教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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 シャワーを浴びて、着替え諸々の身支度を済ませた後、僕は最寄り駅へと向かう。山川と僕の家はほどほどに近いらしいことは、バイトを始めて数日過ぎたころには知っていた。けれど、その場所を僕は知らない。実際に知っているのは妹達だけだ。別に知りたいとは思わない。けれど、雑談交じりに聞いた時、山川は露骨にその話題を避けたことは鮮明に記憶できている。当時は嫌われているからだと思った。しかしながら、これまでの彼女の様子を加味するとそういうわけでもない。何ならバイト先の人間の中では比較的仲がいい方だ。だから、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。その理由も僕は知ることができていなかった。

 

 コンクリートで舗装された道を抜け、かつて妹達と練習に使ったバスケットコートを横目に見つつ、駅へと歩みを進めた。バスケをしなくなってからはこの辺りには寄り付かなくなっていたけれど、あまり様変わりしたようには見えなかった。

 

 駅前のバスロータリーに着くと、街路樹の横のベンチに陣取っている少女がこちらに向けて手を振っていることに気が付いた。

 残暑を払う爽やかなブルーのTシャツに、ベージュのワイドパンツ。白いスニーカーとさらされたくるぶしは彼女の活発さを主張していた。けれど一番予想外だったのは彼女の髪型だ。トレードマークの三つ編みではなく、後ろ髪にウェーブのかかったローポニーテイル。前髪をまとめる三本のピンが印象的だった。普段の彼女のイメージとのギャップが、僕の反応を遅らせた。

 

「リーダー、もしかして気付いてない?」

「いや、そんなことはない。悪いな山川、待たせた」

「ううん、さっき来たところだから」

 

 山川が首を振る。ふわふわとした髪が連動して動いていた。いつもの三つ編みがないと違和感がある。

 

「……というかこのセリフは普通逆じゃない?」

「お前が早いんだよ。これでも約束の二十分前だ。お前はもうちょっと遅れて来いよ」

「それは……まぁ、そうかも」

 

 山川が視線をそらして頬をかく。

 それにしても、ギャップというものは恐ろしい。普段と違う印象をここまで刻み込むとは……。普段みたいに雑に扱ってはいけないような気すらしてくる。

 

「でも、それなりに今日は楽しみにしてきたからさ、許してよ」

「別に怒ってた訳でも、咎めていた訳でもないからいいけど……そんなに楽しみにしてどうすんだよ。今日は静香と和己のプレゼント選びだろ?」

 

 そう、それが僕と山川が今ここにいる理由。僕の妹たちの誕生日は今月末。以前話をしていた時に山川から提案があったのだ。毎年絞り出すようにしてネタを出していた僕にとってはまさに渡りに船。断る理由など存在していなかった。

 

「そうだけどね。まずリーダーとお出かけって初めてだったでしょう?」

 

 頷く。僕と山川はそこそこ仲が良いのは話した通りだ。けれど、それは仕事上での話でこういった外部に持ち出されることはなかった。彼女の言う通り出かけるのも初めてである。

 

「それにほら、この服も髪型も全部、初挑戦なんだよ!」

 

 その場でくるっと回って一回転。遠心力で肩にかけていたカバンがちょうど遊園地の空中ブランコみたいに動く。それから「どう?」と僕に問いかける。

 なるほど、彼女が楽しみにしていた理由は納得できた。確かに初めて着る服に、髪型。そういった心躍る要素を詰め込んでいたとなれば話は変わる。普段から自信を持て余し気味な彼女でも他者の評価というのは気になるのだろう。

 でも、ここで素直に「かわいい」って言うのはなぁ……なんだか気に障る。だって、見えるもん、どや顔で調子に乗る山川の姿が。

 だがしかし、ここで山川の機嫌を損ねるのは面倒だ。彼女にはこの後いろいろと付き合ってもらわなければならない。アルバイト同様にサボりだすか、何なら帰るとか言い出すことも考えられた。そうなるとやっぱり、ここ僕が折れるべきだろう。そう判断した。

