教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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Day 3


09

 どうやら私が完全に劣勢であることは間違いないらしい。スマートフォンに映る二人の後輩たちからの報告。それを見て私はロッカーでため息をつく。

 想定外の刺客にして、確定的な恋敵、黛玲子。彼女の出現は私の計画に大きな影響を及ぼしている。というか、計画はほぼ白紙に戻さざるを得ない。私の計画は競合相手のいないことが大前提、じっくりと時間をかけるものだ。けれど、この状況で時間をかけてしまえば即座にかっさらわれるリスクがあった。

 入江君が言うには、彼女と話し始めたのはここ数日のことだという。それが本当のことだとは限らない。けれど、数日であの距離感を生み出せる彼女のコミュニケーション能力は脅威だ。自分からすれば魔法でも使ったのではないかと言いたくなる。

 

 一方私は入江君と再会してからそろそろ二年が経つ。だというのに進展はあまりない。彼と話すときは常に照れくささが先行する。会うたびに自己嫌悪の連続だった。だから彼女の存在があまりにも眩しくて、妬ましくて、恐ろしい。視界の外にどけてしまいたくなる。

 けれど、その衝動に従うことは私が今の私でなくなることを意味していた。それだけは嫌だった。

 ……話を戻そう。

 彼女に入江君が入れ込む前に、何とかして私に振り向かせるようなきっかけが必要不可欠だ。そのためのイベントはもう考えてある。

 十月十五日、地域の花火大会。二週間前と迫ったこの地域一帯で開催されるお祭りだ。カズちゃんとシズちゃんの情報では入江君は意外なことに夏祭りには目がないらしい。浴衣やゲタ、めったに見られない装いをする同級生に心を躍らせていたとのことだった。仕掛けには絶好のタイミングだろう。ここを逃す手はない。

 入江君の趣味嗜好に合った、普段とは違う自分の姿。周りの熱に中てられながら強引に……というのは流石にできすぎだと思う。けれど、望むべき理想の姿ではある。実行さえできれば入江君の心を私の物にできる自信があった。……実行できればだけれど。

 まあとりあえずの目標は彼女に悟られず、入江君をお祭りに誘うこと。そして何より了承を得ることだ。入江君が素直に乗ってくれるとは思えないけれど、そこは腕の見せ所。

 

「絶対に私しか目に入らないようにしてやるんだから」

 

 そう呟いて私はロッカーのカギを閉めた。

 

 ▼

 

 朝日が差し込むカーテンに苛立ちながらも立ち上がり、眠い目をこすって弁当箱に冷凍食品と残り物を詰め込んでいく。中学生組はまだ給食があるからいいが、高校に入ってからは自分だけはこの作業にとらわれてしまっていた。

 ベーコンを焼いてその上に卵を乗せた。片手間にトースターに入れていた食パンが焼きあがっている匂いがする。それにつられてやかましいのがどたどたと足音を立ててやってきた。

 

「おはよう兄ちゃん!」

「おはよう、和己。卵まだ焼いてるから、その間に寝癖治してこい。すっげえぞ」

「ホント? わかった。治してくる」

 

 その足音が遠ざかると今度はペタペタと静かな足音を立てて二人目がやってくる。彼女は瞼をこすって、あくびをかみ殺しながら登場する。いつになっても寝起きは悪い。けれど寝方がいいのか、寝癖はあまりつかない。

 

「……おはようお兄ちゃん」

「おはよう静香。洗面所はまだ和己がいるから先にコーンスープでも飲んでろ」

「ん」

 

 電気ケトルを手に取ってお湯を入れてからパッケージの封を切って投入。逆だ逆。しかも混ぜてないし。まだ寝ぼけてんなこいつ。粉っぽいスープでむせる彼女は少し笑えた。

 

「お兄ちゃん何これ、粉っぽいんだけど!」

「また寝ぼけながらやってたぞ。治んないな」

「わかってるなら先に入れておいてよ! 馬鹿!」

「だったらお前が夜のうちに入れておけよ。わかってるんだから」

 

