ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
「剣を向けるのはやめてくれよ? 漆黒のモモン。私はアンデッドだがここに在る命を弄びに来たわけではないし、君には礼を言いたいと思っているのだから」
「……アンデッドが礼、だと? いや、先程にしてもそうだがにわかには信じられないな」
戦闘状態が終わったカルネ村。
王国軍の姿はもう見えないし後門を脅かしていたトロールたちはアインズが一瞬で殲滅した。
黒狼を前として共に退けた二人ではあったが、改めてアインズへモモンが警戒を向けることは正しい。
「あ、あの! も、モモンさ――様! 助けて下さったところ失礼だと思いますが! アインズ様は本当に、えっと、良い人なんです!」
エンリとしては二人共恩人に変わりない。そんな二人がいがみ合って欲しくないという気持ちからの言葉。
「む……」
その言葉と、アインズの足にしがみついているネムを見てモモンは警戒を解き剣を下ろした。
「失礼しました。謝罪させて頂きたい」
「いや、構わないとも。むしろその警戒は当然だ。アダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンは名ばかりではないと実感できた。私はアインズ・ウール・ゴウン。改めて、この村への助力感謝する」
「もう元冒険者です、今の私はただのモモン。こちらこそ、助太刀感謝致します」
握手を交わす二人にエンリは胸を撫でおろす。
自分たちは確かにアンデッドとはいえ恩人故に嫌悪感等欠片もないし、そもそもこの村にはゴブリン等人外の存在もいるため薄れていたもの。とはいえやはり他の人間からみれば当然の反応なのかもしれないと改めて認識する。
「失礼いたします。戦いにでた村人の治療が終わりました。並びにユリより報告、周囲に敵性存在は見えずとの事です」
「うむ、ご苦労ルプスレギナ。一旦下がって良い」
そんなルプスレギナの言葉にエンリはようやくと言っていいだろう安心することが出来た。
犠牲者はなし。
村長になったとはいえ、まだまだただの村娘としての気持ちが強いエンリ。
慣れないどころか触れたことの無い緊張に晒され続けた彼女は自分が思っているよりも遥かに疲労している。
「あ、あれ?」
力が抜けたのだろう尻もちをついてしまった。当の本人はわけがわからず目を瞬くのみで。
「あぁ、済まなかったな。このまま代表者で話をと思っていたが……まずは休息するべきか。モモン殿は?」
「私は大丈夫です。いや、確かに黒狼との戦いで疲労やダメージはありますが……先程頂いたポーションのおかげで随分と良いです」
「ならば先に何か礼をお渡ししたい。ナザリック……いや、私の家へと案内したいが構わないかね?」
「ンなんて恐れ多……いえ、折角のご厚意ですが。また直ぐにここへ王国軍が来る可能性もある、故に暫く私はここへ滞在したいと思っています。構いませんか? 村長」
何やら話が進行しているらしいとぼんやりその様子を眺めていたエンリは急な水向けに反応できなかったが、慌てたように。
「……へ? あ、わ、私だ! ははは、はい! 是非休んで行って下さい! えと、恩人様をおもてなしさせて頂きます!」
わたわたと答える。
恩人であり救世主が二人並んでいるのだ、無理もない。
「ははは、そう肩肘張らずとも。私にとっては皆さんが無事である事が何よりのお礼であり、元気な姿を見せてもらえることこそがもてなし。気になさらずそうですね、空いている家を一つ貸して頂ければ」
「ははは、ひゃい! あり、ありがとうございます!」
――何言ってんのこいつ。
アインズが演出過剰にも程があるとモモンに扮したパンドラズ・アクターへ存在しない眼球を丸くしている中。
エンリは慌ただしく駆け出した。
「アルシェ!!」
「へ……ケラ、ン?」
