ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
その一歩
「――お話は理解致しました」
「あぁ。どれ程の兵を差し向けられる?」
ラナーの私室。
夜分に訪れたロコモコは用意された紅茶へ僅かに眉根を寄せながらも話を続ける。
この時間ならばラナーが人を呼ばない限り入室してくるものはいない。
よしんばいたとしてもノックがされるし聞こえた瞬間ロコモコは不可知化できる。敢えて言えばクライムは気取れないが、そもそも忠義高い彼であればこんな夜には緊急時以外現れない。
緊張感のある話をしているにも関わらず穏やかな空気が流れている理由はそういったものもあったが、何よりお互い既に王国を捨てている。
ラナーはクライムさえ手に入るなら国等不要だったし、ロコモコにしてもカルネ村の件が上手く行けば王国は最終的に滅ぼすことになる。
重ねて、王国滅亡はほぼ内定しているようなもの。
それこそアインズが王国を滅ぼすなとでも言わない限り、いずれやってくる確定した未来だった。
「カルネ村の戦力をお聞きしても?」
「俺から言えることはない。お前の掴んでいる情報から予想を立てろ」
これは手厳しいとラナーは軽く手を挙げつつ、思考を巡らせ始めた。
正直な所、ラナーの手にカルネ村の情報はほぼ無いと言って良い。
あるのは襲撃を受けたこと、全滅は免れ、復興支援として今季の税が免除されるといった程度。
その事実から考えるのならば、大軍を差し向けるまでもなく王国正規兵の百でも向かわせればそれで事足るだろう。
しかしロコモコはカルネ村に大軍が来ると考えている。
「……なるほど、それが私の仕事ですか」
「そういうこと。そうだな、多ければ多いほど嬉しいぞ?」
カルネ村へと大軍を向かわせるよう工作する。
それこそがラナーに与えられた仕事だった。
現状、帝国との戦争時期が近づいている事もあって数を揃える事自体は難しくない。
徴兵が着実に進んでいるタイミングだ、それこそ片手間でカルネ村鎮圧など出来る。
自国の開拓村で起こるだろう反乱鎮圧如きに大軍を動かせるか、問題はその部分。
手っ取り早く動かせ易く都合がいいのはバルブロだろう。
王族である人間の前で介入出来るという面はかなりのメリットだ、王子率いる軍勢が敗走し独立を許したという体が取れる。敗走ではなく壊滅、あるいは全滅までしてしまえば王国の貴族派閥は大きく力も失うし、ラナーにとっても素晴らしく都合がいい。
バルブロ第一王子は功を上げたがっている、帝国との戦争、その前哨戦扱いとしてある程度の数を率いさせて向かわせるのは可能だろう、片手間を片手間としながらもそれなりに名を上げられる程度に価値を付加させるためにはどうすればいいか。
「ラキュース……いえ、蒼の薔薇を使います」
「へぇ? アダマンタイト冒険者をねぇ」
ロコモコの口角に力が入った。
そんな様子を見てラナーは意図が通じた事を確信する。
「はい。掴めない八本指の尻尾を探して苛立っていますし、ストレス発散にでもどうかと」
「わかった。だが、最悪とは言わないが一人くらい死ぬかも知れないぞ? 具体的な数を調査されては困るからな」
蒼の薔薇を使ってカルネ村の調査をする。
そしてアダマンタイト冒険者にある程度損害を受けさせ失敗に終わらせられれば、カルネ村にある程度以上の戦力があるという証明になる。
王国内でそれなり以上に名高い冒険者チームだ、バルブロは飛びつくだろう蒼の薔薇で無理だったことを成し遂げられるのならば。
「ええ、ストレス発散になるでしょう?」
「ったく、ほんっとお前はこっち寄りだよ」
二人は笑う。
月明かりに照らされて、禍々と。
「ふぅ。じゃあ
「っ……もう、全て手のひらの上は止めていただけませんか? 心臓に悪いです」
笑っていた顔が引き攣る。
同時に確信した、どういう手段を使おうとカルネ村へバルブロを向かわせられていただろうと。
「とは言えあまりそちらに関しては詳しくありません。ご存知だろう通り徴兵で集められた者達は平民です、槍を持った一般人です。戦士長直下の戦士団やボウロロープ候の精鋭兵団、貴族の私兵であればまた違うと思いますが」
「バルブロとボウロロープは緊密だったな? 一緒にカルネ村へ来る可能性は?」
