ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜   作:失望されないルプスレギナ

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ドア越しの思戦

 路地裏を歩くルプスレギナの目は鋭い。

 前を歩く男は一定の警戒をしながらもその鋭利な視線に気づかない。

 

 ――こいつだ、こいつを尾行し、辿り着いた先を調べろ。

 

 ロコモコはルプスレギナへそう下した。

 姿を不可視化し、気配を殺し命令を遂行せんとする姿は闇の狼。

 

 ソリュシャンではなく、ルプスレギナ。

 選ばれたのは役割分担上、身軽であるという理由があったが、ルプスレギナはそう捉えなかった。

 

 今の仕事は誰にでも出来る。

 ソリュシャンの従者として振る舞い、間抜けを装う仕事はそう思えるものだった。

 自身の有用性を示すに不十分であると、不敬は承知で考えていたところ。

 

 故に今こそが切所。

 

 ここで最大以上の成果をロコモコへと捧げるのだと、ルプスレギナは自身へ固く誓っている。

 本来の気質、全てを抑え込み、必ずと。

 

 何より本来この作戦はロコモコが行うべきものだった。

 予想される難易度と言った意味も含めて、ルプスレギナがこなせるかどうかの見通しが立たなかった。

 しかし、ロコモコがクライムを通して入手した情報。

 その裏取り、発信源を突き止めるべくロコモコは今、クライムを尾行している。

 

 ソリュシャンの能力もまた確か。

 しかしルプスレギナにソリュシャン程の演技力はない。

 だからこそソリュシャンは屋敷から動けない。

 

(私しか、出来ないこと。私に、出来ること。必ず、示し捧げるっす)

 

 ソリュシャンもルプスレギナも、ロコモコの副官という地位を心底欲している。

 だがその理由、内訳は違う。

 

 ソリュシャンはロコモコへ忠誠を捧げることが認められた存在になりたいという思いが強い。

 自分の忠誠を捧げ、受け取ってもらい認められる。

 一番初めという優越感を感じたいと言う欲望があることは否定できないが、ソリュシャンをきっかけに多くの者達の忠誠を受け取って欲しいという気持ちは確かとソリュシャンにある。

 

 対してルプスレギナ。

 

 ルプスレギナはロコモコから必要と思われる存在になりたいと思っていた。

 畏れ多いのは確か、ご寵愛をなんてとんでもない。ナザリックの為に、アインズの為にという気持ちも確かにある。

 しかしそれ以上にただただ支えたいのだ、ロコモコを。

 自分という存在に心を安らげて欲しいのだ、何処までも自分を責めているだろう彼の心を癒やしたい。

 

 だからこそ、ロコモコの隣が欲しいのだ。

 それは副官でなくとも、彼に侍る愛玩具、愛犬といった存在であっても構わない。

 

 自身の考えと、ソリュシャンの考え。どちらが従者としてあるべき姿なのかはルプスレギナに判断は出来なかった。

 ナザリック、プレアデスが一人ルプスレギナという存在は今の彼女に無く。ここにはただただロコモコの安寧を望む女がいる。

 

(間違ってる……っすよね。けど、私は……!)

 

 そこまで考えて頭を振る。

 目標が周りを見渡した後、一つの家屋へと入っていった。

 

 そそくさと中に入ろうとする、先程まで自分の要望を聞いていた商人然とした男。

 滑り込むように、自分の身を躍らせ共に中へと入ってみれば。

 

(臭いっす! うえぇ……)

 

 特段香が焚かれているというわけではない。

 しかしルプスレギナは臭いと感じた。

 

 それもそうだろう。

 

「コッコドール様、どうやらアレは間違いなくあそこに」

 

「なるほどねん。よくやったわ、ご褒美は期待していいわよん」

 

 あまりに下衆にして下等と言わざるを得ない欲望の香りが充満していたのだから。

 

 コッコドールと呼ばれた男に対して屋敷の間取り等やツアレの居場所と思われる場所を挙げていく男。

 ロコモコが商人達の行動を制限しなかった理由はエサとした存在に気づかせるため。

 

(流石ロコモコ様っす……っすが、これをどう活かすんすかね)

 

 続く会話を頭に入れながら、ルプスレギナは思考する。

 

(そのまま考えるなら……敢えてエサを奪還させる、んすかね?)

