ナザリックらいふ!~愛され上司のすゝめ〜 作:失望されないルプスレギナ
「では、失礼致します」
報告書を持ってきた配下を見送り、デミウルゴスは静かに書類へと目を通す。
「……ご帰還なされたばかりにも関わらずこのご精勤、本当にあの方は」
そこに記載されていた内容はナザリックへ戻ってきてからのロコモコの動向。
本来であれば至高の御方の動向を探る等不敬にすぎることだと理解して尚、色々な意味を含んだ心配があったため実行しているデミウルゴス。
ナザリックの者達がロコモコ様に不快な思いをさせていないか、ロコモコ様が好まれるものは何か。
ひとえに再び姿を消されたくないと、そのためには何でもするという決意の現れでもあった。
「目を潤ませている場合では無いというのに」
そうして明かされたロコモコの行動に感涙してしまう。
アルベドとこれからについてを打ち合わせたのだろう、情報共有を行い、その後配下と共に食事を摂った。
食事当番だったものは恐らく至上の喜びに打ち震えただろう、書類には美味しい美味しいと、作法すら忘れて夢中になって頂けたと書いてある。
そして自然にナザリックの者を家族と呼んだ。
身に余る光栄だと。その場にいられた者達へデミウルゴスは嫉妬すら禁じ得ない。
失礼をしないようにと心がけながらも、同席した者たちは感涙に咽いだだろうその光景が容易く脳裏に浮かぶ。
「まさしくロコモコ様は博愛に溢れた御方」
かつての頃より不敬と承知しながらも親愛を抱かずにはいられなかったその人。
そのような方が帰還されたことを、深く幸せに思う。
「それだけに……果たしてどうするべきか」
報告書が提出される前にアルベドから連絡がデミウルゴスに届いた。
――牧場の状態をご視察なさりたいそうです。
聞いた瞬間は自身がご案内出来るという誉れ、アルベドと間を置かず直ぐに自身へ会いに来られるということに狂喜したが、頭を抱えることとなってしまった。
一つ、何処まで牧場を案内するべきか。
デミウルゴス含めてナザリック全員がロコモコのことを慈悲深く、慈愛に溢れ、博愛に満ちた優しい御方だと認識している。
それだけに、ここで飼っている存在を見て不快な思いをされてしまわれないだろうかということ。
事実、牧場の詳細に関しては似たような理由でアインズにすら伏せていることでもある。
カモフラージュとしての部分だけをご覧になって頂くに留めるのが最善ではないか。
ナザリックの暗部。
至高の御方より下された命令、仕事は全てが喜びであり汚れ仕事だなんて考えることすら不敬に過ぎると思っているが、それでもデミウルゴスの仕事は至高の御方、そのお目汚しになる可能性があるとは理解している。
ロコモコの趣味嗜好がまだ広い範囲で理解できていない今だからこそ、どうするべきか判断がつかないのだ。
何よりだ。
「私如きの考え、お見抜きになられているのではないか」
穏やかで優しい面こそ際立つロコモコであるが、アインズ・ウール・ゴウンそのかつての役目は智者として。
アインズが判断に迷っている際頼りにするのはいつも決まってぷにっと萌えかロコモコ、臥龍鳳雛と並び称される智者二人。
そのような御方が、ただの視察を目的とされるわけがないとデミウルゴスは考え至る。
「最早委ねる他ないとは……愚かな私を、どうかお許しください」
悔しさを顔に表し、強く歯を食いしばった。
「ご足労頂き感謝に絶えません。デミウルゴス、御身の前に」
夜が明け日が昇った一番、牧場前にてデミウルゴスが手づから用意した椅子に――半ば無理やり――座らされたロコモコの前でデミウルゴスは忠誠の義を行う。
「あー……デミウルゴス、気持ちは嬉しいが先に言った通り俺は」
「理解しております。しかしながらロコモコ様、これは臣下としての礼ではなくただただロコモコ様を慕う気持ちの表れでございます。どうかお許し頂ければと」
事前に用意していた言葉を告げる。
