教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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 放課後になって黛が慌てて教室を出ていった。彼女にしてはずいぶんと珍しい行動だ。普段の彼女は常に余裕を持ち、先んじてことを運んでいく傾向がある。けど、あくまで個人単位での話だ。流石にバイトのシフトには敵わないらしい。

 普段の僕もあんな感じで教室を出ているんだろうな、なんて考えながら席を立つ。今朝も黛には話したけれど僕は今日休みなのだ。特に用事も持ち合わせていない。そのまま家に帰るだけのスケジュールなんて随分と久々な気がした。せっかくなのでどこかに寄り道をしてみようか? ファミレスや喫茶店は普段から賄いを食べているから除外するとして、この近くに何かいい暇潰しスポットはあっただろうか……。

 

「おっ、珍しいな。今日はオフか?」

 

 筋骨隆々な坊主頭。左肩に鞄をかけた五十嵐が僕に話しかけてきた。僕は彼の問いに頷く。

 

「ああ、流石に毎日働けるほどタフじゃない」

「そりゃそうか。まあ、普段の授業態度からでも疲労がにじみ出てるもんな」

 

 五十嵐がへらへらと笑いながら正面に立った。

 遺憾だ。僕はそこまで授業態度は悪いつもりはない。むしろ品行方正で真面目な生徒だと──いや、そういえばこの間数学で居眠りしたばかりだった。進学を考えてはいないとは言っても、怒られるのは好きじゃない。あのようなことはなるべく少なくしないとならないだろう。

 

「いや、それよりも五十嵐は急がなくていいのか? 部活出るんだろ?」

「んや、今日は俺もオフ。根詰めすぎるとオーバーワークになる。大会前に怪我だけはしたくないからな」

「……そうだな。身体は大事にした方がいい」

「ケイ、なんか爺ちゃんみたいなこと言い出したな」

「僕は本気で心配してんだよ、バカ」

「バカって言ったな! バカって言うやつがバカなんです~」

「うわ……小学生以来だな、そのフレーズ。この歳になって使う奴いるんだ」

 

 身体はでかいのに悪口の成長が感じられない。それだけ言いなれていないということなのだろうか。いや、こいつの場合ボキャブラリーが更新されていないことも考えられる。まあ、深く突っ込むのはよしておこう。

 

「でもまあ……ケイに言われると重いな。下手するとコーチや監督よりも説得力がある」

「だろ。そこに関しては一家言ある」

「……あんまり誇らしげに言うなよ」

 

 身体って言うのは自分が思っているほど思い通りにはならない。そのことを僕は学んで、良く知っている。彼に僕と同じ思いはして欲しくなかった。

 五十嵐が目を伏せて、それから首を横に何度か振る。

 

「重い話になったな。やめようぜ、この話。せっかくのオフなんだから」

 

 その件に関しては僕も同感だ。この話をいつまでも続けていたって事態は何も変わってはくれない。だから「そうだな」と返事をした。

 

「五十嵐、せっかくだしどっか寄って行こう。オフが重なるのなんて随分と久しぶりなんだからさ。いい感じに暇をつぶせる所はないか?」

「ケイのバイト先」

「五十嵐、お前は僕が休みの日まで職場に顔を出したいと思うのか?」

「出してそうだけど?」

 

 そう言われてしまうと否定できないのは確かだけどさ……。そんな「違うの?」みたいな目で僕を見ないでくれ。

 

「まあ、今回は無しだ。他にないか?」

「そう言われても俺そんなパッと思いつくほど遊んでねぇからな。歩きながら考えようぜ。駅まで行けばなんか思いつくだろ」

 

「それもそうか」と僕は頷いた。それから荷物をまとめて、二人で教室を出る。今朝とは反対に坂を下りながら行き先を話し合う。

 その途中で彼は思い出したように切り出した。

 

「そういえばケイ。朝さ、黛からの誘いを断ったってマジ?」

 

