ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
「あな、たは……」
「ナザリック、プレアデスが一人、ソリュシャン・イプシロン。慈悲深きロコモコ様に感謝なさい、これより私があなたの警護に付きます」
連れてこられたのは何処にあったのか大きな部屋。
ツアレにそう告げたソリュシャンの姿はメイド然というには物騒に感じるものではあったが従者を示していて、時折見かけるお嬢様らしい雰囲気からは全く想像がつかないもの。
「あ、の……」
「口を開くことを許した覚えはありません、これから起こることに対してもまた同じです。黙ってそこへ居るように」
温度を感じないその言葉にツアレは今のソリュシャンこそが本当の顔だと直感した。
自分の事をなんとも思っていない、恐らくロコモコの言葉さえなければこうして側に居られることすらないだろうと。
「……」
湧き上がる恐怖が口から出ないよう固く結び、ツアレは身を縮める。
ここに連れてこられてから……いや、助けられてからというもの、まさしく空気の様な存在として扱われていた。
不定期的に屋敷を歩けと言われるも、基本的にそういった指示がなければ部屋から出ることは許されなかったし、何かをさせられることもなかった。
居るか居ないのかわからない、まるで透明な置物。
それでも、今まで受けていた扱いを思い出せば遥かに天国だった。
痛い思いも苦しい思いもしなくてすんだし、ただただ空虚な時間に身を任せるだけで生を繋ぐことが出来る。
だからこそソリュシャンが言ったように、ロコモコは慈悲深いのだろう。その面を見られることは無かったが。
「来ますね」
「――え?」
片目に手を当てていたソリュシャンが小さく呟いた、それと同時に。
――どさり。
「ひっ!?」
「もう忘れたの? 黙りなさい。……それにしても、流石はロコモコ様、見事なお点前でございます」
何もない空間が一瞬揺らぎ、そこから降ってきた一人の男。
それにはツアレも見覚えがあった、なにせかつての
「これはこれは……先程ぶりでございますが、ようこそおいで下さいました」
「ひっ……!? な、何だ!? ここはあの屋敷か!? き、貴様! これは一体どういうことだ! このようなことをして――!」
「――黙れ」
ツアレは小さく息を飲んだ。
男を見て仕事の時を思い出したからではない。
「ロコモコ様への無礼に過ぎる態度、言葉……全て許せない。万死に値すると知りなさい」
「あ……ぐ……!」
冷たく昏いソリュシャンの瞳。
まさしく絶対零度を思わせる雰囲気に息を飲んだ。
「ですが私はメイド……許しもなく殺してはいけない身。我らが主は慈悲深く、死が許可されるまでの間、楽しみを許してくださっています」
ツアレにしてもはや意味がわからなかった。
先程までの空気をかき消し、漂う雰囲気は妖しく、ソリュシャンは身を纏うメイド服の一部を開ける。
「あ……あ……」
「私で楽しみたかったのでしょう? それは私もです、是非……あなたで楽しみたいと思っていました」
吐息に熱が帯びる。
混乱しているのはスタッファンとて同じだ、わけがわからない。
急に何者かがお楽しみ最中に乗り込んできたと思えば景色は一転し、目の前には情欲を覚えた存在がいて自分を誘っている。
今いる所は白昼夢か、それとも別の幻か。
「けひ、けひひ……そうか、そうであったか」
この場で自分を突き動かすものは本能。
わからない、わからないが自分のオスは目の前のメスを欲している。
メスもまた同じなのだ、オスを欲しこうして身へ誘おうとしているのだ。
ならば。
「――な、あ!?」
「あはぁ……」
伸ばした手がソリュシャンの身体へ沈んだ。
ソリュシャンの顔に浮かんだ三日月はその深さを増して、更に更にもっと奥へとその手を、腕を導いてゆく。
「さぁ、楽しみましょう?」
「う、あ……うあああぁぁぁぁあああああ!?」
絶対的強者であり捕食者。
ツアレの目に映るソリュシャンは、まさにその存在で。
本来であれば、この光景を見て真っ先に悲鳴を上げていただろう自分はなぜ目を釘付けにしたまま動かないのか。
それはソリュシャンが一人を飲み込み切り、新たなナニカが部屋へと落ちてきても、わからないままだった。