一人で帝国へ帰るという選択肢もあったが仲間を置いていけないと痕跡を辿ってヘッケランはカルネ村へと辿り着き、ワーカー達がまとめられた一つの家屋へとヘッケランは連れられた。
尤も一人で帰ろうとすればロコモコかソリュシャンが改めて処分する手筈になっていたためある意味幸運を掴んだとも言えるが。
片腕を失ったもの、足を失ったもの等ほぼ全員が満足な状態ではない中、目に包帯を巻いたままボンヤリとイスに座っているアルシェへとヘッケランは声をかける。
「お前……目が……?」
「しくじった……何も見えない、けど。無事で、良かった。他の皆、は?」
「そりゃこっちのセリフだ……! だが、まぁ、イミーナもロバーも生きてる。フォーサイトは、全員生きてるよ。知ってるか? 漆黒ってアダマンタイト級冒険者。そのナーベってヤツが助けてくれたおかげだよ」
そういった後ヘッケランは中にいる同業者たちを確認する。
フォーサイトを除けば四名、合計八名。これが、あの悪夢から逃げ出せた人数。
「そう、それは残念。これでもう一杯奢らないといけなくなった」
「……はは、それだけ言えりゃ十分か。そうだな、傷が治ったら……しっかり奢って貰うからな?」
小さく笑いあう二人。
フォーサイトだけで言わなくとも、五体満足でいられたのはヘッケランのみ。
イミーナは腕を、ロバーデイクは足を、そしてアルシェは目にそれぞれ重症を負った。
だが命あっての物種ではあるのだ、ワーカーという職業に就いているもの共通の認識でもある。
「もちろん。……それで? 私たちは、これからどうなる?」
「まだ、わからない。まぁ俺たちは完全に部外者というか、第三者から見れば素性の知れない奴らが厄介ごとをこの村に持ち込んだ格好だ。いい扱いを受けられるとは思わないな」
村人はルプスレギナによって治癒されたが、ワーカー達がその魔法を受けられることは無かった。
ヘッケランが言う様にそれは当然だろう。むしろこうして屋根のある場所を用意してもらえただけありがたいとすら思っている。
治癒魔法を使えるものはロバーデイク以外に見当たらない。彼が目を覚ませば傷は癒せるかも知れないがここから出られるかはわからない。
尤も、ヘッケラン個人の考えとしてはここから出られようが出られまいが筋を通さなければと思っている。
だが彼らはまだ知らない事ではあるが、いわばここに居る生き残った者たちは選別を受けた後なのだ。既にそれぞれへ役割が設定されている。生きて帝国へ帰ることを許可、あるいは設定されている者もいる。
フォーサイトの面々にしても同じこと。イミーナやロバーデイクに関してはトロールがやったこと故に運が悪かったと本人たちは思うだろうがアインズの指示通り。
特にアルシェの目を潰すことは中でも優先事項の一つだった、それは彼女が持つタレントが理由で。
発動が容易であり誰にも悟らせる事無く識別出来てしまうのだ、やろうと思えばだが。
もちろん魔法探知妨害を行える者がナザリックには多い。多いがこれから人間を使っていくという道筋の中アルシェのタレントで計画が破綻してしまう可能性があった為だ。
一旦捕らえられあらかたの情報を聞き出されたと同時に、そういったタレントに関する実験も行われておりそれは完了した。もう敢えてリスクをそのままにしておく理由はない。
アルシェの受けた傷は単なる傷ではなく低位の魔法では解呪できない呪い、一種の封印に近いものが刻まれていることを、まだ彼らは知らない。
「そう……」
「まぁ何とかなるだろう。今生きてるってことは、これからも生きられるってことだ。処分するつもりならとっくに処分されているさ」
ヘッケランがそう言い、アルシェは安心したように再び眠りにつく。
アルシェと同じように眠るイミーナとロバーデイクをもう一度視界に収めた後、静かにヘッケランも目を閉じた。
「きょうえいけん、ですか?」
