ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
「以上トナリマス」
「うむ、ご苦労だったコキュートス。蜥蜴人の統治は順調だな」
玉座の間にてコキュートスの報告を聞き終わったアインズ。傍らにいつも控えているアルベドはデミウルゴス、パンドラズ・アクターと会議中にて珍しく不在。代わりにセバスが控えている。
これはアインズ自身がコキュートスとしっかりコミュニケーションを取りたいという意図あってのこと。
半ば無理だろうなと思いながらもアルベドへと言ってみればすんなりと頷かれ驚いたのはついさっき。
ロコモコより事前にアルベドへと一対一に限りなく近い少人数で会う事による関係性の強化について伝えられていたためだ。
アルベドは説かれた当初そりゃもう反対した、反対したが続いたロコモコの言葉。
――これを許可しておけば、自分の番……アルベドとモモンガさん二人っきりでお話する場を設ける布石になるぞ?
との言に、くふりと頷いた。
支配者、というよりは上位者が下位とされるものと会う時の場とは重要だ。
守護者揃って会う場合は守護者としての役割を強く感じさせ、個と言うよりは複数そのうちの一人を意識させるものになるが、こういった個と個で会う場合はその意味を為さないまでいかずとも限りなく薄くする。
守護者の一人ではなく、コキュートスの言を聞きたいのだと示す事ができる。
何よりこうしてほぼ一対一で会うという大きな意味として。
お前を信頼しているからこそ一対一で話すことに不安を覚えていない。
という信頼を示しているのだ。
それはコキュートスがたった今強く実感し、至上の喜びに震えていることで証明されている。
「さて、信賞必罰は世の常。良い仕事には褒美が必要だ。コキュートス、何か望むものはあるか?」
「ホ、褒美ナドト!!」
堪らぬとコキュートスの目は回った、衝撃に星さえ見えた。
喜びへ更に重ねられた畏れ多い言葉。コキュートスはまさに今死んでもいいどころか、この幸せの中で死ねるならどれほどかとすら思う。
「なに、遠慮はいらない。私を狭量な主とさせないためにも何か考えてくれ」
卑怯な言い方だ。
その言葉はコキュートスに思い浮かばなかったが、逃げ道を塞がれた事は認識できた。
こういった言い方はアインズ自身、ロコモコを参考に魔王ムーブへと活かしているその一部。
「デハ……ロコモコ様ノ、強サニツイテ伺イタク存ジマス」
「む? ロコモコさんの?」
「ハイ」
活かしているからこそコキュートスの頭に過ぎったロコモコの影。
「デミウルゴスカラソノ一部ハ聞イテハオリマス。私ニ対シテ、手合ワセトハイエ完勝サレタ。イエ、マサニ至高ノ御方ダカラコソデハアリマスガ」
「なるほど、皆まで言わなくて良い。手合わせの件は聞いている、結果から学びたいのだな? 褒美としてそれを願わなくても良いと言うのに」
「未ダ私ハアノ敗北ノ理由ヲ分析デキテオリマセヌ。意思ノ力ヲ理解ハ出来マシタ、実感モ。シカシ、ソレダケガ完敗ノ理由デハナイヨウニオモウノデス。ソノ理由ヲ自身デ解キ明カセヌ事、オ許シクダサイ」
コキュートスの言葉に深く頷いたアインズ。
その成長へ大きく感心したのだ、純粋に、裏表なく。
「お前の全てを許そうコキュートス。そしてその姿勢、まさにナザリック守護者に相応しく思うと共に感謝する」
「トン――イエ、身ニ余ル光栄デス」
一瞬アインズの言葉を受け取れず否定の言葉を返そうとしてしまうが、素直に拝諾した。
まだまだ至らぬ自身ではあるが、いずれアインズが感謝するといっているコキュートス像へ至ってみせるとの意気によりだ。
「よし。コキュートス、ロコモコさんのメイン職業は知っているな?」
「アイテムスミス、デゴザイマスネ」
「そうだ。生産職をメインにしつつ、情報収集を行う為に有用な魔法、スキルを取得し、攻撃能力は必要最低限と言ったビルド。言ってしまえば戦闘には全く向いていない人だ」
情報収集を考えなければ間違いなくルーンスミスまで取っていただろう、レベル上限の兼ね合いもあり断念したが。
そんな戦闘に不向きな相手へ完敗したという事実に少し落ち込む様子をみせるコキュートスだが。
「それでも、だ。コキュートス。ロコモコさんはな、あのたっち・みーさんから絶対に相手したくないと言われた人でもある」
「――ナント」
たっち・みーの強さはコキュートスだけならずナザリック全ての存在が正しく理解している。
それだけにそんな人が相手にしたくないと言うところが想像できない。
セバスにしても珍しく顔に驚きを表し、アインズの続く言葉へ集中しはじめた。