「低いでしょう。兵をある程度貸し出しはするかも知れませんが、やはり多くは徴兵で集めた者達です。ボウロロープにとっては後に控える帝国との戦いがメインディッシュですし……ですがそういった理由を含めても最低千は満たせるかと、多くて五千といったところでしょうか」
「は……? いやすまない。それは本気で言ってるのか?」
思わずの言葉に紅茶を吹き出すところだったロコモコ。
カルネ村の人口は少しずつではあるが増えている、しかし腐った国の兵とは言えど正規兵。
エンリが召喚したゴブリン等人外の戦力という存在を知らないとは言え多すぎる。
「嘘など申し上げません。そういう者なのです」
その言葉を聞いてロコモコは強い頭痛を覚える。
「なぁ、ラナー?」
「どうされましたか?」
「ほんとさ、よくこの国保ってるな」
「ですので申し上げました。元より価値等覚えたことがないと」
なんとなく勝ち誇った様な顔をするラナー。
こればっかりは降参だとロコモコは内心で白旗を振る。
ラナーはこうも言っているのだ。
民、平民が起こすだろう内乱鎮圧の為に平民と言う名の兵をそれだけの数揃えぶつけると。
得られもしない名誉のために。
「いやなに、クライムを見てしまったからな。お前の護衛とは言え兵なんだろう? さぞ他の兵達も精強とまでは言わずとも、強く忠義や仁義に厚い者が多く集っているんだろうと思っていた」
「まぁ……!」
思わず素で言ってしまったロコモコではあったが、まさしく真実だった。
それがわかったラナーだけに、目を輝かせてしまう。
久しぶりどころか初めてなのだ、クライムの事を買う存在と出会ったのは。
ラナーが友としているラキュースとてクライムのことを認めているのは自分という存在を通してだし、強さに関して持ち上げるような意味合いは無かった。
しかし蒼の薔薇を軽々と超越してるだろう目の前の存在がクライムを買っている。
「あの、話が逸れてしまうのですが、クライムの事を何故買っておられるのですか?」
「え? いや、正直俺から見たら弱っちいけどさ。あぁ言うのは強くなるよ、ことお前を守るためになら尚更」
ロコモコの脳裏に浮かぶのはナザリック守護者達。
確かにレベルという概念は存在していて、元より強者ではあるし人間ではないが。彼ら彼女らを強者に留め続けているのはアインズに対する忠誠があるからこそ。
想いが存在の力を高めることは種族問わずとして大いに有り得る話で、人間とはことさら顕著に想いで力を左右される生き物である。
「人間ってのは何かの為にこそ強くなれる、その何かを強く想えば想うほど。だったらあいつは俺が今の所会った人間の中で間違いなく最強だよ、ガゼフとやらの方が強いんだろうけどまだ会ってないからな」
「ロコモコ様……ありがとうございます」
「いや、お礼を言われる理由がわからない」
クライムに対して見えたものは少ない。
いや唯一と言って良いだろう、それがラナーへの想い。
守りたいと、そのために強くなりたいという高潔にして眩しい一念。
今ラナーは救われた気分だった。
お前が手にしようとしているものは価値があるものだと、認められたようなものだった。
それだけにクライムへの執着心は高まる。
つまり、手に入れる為にならどの様な手段でもロコモコへ捧げると。
「ともあれ最低で千が確保されてるなら少なすぎて困るってのはなくなりそうだ。んじゃタイミング合わせるためにもこれを渡しておこう」
言いながらロコモコはラナーへと状態共存アイテム、対玉を渡す。
初めて見るアイテムを受け取った後、しげしげと眺めながら使用方法を聞くラナー。
なるほどと頷きながら、ラナーは自分の時が動き始めたと確信した。
「この国も、秒読みですか」
「よく言う。お前が望みに一歩近づいたってだけだよ」
――良かったな、一番強くて。
未だに。いや、今だからこそその言葉に震えることが出来るのはゼロ。
なるほど確かに自分は六腕の中で一番強かった、故にこうしてナザリックの外で活動できている。
好きな時間に食事が出来て、好きなときに眠れて。好きなときに好きなことが出来た。
これを自由と言うならばそうなのだろう、監視の目すらなくただ仕事さえこなしていれば守られる。
「あぁ、そうだ、俺は、ああはなりたくない」
かつて今の自分へとこれほど執着したことは無いだろう。
思い出すのはかつて同じ腕として肩を並べた存在達。今はもう一本の腕が骨となってしまい残るは自分を含めて五本だけ。
