教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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『ただでさえ黛は人気が高いんだからさ。狙っているのはお前だけじゃないって話』

 

 かつて僕にそう言ったのは間違いなく五十嵐である。あの時は僕を励ましているように思えた。けれど、この状況を見てしまった後ではその意味は大きく異なる。今にして思えば威嚇、警告のように思える。きっと、僕を彼女から遠ざけるための一言だったのだ。

 見て見ぬふりをして、今すぐこの場から逃げてしまいたくて、一歩、二歩と後退(あとずさ)りする。けれど、僕の行動を阻害する人間がいた。山川が、腕同士を絡めて僕を捕縛していた。

 

「どこに行こうとしてるの。逃げる気?」

「いや、逃げるってわけじゃ……。タイミングが悪いというか、なんというか」

「何それ? 今ここで時間を置く必要はある?」

 

 いや、確かに山川にとってはそうかもしれないけどさ。僕は本当に困るから勘弁してほしいんだけど。

 

「楽しみにしていた小説の新刊が出るの忘れてた」

「リーダー本読まないじゃん」

「小腹が……」

「さっき、昼食べたのに?」

「そろそろ地震が起きて、避難誘導が始ったり……」

「しーなーい! 何、リーダーどうしたの? 行きたくないの?」

 

 今だけは絶対に行きたくない。

 

「……やっぱりやめないか?」

「そんなことを言わないの。ずべこべ言わずに私への恩返しをしなさい!」

 

 腕を強引に引かれて、散歩中に抗議する犬みたいな気持ちでフロアに足を踏み入れる。当然のことながら、黛や五十嵐との距離が近づいてくる。

 

「リーダー、どれがいいと思う? 朝顔柄なんか涼し気でいいよね~」

「そ、そうだな」

 

 ウキウキと上機嫌な山川とは対照的に、僕の気分は下へと向かう。なんだか体を内側からひっくり返して、火で炙られているような気分になる。焼き魚かよ。

 ちらりと少し離れた場所にいる五十嵐と黛を見た。まだ、二人の関係がはっきりした訳ではない。もしかしたら勘違いって言う可能性もある。声をかければ、その辺をはっきりとさせられる。

 でも、もしも僕の考えが勘違いではなくて、五十嵐と黛がそういう関係であったなら……僕は立ち直れるのだろうか。

 シャツの裾を引かれて、横にいた山川に目をやる。

 

「ちょっと、聞いてる?」

「ああ、悪い。聞いてなかった」

「まったく、しっかりしてよね」

「で、何の話だっけ?」

「リーダーが着るならどんな浴衣がいい? ピンク? ふわふわなリボンが付いてるといいかもね」

「なんで可愛い系の選択肢しかないの。僕は男だって」

「ごめん、ごめん。この辺可愛いのしかなかったからさ。あっちの方に男物があるっぽいから行ってみようよ」

 

 僕の考えなんて知らない山川は僕の手を引く。気が付いた時にはもう遅かった。少し離れた位置の五十嵐とすれ違い、目が合う。一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。

 五十嵐が黛の手を取って僕と反対側へ速やかにこの場から抜け出していく。追いかけるか、それとも見て見ぬふりをするべきか決められない。その状況で僕の手首が掴まれたまま、視線を強制的に変えられる。

 

「ねぇ。どこを見てるの。何度も言わせないでよ」

 

 山川が眉間にしわを寄せていた。随分と冷たい声色は彼女のイメージとは大きく異なっている。思わず気圧(けお)されて、僕は目をそらした。

 

「いや……その、知ってる人を見かけたもんだから」

「変に取り繕わなくていいよ。黛さんでしょ? わかってるから」

 

 言い当てられたことに面を食らった。振るえる声にハッとして山川のことを見る。彼女の瞳に涙がにじんでいた。そこで僕は自分が何をしたのか自覚した。

 

「言ったでしょ、今日はデートだって。他の子を見て……私をおろそかにしないで」

 

 本当はわかっていたはずだ。山川がどのような気持ちでこの場にいたのか。気合の入った服装。山川本人や妹を介しての念押し。機嫌だって、バイト中とは比較できないぐらいに良かったのだから。

 けれど、僕は彼女の優しさに甘えていた。そのことを受け入れることをせず、見向きもしてこなかった。その報いを、ここで受けることになった。

 

「ごめん。今日はもう……帰るね」

 

 山川は僕の返事を聞くことなく、この場から駆け出した。その後を僕は追いかけることができなかった。

 

 ▼

 

 本当はあんなことを言うつもりなんてなかった。もっと上手く、都合よく丸め込む手段が私にはあったはずだった。

 黛さんの勝ち目を摘んで、入江君の気持ちをこちらに向けて、私は彼の傷を癒す都合のいい存在になるはずだった。そうできる自信があった。だから、計画にはなかった異常事態だったけれど踏み込む決意をした。

 けれど、直前で私はそれを実行できなくなった。自分が望んでも手に入れられなかったもの、それを持ち合わせている彼女を見て、耐えきれなくなった。

 彼はあんなに真剣に私を見てはくれない。その事実を反芻して、泣き出しそうになって、ハンカチで目元を隠し、こらえた。

 私はやっぱり、どうしようもなく最後の最後で詰めが甘くて、いつまでたってもわがままな子供のままなのだろう。

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