 そう言い返すと彼女は納得がいかないようだったけど黙った。スプーンを持ってかき混ぜる。おい、睨んでもスープは復元しないぞ。

 そう思ってると和己が戻ってくる。「またやったの静香ちゃん」なんて笑いながらトースターから焼きあがったトーストを取り出してテーブルに並べていく。僕もフライパンを持ってテーブルへと向かった。ベーコンエッグをそれぞれの皿へ盛り付けていく。「いただきます」とそれぞれが言って、バターをトーストに塗ってからかじった。

 

「兄ちゃん、兄ちゃん! 今年はさ、一緒に夏祭りに行こうよ」

「嫌に決まってんだろ」

「何でだよ~。かわいい妹の誘いを一発で断るなんてどうかしている」

 

 そのセリフ鏡見ても同じこと言えんのかよ、和己。あ、でもこいつならかわいいって言いそうだな。口に出すのはやめておこう。蛇が出てくることが確定している藪をつつきたくない。

 

「お前らと一緒に行くと金づるにされるのが目に見えてるからな」

「いけないの?」

「静香、まだ寝ぼけてんのか? いけねぇに決まってんだろ」

 

 そんなことを平然と言えてしまうお前が心配になる。本当にカツアゲはしていないんだろうか。

 

「だって兄ちゃん私たちの綿菓子食べたもん。それぐらい当然の代償でしょ?」

 

『ねー』と口をそろえて見つめあう二人。声もきれいにピッタリだ。こういう時は本当に息が合うなこいつらは。

 

「いつまで引きずってんだよそのネタ。ちゃんと次の年に返したろ」

「甘いよ兄ちゃん。食べ物の恨みには利子が発生してすごいことになるんだから」

「じゃあその利子いくつか計算して出してみろよ」

「それは企業秘密だよ。お兄ちゃん」

 

 たじろぐ和己に静香が助け船を出した。多分計算はしていないだろうが、もし仮に計算するならトイチとかで計算しているだろう。ヤクザかよ。

 

「何か言いたそうだね」

「……別に。それより朝練あるんだろ? 早く行けよ。時間おしてるぞ」

「そうだった。危ない危ない」

 

 テレビの左上を見て、彼女らに忠告する。朝食を素早くかき込むと、「ご馳走様」と席を立った。自室で素早く着替えて、鞄をつかむと『行ってきまーす』と仲良く玄関を飛び出していった。

 さて、当面の危機は去った。しかしながら僕も妹達を心配しているほど余裕はない。朝食を済ませて弁当箱を鞄に入れる。ブレザーを羽織って家を出た。

 いつもの通学路を自転車で走り抜けていく。途中で自分と同じ制服の男女が歩いているところを追い越してく。その途中でやけに目立つ黒の長髪、その特徴が当てはまる人物は一人しかいない。本来であればもう少し後ろの時間帯に登校しているはずだけれど、彼女にだって気まぐれはあるのだろう。

 速度を落として彼女の横につけ声をかける。これまでだったら考えられない行動だった。

 

「おはよう、黛。今日はちょっと早いんだな」

「ああ、入江君おはよう。今日は早く起きちゃって」

「そうなんだ」

 

 僕が頷くと彼女が「ところで」と前置きをする。僕をじっと見る目つきは真剣そのものだった。こういう彼女はなかなか見られない。

 

「来月の夏祭りに行かない?」

 

 彼女から飛び出てきた言葉に大層驚いた。正直、願ってもない誘いだ。けれど僕は首を横に振った。不本意ながら。本当に渋々。

 それから言葉が出てくるのに随分と時間がかかった。ちょっと待てよと。もしかしてこれはギャグで言っているのかと迷ったのだ。真剣な表情からのボケは鉄板と言えば鉄板だし。

 

「……ごめん、行かない」

「どうしてダメなの?」

 

 意外だったのかきょとんと首を傾げた。なんでそんな顔をするんだろう。彼女はわかっているはずなのに。

 

「黛は意地が悪いね」

「私がいじわる? どうして?」

 

 不本意そうな彼女の表情。それを見て僕は事情をなんとなく察した。

 

「……十月のシフト表は見た?」

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