ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
撤退支援とは名ばかりの撤退管理。
元トロールたちの拠点ともいえる洞窟から蜘蛛の子を散らしたように人間たちが出て来る様をソリュシャンは笑顔を浮かべながら眺める。
自身の姿は陰に潜ませ相手からは感知できない、つまるところ目の前の命は自分の胸先三寸で決まるこの状態に愉悦を感じていた。
「ですが……今回は遊びなし」
かつての自分であれば少し残念にも思ったのだろうが、今は不思議とそう思わなかった。
それ以上に自分の役割を果たし、主であるアインズ、ロコモコに認められたいという気持ちが強く、より高みを目指したいがために。
さてソリュシャンに見守られながらもワーカー達は流石と言うべきか撤退にそつがない。
的を絞らせないように分散して逃げる様などは実に慣れていると言えた。
しかしながら。
「ぐぉおっ!?」
「なっ!? ト、トラップ!?」
逃がさない。正しく言うのであれば管理範囲外へと向かわせない。
事前に設置していた罠とソリュシャンの手並みによりワーカー達は図らずともある程度の集団で撤退しなければならない状態に。
「くっ! トロールは!?」
「ま、まだ後方! だ、だけどだめだ! いちいちトラップ看破なんてしていたら追い付かれる!」
「森を調査させなかったのはこのため!? 狩り気分ってか!? くそが! 俺たちゃ獲物じゃねぇぞ! 誰か飛行を使えねぇか!?」
ピクリと反応するのは共に逃げているアルシェ。
心に過るのは仲間を囮扱いして逃げている自分を含めたワーカー達へ協力したくなんてないという想い。
「っ! 使える! どうすればいい!」
「現在地がわかんねぇ! 逃げる方角を決めてぇから空から教えてくれ!」
だが頷く。
そう、ヘッケランは言ったのだそういうものだと。
互いを利用して生を繋ぐのだ、空へと無事に飛べるのならば方角を示して自分だけは飛行で逃げてもいい。
「対空への罠があるかもしれない! 支援を!」
「わかった! おい! トロールたちの足止めと嬢ちゃんに支援魔法だ!」
即席とはいえ見事な連携と言える。
ぐっと奥歯を噛み締めた後アルシェは飛び上がるが。
「あぶねぇ!
「――っ!!」
木々から頭が少し覗けただろうかその位置で、
防御魔法が無ければ確実にアルシェを命ごと穿っていただろう。
「嬢ちゃん!? 大丈夫か!」
飛行の魔法を制御できず落下してきたアルシェを受け止めたワーカー。
防御魔法は突破された、その証がアルシェの目から赤く流れている。
「う、ぐ……あ……あああ! 問題、ない! それより一瞬砦のような場所が見えた! 方角は……今の矢が飛んできたほう!!」
アルシェが一瞬見たのはカルネ村の防壁。
中を見ればただの村である事に驚くだろうが、外から見れば何かの拠点である。
情報に一瞬顔を見合わせるワーカー達。
果たしてそこは人間がいる、いや自分たちを守ってくれる存在がいるのだろうか。そもそもこんな場所に砦なんて何故存在しているのか。
「賭けるしかねぇ……よし、行くぞ!! 嬢ちゃんは……」
「私は……ワーカーだから……! そういうもの、だから……!」
アルシェの顔を血が伝う。その雫は大地を滲ませた。
「……あばよ」
小さく頷いたアルシェを背にワーカーは走り出す。
ソリュシャンが導く茨道を命がけで。
「死ぬものか……! 絶対、死んでやるものか!!」
地面を響かせる足音は直ぐ側に。
震源地に向かって吠え叫ぶ。
「クーデ……ウレイ……皆……!!」
その決意は。
揺れの原因とは別の者に攫われた。
「っ!? も、森から!? な、なんだありゃ……トロール!?」
「何だ!? 何があった!?」
ゴブリン達がざわめく。
櫓から見えた光景は。
「と、トロールでさ! その前には……人間!? 人間がトロールに追い回されてこっちに――ひっ」
必死の形相で逃げてくる人間、後方から迫るトロール。
そして。
「ダメだ俺たちゃ死ぬ!!」
「おい!?」
更に背後に、黒狼。
後門側に配置されていた王国軍兵士で血の噴水を作り遊びながら迫って来ている。
遠目でもわかる圧倒的な死の気配。
状況を観察していたゴブリンはいとも容易く怯えに感情を染め錯乱した。
「何……何が……」
「くっ……! ただ事じゃありやせん、あいつがあんなに怯えるなんざ――」
「助けてくれっ!! ここを開けてくれ!!」
トロールたちは鈍足だ。黒狼もまずは兵士を殺したいのかまだ近くない。
そんな中、なんとかだろうたどり着いた
「ど、どうしやすか!?」
慌てたようにゴブリンはエンリを見る。
「急いで入れてあげてください!」
今を逃せば見殺し。反射的にエンリはそう指示し、ワーカー達を迎え入れる。
「た、たすか……った」
そうして村に入った瞬間に失神するワーカー達。
見れば身体はボロボロで、五体満足の者は少ない。まさしく気力だけだったのだろう、村の防壁を見てそこに希望を見出し全力で逃げてきた。
状況は混迷を増し始めた。
村人はもちろんエンリ、ゴブリン達ですら冷静でいられない。
一体何が起きているというのか、あらぬ濡れ衣だろう被せられてから動き始めた状況は一般人やそれに多少毛が生えた程度の存在では処理できない。あえて言うのであればジュゲムならまだ思考を巡らせられただろうが既にこの場にはいない。