「どういうことだ! 何が起こっている!? 相手は一体誰だ!?」
「そ、それが俺達にもまだ良くわからないんです! コッコドールの娼館が襲撃されました! 相手の身元もまだわかっていません! それで――けひゅっ」
八本指、警備部門長ゼロ。
コッコドールからの依頼を受け、サキュロントへスタッファンの付き添いを命じていた彼もまた近い場所に留まっていた。
そのゼロの前へ慌てた様子で報告に来た部下は、ただ事じゃないという漠然とした三つの回答をした瞬間に身を爆ぜさせた。
びちゃびちゃと肉片が床に落ち、その一部がゼロが座っていたイスの前にまで飛び散る。
「……ボス」
「ああ。どういう仕掛けかわからないが、これは宣戦布告だろう。すぐにでもやってくるぞ」
間を置かず、六腕と呼ばれる人間――一人はアンデッドだが――たちがサキュロントを除いて姿を現し、部屋に緊張感を齎せる。
サキュロントは上手くやったはずだった、その報告を別の人間からついさっき受けたばかりだ。
屋敷の主は人はお人好し、王国の
「清濁併せ呑む……まさか、付け入られる事を想定していた?」
他の動き、嗅ぎ回っていた蒼の薔薇とてまだ何も掴めていないはずで、今こうしてコトを構える相手はいない。
つまり動けるとすれば、この屋敷の手のもの以外にない。
「馬鹿な……いくらなんでも早すぎる」
浮かんだ考えを振り払うゼロ。
王都での動きは表も裏も把握している、あの屋敷の者達とていわば新参だ。八本指という裏組織があることに気づけても尻尾を掴むまでに至るはずもない。それは自分たちのネットワークからも結論が出ている。
「ボス、とりあえず」
「あぁ、警戒態勢だ。何人かは他の部門長へ連絡を」
「わかりました。なら俺が――」
ぐしゃり。
俺が行くと答えようとしたのだろうその言葉は、文字通り潰された。
「あーあー、どうなろうと汚いっすねー人間って。やっぱ玩具にすらしたくないっす」
「な――」
「なにもんだっ!!」
唐突に何も無かった空間から現れた姿はメイド、のような服を着て、聖印を象ったような巨大な武器を持つ赤髪の女。
頬に浴びた返り血を指で拭い、うわばっちぃと拭っている。
「――ナザリック、プレアデスが一人、ルプスレギナ・ベータ。覚え……なくていいっす。とりあえずあんたがボスっすか、それ以外は邪魔なんで殺し――黙らせちゃうっすね」
不意に美しさすら感じる畏まりを見せ、人懐っこいと言うべきか笑顔を浮かべた後、指をパチリと鳴らし。
「
「うぐぉおおおお!?」
部屋の中に火柱を顕現させた。
「ってあー、ちょっと派手すぎたっすかね? うー……怒られちゃうっす」
「き、さ、まぁああああ!!」
六腕が炎に巻かれる中、ゼロのみが一歩を踏み出し身を包む炎をかき消した。
顔に示すは憤怒。
未だに理解は及ばない、しかし目の前に立つ女は間違いなく自分の敵だと認識は出来た。
「あちゃー……ちょっと
「ふんっ! 貴様が何者かは知らんがオレの強さは理解できたようだな!? だが後悔しても遅い! 貴様は今ここで殺す!」
事実として、ルプスレギナとゼロの相性は悪い。
ゼロの実力はアダマンタイト級冒険者に届くと言われているもので、この世界にとって強者に違いない。
見た目から推測するにしても己の身体を武器とした接近戦を得意としているだろうゼロは、支援をメインとするルプスレギナに取って分が悪い相手でもあった。
だが、ルプスレギナが言った面倒臭さはそういうことじゃない。
「一応言っておくっすけど……頭、下げたほうがいいっすよ?」
「何を寝ぼけたことを――かはっ」
ルプスレギナは構えることもなく、ただその場へ傅いた。
理解できないその姿に一瞬動揺するも、ゼロは腕を大きく振りかぶりルプスレギナへと突貫――しようとした。
「ほーら、だから言ったっすのに。……ロコモコ様、お見事でございます」
「良いって。とりあえずここの火消して次行くぞ」
「はいっ!」
倒れたゼロ、火に巻かれたままだった他の六腕は辛うじて生きているだろうか焦げた身体のまま、ソリュシャンが笑顔を浮かべて待っているだろう場所へと送られた。
「クライム?」
ロコモコ達による犯罪組織への襲撃から一夜明け、再びの夜。
ラキュース達の捜索も実らず、どうしたものかと思案に暮れるラナーの部屋。
そのドアが
