釜山防衛戦・朴星日の奮闘――劣等差別地球外民族BETA vs 世界最高戦術機甲先進国・大韓民国――   作:河畑濤士

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(完)

 亀峰山の標高はわずか400メートルに過ぎないが、釜山駅を中心とする市街地一帯と、釜山港を見下ろせる小山である。

 ……そう、“見下ろせてしまう”のだ。

 土砂から成る漆黒の柱が立ち上がり、砂煙が舞い上がるとともに、釜山市街一帯の人類は“最悪”とは何かを知った。亀峰山の斜面に湧き出るけばけばしい色彩の異形。土砂の煙幕の向こう側から現れる要塞級――そして要塞級に格納された光線級が、辺り一帯に産み落とされる。

 

「コード991!」

「亀峰山東側・南側斜面一帯にBETA群ッ」

「命令を待っていられない! 左砲戦!」

 

 最も早く反応したのは釜山港にて停泊中の駆逐艦『忠北』であった。この『忠北』は1944年生まれであり、生来の名をギアリング級駆逐艦『シャヴァリアー』という。アメリカ海軍からのお下がりであるこの老兵は127mm連装砲2基を最高速で旋回させ、亀峰山東側に照準を定めた。

 警報が鳴り響く港湾に、砲声が轟いた。最初の30秒間、連続して発射された砲弾は、迎撃されることなく亀峰山の斜面に突き刺さった。効果があるか否かは問題ではない。光線級の不在という事実に、駆逐艦『忠北』の艦橋は安堵した。

 が、その1分後に事態は急変した。

 

「高熱量反応!」

 

 白昼、眩い白光が閃いたかと思うと、空中の127mm砲弾が蒸発した。

 

「光線級――!」

 

 駆逐艦『忠北』のウィングに立つ見張りの水兵は、亀峰山の斜面から光の柱がそびえるのを肉眼で認めた。

 その数秒後、1本の光芒が駆逐艦『忠北』に向けられる。停泊中の『忠北』が回避運動に移ることが出来るはずもなく、予備照射は本照射へ瞬く間に移行した。艦首が切断された。ろくな装甲もなく、申し訳程度の耐レーザー加工がされただけの艦体では、これに耐えられるはずもない。

 消滅した艦首。まるで輪切りのようになった断面から海水が瞬く間に流入し、それと同時に2本目のレーザーが『忠北』の上部構造物を捉えた。

 

「……!」

 

 先程、光線級の照射を目撃した水兵は声を上げる間もなく蒸発。艦橋は勿論、その下の構造物も貫かれ、赤熱する鋼鉄の塊と化す。そこへ3本目のレーザーが彼女のどてっ腹を捉え、貫徹した。膨大な熱量の塊が海面を舐め、水蒸気が立ち昇る。

 

「『忠北』が……!」

「怯むな、手数で圧倒できれば勝ち目はある!」

 

 釜山港内外に居合わせた韓国海軍水上艦艇は勇敢であった。

『忠北』同様に釜山港内にて停泊中であった浦項級コルベット『原州』と『安東』は、76mm速射砲2基と40mm連装機関砲2基を巡らせて亀峰山目掛け、火力投射を開始した。

 だがあまりにも分の悪い戦いであった。

『原州』は交戦開始から5分で爆沈し、続いて『安東』は前部・後部砲台を焼き切られ、艦体上部のレーダーを破壊されて戦闘力を完全に喪失した。

 

「出港できる艦艇、船舶は早く――!」

「間に合うものかッ、畜生!」

 

 釜山港内の砲火力を有する水上艦艇を撃破した光線級の一部は、続いて釜山港に停泊中の輸送船へ照射を開始した。韓国海軍がチャーターしていた満載排水量1万トン弱のフェリー『カメリア』には数本のレーザーが突き刺さり、同船は爆発こそしなかったものの、大破着底の憂き目に遭った。

 勿論、釜山港内の輸送船は『カメリア』のみにあらず。

 釜山港を見下ろす光線級らは、無防備を晒す船腹を睨む。

 

「そこまでだ」

 

 が、次なる光速の一撃が繰り出されるよりも、大空からの音速の一撃の方が早かった。

 稜線の向こう側から7機の殲撃10型が躍り出る。深紅のセンサーアイが吶喊する先には、光線級を産み落とした要塞級や、光線級の直掩となる要撃級。突撃砲が放つ超高速の飛礫とともに、劉書文が駆る先頭機が77式長刀を振り被ったまま、異形の海へとダイブする。

 着地地点の傍に居合わせた要撃級の頭部を膝部カーボンブレードで破砕し、トップヘビーの77式長刀を振るって戦車級の群れを薙ぎ払う。舞う肉片。返り血を吸う漆黒の装甲。それに対して要塞級は即座に衝角を展開させ、劉書文機に襲いかかった。が、漆黒の騎士は一歩も退かず、むしろ要塞級に密着するように立ち回る。直撃すれば必死の打撃を、紙一重で躱していく。

 

「早くしろ――さすがに持たない」

「任せな、中国人野郎!」

 

 遅れて朴星日が駆るF-16Cと、その兄の朴英日のF-15K――韓国軍機が稜線の向こう側から飛び上がった。それとともに光線級が一斉に反応し、血煙の中を予備照射が奔る。が、2秒とかからずF-15Kの高度なFCSは敵中の光線級を素早く捕捉し、脅威判定と照準の割り振りを隊内で終え――韓国軍機のハイ・ロー・ペアは、虚空にてフォーメーションを完成させた。

 

「“重根・大韓義軍参謀中将式”!」

 

