ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
バルブロは苛立ちの極地にいた。
最終宣告より丸一日、外壁の門は開かれることなく沈黙を保ったまま。
(何をもたもたと……! 私はバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだぞ! たかが平民、開拓者如きが待たせるなんぞ……!)
傲慢であり不遜だろう彼の怒りは。
元々の人柄から考えても、実にらしい怒りではあるがバルブロはここにカルネ村の行く先を決定できる権利を有するものとして立っている。
故に怒りのまま村を攻撃することが出来ない、流石にそれくらいの意識はある。あるが、それだけに立場が自身の怒りに拍車をかけていることには気づいていないが。
だがそれももうすぐ終わり。
約束の時間はもう目の前で、それはつまりあの村を攻撃すること、反乱等という愚かな決断を裁くことが出来るということ。
「おい、時間は」
「はっ。もう間もなくです」
近くに控えている部隊長へと確認。
(もうすぐ、もうすぐだ……)
出立前には欠片ほどではあるが有していた自国民へと槍を向けるなどと言った感情。
それは容易く愚かな怒りに飲み込まれ、バルブロは今攻撃開始を心待ちにしている。
「寄せ始めておけ、前門にだ。最後の最後に攻撃開始を宣誓する。それを以てまずはあの邪魔な門をぶち破る。後門は開けておけ、逃げるだろう者たちを捕らえられるよう備えておけよ」
「……畏まりました」
返事をした後顔を背けて眉を顰める。
それもそうだ。兵士、それも多少立場のある身ではあるが心情的には平民へ寄っていた。
出来れば刃を向けるなんてしたくはない。
だがそういったところでどうにもなるわけがない、最悪その刃が自分に向けられてしまうとすら思える。
この場にいる誰もが、自国民へと刃を向ける意味を深く理解していなかった。
ある者は保身、ある者は野心に心を委ねて。
「時間です」
「よし――。聞けっ! カルネ村の者達よ! 貴様達を国に仇成す反逆者集団として、これより攻撃を開始する! 抵抗することなくその身を捧げよ! さすれば慈悲を考えなくもない!」
村は、沈黙を保っている。
何よりの返事だとバルブロは口を歪めた。
「火矢を用意せよ! 同時に門へと槌だ!!」
「はっ!」
蒼の薔薇より齎された情報。門破りの破城槌のようなものを寄せ始め、同時に矢に火が点けられる。
矢の狙いは露骨に飛び出た櫓、まずは開戦……いや、蹂躙開始の合図だと言うかのように。
「放てっ!!」
そして風切り音と共に、矢は――櫓に突き刺さらなかった。
「なっ!?」
「――これが、国を統べるものの選択か」
矢を遮ったのは黒。
漆黒のフルプレート、赤くたなびく赤い外套。
「き、貴様はっ!」
「答えろバルブロ!! これが王に連なる者の選択かっ!!」
アダマンタイト級冒険者、モモン。
ヘルムの奥から憤怒の意を放ちながら、大剣を構え言い放つその姿。
「冒険者風情が! この私に剣を向けるか!」
「冒険者風情だと? そうだな、確かにそうだ……アダマンタイトが何だ、英雄級が何だ……ならば私はこのようなモノはいらぬ!!」
首から下げられた冒険者である証を引きちぎり捨て去る。
「これで私はただのモモン!! 政治不介入という鎖で縛られない! ただただ国を、人を憂い! 腐敗と横暴を許さぬ漆黒のモモン也!!」
モモンの一喝、そして破城槌をその剣風で叩き壊す。
舞う兵士達、自分の目の前に現れた者が何かを理解した途端に奔る動揺と怯え。
「お、王子!」
「ぐっ……ええい! アダマンタイト級とはいえ相手は一人だ! 数で押し潰せっ!!」
「は、はっ!!」
無理だ。
兵士は直感どころか実感する。
槌と共に吹き飛ばされてきた兵士達は虫の息、まさに辛うじて生きているなんて具合。
ただの一振りだ。
ただモモンはあの大剣を一振りしただけで十人以上をこの有様にした。
そんな相手にどうしろというのか。
しかし、しかしだ。
ここで無理だと進言したところでバルブロは怯えではなく激情に駆られている。
言った瞬間にどうなるかわかったものではない。
前門の虎、後門の狼。
どちらに進んでも絶望的。
故に彼の選択は。
「全軍、漆黒に向かって突撃ーーー!!」
絶望的ながらもあっただろう無数の選択のうち、最も愚かなものを選んだ。
「い、一体何が……?」
防壁の中、外の状況が掴めず先とは別の混乱に包まれているカルネ村。
ゴブリン達とて同じだ、ルプスレギナが治癒の魔法を使えるということ。相手はすぐに反乱鎮圧なんて済むだろうと兵糧の準備が少ないのに対してカルネ村には十分にある。ならば突破口は籠城にあるとユリの意見を聞いて頷き、改めて戦い方の覚悟を決めた瞬間だったモモンが現れたのは。
何故冒険者、それも高名な漆黒のモモンがこんな村を助けるためだけにその立場を捨ててでも現れたのか。
「……英、雄」
誰かがポツリと呟いた。
外の状況は櫓に登ったゴブリンから伝えられている、そしてその内容はモモンが兵士たちの突撃を防ぐ光景。
打算なんて無い、彼はただただ無辜の民を守るためだけに戦っているのだと否応無しに信じられた。
不思議な確信があった。
こうして
あの時と、同じように。
「……村長! 門を開けてくれ!!」
「えっ!?」
一人の若者が声を上げた。
「このままじゃ同じだ! アインズ様に守られた時みたいに! 俺たちはずっと同じなんだ!」
「――」
言われた意味が分からない、だがエンリの心が何か反応している。