そう、まだまだ危機は終わらない。
「貴様達! 何故逃げる!? 争っている場合ではない! 民を守るために戦わないのか!!」
「その村は最早国のモノではない! 自分たちでなんとか――なぁ!?」
「今だ! 突っ込めぇええええええ!!」
「おおおおおおおおお!!」
外から聞こえる宣告。モモンの怒りに染まった声とジュゲムの号令に続く男たちの雄たけび。
どうやら、王国軍はこの状況を前にして、撤退を選びそこを村人に捕まったようだ。
「っ! 漆黒が黒狼に向かいやした! 黒狼も漆黒に気づいたみたいです!!」
「……姐さん、今が切所でさ。今なら前から逃げられやす。漆黒がどれだけ黒狼とやれるかはわからない、突っ込んだ村の男連中もどうなるか分からない。ただ漆黒がやられちまえば次に俺たちへ向かってくるでしょう」
冷静になりきれない頭でも、エンリは理解できた。
言っているのだ、ゴブリン達をここに残し、逃げろと。
「く、う……!」
「なぁに、あのべっぴんメイドのユリさんもいる。もしかしたら勝っちまうかもしんねぇですぜ? ……姐さんに呼ばれて、よかったでさ。行ってくだせぇ」
別れ、だろう。
もう一つの角笛はある、しかしそれで召喚出来るのは目の前のゴブリンではないのだ。
震える唇で、それを受け入れると紡ごうとした時。
「遅くなった。皆、生きているかね?」
「――っ!?」
虚空より、
「なんという、戦いだ」
――この結末を見届けたい。
ラキュースはパーティが予想した通りのことを口にした。
予想に反したのはそれをイビルアイに頼んだという点のみ。
ラキュースは自身の力が遠く及ばないことを理解した。理解したが故にたとえどのような結末になろうとも受け入れられる自信が無かった。
心が折られたのだ、自分の願いが身に余るものだと実感した。
およそ彼女らしくない状態だとはラキュース自身含めてわかっていた。それでも、壁にぶつかることは必要で彼女ならそれを乗り越えられるという信頼もあった。
故にイビルアイは頷いた。
彼女とてこの件がどういう形で決着を迎えるのか知りたかったのだ。
僅かに臭う謀略の香り、このまま実態の見えない何かの駒でいたくないという思いもあったが、何より大きな力が動き始めたという感触があった。
そうして事の顛末を見守ってきたイビルアイが今、遠目に見る黒狼と漆黒のモモンの繰り広げる戦い。
それはまさしく自身の想像を遥かに超えたものだった。
自分の魔法では僅かにさえ傷つけられなかった黒狼の身体を大剣が切り裂く。
黒狼もまたその大剣を操るモモンの腕へ噛みつき鎧を砕く。
イビルアイの目であって追いつけない展開。
「ちぃ……フロストペイン、改!!」
純粋な身体能力は僅かに黒狼が上だろうか、やや翻弄され気味のモモンは
だが同じく黒狼もまた――未だにイビルアイは信じられないが――道具を駆使して対抗する。
フロストペインが放った冷気を何のアイテムだろうか、発生させた熱気で相殺。生まれた蒸気の中、再び黒狼の牙と黒き大剣がぶつかり合う。
イビルアイの頭にあるのは、人智を超えているという言葉。
英雄、魔神、神人……いずれに当てはまるのか検討はつかない、だが自分の域を遥かに超えた場所に位置していることはわかる。あの場で自分なら一呼吸存在出来るかどうかだろうと。
一人と一匹、どちらが勝つのかわからない。
願わくはモモンの勝利ではあるが、あの黒狼の強さは身を持って知っているだけに祈るだけ。
激しさは増していく、天井知らずに。
まだ上があるのか、何処まで及ぶのか。
息をすることすら忘れ、見入っていたその時。
「ここは危険ですが」
「っ!? お、お前は……?」
「漆黒のナーベ」
「……噂の美姫様か。お前こそこんなところで何を? 相方はあそこで戦っていると言うのに」
イビルアイの言葉に眉を顰めるナーベラルではあったが、自制になんとか成功。
イビルアイ自身も、漆黒の片割れが遊んでいたわけではないなんてナーベラルの姿を見れば理解している。恐らく激戦の後、身体に傷はなかったが装備はボロボロだったが故に。
「私の役目はトブの大森林奥にあったトロールの巣へ向かうこと。それに、あの戦いになんて……とても入れない」
「ふ、アダマンタイト冒険者の名が、いや。漆黒の名が泣くぞ? まぁ、正しい判断だが」
何処まで苛つかせるんだこの
イビルアイからすれば遠回しな労いの言葉であったのだが、残念ながら通じることは無かった。
「煩い
「み、みじんこ……? いやまぁ、うん?」
「感じませんか? この偉大なる――いえ、大きすぎる魔力の波動を」
不意に指さされる方向へと視線を向ければ。
「な――」
「ええ、本当に……思わず跪きたくなってしまいますね」
いいながらナーベラルは本当に片膝をついた。
しかしイビルアイはそれを不思議に思わなかった。自分とて、許しを請うという意味で膝を付きかねないと。
「まだ、やるかね?」
「――」
現れたのは死そのもの。
いや、もしも当てはまる言葉があるのなら。
(あれは、神様とか、そういうヤツだ)
二対一。
黒狼はモモンとアインズを前にして動けない。
いや、僅かにジリジリと後退しようとしている。
「それでいい。覚えておけ黒狼、ここにはこの私、アインズ・ウール・ゴウンが居ると」