教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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Day8


00-XX4

 ずっと、あの時の失敗を引きずり続けている。

 俺は恵まれていた。バスケットを始めて、一週間が経つ頃には自分と他人の違いが明確に理解できた。他人が数か月かかることを数日でものにできたからだ。自分の身体を思い通りに動かすことができるセンスみたいなものが、俺には最初から備わっていたように思える。

 

 負けたことがなかったというわけではない。できなかったことがなかったわけではない。けれど、いつかはできるようになる。そういったある種の全能感が自分の背中を押してくれていた。

 中学二年の夏。俺は成長期の軌道に乗って、背丈を順調に伸ばしてレギュラー入りした。

 エースと呼ばれるにふさわしい活躍をして、三回戦までたどり着いた。自分が先輩を勝たせてやるんだ。そういった傲慢さを抱えて向かった場所で、俺は初めての挫折をすることになる。

 

 三回戦の相手は無名の公立校。そこに所属していた自分と同い年のPG(ポイントガード)。チームメイトからケイと呼ばれていた、このチームの核と言える人物。

 自陣からボールを運び、自らにインサイドに侵入(ペネトレイト)してこちらの布陣をぐちゃぐちゃにして行く様はまさに暴君。そこから自分で決めたり、フリーな味方へのパスをしたり、その時々でこちらが最もされたくないものを選択する。性格の悪さが滲み出たプレイスタイルでチームを牽引していた。

 俺たちはそれに翻弄され、じりじりと神経をすり減らされた。そうして気が付けば第四クオーター。試合はもつれていて、1点勝ち越した場面でラストプレー迎えた。

 相手の攻撃。攻撃の起点となるケイがボールを持った。時計が進み、時間ギリギリで彼のマークがスクリーンで引きはがされる。コートの中央に暴君が解放され、俺は慌ててヘルプに入った。

 

 ここで止めれば時間切れで勝利が確定する。

 逆もまたしかり。ここで抜かれたら俺たちはなすすべなく敗北する。

 極度の緊張感の中、俺はこの日初めてケイと目が合った。今にも人を殺してしまいそうな、鋭い目つき。“絶対に試合を決めてやる”という覚悟の決まった気迫。

 

 自分にもその気持ちは勿論あった。けれど彼とは質が違う。根底が異なる。俺が持っているのは“自分が負けるはずがない”という慢心から来るものだ。彼の目は“ここで決められなければ死んだ方がいい”と訴えてくる。その違いを明確に感じ取って、身体がこわばった。

 時間にして一秒にも満たない隙。彼が見逃すはずもなくドライブで俺の横をぶち抜いて、誰もいないゴール下へ。

 遅れて伸ばした手はボールには届かなかった。その代わりに自分の身体がケイにぶつかった瞬間、試合終了のブザーが鳴り、敗北が確定する。

 

 自分のせいで負けた。それも上手さだとか圧倒的な身体能力の差とかが原因ではない。ただ、気圧(けお)された。それも自分よりも体格が一回り以上小さい奴に。そんなことを周りに言えるはずもなかった。

 それから自分の中で気持ちを整理することができないまま、時間が経った。その間、あの時気圧(けお)された理由をずっと問い続けてきた。練習はずっと続けていた。もう一度対戦した時、少しでもあの時の無様な自分から離れられるように。あの時の失敗を乗り超えられるように。そうしなければ俺は前に進めない気がした。

 

 そして迎えた三年の大会。もう一度ケイにリベンジする機会が訪れた。順調にいけば、今度は四回戦で当たる組み合わせ。気が早いのは分かりきっていたけれど、俺は彼らの初戦を見に行かない訳にはいかなかった。

 けれど、そこに彼は居なかった。

 見間違えや、体調不良による欠席かと思ったけれど、何度数えてもベンチメンバーは埋まっている。

 

「なんだよ、それ……」

 

 呟きが試合開始のブザーにかき消される。何で、あれだけの選手がベンチにすら入っていない。どうして、あんな目でバスケをやっていた奴がこの場に立っていない。その問いに答える者がこの場に現れることはなかった。

 

 ▼

 

 終業のチャイムが鳴って、約束の昼休みが来た。俺は朝練の後に購買で買ってきたミックスサンドとコーヒー牛乳を手に教室を出る。横目に対戦相手を見ると、風呂敷を広げていた。彼はここで昼を食べてから来るようだ。

 一足先に体育館前のベンチにたどり着いて、昼食を摂った。咀嚼しながら目を閉じる。

 ケイと再会したのは高校に入ってすぐ。クラスでの自己紹介でのことだ。髪は伸びきって、雰囲気は随分と変わっていたけれど、それでもケイのことは間違えなかった。それだけ彼の残した印象は鮮烈だったのだと思う。

 

 正直なところもう一度会うことは諦めていた。バスケット以外で彼との接点が生まれるとは思っていなかったのだ。

 だから俺はその日のうちに声をかけた。もう一度バスケットをやろうと、俺と対戦して欲しいと伝えた。けれどケイは「もうバスケはやらない」の一点張りで、その発言が覆ることはなかった。その理由が怪我であると知っても、ケイとの勝負を諦めることができなかった。

 どれだけ練習したとしてもあの瞬間がちらつくのだ。あの瞬間を乗り超えなければ俺はいつまでも停滞したままなのだろう。

 

 だから、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。黛には悪いけれど、これを逃せば本当にケイと勝負をすることはできないかもしれない。

 俺は今度こそあの夏を超えて、前へ進むのだ。その決意を胸に、サンドイッチを飲み込んだ。

 

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