そうだ、守られる者だから守っている人に命を握られる。
王国に何も期待できないなんて十分に理解した、自分たちの力で発展と幸せを掴めることも理解した。
ここで、また守られれば、一生自分たちはこのままだ。
「……好機、かもしんねぇです姐さん」
「ジュゲムさん……」
血は流れるかもしれない、自己満足に過ぎるのかもしれない。
「今ならあいつらの攻撃は漆黒に釘付けだ、俺たちにまで気を向ける余裕はねぇでしょう。上手くいけば横っ腹をぶち破れるかもしれねぇです」
さもすればモモンの足を引っ張るだけなのかもしれない。それで自分たちの首を絞めるだけなのかもしれない。
それでも、ここで立ち上がらなければ一生変われない。
二度あることは三度あるという、ならば三度目を正直に変えたい。その時立ち上がり立ち向かう人間になりたい。
「ジュゲムさん、村の男の人を率いて……ごめんなさい、戦い方なんてわからないけど、お願いしていいですか?」
「姐さん……合点だ! 任せてくれ! おう行くぞお前ら! 何人かは村に残っとけ! 観察の目を緩めるなよ! 男連中は俺の指示にちゃんと従え!」
「おお!!」
今、カルネ村の前門は開かれた。
「私も出るっすよ、支援するっす」
「ルプスレギナさん……お願い、出来ますか?」
すっと前に出るルプスレギナ。
一瞬ジュゲムの目が細められるが、元より今から捨てるといって良い行動をとるのだ裏切られたとて悔いはない。その覚悟の上で考えるなら回復魔法は喉から手が出るほどに欲しい。
「ルプスレギナさん、土壇場でやらかさねぇでくださいや?」
「失礼っすね。こう見えてやるときゃやる女っすよ」
そういうルプスレギナの目を見据えるジュゲム。
「申し訳ねぇ……頼みます」
「ふふ。任されたっすよ!」
何故だろうか。何故過去の自分はこの人を油断ならぬと思っていたのか。
思わず省みてしまうほどに、ルプスレギナの目は信頼できるものだった。
「く、そがあああああ!!」
大方はヘッケランの予想通り。
アルシェを含めたワーカーチームは上手く脱出できた、この場に残るのはイミーナ、ロバーデイクそしてヘッケランのみ。
最初からアルシェだけは逃すと決めていた故に、それを他のチームに利用される事も織り込み済みで。
「イミーナ! ロバーは大丈夫か!」
「ここで大丈夫だと言えたら……良かったんだけど」
既にロバーデイクは片足を潰され、意識もない。辛うじて呼吸をしていることから生きている事はわかるが。
「このままじゃ……!」
ロバーデイクを庇いながら矢を放つイミーナ。
言葉の先をヘッケランは言われるまでも無く理解できている。
先にこの場から逃亡できたワーカー達を追う為に何匹かのトロールはいない、今相手をしているのは四匹だが庇いながらの戦闘で勝てる程ではない。
幸いと言うべきなのは黒狼がまだこの場にいて、自分たちを楽しそうと言うべきか観戦に興じている為少なくともまだアルシェが生き延びる可能性は高いということだろうか。
「きゃあっ!?」
「イミーナ!?」
しかしもう限界。
ついにイミーナが捉えられ、地面に身体を伏せる。
倒れた二人を庇う様に立つヘッケラン。その目は強い。
(人、その友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。か)
この場にフォーサイトの面々を残す事は作戦概要上決まっていたことだが、思いがけず良いものが見れたと感嘆するのはロコモコ。
つい最近、人間の価値を改めた所でもあった。こうも続けば認めざるを得ないのかもしれないと。
「待て。お前達は逃げた奴らを追え」
黒狼の一言でトロールたちの攻撃が止まり、従順に出口へと移動し始める。
「……はは、あんたは手を出さないんじゃ?」
「獣ではあるが礼儀は知っているつもりでね、ゲームなどと言って悪かった」
じわり、と初めて黒狼が一歩進んだ。
ここまで来るとある種光栄とすらヘッケランは思った。
この明らかに人の世に存在してはいけないレベルの化け物に認められたことを。
何が琴線に触れたのかは分からないが、今殺意ではなく敬意を向けられている事を心地よく思えるのは何故だろうか。
「あぁ、なるほど、な」
「言い遺す事があれば聞こう」
不意に理解できた。ただ金が好きだからなんてくだらない理由でなったワーカーだから、くだらない理由で死ぬと覚悟していた。
だがこうして、仲間以外に初めて価値ある人間だと認められたことが心地よいのだと。
利用し利用されるという意味での価値を認められる事はあった。だが、本質的な部分を全くの他人に認められたことは無かったんだと。
「汚いこともやってきた。矜持はあったがそれでも後ろ指を指される事の方が多かった。だからワーカーとして死ぬときはそこら辺のゴミと同じく捨てられるように死ぬと思っていた。……こんなことを言うのはおかしいと分かっているが……助かったよ、ありがとう」
「名は?」
「ヘッケ――いや、名を残していいのなら……フォーサイトという名を」
「覚えておく」
そうして黒狼は口を開けた。
覗くのは鋭い牙、首元にでも噛みつかれたら一瞬で絶命するだろう、痛みすら感じることは無いかもしれない。
認められた。なら最後まで自分らしく。
「武技! 限界突破! 剛腕剛撃! 肉体向上! 双剣ン……斬撃ッ!!」
捨て身の攻撃、その刃が黒狼に向けられる。
だが。
「邪魔です。
「っつお!?」
黒狼とヘッケランの間を割る様に乱入してきた影。
「あ、あんた、は?」
「漆黒、ナーベ。モモンさ――んより言われています。疾く逃げなさいゾウリ――人間」