教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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 心の内側を覗き見られたのかと思った。自分の想いを、憧れを他の人に晒す真似はしてこなかった。勿論、五十嵐のように察してくる人はいるだろう。だが、特に目の前の彼女、黛玲子相手には最新の注意を払っていたつもりだった。だから彼女が僕の想いを知ることなんて、できなかったはずなのだ。それこそ、心を覗き見ない限りは。それ故に、彼女の口から出た言葉にひどく戸惑っていた。

 

「どうして、そう思うんだよ」

「どうしてって……疑問に思う所なんてあったかな?」

 

 黛は首を傾げる。

 なんだよ、その“わかって当たり前”みたいな反応は。そんなに僕の心情はわかりやすかったって言うのか? だとしても、彼女がそのことを口にする理由がわからなかった。

 

「随分と自信があるみたいだな」

「得意分野だからね。私、こういうのは得意なんだよ」

「……嫌な得意分野だ」

「ん? 恋心を察するのがどうして嫌な得意分野なの?」

「得意なのは人の隠したいことを暴くことじゃなくて?」

「入江君はひどい言い方をするなぁ。そういう解釈をするとは思わなかった。というか、否定しないんだ。私のことが好きだってこと」

 

 しまった。失言だ。僕は誤魔化すために「いいや」と首を振る。

 

「自信満々に語らせて、最後に“僕が好きなのは別の人だよ”って言おうと思ったんだ」

「……私の他に好きな人がいるの?」

「どうかな? 時と場合によるね。たった今、都合よく作るかもしれない」

 

 そういうと黛はわずかに頬を膨らませた。

 

「入江君は意地悪だね」

「得意なんだよ」

「意地悪が? 嫌な特技だね」

「ああ。だからあまり披露する機会がなくてさ。ずいぶんと久々だった」

「それは良いことだね。でも、できることなら私の前でも優しくして欲しかったかな……。あっ、でも男の子は好きな女の子に意地悪したくなるって言うよね?」

 

 黛が逸れていた話題を戻した。彼女はどうしても、この話題を続けたいようだ。

 呼び出されて、隠していた気持ちをいつの間にか暴かれていて、それを告げられた。これだけのことをされても僕は彼女が何をしたいのか分からないままだ。

 

「……いや、嫌いでも意地悪はするだろう」

「じゃあ意地悪した入江君は私のことを好きか、嫌いかのどちらかってってことだね」

「そんな風に決めつけるのもどうなんだ。簡単に表すもんじゃないだろ。感情って」

「私は簡単にしちゃった方がいいと思うけどね。自分で自分の感情を簡単に決めてしまわないから悩んで、苦しんで、機会を逃す」

 

 黛は「そんなの嫌でしょ?」と僕に問う。目を合わせてきた彼女から逃げるように視線を切った。

 僕自身、その傾向が強かった。先日のショッピングモールでの出来事もその典型だ。自分の気持ちを、考えを、シンプルに決めてしまえたのなら、あんな間違いをしなくても済んだのかもしれない。僕がこんなにも苦しまなくても済んだかもしれない。……山川を傷つけずに済んだのかもしれない。

 

 そんな仮定に揺れる僕を諭すように彼女は言う。

 

「だから、私が決めてあげる。苦しそうな入江君を助けてあげる」

 

 彼女の指が顎に添えられて、視線を強引に戻された。

 わずかに上がった口角。蠱惑的で、誘うような表情。視界が彼女で埋め尽くされる。逃げることも受け流すことも許さない。この距離はそう示しているように思えた。

 

「入江君は私のことが好き。私も……入江君が好き。それじゃダメなのかな」

 

 点と点が線で結ばれていく感覚があった。今朝、彼女が寝ている僕のそばにいた訳。山川から誘いを受けた時に彼女が怒っていた理由。そして、彼女が僕を夏祭りに誘った目的。不明瞭だったものが鮮明になっていく。