「そう、共栄圏。私は世俗を離れ魔法の研究に没頭していたがゆえ世事に疎い。疎い上にアンデッドだ、命の価値というものへ理解が及ばない。噛み砕いて言ってしまえば人間であろうとゴブリンであろうと……もっと言ってしまえば先程のトロールであってもその命の価値は等価であると思っている」
カルネ村、村長宅。
改めて集まり直したアインズ、モモン、エンリと――
「ちょっと待ってくれないか」
「どうされましたかイビルアイ殿」
イビルアイ。
「何故私がここにいる? いや、ほんと、なんでだ?」
「ははは、私はもうアダマンタイト級冒険者は辞めた所です故。高名な蒼の薔薇、その一人イビルアイ殿に見届けてもらうためと説明したではありませんか」
「だからそれが何故だと聞いている! あ、いや、聞いて、いるんです?」
「あ、あははー……そんな事言うなら私、ただの開拓村の村長だし、気持ち的には一般人ですし」
笑いながら言うのはモモン。未だに混乱している様子のイビルアイへ同情的な目を向けるのはエンリ。
「見届けるだけで結構。無論、ここで暴れていただいてもな。あまりオススメはしないがね」
「む、う……」
そのつもりは無いと立ち上がったばかりのイスへと座り直す。
混乱してはいるがイビルアイ自身この場に自分がいる意味は理解している。
先の戦闘でカルネ村は完全に王国と袂を分かった。
今後、真っ当な外交以外で情報のやり取りは出来ないだろう。しかしイビルアイがここに居て、今のやり取りを王国へと報告すればと言った狙い。
少なくともここでのことをラキュースには全て報告するつもりだったし、元々それがラキュースの頼み事。話したことをラキュースがどうするかを制限するつもりもない。双方にとって益がある。
「わかった……いや、わかりました。もう口は挟みません」
「感謝致します、イビルアイ殿」
頭を下げるモモン。
その様子を見届けてアインズは指……いや骨を鳴らして仕切り直しの体を示す。
「何処まで話したか……そう、共栄圏を敷きたいと考えている。この村は状況的に王国から独立する形になった。エンリ、今後どういうことが起こるか想像できるかね?」
「え、えっと……せ、戦争になる、とかでしょうか?」
ようやく落ち着いてきた思考。
とは言えエンリに政治的な推移等考えられるわけもない、スケールが大きすぎる話。
「そうだな、今のままではそうなる可能性もある。というのも独立した以上王国とは政治的なやり取りを経る必要が出るからだ。良くて戦争、悪くて悪条件を突きつけられた上での併合となるか」
「上手く、想像できませんが……はい。そうなるのかな、って思えます。でもそれを何とかする政治なんて、私も村の皆も出来ないと思います」
ゴブリンのまとめ役、ジュゲムにしてもそうだろう。
戦いが起きた上での判断は出来るかも知れない、ある程度の思考はめぐらさられるかも知れない。だが彼はあくまでも戦争屋なのだ。
「かと言ってもう誰かに支配……いや、国の一部となることも抵抗があるだろう。そこで私はエンリ、君たちと取引をしたいのだ」
「と、とりひき!?」
今回の件、全てがアインズの手のひらの上ではなかった。
全て、というよりはカルネ村の住人たちが自ら戦いの場に出てくることは想定外だったのだ。
この場を設けられることまでは予想していたし、同じ流れで自分たちの支配下に入れと告げるつもりだった。
「村の発展と維持に協力する、その代わり多種多様な種族の受け入れ皿となってもらいたい」
「受け皿……」
しかし彼らは立ち上がった。守られる立場を嫌ったのだ過去より今までの経験から。
そういった相手に対して支配下に入れと言うことは難しい、恩人の言う事ならで素直に全て従うか考えた時頷けなかった。
よしんば受け入れられたとしても、いずれ再び独立を目指すだろう、彼らはその刃を手に入れたのだから。
「お察しかも知れないが私の配下達の多くも異形種だ、提供できる人材もそう。村への協力を受け入れてくれることが多種多様な種族を受け入れることと同義であると考えて欲しい」