「実際に戦えば間違いなくたっち・みーさんが勝つだろうがな。それに集団戦と言った場合でもさほど力を発揮するタイプじゃない。だが、言うなればロコモコさんは一対一に強い。一時期タイマン最強説も浮上していたほどだ」
「……」
コキュートスの脳裏に蘇るロコモコとの手合わせ。
何をしても勝てないと思わされたあの姿。
「コキュートス。ロコモコさんと戦って、怖いと思わなかったか?」
「ッ! ……マサニ」
ビクリと身体が震えた。
その通りだった、打つ手返す手、全てが通らないと思わされたあの戦い。
「あの人はな、戦う相手の思考を制限する」
「制限、デゴザイマスカ?」
語るアインズが何処と無く楽しげに見えるのはコキュートスの気の所為ではない。
楽しいのだ、まさしくモモンガは楽しかった。仲間の武勇を語ることが出来て。それはまるで秘密の宝物を自慢するかのような。
「これなら大丈夫、絶対に通るはずだ。という自信を砕かれ、これなら大丈夫だろうかという疑問手をも封じられ……最後には何をすれば良いのかわからなくなる。いや、正しく言うのならばこれもダメに決まっていると思い込まされてしまうのだ」
アインズの言葉は正しかった。
コキュートスが戦っていた際の思考推移、まるで経験したことのあるかのようにそのまま口にされたのだから。
「ロコモコさんは、一言で言ってしまえば型にハマれば無類の強さを誇る、限られた点数の中でこうなってしまえば戦えると言ったビルドにしていた」
「自分ノ型ヘトハメル能力ニ秀デテイル……トイウコトデスネ?」
その通りとアインズは満足そうに頷く。
何よりもアインズ・ウール・ゴウンらしいキャラビルドだと言うのに、ある一面においてガチだったロコモコの設定。
思う壺ほど相手にしていて楽なものはない。ある意味、絶対的な力の差以上に有利を築ける。
そこまでに導くロコモコの瞬発的思考力、そして実行力と狙いを表に出さない胆力。
それを前提に置かなければ戦えないスタイルであった。
(ナルホド……アル意味私ハ自爆シテイタノカ)
疑心暗鬼、焦り、不安。
今冷静に考えれば戦闘中にあってはならない感情を抱えていたと思い返すことができたコキュートス。
「ロコモコさんに勝つためには最大前提条件として互いに初見であることが必要だ。無論大きなステータス差……いや、力量差が無いとした上で」
「オ互イノ手札ガ不透明デアルコトガ必須トイウコトデスネ。ソノ上デ、様子見ヲ介サズ自身最大ノ攻撃デ突破スルコトガ最適解」
再び頷くアインズ。
コキュートスの言う通りであった。
戦闘時間が長くなれば長くなるほどロコモコは相手の表情、力量等を推し量り対策を講じてくる。
思考時間を与えず、破れかぶれの一撃が通る事を祈る。それこそが対ロコモコ戦のキモだった。
「私自身、生産職は戦闘に向かない、出来ないものと言う認識があった。あったが、ロコモコさんが簡単に覆した。彼の創造生産物による相手の攻撃を無効化、あるいは防ぎながらの戦闘技術は、かつてのユグドラシルであっても再現出来る存在は、いても少数だろう」
「ナルホド……私ガ完敗シタ理由、ヨク理解デキマシタ。感謝、申シ上ゲマス」
「いや何、私もかつてを思い出すことが出来て嬉しかった。こちらこそ感謝しよう、出来ればロコモコさんの戦闘映像を見ながら解説とまで洒落込みたかったが……ふむ、今手が空いていないか聞いてみるか」
「ソ、ソノヨウナコトマデ! ロ、ロコモコ様ニゴ迷惑ガ!」
口ではそういうものの、アインズの言葉は魅力的過ぎた。
ナザリック絶対の支配者自らの解説、それもただ守護者一人のためだけに。
その事実ですら目が眩む思いなのだ、だと言うのに内容が今何より望んでいる強さへの模索、その一回答。
とは言えコキュートスは内心、ロコモコは断るだろうとも思っていた。
戦闘技術など言ってしまえば秘中の秘。一部かも知れないが明かすなんていう弱点を晒すことなんてと。
だが。
爛々と伝言をロコモコと繋げたらしいアインズの口からでた言葉は。
「喜べコキュートス。今丁度人間へ手ほどきをするところだったそうだ。それでよければ見てくれと」
人目の無い路地裏。
そこにフードを被ったままのロコモコと、言われた通り自身が及ぶ範囲、最大限の情報を集め渡したクライムが居た。
真剣な表情で剣を構えるクライムに対して、未だにロコモコは驚きが抜けきらない。
(まさかこれほどの情報が手に入るとは、な)
手にした情報。
渡してきたクライムに後ろめたいと言った様子はない、真っ当にこの程度なら大丈夫と確信しているようにすら感じる。だと言うのに情報の深度が深すぎた。
明らかに一兵士が集めるに及び得る範囲じゃない。
ましてやこの短期間、言い下してから一週間も経過していないのだ、ありえないと断言していい。
(いや、ともあれちゃんと契約は履行しないとな。モモンガさんの伝言の件もあるし)