 なんで五十嵐が知ってる。いや、登校中だったし、知っている人間がいるのは不思議ではないか。多分噂として広まってしまったのだろう。その過程でどんな尾ひれがついているのかはわからないから不安になるが……広まったものは仕方がない。割り切って自然鎮火されるのを待とう。というかそれしかできない。

 

「……マジ。本当に不本意ながらだけどな」

「だろうな。お前が黛の誘いを断る理由が思いつかない。ちなみに何で断ったんだよ」

「バイトのシフトが入っちゃったからな」

「んなことかまってる場合かよ」

 

 僕もそう思う。本来であればバイトをサボってでも実行しなければならない出来事だ。それぐらい僕にとって、黛からの誘いは一世一代の大イベントなのだ。五十嵐もそのことを良くわかっている。けれど、そうできない事情も僕にはあった。

 

「半端な勤務態度を見せるわけにはいかないんだよ」

「……お前そこまでワーカホリックになってるとは思えなかったけど」

「ああ、いや、そういうわけじゃない」

「じゃあどうして」

 

「ここから先は他言するな」と武士のような前置きをして、五十嵐が頷くのを確認してから再び話始める。

 

「黛が先月末からバイト先で働いてるんだよ」

「なんだよそれ、聞いてないぞ」

「言ってなかったからな。それに僕がまだ受け入れられていなかった。一杯一杯だったんだ」

 

 勢いよく食いついた、五十嵐を両手でなだめる。気分はさながら闘牛士。赤い布があれば完璧だ。ま

あ、僕がやると間違いなくぶっ飛ばされそうだけど。

 冷静さを取り戻した五十嵐は人差し指をこめかみに当てて、考えるそぶりを見せる。

 

「なるほど、最近仲良くなった理由はそれ? だから昼にあんなに話せたりしたってこと?」

「まあ、そんな感じだ」

 

 正確に言えばあの時この関係性を知っていたのは黛だけで僕は知らなかった。けれどそれを言い出すと僕の奇行っぷりが露呈するので黙って置く。未だに思い出しても頭が痛くなる。

 

「それで、真面目なイメージを崩したくないから断った、と」

「それもある」

「別にいいんじゃね? そもそも真面目に思われる必要ってある?」

「突拍子もないことを言い出すな、少なくとも不真面目に思われるよりはいいだろ」

 

 人差し指を立てて「チッチッ」と左右に振った。うぜえな。

 

「どうかな、不良の方が女ウケが良かったりする場合もあるだろ?」

 

 ああ、なるほど。確かにそういうこともあるのかもしれない。ステータスを真面目に全振りした人間よりもある程度「遊び」があったほうが面白かったりするしな。

 

「でも黛がそういうのがタイプってのも限らないだろ」

「そうか? 黛自身がどちらかと言えば不真面目寄りじゃん。シンパシーとか感じるところがあったりするかもよ」

「……確かに」

 

 黛は割と居眠りもするし、最近関わっていると意外とふざけるタイプであるというのはわかってきた。そうしてみると五十嵐の言ってることは的外れではないかもしれない。

 

「でも、僕がなりたい人間はそういうのじゃない。だから、そういうのは無しかな」

「まじめだねぇ……。でも、そんなどっちつかずの状態でずっと放置しててさ、誰かにかっさらわれても知らないぜ?」

「……どういう意味だ」

「別に。言葉通りの意味だよ。ただでさえ黛は人気が高いんだからさ。狙っているのはお前だけじゃないって話」

 

 五十嵐の言ったことは当たり前のことだった。けれど、僕はこれまで考えることを避けていた。僕は黛に憧れている。けれど彼女は自分とは違う人種で、手に入らないのが当たり前で、近づくことすらためらわれた。諦めることに慣れていた。

 けどここ数日になってその前提が大きく崩れた。僕が見える世界が大きく変わってしまった。彼女を知るたびに諦めがつかなくなっていく自分がいた。

 もし、この気持ちが本物で嘘がないのなら。僕はこれまでの姿勢を変える必要があるのだろう。不相応だと笑われるとしてもアプローチをするべきなのだろう。だって、彼女が僕を見てくれるのは今この瞬間だけなのかもしれないのだから。

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