 

 しかし二人の会話に奪還といった言葉は出ない。

 存在していることに間違いがないということを入念に確認している様子。

 

(こいつらが何らかのアクションを仕掛けてくるのは間違いなさそうっすね……いや、そう言えば)

 

 思い出すのは楽しくなれるものが欲しいと言った時のこと。

 返ってきた言葉は何か。

 

(確か、男の趣味……)

 

 思わず殺してしまおうかと手を振るうことを必死に我慢した言葉。

 

 ――あなたに侍るに足る男をご用意出来ます。

 

 思い上がりも甚だしい、ナザリックの宝である自身を飾ることが出来る人間などいるわけがないと。

 身震いすらしたのだ、ならばと仮に用意させて周りに侍る人間の男を想像して。

 

(それは今関係ないっすね。えっと、つまりこいつらはそういう人間を用意する力があるってことっすね)

 

 もう一度頭を振って、集中し直す。

 

「金策も出来そうだし、ゼロの手を借りようかしらん? そうね、そうすればあの屋敷の女達も手に入りそうねん」

 

「その時はあのメイドを是非私に」

 

(――)

 

 続いた商人の男の言葉。

 聞き終わると同時に手が奔った。

 

(とま――れっ!!)

 

 荒い息をつきながら、その手をもう片方の手で抑え込む。

 奇跡と言っていいだろう、止まることが出来たのは。

 そして幸運と言うべきなのは、不可視化が解けてしまう条件を満たさなかったこと。

 

(はぁっ! はぁっ! こい、つ……! 絶対、絶対コロス!)

 

 視線で殺せたのならと願わずにはいられない。

 思い上がりどころではない、存在を許してはいけない。

 

(私の全てはロコモコ様のモノだと言うのに――!! って、あ……そっか。そうなんすね)

 

 まさに心のメスが出たルプスレギナ。

 だからこそ気づいた。

 

(あぁ、なんて畏れ多いんすか私。私は――)

 

 欲望渦巻き悪臭漂う中で、ルプスレギナもまた自身の欲望を正しく認識した。

 

(ロコモコ様を、愛したい)

 

 

 

 ヴァランシア宮殿。

 ロコモコもまた最大限の警戒を持って侵入した。尤も、その警戒心は完全不可知化だけで足るものであったと実感して拍子抜けしてしまったが。

 

(王、王族住まう場所にしてはあまりにもザル過ぎる)

 

 いや、ザルと感じてしまうがここ王国であって最大級の警戒態勢が敷かれている場所に足る警備ではあるのだ。ただナザリック、いやユグドラシルの力を看破する程ではないだけの話。

 

 中に入っていくクライムの足取りに迷いは無い。

 つまり、何度もここに訪れているということ。言い換えるのであれば訪れることを許されているということ。

 

(なるほどね、ただの一兵卒って認識が間違ってたか)

 

 兵士という立場に違いはないのだろう、しかし同時に宮殿の誰かを守る親衛兵でもあるのだ。

 当然のようにクライムの姿を見れば頭を下げるメイドもいる。

 

「……なんで、平民風情に」

 

 当ててんのよ! もとい聞こえるようにしてんのよ! だろうか。

 うちのメイド達の爪垢でも煎じて飲ませたいと思うロコモコだが、そもそも爪垢すら見逃さないだろうと気付き、宮殿メイド達の質を哀れんだ。

 

(王の価値、その低さの証明、か)

 

 権威とは衣の上に着るものである。

 そして衣とは身の回り全てを指す、当然妻であったり子供もそうだし、兵士やメイドに至るまでの全てが王の衣なのだ。

 

 特にメイドと言った様な存在は衣の価値を如実に示す。

 

(まぁ、街の様子と合わせて考えても……無能と言わざるを得ないな)

 

 ナザリックで先程悪態をついたメイドのような者がいれば。

 

(やめとこ)

 

 考えることを止めて、警戒心を戻し集中してクライムをつける。

 そうすること少し、ある扉の前でクライムは足を止めた。

 手の甲を扉に向けて、ノックをしようとしたのだろうそれは扉に当たる前で止められ、扉をクライムは開いた。

 

 今のやり取りの意味はロコモコにいまいちよくわからなかったが、クライムと同時に入室は出来ず閉まったドア近くの壁に背を預け耳を澄ませる。

 

「クライム」

 

「失礼いたしますラナー様」

 

 さて、ここで一つロコモコの思考を超えることがあった。

 宮殿に部屋がある以上高貴な存在がこの部屋の中にいることはわかる。

 情報をクライムに渡した人間であるかはまだ分からない、国にとってある程度重要な人間に間違いはないと思っていたが。

 

(ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ……まさかの第三王女様かよ)

 

 王女の部屋へノックすらせず入室したクライムの姿。

 中から聞こえるクライムの声色はやや硬いものではあったが、敬愛等ある種の親しみが含まれているし、ラナーにしても声から窺える感情は親愛。

 

(ったく、とんでもない尻尾掴んじまってたな)

 

 中から聞こえる会話は、ラナーの純粋にクライムを慮っているのだろう内容に、照れたように言葉を詰まらせながらも返事をするクライム。

 わざわざリスクを承知でこんな所まで潜入したというのに、なんだこの甘酸っぱ劇はとロコモコの顔は引き攣りもする。

 

 しかし。

 

「それにしてもアインドラ様達は大丈夫でしょうか?」

 

「娼館襲撃計画の事? 大丈夫、慎重に慎重を重ねるだろうし、まだ場所を突き止められてないわ。見つかったその場で突入なんてラキュースはしないと思う。それに、保険も出来たでしょう?」

 

「そのことですが、やはり……」

 

「クライムが強いと言った人だもの、きっと上手く協力できると思うの!」

 

 ラナーがクライムに情報を託した人間であることは理解できた。

 

(やり手、だな)

 

 保険という言葉は失言だったのだろう。ラナーにとってではなく、クライムに対しての。

 ラキュース達が失敗したとしてもロコモコ達が達成するだろうという意味合いだったものを、協力を得られるかもしれない相手を得られたという意味へ自然に変えた。

 

 言い変える前の言葉こそがラナーの本質だろうとロコモコは考える。

 しかしながら、クライムに対してその本質を気取られたくないとも。

 

(本質が冷酷……いや、王の器、あるいは執政者の鏡。少なくとも誰かの上に立つものに足ると言うべきであるのなら。慎重を期すだろうという言葉も一部偽りかもしれない。むしろ捨て駒上等、失敗しても構わないと思っているかもしれないな。ラキュースってのは蒼の薔薇のリーダーだったか、その面を知ってるのか知らずに利用されているのかが気になるところだが……クライムに対しては、まだわからんな)

 

 ロコモコがラナーの人物像を分析している中。

 ラナーもまた、自分に(・・・)アクションをかけてきた者を分析していた。

 

 王女様のお気に入り。クライムがラナーと近しく親しい存在である事実は、妬みの色を大きく含みながらも宮殿内や王国兵士に広まっている事実だ。

 

 だがクライムへ本気で情報をくれと言う人間はいない。

 持っているものは国を、あるいはラナー自身を揺るがすといった大したものではないし、ラナーに向ける忠誠心や敬愛もまた大きく知れ渡っていることから無駄と判断されている。

 

 それを知った上でクライムにアクションをかけるということはすなわち、ラナーにアクションを掛けてきたということだと認識していた。

 ましてやクライムが報告してきた手合わせの内容。

 ガゼフに稽古をつけてもらった時の尊敬や憧れを多く含んだものとはまた違う、ある種の畏怖を交えながらの報告。

 

 想像し得ない力を有している相手。

 数多の断片的な情報を事実へと結びつける事はずっと行ってきた。さらに最愛のクライムだ、誰よりも多く深く接してきた相手の感情を違えるわけもない。

 だからこそ、そうだとラナーは結論付けた。

 

 故にラナーはどう転んでも利が舞い込むように仕掛けた。

 他にも知っている事があると匂わせ、開示してもいいが、して欲しければこの問題をどうにかしてみろと。

 愚策である事はわかっている、相手の不興を買うかもしれないことさえ承知。それでもこの方法しか無かった。

 

 全ては彼女が思う理想郷を手に入れるために。

 

 ロコモコとラナー、二人の思索は絡み合う。

 ロコモコは先手を取られたと思っていたが、ラナーは取らざるを得なかった。

 しかし二人は今こそが始まりだと言う確信を持ち、思案に暮れる。

 

 部屋の前に来た一人のメイドが扉をノックした。

 その響きをもって、二人の前哨戦は始まりを告げる。

 

 そんな中、ロコモコへとルプスレギナより伝言が届く。

 

『ロコモコ様、ご報告がございます』

 

『ルプス? わかった、こっちも切り上げるところだ、屋敷で落ち合おう』

 

『いえ、恐らく緊急です。戻られるのであれば、私も戻りますので道中にて』

 

『……よし、ならば――』

 

 

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