ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜   作:失望されないルプスレギナ

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ルプスレギナのある一日

 愛咬、と呼ばれる愛情表現がある。

 馬で言うのならば仲間の身体を前歯で軽く咬み、親愛の情を示す行為。サルでいうところの、蚤取りに近い行為だ。

 

 人間であっても似たような事をする。

 それはたとえば相手の身体につけるキスマークが愛咬と言えるし、食べちゃいたい位に可愛いなんて言葉も人間に残った野性的な本能の一部による欲求であると言える。

 

 ではナザリックにおける人狼(ルプスレギナ)という異形種であればどうなのか。

 

「……おはようございますっす、ロコモコさん」

 

 同じ布団で眠り、起きる。

 こうするようになってからしばらくの間はロコモコが先に起きていたが、今ではルプスレギナの方が早い。

 というのもこうして、未だに面と向かってロコモコさんと敬称を変えて呼べない彼女が生み出した苦肉の案で、寝ている相手なら言えると気付いてから先に起きるようになった。

 

「すー……」

 

 尤も、それだけが理由ではないのだが。

 こうして寝顔を堪能してから、いつものメイド服を着る。

 この一連の流れがルプスレギナにとって、幸せだからというのがまず一つ。

 

「……うー」

 

 ただあまり顔を見続けてしまうのも彼女にとっては問題で。

 昨晩つけられた咬痕が疼き出してしまい、もう一度同じ布団へ潜り込みたくなってしまう。

 

 疼きをなぞってしまえば身体は簡単に熱を思い出してしまうし、心做しか呼吸が早くなる。

 熱い視線でロコモコを見てしまえば、自分がロコモコへつけた咬痕へと視線が流れてしまうし、無意識にそこへと指が伸びてしまう。

 

「だめっす……支度しなくちゃっす」

 

 ロコモコより早く起きるようになった理由は数多くあるが、完璧に身支度を整えた自分を見て欲しいという気持ちもあって。

 自分を見て美しいとも可愛いとも思ってほしいし、何なら言葉で言って欲しい。

 

 ロコモコは結ばれる前に自分が望むような者じゃないかも知れないと言った。

 それはルプスレギナ自身も自分に対して思っていたことだ。

 

 ロコモコに求められる様な者では無いかも知れない、それでも彼を愛したいと生まれた欲求は止められなかった。

 だからこそ常に自分を磨き続け必要とされ続ける自分でいようと固く誓ったのだ。

 真の意味で御方のためになら何でも出来る、どんなものにもなってみせると。

 

 同時にお互いがそう思っていたとわかって喜びも覚えた。

 お互いがお互いの為に努力し合う関係。

 畏れ多い気持ちも勿論強いが、何より御方の力になれると実感して。

 

 自分の魅力を増せば、それに応えようと彼は更に自身を磨く。

 彼の魅力が増せば、自分は増した彼に相応しいものになろうと自分を磨く。まさに好循環。

 

 こんなになってしまった自分を少し前の自分が見ればどう思うだろうか。

 ロコモコの帰還が無いまま時を過ごしていたならどうだっただろうか。

 

「ふふ、きっと笑っちゃうっすよね」

 

 そんな確信がある。

 今でさえ、もう一人の自分とも言うべき存在が心の中で信じられないと言っているのだ。

 

 打算も、愉しみも要らない。

 ただただこの人を愛せるに相応しい自分で居続けたい。

 

 そうさせたのはロコモコで、この方に染められたんだと思えばやっぱり身体が熱くなる。

 

「もっと、もっと愛して下さいっす」

 

 染められたい、溺れたい、支配されたい身も心も。そう望む心。

 人狼という種のせいなのか、狼の本能によるアルファシンドロームなんてものが存在しているのか。

 自身より下等な存在を玩具と思っているように、自分を玩具にする権利を持っているのは主のみで。

 持っているのにも関わらず深く愛情を向けられ、大切にされていると感じてしまう幸せをルプスレギナは毎日こうして噛みしめる。

 

 故に、これこそが彼女の愛咬なのだろう。

 彼の歯車に牙を持って噛みつき、共に廻るのだから。

 