忠誠を受け取れないロコモコに、自身の念を捧げるためにはどうすればと悩み考えた結果。
そしてロコモコ自身そう言われてしまえば断れないと座ったばかりの椅子から立ち上がり、デミウルゴスに近づく。
「顔を上げてくれ」
「はっ!」
「ならばデミウルゴス、慕う気持ち……つまり親愛というのなら返すことも断ってくれるなよ?」
そして跪いたままのデミウルゴスの手をロコモコは取り立ち上がらせる。
「ありがとう」
「――」
手を取られた時よりデミウルゴスの思考は止まった。
そして告げられた感謝の言葉に時すら止まった。
「勿体なき、お言葉、です」
「そんなことはない。感謝を告げるに間柄というものは関係ないさ、いわば当然だ。だが許してくれ、モモンガさんに、ナザリックに尽くしてくれるその気持ちに俺はこうする以外感謝を示す方法が今、思いつかない」
今ここで、この胸に溢れる気持ちを高らかに叫ぶことが出来れば。
デミウルゴスは今ほど忠の心を恨むことは無いだろうと確信する。
(一刻も早く、ロコモコ様が抱く罪の意識を晴らさなければ)
そして告げるのだ、忠誠を誓うと。
今この時より、デミウルゴスは自身が旗する最大目標の一つへ固く刻んだ。
「急な来訪で迷惑をかけただろう、すまない。今日はよろしく頼む」
「はっ!」
「っと、そうだ。忘れていた手土産を持ってきたんだ」
「手土産、でございますか?」
手を叩きロコモコは笑って言う。
「あぁ、一応俺が自分で取ってきたもんでな、気に入ってくれると嬉しい。ルプスー!」
ニコニコと、機嫌よく。
流石に一人でここまで来るはずもない。一人で来ていたなら叱責を飛ばさなければならなかったと安堵する。
(ルプスレギナがついていたのですね。獣王メコン川様と親しかったロコモコ様ですし、納得の人選、で、す――)
そして僅かばかりに生まれた余裕は、すぐさま凍りついた。
「お待たせいたしました」
「すまん、重かっただろう?」
ありがとうとルプスレギナを労うロコモコ。
そして地面に下ろされる
「そのようなことは。むしろお使い頂き、感謝申し上げます」
「うーん、まぁいいか。さて、デミウルゴス? 気に入って貰えただろうか? 受け取って貰えるなら運び込むのを手伝おう、
「は、はは……」
デミウルゴスは無意識に膝を地面についた。
(なんと、なんという
デミウルゴスは理解した。
ロコモコは気を遣ったのだ、どうすれば良いのかと悩む矮小な自分すら優しく包んでくれたのだと。
主を図る等という不義、そんなことはしなくていいと自ら示されたのだと。
「大変、ありがたく頂戴致したく存じます」
「良かった。じゃ、運び込もう」
「はっ!」
元よりわかっていたことだ、及ばない等と。
しかしそれをこうして実感できたことは何よりの喜びで、自身の尻尾がピクついていることにも気づかないまま。ロコモコを案内し始めた。
「お疲れ様でございます」
「あぁ、ありがとう」
小さく息をついたロコモコへ、デミウルゴスは紅茶を淹れる。
視察が無事終わりデミウルゴス自身も心で小さく安堵の息をついた。
「しかし、わざわざ御手自ら皮剥まで行われなくてもよろしかったのでは?」
口にした通り、ロコモコは作業を自らも行った。
皮剥はもちろん、部屋や設備の清掃から交配実験監督に至るまでのほぼ全てを。
中でも皮剥に関してはデミウルゴスをして見事と言わしめ、その様子を見守っていたルプスレギナの目は輝いていた。
ロコモコ自身、かつてなら忌避感を覚えていただろうはずの作業ではあったが、大きく心を揺さぶられることなく実行できた。
そのことに自分の精神がどれほどの変容を迎えたのかを図ることができて満足といった心持ちである。
しかし疲労感は拭えない。
その様子に気づいたデミウルゴスだからこそ、気遣った上の言葉だった。
「デミウルゴス」
「はっ」
気遣いを受け、その意図を正しく認識し少しの時間瞑目したあとロコモコはデミウルゴスをまっすぐに見やり。