「……」
「無論だが、こちらからあぁしろこうしろといった指示や命令はしない。君たちが考え実行することに対しての助力に留めよう」
この会話を見ているイビルアイは冷たい汗が流れた感触を覚える。
(独立……どころか一大国家の設立、だな)
エンリはまだ言われたことを必死で考えているのだろう。
だが頷くまで時間はそうかからないと思えた。魅力的すぎるのだこの話は。
支配下ではなく保護下。
アインズの言う共栄圏、その第一号として選ばれたのだカルネ村は。そして万が一何の問題もなく発展していくようなことがあれば。
(こぞって人材が集まってくる、言うように多種多様な種族が。世界の形が、変わる)
「まぁよく考えてから結論を出して欲しい、村の皆に説明だってしなくてはならないだろう」
「は、はい」
そこまで話してアインズは一歩引いた、自分たちで選択したという体を取り付けたかったからだ。
ここで一気に話を決めてしまうことも出来ただろうが、やはり周知した上での賛同を引き出せるなら引き出したい。
そしてそれはアインズ……ナザリック側にしてもそう。
「モモン殿」
「何でしょうか?」
話の矛先が変わる。
パンドラズ・アクターと事前に行っていた打ち合わせ内容から少し変わってもいるのだ、改めて。
「冒険者を辞められたのなら……うちで冒険者をしないかね?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「先の戦いでもそうだが、私はこの世界の冒険者を冒険者と考えていない。イビルアイ殿には悪いが、ただの傭兵団とでもいうかお使い係に思える」
「――っ」
侮辱の言葉だろう、少なくともイビルアイにはそう聞こえる。
「私の考える冒険者とは未知を切り拓く者のことを指す。未踏に挑み、未知を既知に変えるもの。私は今共栄圏という未踏に足を入れた、貴殿のような存在が欲しいのだよ。私の思う冒険者としてね」
「なるほど……」
だからこそ余計にモモンがどう返答するのかに興味を覚えた。
反論をしなかったのは大なり小なり心当たりというべきか、今の冒険者組合の本質をついていると思ってしまったのだ。
蒼の薔薇での活動を考えてもそうだ、王女の依頼を個人的にという形で引受けることもそうだし、組合で受ける依頼にしてもある程度の情報があった上で吟味できるという意味で未踏へ挑むなんて言葉からはかけ離れている。
自分より遥か格上に存在するだろう漆黒のモモン。
先に会ったナーベにしても引けを取らない実力を有しているのだろう、今この場には居ないが。
もしもアインズが言う冒険者とやらに賛同を示すのであれば、自分たちは。
「私はその考えを支持申し上げます。そして、よろしくおねがい致しますとご返答しましょう」
「良かった。嬉しく思うよモモン殿」
「よして下さい。これより漆黒のモモン、ナーベは貴方の力です。呼び捨てにして下さい」
交わされる握手。
その裏でイビルアイは静かに唇を噛んだ。
「ただ一つ条件を」
「聞こう」
「先の王国軍が取った横暴。ああ言ったことを私は許せない、貴方はあの者たち、並びに王のような愚を犯さぬと信じたいですが――」
「うむ。モモン殿のような人物がいるならば逆に安心だ。愚を犯すものと私がなったのなら遠慮なく裁いて欲しい」
パンドラズ・アクターはようやく安心したように息を吐いた。
やや紆余曲折あったがこれで当初の予定通りの形に収まったと。
「エンリは先も言ったようによく考えるといい。だが私は共栄圏を敷くという目標に足踏みするつもりは無い、どのような形であっても行動はするだろう。その時君やこの村が近い位置にいることを願っている」
「は、はい……ありがとうございます……」
こうして。
アインズ・ウール・ゴウンは世界という未踏へと一歩踏み出した。