 

「まあ、文句の付け所がないぐらい似合ってるんじゃない」

「そ、そこまで言う!? ホントに?」

「嘘ついてどうすんだよ」

 

 僕は覚悟を決めてそう言った。さあ来い。どんなからかい、ダル(がら)みでも対応できるだけの準備はできている。

 けれど、そんな意気込みも空しく、山川はどんな言葉も浴びせることなく沈黙した。肩透かしもいい所だった。逆に心配になって彼女の目の前で手を振る。けれど反応がなかなか帰ってこない。

 

「大丈夫か? 外で待ちすぎて熱中症とか勘弁してくれよ」

「そ、それは大丈夫。大丈夫だから! とりあえず電車乗ろう」

 

 山川は目の前にあった僕の腕を掴んで駅へと突き進む。待って、待ってくれ。まさかこのまま駅のホームに突撃するつもりじゃないだろうな! そういうタイプの反撃は流石に想定外なんだけど!

 勢いよく階段を上がっていく山川に置いて行かれないように、懸命に足を動かした。その途中、じわじわと右膝に痛みが走った。奥歯をかみしめ、表情が歪んでしまう。

 階段を上りきって、改札に差し掛かったあたりで彼女はハッとして僕の手を離す。

 

「えーと、その……ご、ごめん。恥ずかしかったよね」

 

 山川がぱたぱたと手を団扇のようにして顔を(あお)いだ。頬はほんのりと赤らんでいて、そこまでなるなら走るのは止めておけよ。

 

「……それはいいけど、急な階段の上り下りは膝に来るんだ。次からは気を付けてくれ」

「リーダー、おじいちゃんみたいなこと言うね」

 

 山川はクスクスと笑う。いや、膝に関しては割と洒落にならねぇんだ。何せ爆弾が爆発した後の更地だからな。このことは山川には言ってなかったし、仕方がない。

 それにあまり大声で言いたくもない。あまり思い出したくもないのもあるけれど、『俺、昔バスケやっててさ、階段上ると“古傷”疼いちゃうんだよね』とか言いたくないじゃん。死ぬほどダサいし、何なら言った瞬間に自刃まである。それが許されるのは中学二年生。たぶん『練習サボる俺、カッコいい』とか思っているタイプ。絶対に仲良くなれない。

 

「……笑ってないでさっさと行くぞ。乗り遅れて十分待つとか、僕は嫌だからな」

「それは同感だね。感性までは衰えていないんだ?」

「どうだろうな。老い先短い人生だったら急ぐんじゃないか? そうだったら山川はおばあさんだ」

「私を老いに巻き込まないで!」

「いや、それは生きている限り常に巻き込まれるだろ。逃れられたらすごいぞ。不老のスパーガールだ」

「私、実は五十歳!」

「既に不老なのか」

「新鮮な若者の血を啜ることが若さの秘訣です」

「吸血鬼じゃん。がっつり日差しの中歩いてたけど大丈夫なの?」

「日焼け止めでカバーしてるからね」

「すげえな。最近の日焼け止め。ちなみにおいくら?」

「今ならなんと、三万、九千、八百円!!」

「いや、たっか……」

 

 でも、もし僕が吸血鬼だったら買ってるな。日中歩けないの相当ストレスだろうし。アホなやり取りをしている間に電車が来た。休日だからか車内には多くの人がいて、隙間に入り込むようにして乗車した。大方目的地は一緒なのだろう。

空いている吊革に右手を伸ばして、何とか掴むと電車が動き出した。身体が揺れて、隣の山川が僕の体にもたれかかる。吊革を持つ手に力を込めて、何とかバランスを保つ。懐でうつむく山川は小声でつぶやく。

 

「ごめん。ちょっと、体を貸して。吊革に届かなかったから」

「……わかった」

 

 こんな人口密度が高い所ではほかに選択肢がない。だから彼女を咎める気は毛頭なかった。けど問題は……なんか、めちゃくちゃいい匂いがするってことだ。

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