 

 

 では、彼女にとっての玩具とはなんなのか。

 

「ルプー」

 

「あ、ユリ姉ぇ。来たっすよー」

 

 さほど間が空いたわけではないが、随分と久しぶりに感じるカルネ村。

 やや緊張感漂っている村に、眉を僅か眉間に寄せる。

 

「……ごめんね、ロコモコ様と離れたくなかったでしょう?」

 

「あぁ、いやまぁそりゃそうなんすけど……それは置いとくっす。それにしても、結構な警戒態勢っすね」

 

 村人に気取られないよう。いや、あてにされないよう気配を殺しながら。

 

「ええ、ちょっと私には荷が重いです」

 

「そっすね。私なら完全不可知で近い位置にいられるっすから……うん、仕方ないっす」

 

 申し訳無さそうな顔をしたユリに苦笑いを向けるルプスレギナ。

 大々的に守って良いのならばユリも適任ではあるが、アインズにとって重要なのはンフィーレア・バレアレ、エンリ・エモット、リィジー・バレアレの三名のみ。

 その三人の守護となると完全に影からの支援となり、いよいよ三人が危ないという状況以外は村人に任せなければならない。

 

 村そのものを守れという命令ならユリは確実に遂行するだろうが、ある意味での試しの意を含みながらとなればルプスレギナこそが適任だろう。

 

「ま、この村には子供もいるっすからね。ユリ姉ぇにはちと厳しいっすよ」

 

「そ、そんなことありません。ちゃんと……ちゃんと、任務通り出来ます」

 

 言いながら自信は無い。

 と言うよりルプスレギナが来ると決まってから、ユリは避難場所の確認、子供を守れる位置の確認をしていた。はっきり言って守る気満々である。

 

「わからない、わけじゃないっすよ。もしも、ロコモコ様とのお子がここにいればなんて思うと……うん、ほんとに」

 

「……ルプー、変わったね」

 

「そっすかね?」

 

 ロコモコへの気持ちを通してカルネ村を見たことがある。その上で自分には余る仕事だと思ったことがある。

 ロコモコを通してこの村を見たからこそ、理解できたものがあった。

 

「変わったよ。ボクの知ってるルプーだったら、守るように見せて――」

 

「――敵の目の前に放り投げる、っすかね? 言いたいことはわかるっす、けどそれはもう一番じゃないんすよ」

 

「一番じゃ、ない?」

 

 静かにカルネ村を見ながら頷くルプスレギナ。

 ユリの目から見ればルプスレギナに少しロコモコの雰囲気を感じてしまう。

 

「今でも……投げた人間(エサ)が信じられないって顔して私を見て。笑ってるだろう私に絶望する表情を想像したら、ぞくぞくする。楽しいだろうなって思う。けど」

 

「けど?」

 

 すぐには言葉を続けなかったルプスレギナの瞳には、エンリ・エモット。新しい村の長となった女の姿。

 

「……それ以上の楽しみ。ううん、幸せっすね! 知っちゃったっすから!」

 

「――」

 

 不意にユリは理解した。

 この生粋のサディストは、変わったのではないと。

 

「そっか、ロコモコ様に染まっちゃったんだ」

 

「えへへ、そうはっきり言われると照れちゃうっす!」

 

 だらしない顔をしながら頭をかくルプスレギナ。

 そう、きっと重ねてしまったんだろうンフィーレアに自分を。

 

 愛したい人と結ばれないまま終わってしまう自分を想像して。

 それはきっと何よりの絶望で、ルプスレギナにとっては至上のご馳走であるはずにも関わらず、それを捨て去ってしまえるほどに。

 

「……羨ましいな」

 

「ん? 何か言ったっすか? ユリ姉」

 

 ――あそこまでまっすぐ求められる気がしない。

 

 ソリュシャンが前に言っていた言葉。

 ユリも理解した、同時に尊敬した。

 

「いいえ、何も。では、補佐のほう、よろしくおねがいします」

 

「がってんすよ! おまかせあれっす!」

 

