教えて、バイトリーダー!【完結】   作:イーベル

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 昼食を終えて、教室を出た。廊下を歩いて体育館に向かうと、やたらと視線を感じる。気になるが、それも仕方がないと割り切った。何せ僕と五十嵐は学内屈指の美少女、黛玲子を奪い合って勝負することになっているのだから。関係のない人間からすれば、気になって仕方がないのだろう。

 その中をかき分けて「入江君」と声をかけられる。この条件下で正面を切って声をかけてくる人間なんて、彼女以外考えられなかった。

 

「なんだよ、黛」

「なんだよって何? 私も行く。関係者なんだし」

「別に来なくたっていいのに。こんな空気好きじゃないだろ?」

「それは教室に残ったって一緒。だったら入江君の応援に言った方が生産的だって。それとも私に応援して欲しくないの?」

「そういうわけじゃないけどさ……」

 

 そういうことならむしろ応援して欲しい。

 

「まあ、私としては入江君に勝ってもらわないと困るんだけどね」

「ああ、そうだろうな」

 

 昨日の五十嵐からの電話を思い出す。彼の裏切りは黛からしても想定外で、結果として秘密を握られてしまう形となった。彼女の秘密がどんなものなのかわからないけれど、それでも僕は彼女の力になりたかった。

 

「入江君には迷惑をかけるね」

 

 黛は口を固く結んで、きまり悪そうにそっぽを向いた。

 きっと彼女は不安なのだ。それでいて、その原因の解決を僕に委ねていることに後ろめたさを感じているのだと思った。

 だからこの間、彼女の目の前で電話を切った後のように、わざとらしく笑う。

 

「そうだね。とても面倒なことになった。できることなら関わりたくなかったな」

「……そこは、安心させるセリフを言うところなんじゃないの?」

「安心させられる側が、そんな自覚的だとそんな気にはならないかな?」

「意地悪なことを言うんだね。入江君に申し訳ないと思っているのは本当なのに」

 

 そんなことは知っていた。ここ数日、いや、それよりもっと前からずっと黛を見てきた。彼女が嘘をついていないことはわかりきっていた。

 だからもう彼女の表情が濁らないように、僕は一つ提案をすることにした。

 

「じゃあ、約束をしよう」

「約束?」

「そう、約束」

 

 僕は頷いて、つらつらと言葉を並べ始める。

 

「僕が五十嵐との勝負に勝ったら対価を貰う。僕は僕の目的のために勝負するし、黛はそれを利用した。ギブ・アンド・テイクって奴だ。これなら後ろめたさなんて感じないだろ?」

 

 僕は黛に同意を求めるために目を合わせようとした。けれど彼女は視線をそらしたままだった。

 

「言葉の上ではそうだろうね。でも、それで私は何を差し出すことになるのかな? 対価を払う側としても、納得できるものでないと」

 

 黛はそう言った。

 その言葉を受けて僕は覚悟を決める。以前泣く泣く断った、自分が求め続けていた対価を要求することにした。それを口にするには数秒の時間が必要だった。

 

「……一緒に夏祭りに行こう。黛は知らないかもしれないけれど、花火がとっても綺麗に見える、とっておきの場所があるんだ」

 

 黛が勢いよく顔を僕に向けた。目を見開いて二度瞬きをする。ゆっくりと目線をそらした。

 

「それだと対価にならないよ。私にメリットしかないじゃない」

「でも、僕にとっては最上の対価だよ。本当はあの時、黛の誘いを受けたくて仕方がなかったんだから。それでも納得がいかないって言うのなら、食べ物を奢ってくれればいい。できればたこ焼きとか焼きそばとか、お腹に溜まるのが良いな」

 

 僕の言葉を聞いて彼女がゆっくりと微笑む。

 

「……そっか、じゃあそうする。入江君のお腹がいっぱいになるように、一番体積が大きい綿菓子を食べさせてあげるね」

「いや、綿菓子は口の中で溶けちゃうだろ」

「そっか、ぬいぐるみみたいに上手くはいかないよね……」

「え、何? 腹割いて詰める気なの?」

 