「お前はモモンガさんのためになら死ねるな?」
「当然でございます」
即答する。
試しの言葉ですら無い、ただの事実確認に過ぎない。
「それはお前の配下もか?」
「同じく当然でございます。彼ら彼女らも、喜んで命を捧げましょう」
これも事実だ。
モモンガ……アインズ自らより死ねと命じられれば、むしろ直接命じられたことに喜び、狂喜のまま死に向かうだろう。
デミウルゴスは口にこそしないが、ロコモコがそう命じたとしても同じこと。
「ではデミウルゴス。お前のためにお前の配下は死ねるか?」
「……は?」
その問いは思考の隙間だった。
アインズから受けた命をデミウルゴスを通して部下、配下は実行する。
故に、結果は変わらず彼らは命を捧げることに違いはない。
だがしかし。
「お前が誰かに死ねと命じて、命じられたものは喜びその命を捧げるか? モモンガさんが命じた場合と同じように」
「……」
デミウルゴスは黙する他なかった。
命じれば、死ぬだろう。しかし、それはデミウルゴスの背中にアインズが居てこそだ。
アインズが自分を通して僕にへと命じるが故に、皆従う。
命じられる側も、デミウルゴスを通してアインズを拝している。
「悪い、変なことを聞いたな」
「い、いえ。とんでもございません。答えを直ぐにご用意できず恥じ入るばかりです」
まさしくデミウルゴスは恥じた。考えたことが無かったからだ。
ロコモコが口にした以上、それには深い意味があるとデミウルゴスは拝察している。だからこそ改めて考える。
「今日ここに来たのはな、デミウルゴスを含めたここで働く者達に会いに来たってのはもちろんだけど、俺自身を試すことも目的だったんだ」
「試し、でございますか?」
「あぁ、俺は、お前たちのために何が出来るのかを探りに来たんだよ」
その言葉はデミウルゴス、そしてロコモコの後ろに控えるルプスレギナへ衝撃を与えた。
二人の頭にあるのは自身が如何に尽くすか、どうすればその御心を案じられるかということのみ。
捧げ尽くす相手から、何かを望むという発想が無かったから。
「モモンガさんも、常々同じことを考えているだろう。だけど、ナザリック頂点に存在するがため軽々と出来ない立場にいる。だからこそ俺が代わりにやるんだ。まぁ俺じゃ物足りないと思われてしまうかも知れないし、何を偉そうにと思われてしまうかもしれないけどな」
「そのようなこと!!」
「ありえませんっ!!」
ロコモコ後半の言葉に思わず声を荒げてしまうデミウルゴスとルプスレギナ。
驚きを超えて悲しみすら抱いてしまう、何処までこの至高にして慈愛溢れる御方は、自分たちを愛してくれる御方は、あらぬ罪に苛まれているのかと。
(……敵。ロコモコ様を今も苦しめている、敵ぃ……! 許せない、許しはしないっす……!)
(二度とその存在、許しはしない。再び現れようものなら、必ずありとあらゆる地獄を、永遠に)
ロコモコが戦っていたという敵。
元よりナザリック全ての怨敵と認識されているが、その存在は最早言葉に出来ないほどの憎しみを向けるに値するものとなった。
「だから、だ。デミウルゴス」
「はっ!」
「俺だけじゃ足りないんだ。皆を大切にしたい、だけど俺はちっぽけだ。目も手も届く範囲が狭すぎる。だから、補って欲しい、助けて欲しい」
「――」
その言葉でデミウルゴス、ルプスレギナの胸に去来した感情は何か。
言葉にできない、言葉にしたくもない。圧倒的な、愛。
「大切にしてやって欲しい。困っていれば、悩んでいれば手を貸してやって欲しい。お前達がモモンガさんと俺……ギルドの宝であるように、ナザリックに存在している全てもまたそうなのだから」
流れる涙は止まらなかった。
同時に先の問いに対する答えが胸に溢れた。
「――御心の、ままに」
今まさに託されたのだ、分け与えられたのだ。
自分たちを超越した遥かなる至高の存在が持つ愛、その片鱗を。