 まだまだ変わっていくのだろうルプスレギナは。

 少し寂しい思いはあるけれど、輝いて見えるルプスレギナへとユリは目を細めた。

 

 

 

「でね! 聞いてくださいっすロコモコ様!」

 

「あぁ、聞かせてくれよルプス」

 

 帰還したルプスレギナを笑顔で迎えたロコモコ。

 思わずその笑顔に飛び込みたくなって、堪えて。けどやっぱり飛びついた身体を優しく抱きとめてもらって。

 

 今は夕食を二人で食べながらカルネ村での出来事を笑顔の中で報告している。

 

「私、ちゃんと我慢したんですよ! ちゃんとンフィーレアもエンリも守ったっす!」

 

「偉いぞルプス。流石俺のメイドだ」

 

 俺のメイド、なんて言葉にルプスレギナは腰を捩らせる。

 ちゃんと主張してもらえるのだ、俺のものだと。

 それはつまり主を喜ばせられたということで。今日もロコモコのメイドでいられたということで。

 

「えへへ……」

 

 アインズより命令されたからじゃない。

 命令がなくても、ロコモコのメイドだと思えるこの瞬間が何よりも嬉しいのだ。

 

 いずれロコモコはこの関係もまた変わると言った。

 嫁にする発言はルプスレギナにとって衝撃の言葉であったが、どのような意味を持つのかはわからなかった。

 実際夫婦という関係が想像できなかったのだ、特に相手は至高の御方。

 夫婦でなければ愛を捧げることが出来ないというわけでもない、アルベドにしてもアインズとの関係はやはり主と僕だ。それでもアルベドはアインズに忠はもちろん愛を捧げようとしている。

 置き換えるのであればメイドであっても、言う所の妻であっても今と変わらないと認識しているルプスレギナ。

 

 いや、そう認識していた。

 

「そうだな、じゃあよくできたルプスには何かあげないとな。欲しいものとかあるか? あぁ、そういや前の玩具は壊れたんだっけか、新しいのでも用意しようか?」

 

「いえ、ロコモコ様。何か頂けるのでしたら――」

 

 こうして自分の意識や認識が変わった今だからこそカルネ村に広がっていた光景で思ったことがある。

 

「ロコモコ様の、お子が欲しいっす!」

 

「ぶっ――!?」

 

 人間の営み。

 下等生物であるとは今も変わらず思っている。

 しかし、広がっていた営み。その中でも子供が親に対して笑って母と呼ぶその光景にルプスレギナは強く心を惹きつけられた。

 

「私を、母にして欲しいっす!」

 

「いやいやいやいや!? ちょっとまて!? あぁいや、嫌とかそういうんじゃなくてだな!? 出来てもおかしくないけどな!?」

 

 愛を捧げる人の子を宿し、生む。

 そしてその子が自分を母と呼ぶのだ、想像しただけでルプスレギナはたまらなかった。

 夫婦という関係はよくわからない、だがカルネ村の光景はルプスレギナの母性本能を強く刺激した。

 

「ルプス」

 

「はいっ!」

 

「俺も、実の所よくわからないんだがな。子を成すというのは夫婦だからこそ出来る事なんだと思う」

 

 なるほどと大きく頷いたルプスレギナ。

 それはつまり。

 

「なら早くアインズ様に奥方を取って頂かなければっすね!」

 

「あぁ、そういうこと。だからごめんな、もうちょっとだけ待ってくれな」

 

「はいっ! じゃあまずはアルベド様にロコモコ様との生活をお話しして何か手段を――」

 

「それはやめようか!?」

 

 盛大な自爆を敢行するところであったが、ルプスレギナは居ても立っても居られない心持ち。

 

 こんなにも輝かしいと思う未来が待っている。

 忠を尽くす事は生き甲斐だ、あれかしと存在している自分たちにとってはまさしく。

 けどそれ以外の幸せをくれた人。

 

「ロコモコ様! 愛してるっす!」

 

「はいはい、俺もだよ」

 

 この人と一緒に生きることが出来れば、もっともっと多くの幸せに出会えると確信して、ルプスレギナは綺麗に笑った。 

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