「なるほど、やっぱりノックしないことが符丁だったわけだ」
「……あなたは」
開かれたドアの先には誰いなかった。そしてドアが閉じられた時に現れた。
「はじめまして、ラナー王女。
「はぁ……なるほど、どうやら私は負けてしまったようですね。どうぞ、立ち話も落ち着きません、こちらに」
空間を塗り替え、満足気な笑みを浮かべた人間……いや、頭から獣の耳を生やした男を見て、ラナーは自身の敗北を悟った。
「犯罪組織……いえ、八本指は?」
「さて、どう考えられますか?」
イスへと腰掛けたロコモコを前に、まずはどれ程の敗北かを知るためラナーは問う。
しかしながら疑問へ疑問を返されてしまった、それはつまり。
「完敗、ですか」
「こちらからすれば辛勝と言ったところですが」
お手上げだった。
現にまだラナーの元へ八本指が壊滅したとも失踪したとも、何も報せが届いていない。
これは何一つラナーが欲しいと思っていた材料が不確定であるということの証明。
「……」
じとりとロコモコへ視線を投げてみても、ニコニコと笑顔のまま何も話さない。
つまりこれは勝者と敗者を決定づけるための邂逅、上下関係を示し改める機会だとラナーは認識した。
「私に捧げられるものは多くありません。あなたの望みは何でしょうか?」
「あなたの望みを知ること」
そうしてラナーは屈服した。
わかった、わかってしまった。
これは何よりも悪質な強請りだと。
「酷い人ですね、あなたは。それをエサに私を使い続けるつもりですか」
「まさに」
ロコモコの言葉は少ない。
これは意図的にそうしていることでもあった、ラナー程の叡智を自分は持ち合わせていないと正しく認識しているが故に、余計なことを口にすればそこから突破口を作り出されてしまうからと。
同時にラナーもその意図を感じ取った。
だからこそ、抵抗は無駄であると実感した。この場で出来ることはロコモコが言うように自分の望み、欲望を伝えることしかない。
そうして何かに使われるのだろう、使われていく中でなんとか突破口を探すしか無いのだと。
「一人の男を手に入れたいのです」
「クライムですか」
ラナーは静かに頷いた。
クライムを手に入れたい、その首に輪をかけ、一生手元で飼っておきたいのだと。
純粋な瞳で、何よりも歪な
「先程王女は捧げられるものが多くないと言いましたが」
「ええ、本当に多くありませんよ?」
笑ってラナーは言う。
真実何も無かった、手にしているものは多くの情報。
しかし、恐らく八本指を手中に置いているだろうロコモコが得られるだろうものでもあった。
それでも提供できる情報があるとすれば、王国にある派閥抗争についてのものくらい。
「自身の願いを叶えるために、この国を売れますか?」
「――」
ラナーの瞳から光が消えた。
即答できる問いだった、もしもクライムと小さな箱庭を築くことが出来るのであれば全てを捨てることなんて容易に過ぎる。
しかし即答しなかったのは、ロコモコの言葉があまりにも軽かったから。
「……」
じっとラナーは改めてロコモコを観察する。そしてそれをロコモコは許した。
八本指をどうにかしたこと、宮殿に容易く単身乗り込んできたこと。
間違いなく疑いようもない実力者だ、それこそ自分が、世界が想像出来ないほどの。
その観察結果に基づくならば。
「あなたは、この国なんて容易く滅ぼせるのでしょうね。八本指をどうにかしたようにか、それ以上に」
ラナーの言葉にロコモコは反応しない。
しかし内心で頷いていた。極論、アインズが絶望のオーラを発動しながら街を歩くだけで滅ぼせるのだ。
ロコモコにそれほどの力は無いが、同じ結果を齎すことにさほどの時間を要しない。
敢えて言うのならば残虐な手を使うことになるだろう、自身の力がそれほどでもない故に。
「お答えします。願いのためになら、全てを捨てられます。尤も、元より価値を感じたことはありませんが」
「よろしい」
笑顔のままラナーの答えに頷くロコモコ、そしてそのまま立ち上がる。
「王女、これは契約だ。あんたの望みを叶えよう、そしてその代わりに国を捧げるんだ」
悪魔の契約。
その言葉がラナーの頭に過ぎったが。
「畏まりました」
その場に、初めて王女は傅くという行為をした。
王国はナザリックの貯金箱に。
ゲヘナは延期、あるいは中止となりました。