全員が今のゼロを狙っている、唯一の腕になろうと今も地獄を泳いでいるのだ。
いつ、何処で、自分が地獄に再び落とされるのかわからない。
監視の目があろうとなかろうと関係ない。失敗すれば問答無用だろう、簡単に。
「ゼロ」
「……ヒルマか」
なんとなくゼロは次にここへ来るのは彼女だと思っていた。
明確な理由はない、ただそれでも敢えて挙げるとするのならば同じタイミングで洗礼を受けたからといったようなもの。
「コッコドールは?」
「もう着いてるさ、準備してるんじゃない? 他の奴らもすぐ来るさ」
同じタイミングが理由であるならコッコドールもそうだろう。
ただゼロもヒルマも洗礼後よりずっと王都に派遣され、かつてのコネクション維持に努めている。
他の部門長も各自の身辺整理が終われば王都に詰めることに
「随分真面目になったもんだ」
「はっ、あんたからそんな言葉が聞けるなんてね。まぁ……普通なら生きてるだけ儲けものなんて言うけど、ちょっと違うね。地獄で生きるくらいなら死んだほうがマシだもんね」
「違いない」
簡単な話だった。
裏切ろうとすればどうなるか、非常によくわからされた。
一人の部門長は自分の拠点へ生還した後逃げの一手を打った。
打った瞬間簡単にナザリックへ連れて帰られた、今頃どうなっているのかなんて想像は出来ない。いや、したくない。
ただ一つ確信を持って言っているのは、殺してくれと叫んでいるだろうってこと。
一人だけぬるい洗礼だった。
自分たちは逃げるなんて欠片も考えられない位の洗礼を受けたにもかかわらず逃げようとした者を一瞬尊敬すらしそうになったが、蓋をあけてみれば単純で。
元から見せしめ役とされていたってだけ。
――指って五本で十分だよな?
一人消えて七本指となった時、ロコモコは自分の指を見て笑いながらそういった。
その瞬間折れた心が粉々になったことを覚えている。
「狂いたいのに狂えない。死にたいのに死ねない。あぁ、そうだ。まさしく慈悲を与えられたんだろう俺達は」
「……はは」
六腕の他の者を思い浮かべるゼロ。
今も蜥蜴人の訓練相手を務めているんだろう。いや、もう手も足も出なくなって別の相手の案山子役になってるだろうか。
誰相手でも彼らは死物狂いで務める。勝利を求め、ゼロの役目を手にするために。
遠い目をするゼロを見ながらヒルマは無意識に自分の腹部を撫でる。
今も夢に見るのは自分の身体から生まれた子供達が自分を食べている光景。
狂うことも許されず、ずっと平静な心で眺めさせられたそれはヒルマの心へ決して癒えない傷となってまだ確かとある。
人間という存在の追い込み方をよく理解されていた。
希望があれば縋ってしまうのだ、掴み取ろうとしてしまうのだ。
今生きて何かの仕事をしている元八本指全員、目の前に人参を吊され走る駄馬だとわかっている。わかっているが走るしかない。
「ほんとにね、自分たちが如何に小悪党だったのかを理解したよ。あの方達に比べたら、ほんとうに」
「生きてる世界が違うのだろう。利用価値があるから生かされている、なくなれば使われるだけ。だが……俺は」
「わかってるさ、今の自分達を幸せにも思うよ。利用価値があるうちは……そう、人間なんて枠組みから外れた場所でいられるんだから」
こうして最低限命令に従っていれば、自分たちは人間でありながら人外へ身を置くことが出来る。
ある意味保護と言って良いだろう、いつ簡単に潰されるかと怯えながらでも、成果を出しているうちは。
「アインズ様、ロコモコ様を信じる以外に術はない……はっ、改めてまさか俺がこんなふうに思うなんてな」
「おんなじ気持ちだよ。さ、無駄話はこの辺にしようじゃないか。ロコモコ様直々の命令を受けられるんだ、お役に立たないと……も、もうアレの苗床にされるのは――」
「わかってる。俺だって自分の脳みそをもう二度と見たくはない」
ゼロは頷き震え始めたヒルマの背を追う。
自分たちは敗北者だ、かつてしてきたように骨の髄までしゃぶられるだけの存在。
掴み取れない希望へ手を伸ばそう。それが敗北者としての有様だと。
王国が、滅びへの一歩を踏み出した。
いや、ゼロやヒルマ、コッコドールは滅ぶとは思っていないだろう。
簡単に殺せるのに殺されない自分たちがこうしているように、この国もまたそうなのだから。