 鋼鉄の暴風に光線級が薙ぎ倒された。胴体が千切られ、脚部が吹き飛ばされて転倒する。が、撃ち洩らしは出る。瞬間的に要塞級が移動し、射線が遮られる形で生き残る光線級もいる。空中に身を晒せるのは僅かな時間に過ぎない。

 

「要塞級を盾にしろ!」

 

 戦鷹と戦隼は予備照射を振り切るべく、殲撃10型が異形の海を切り拓いて作った空白の安全地帯へ急降下。木々をへし折りながら着地した朴星日機は、両主腕で保持する突撃砲を振るい、向かって来る戦車級の群れへ掃射を開始する。首をかしげながら迫る要塞級は脅威であると同時に、彼らを光線級から守る遮蔽でもある。

 要塞級の衝角が舞い、市街地へ降りようとしていた要撃級が旋回し、山腹を駆け登ろうと戻ってくる――その死地の最前線に刃嵐(はらん)が巻き起こる。

 

「不知火が最高だと言ってみろ――日本製戦術機こそ最高だと言え!」

 

 日本帝国大陸派遣軍第8師団・第8戦術機甲連隊の94式戦術歩行戦闘機“不知火”が、単騎突出する。御者は白髪の連隊長、和泉柔一郎。二振りの74式近接戦用長刀を逆手持ちした狂人は、哄笑しながら叫ぶ。

 そして始まるのは、和泉劇場。

 

「フォート級ども、痛みに耐えてよく頑張ったッ! 感動したッ!」

 

 センサーアイを爛々に輝かせた鈍色の不知火は、衝角を斬り落としていく。相手が人間であっても、BETAであっても嬲るのが信条の彼は生かさず殺さずの戦闘機動を見せる。それを見ていた朴星日は「俺たちも負けていられねえぜ」と叫んだが、それを耳にした和泉は嗤った。

 

「貴様ら、早く退いた方がいいぞ。我が海軍――東郷平八の“奇襲”が来る」

 

 60秒後に亀峰山一帯が艦砲射撃と巡航ミサイルによる飽和攻撃で殲滅されると、朴星日らの戦術データリンクが更新されたのはその直後であった。

 

 釜山南方沖――穏やかな海にたたずむのは日本帝国大陸派遣軍第2練習艦隊。

 そう、練習艦隊。30センチ砲4門を有する練習艦『富士』、同級砲12門を有する『摂津』はいま殺意とともにその砲身を水平線の向こうにある亀峰山へ向けた。長門型戦艦以下、多数の超弩級戦艦を接収・廃艦とされた日本帝国海軍が、BETA大戦勃発に際し、苦肉の策として火力投射のプラットフォームとして再利用することを決めた両艦は、古強者の威容をたたえてそこにいる。

 口火を切ったのは、『富士』であった。艦前部・後部に備えられた連装砲が火を噴き、衝撃波で海面に巨大な波紋が生じる。僅かに遅れて『摂津』が、そして韓国海軍の戦時急造ロケットコンテナ艦が猛然と射撃を開始し、大空を鋼鉄と火焔で埋め尽くした。

 

「これが東亜の力よ……」

 

 情報通信設備が充実している第2練習艦隊旗艦『鹿島』にて、艦隊司令を務める東郷平八は無表情のまま呟いた。このあと帝国海軍は釜山港へ三浦級戦術機揚陸艦を以て、94式戦術歩行戦闘機不知火から成る増援を送り込む手筈となっている。撤退が決まっている地に新規に戦力を投じるのは一見すると愚かだが、釜山には未だに多くの大陸派遣軍将兵が残っている。彼らを見棄てるわけにはいかない。

 しかし、艦砲射撃の実施に満足する面持ちの東郷、その傍らに立つ参謀は内心恐れている。

 

(我々はこれまで大陸に血と鉄を投資してきた。最大限、時間を稼げただけ確実に正解だっただろう。だがいまは状況が違う。最後とはいえ……この期に及んで新たな戦力を投入する意味があるのか?)

 

 ……。

 

 砲弾痕まみれになった亀峰山が見下ろす中、釜山防衛戦はその後も続いた。

 

「下にいるのは闘士級と兵士級だけだッ、踏み潰せ!」

 

 朴星日の駆るF-16Cは小型種の群れが闊歩する大通りに着地し、非力な下等生物を挽肉にすると全周警戒に就いた。亀峰山に陣取る光線級排除に成功した後に彼らが任されたのは、釜山市街地に入り込んだ戦車級や小型種の掃討。休む暇は与えられない。

 

「オッチャン、状況は」

「小康状態だ、星日!」

 

 小康状態? これが? と朴星日は思った。砲声は止むことを知らず、オープンチャンネルを開けばどこかから救援を求める声と、悲鳴が飛び交い始めるのだからそう思うのは当然であった。

 しかしながら事実、釜山防衛線は小康を迎えていた。

 地中侵攻のBETA群は相当数撃破したし、北方・西方に押し寄せるBETA群も山々と河川に阻まれる形で侵攻ルートに制約がかかり、韓国陸軍の決死の反撃に遭った。

 この後1週間に亘り、釜山防衛線は維持され、万単位の将兵が脱出に成功――後に“釜山の勝利”と称されるようになるが、朴星日からすれば勝利でもなんでもなかった。彼らもまた最後には済州島への脱出に成功するのだが、釜山防衛戦の“勝利”というのは朝鮮半島で粘り強く戦った東アジアの衛士からすれば、虚飾でしかなかった。

 

 かくして、朴星日の劣等差別地球外民族BETAとの戦いはこの後も続いていく。





◇◆◇






『釜山防衛戦・朴星日の奮闘』完

『日帝派遣戦』に続く、かもしれない。

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