 お腹いっぱいってそういうこと? どういう冗談なんだよ。怖い、めっちゃ怖い。ちょっと想像してブルっと体が震えた。それを見た黛はクスクスと笑う。

 そんな会話を終えて、僕らは体育館にたどり着いた。解放されていた入り口の前で体育館用のシューズに履き替える。普段だったらそのまま足を入れるだけだけれど、今回は一度靴紐を解いて、結び直す。それがかつての()のルーティンだった。

 右脚から中に入る。キュッとスキール音がした。僕はコートの中央へ向かい、黛は壁際へ歩いていった。待っていた、五十嵐と目が合う。

 

「覚悟はできたか?」

「お前に負ける覚悟はできてないな」

「ひねくれた答え方をするな、ケイは」

 

 そう言って彼は肩をすくめる。悪意も、敵意も感じない。普段通りに人が良くて、馬鹿な振りして冗談を言う彼に見えた。それこそ教室にいるときみたいに。

 それでも、彼は今僕の敵として前にいる。それが何故なのか知りたかった。

 

「……五十嵐、なんでこんな勝負を持ち込んだ」

「電話で言ったはずだけどな、理由なんてない。俺はただお前と勝負がしたいだけだ。こうでもしないとお前は逃げるからな」

「それは……そうだろうな」

 

 かつての自分のような動きはもうできない。そうと分かっていても、どうしても追い求めてしまう。それが嫌でバスケを辞めた。だから、五十嵐からの勝負を避け続けていた。

 それが彼にとっては不都合だったのだろう。

 

「でも僕と勝負したところで何もないぞ。練習にすらならない」

「確かに、今のケイより上手い奴は他にいくらでもいる」

「言ってくれるな。じゃあ尚更、勝負をする理由がわからないな」

「理由はあるさ。だけどこれ以上は時間の無駄だ。俺たちは談笑するためにここにいるわけじゃない。続きは、ケイが勝ったら教えてやるよ」

 

 五十嵐は会話をぶった切って、足元にあったボールを拾い上げる。それから僕の胸元に向かって柔らかなチェストパスをした。

 僕は受け取ると、手をボールに慣らすように何度かついて、スリーポイントラインの中央に向かう。ゴールとの間に五十嵐が入った。

 

「そうか。じゃあルールの確認をしよう。攻守交代なしの三本勝負」

「ケイが攻撃で俺がディフェンス。全部止めたら俺の勝ち、だろ?」

「ああ、それで一本でも決めれば僕の勝ちだ。忘れてないようで安心したよ。じゃあ、始めよう」

 

 目を閉じて、息を細く長く吐く。負けられない戦いを制するためにスイッチを入れた。

 今度は僕がチェストパスで五十嵐にボールを送る。五十嵐は即座にバウンズパスで返した。お互いの間をボールが一往復したのを合図に一本目の勝負が始まった。

 レッグスルーでボールの持ち手を何度か変えながら五十嵐の出方を伺う。

 この膝じゃ、全力で動ける時間は限られている。仕掛けるなら三本目だ。この一本目と二本目に布石を打つ必要があった。

 二度自分の目の前でボールを往復。そこから一気に右のスペースに一歩切り込む。五十嵐は当然僕についてきた。両手を挙げ、左にぴったりと。

 大股で二歩前に進んだ。五十嵐はまだ振り切れていない。左足で床を強く蹴ってバックステップ。彼との間にスペースを作った。経験上この間合いならブロックはしないと確信していた。

 右サイドからのジャンプシュート。ブロックするには距離がある。ボールが指先から離れ、リングとの間に仮想の放物線を描いた。リングへの当たり所が良ければネットをくぐりそうだった。けれどその頂点に到達する前に大きな手が横入りする。ひっぱたくようにしてボールが弾かれた。自分の横をボールが通り抜ける。

 

「もうそこは届くんだぜ。高校でも背は伸びたからな」

「この野郎……」

 

 嬉しそうに笑う彼に僕はそう呟いた。右腕の袖で顔の汗を拭うと、自分も笑っていることに気が付いた。

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