文字解読のメガネを外して、クライムへと視線を向けるロコモコ。
持ってきた情報に応じて対価、それに応じてどれほどの手ほどきをするか決めるとは言っていた。
その通りにするのなら、これは最大限のお返しをしなければならない。
契約は契約。
そこを違えることは許されない、何よりロコモコの矜持故に。
「よし、クライム。ちょっと手合わせから始めようか」
「はい!」
クライムの剣を握る拳に力が入る。
強者であることは理解できていた、冒険者で言うなら金級に届くかどうかという自分では届き得ないほどの。
しかしながら最近ガゼフ・ストロノーフより受けた指導。
流石に彼程では無いだろう、ありえないと思いながら――一歩、踏み込もうとした。
「――え?」
「うん、まぁこんな感じか。ほら、次行くぞ? 剣拾ってこいよ」
遅れて聞こえてきた地面へと持っていた剣が転がる音。
何が起こったのか理解できず、ロコモコの言葉が聞こえはしても頭に入ってこない。
「あれ? どっか怪我したか?」
「い、いえ! すいません! すぐに!」
我に返り慌てて剣を拾い構え直すクライム。
何があったのか、何をされたのか。頭には疑問が駆け巡る。
「人間……だけじゃないが、理解が出来ないものは怖いもんだ、わからないことってのは怖い。故に理解できるよう目を凝らす……そしてその受けの姿勢こそ、最大の隙」
「え、あ――」
転がっていた石を投げつけられた。辛うじてクライムが認識できたのはそれだけ。
気づけば背後に回られ、首に短剣を添えられている。
「な? 最大の隙だろ?」
「は、はは……」
一瞬だけ向けられた鋭利な殺意。
すぐにそれは霧散されたが、背筋の震えは収まってくれない。
次元が違う。
クライムは理解した。
これはガゼフ・ストロノーフが至っている場所とは全く違う頂だと。
「さて、それじゃあ攻め手を見せてくれよ。今度はちゃんと攻撃させてやるから」
「っ――はい!」
一瞬プライドを刺激されたがすぐに諌めたクライム。
これほどの相手には、もう出会えないかも知れないと強く強く思ったのだ。
ならばこの機会を逃してはならない、強くなるためそして主である黄金のため。
「はぁっ!!」
「うんうん、気合いの乗った良い攻撃だ」
初撃に全力を振るったつもりだった。
しかしそれを簡単に避けられる。
「うぉおおおお!! っ!?」
「はい、そこで熱くならない。足元掬われる……いや、掬われただろ?」
二撃目へ移る際、言葉通り足を引っ掛けられ地面に伏せてしまうクライム。
受け身なんて取れない、いや取ることを許されなかった、そういうタイミングだった。
「初撃から全力ってのは買いだ。だが落ち着け、心は熱く、頭は冷静にだ」
「心は熱く、頭は冷静に……」
ロコモコの言葉を反芻する。
一撃目を簡単に避けられたことでムキになった、なりそうになったところを狙われたのだ。
冷静になる必要性が嫌でも理解できる。
「はい、次」
「お願いします!」
繰り広げられるのは遊戯。
傍から見れば喜劇とも捉えかねられない内容で、間違っても訓練などとは思えないだろう。
何かクライムがアクションを起こせばその次には地面に転がっているクライム。
まるで決められているかのようにころころ、ころころと。
しかし、
「よし、止め」
「はぁっ……はぁっ……」
正当な対価をと始まった手ほどきではあるが、クライムの真っ直ぐな向上心とも言うべき心を素直にロコモコは内心称賛していた。
故に。
「クライム。次で最後の手ほどきだ」
「は、い」
雰囲気が一つ重いものになった。
息も絶え絶えであるクライムだが、その雰囲気をしっかりと感じ呼吸を整える。
「次で最後、だが。ここで止めたほうがいいと一応言っておく。次はお前次第ではあるが、死ぬ可能性がある」
「……」
死なせるには惜しい、いや違う。
人間であることが惜しい。
そう、打算なく思ったロコモコ。
才能は無い。心はあれど、高みに至る可能性は絶望的。
命を賭して、壁を超えたとしても……何の意味もないのかも知れない。ここでクライムが死んでも、何一つ心をロコモコは動かさない。
だから事前に言ったのはサービス。
僅かに残っているロコモコの人間性が口を動かした。
「それでも、やるか?」
「はい。男、ですから」
覚悟を決めた一人の男。
それを前にしてロコモコは気持ちよく笑みを浮かべることが出来た。
「その意気や吉。じゃ……死ね」
「――」
ロコモコの殺意を乗せた一撃。
その様はこの光景を見ているセバスやコキュートスの身体を一瞬強張らせた後、立ちあがらせる程。
ただの人間であれば、簡単にショック死するだろうその一撃をクライムは。
「……お見事さん」
「ハ、ハハ……」
生を持って乗り越えた。