 心臓が高ぶり、呼吸が荒くなった。血液が沸騰するという比喩表現を初めて自分の身体で経験する。

 この瞬間を夢見ていた。彼女は迷わない。彼女の行動には常に意図を見いだせる。人間味を薄めた彼女には機能美みたいなものが感じられた。自分と対局な彼女は、黛玲子は僕の憧れだった。一つの理想だった。

 それ故に想像してしまう。この提案を受け入れたのなら、どんなに幸せなことなのだろう。理屈で言うのなら断る理由なんて存在しない。

 でも、それは逃げだ。都合のいい所だけを見て、自分だけが痛みから逃れようとしている。それはきっと、許されることじゃない。憧れの隣に立つ人物としては相応しくない。僕はきっと、自分のことをより一層嫌いになることだろう。

 だから、頬に添えられていた彼女の右手をそっと引きはがした。

 

「黛の言ってくれたことは素直に嬉しいよ」

「そっか。なら、私の提案は受け入れてくれるんだね」

「いや、そういうわけにはいかない」

 

 黛が目を見開く。彼女の驚き、動揺が感じ取れるわかりやすい表情だ。そんな彼女を始めて見たかもしれない。

 

「……どうして?」

「僕にはまだ、やらなきゃいけないことがある」

「やらなきゃいけないこと?」

「ああ、いっぱいあるんだ。妹と仲直りしたり、五十嵐とのいざこざを片付けたり、それと傷つけたままの女の子に謝らないといけない。だから今、黛の提案を受けることはできない」

 

 馬鹿なことをしているという自覚はある。今この瞬間に殴られてもおかしくはない。けれど、これは僕にとって必要なことだ。僕が、僕自身を許すためにも。

 黛は僕の言葉を聞き届けてから目を細めた。

 

「……意地悪が得意だって言うのは嘘じゃなかったみたいだね。傷ついた女の子に謝るために、また一人女の子を傷つけようとしてる」

「そ、それは……」

「入江君のしていることは誠実のように見えて、とっても不誠実だ」

 

 黛は自分の胸に手を当てて「違うかな?」と僕に言う。

 弁解のしようもない。僕のしていることは愚かなのだろう。彼女からいかなる叱咤を受ける覚悟はしなければならなかった。彼女に嫌われることも、覚悟しなければならなかった。

 

「そうだな。黛の言っていることは正しい。僕はとても不誠実だ」

 

 僕は言葉を区切った。

 正面を見て、黛と目が合う。その目は僕を見極めているように感じられた。一呼吸入れて、覚悟を決めて次の言葉を紡ぐ。

 

「でも、そうしなかったのなら、僕は本当の意味で黛玲子を好きになることができないと思う。きっとどこかに後ろめたさが残る気がする。それは……嫌だ」

 

 口が上手く回らなくなる。緊張に身体が震えた。自分の気持ちを伝えることは難しいことなのだと改めて実感する。口元を固く縛って、それから高台から飛び降りるような気持ちで最後の言葉を口にした。

 

「僕は、胸を張って黛に『好きだ』って言いたい」

 

 言えたという達成感と、言ってしまったという後悔が複雑に混じりあった。この決断が正しいのか、間違っているのかはわからない。けれど、僕はこのことを後悔しない。根拠のない確信があった。

 黛は僕の言葉を聞き届けて、安心したようにふっと息を吐いた。

 

「そっか。なら、許してあげる。入江君のそういう所、理想的ではないけれど、嫌いじゃない」

「……悪いな。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方だよ。本当に確かめたいことは確かめられたのだから。やっぱり君は私のことが好きだった」

「……あれだけ知っているよう見せておいて、全部ブラフだったのかよ」

「別に全部ってわけじゃない。知っていることが少しと、残りはすべて推測だよ」

 

「ああ、でも」と彼女が言葉を区切った。瞳を閉じて、言葉にするのをためらったような間をおいて、彼女はこう告げた。

 

「……そうであって欲しいという願望は間違いなくあっただろうね」

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