカがいついなくなってもいいようにと準備しているように見えてならなかった。
おまけに、彼女は休暇の日に買い物や個人的な楽しみに興じるわけでもない。
そんな行動がユーリア議員には、日常に何も執着がないように見えて仕方がなかった。
そこで彼女は考えた。
オウニ商会の中でも、買い物好きとパンケーキ好きに、彼女を町へ連れて行かせようと。
結果として、この人選は間違っておらず、事は上手く運んだ。
ふと、社長室の電話がなった。
「もしもし……」
『ルゥルゥ』
声の主はユーリアだとマダムは察した。
『この写真は、一体……』
「別に、今回のあなたの依頼の中で撮れたものよ」
マダムは、ケイトが撮った写真から何枚かを焼き増しし、ユーリアのもとへ送っていた。
主に、食べ歩きや買い物に連れ歩かれている部分を。
なお、キャットファイトの部分も数枚ほど混ぜてある。
『そう……』
「もしかして、まだ何枚か欲しい?」
『……ええ、言い値で買うわ。頼める?』
「勿論。でも、高いわよ?」
『構わないわ』
即決の返事をするユーリアに、マダムはくすくすと笑う。
きっと、ユーリアも見たことのない希少な瞬間だったのだろう。
『それから案内役と写真を撮った子たちにも報酬を払うわ。まとめて請求して頂戴』
「わかった。にしても、あの子に随分入れ込んでいるのね」
『……そうね。できれば、この写真に写っている普段は見れない彼女の姿を、直に見たいと思う程度にはね』
マダムは笑みを浮かべる。
これでは、娘に可愛い服を着せたいと思う母親のようだ。
もっとも、ユーリアの気持ちもマダムはわかった。
写真に写る白いワンピースを着て、おしゃれをしたハルカは、異性なら一瞥せずにはいられないほどに綺麗だ。
それだけに、この姿を見られない彼女の亡くなった家族が残念でならない。
『彼女の新たな一面が見られてよかったわ。付き合ってくれた子たちに、ありがとうって伝えて頂戴』
「わかったわ。それじゃあ、準備ができたら、また連絡するわ」
マダムは必要な枚数を聞き取ると、電話を切った。
「……凄い数ね」
ユーリアから告げられた写真の枚数に、マダムは驚いた。
恐らくユーリア個人だけでなく、彼女の護衛隊に属する人間の分も含めた数なのだろう。
一枚の値段を設定し、総額がいくらになるか簡単に計算すると、マダムは思わず笑みを浮かべる。
そして、再び写真の中の彼女に視線を向ける。
初めてオウニ商会で仕事をしたときはエンマと険悪の仲になり、亡くなった家族に引きずられて死に場所を求めた彼女。
それが、今はこうやって年の近い仲間と仕事以外で交流し、笑みを浮かべるほどになっている。
マダムは可愛い小鳥の変化に笑みを浮かべつつ、部屋をあとにした。
後日、ハルカの写真をユーリアに売って得た代金からアンナやマリア、ケイトたちに報酬が支払われたが、その額に彼らは目を丸くし、一部の者たちはすぐさま町へ繰り出しって言ったという。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
今回は、キリエの健康診断嫌いと、ハルカの好きなものって何だろう。
そんな所から生まれた話になります。
本筋の話からそれて、中編、短編という投稿ばかりですが、
本筋の話は現在執筆中です。
また不定期更新になりますが、お付き合い頂けたら幸いです。