「おいおい兄ちゃん。いくら客が勝手知ったる身内だとしてもよぉー。その態度はないんじゃねぇーの?」
「そうだね。私も
静香は「ねぇ?」と陰から見ていた黛に視線を送った。こいつら確信犯だ。後ろから黛が付いてきていることをしっかり見ていたらしい。本当にたちが悪い。思わず奥歯をかみしめた。
双子の妹
男性顔負けの身体能力。悪知恵もよく働く。それらは主にバスケットで存分に有効活用され、あまりのヒールっぷりに対戦相手のトラウマになったりもする(らしい)。
もしも彼女らが部活に入っていなかったのなら、この余ったエネルギーがどこへ向かい、どうなってしまったかはわからない。けれど、絶対にろくなことにはならないと確信できる。まあ肉親としては想像したくはないが。
さて、そんな仮定の話はともかく、現実の話をしよう。今僕は二つのプライドを天秤に掛けなければならない。
一つ、家族としてのプライド。
兄として、妹たちに偉そうに命令されたくない。これは妹、弟を持つ人間ならば理解してもらえると思う。兄は下の兄妹にはマウントを取られたくない。兄や姉という生き物は生きた歳月の長さの差分だけ、妹や弟に逆にマウントを取りに行きたいもの。
理屈ではない。生まれ持っている感覚。あるいは性質。年を取るにつれて丸みを帯びることはあれ、これは絶対に覆せないものなのだ。
まあ、逆に妹や弟はそれらを生意気と一蹴したくなる生き物だというものなのだが、それは置いておこう。
二つ、従業員としてのプライド。
僕もこの店に来てからそれなりの期間働いて、それなりに授業員や店長からの信頼を勝ち得てきた。先ほど黛に話したように接客の丁寧さ、真摯さには一家言ある。……少なくとも店内では。苦労して積み上げてきたものを
脳内天秤が揺れている。感情ベースでは一つ目に、理屈では二つ目へと傾きが変わっていた。どちらにするべきか決め手がない。どちらを選んでもそれなりに後悔はしそうだ。僕が眉間にしわを寄せて考えていると、いつものようにお気楽な声色のあいつが眼鏡とお下げを引っ提げて、ホールに戻ってきたのだ。
「おっ、カズちゃんにシズちゃんじゃん。いらっしゃい」
「よっ」と手を挙げる山川。それだけでうちの妹たちは釘付けになる。
『やまちゃんだー!』
声をそろえてトテトテと近づいて抱きついた。「おっ、可愛いやつらめ」と山川はそれに応じていた。山川はうちの姉妹となぜか仲がいい。どのようなきっかけがあったのかは知らないけれど、相性がいいのは確かなようだった。
普段であれば『飲食店の店員に気軽に抱きつくな』と説教をかますのは間違いない。だが、ぐっとこらえた。何せ僕は今ピンチ。山川の出現は渡りに船だ。このまま奴らを押し付けて、山川の動きを悪い例として、黛に紹介する。こうすればさっきの僕の件も悪い例として片づけられるという寸法だ。まさに完璧。勝ちしか見えない。
妹達の後ろから山川に視線を送る。後は任せたと『どうぞどうぞ』のジェスチャーを送った。彼女はウィンクで答える。何それかわいい、山川のくせに。
「ところで山ちゃん後ろの子は?」
和己が尋ねた。
「ああ。レイちゃんとは初遭遇だよね。昨日から来たんだよ」
山川は「ね?」と黛に視線を送った。
「初めまして、黛玲子です。お兄さんにはお世話になってます」
黛は山川に応じて軽くお辞儀をした。静かに、和やかに、名で体を表さないうちの妹たちに格の差を見せつけるような仕草に思わず見とれてしまう。
それはどうやら妹たちも同じだったようで、反応が少し遅れた。
「……これはご丁寧に。私は静香、こっちは和己です」
「おう! よろしく」
元気よく和己が答える。家にいるときみたいにいつでもけんか腰ってわけではないらしい。意外と温和だった。その辺は中学生になって成長しているのかもしれない。
「ところで山ちゃん。レイちゃんは研修中なんだろ?」
「そうだね」
「兄ちゃんが昔言ってたけど、誰かが教育するんだよね? それは誰がやってるの?」
「それは……」
山川がちらりとこちらを見た。僕はとっさに両手を合わせて彼女を拝む。そこから導かれる妹たちの行動がなんとなく察しがついたからだ。何とかこの場は逃して欲しかった。
山川は微笑み、僕の願いは聞き入れられる。そのことに安堵した。
「勿論バイトリーダーである入江圭君に決まってるじゃない」
「や、山川てめぇ!」
「おっと、そんなに怖い目で睨まないで」
「兄さん、あんまり山ちゃんをいじめないでください」
口元を袖で隠しながら静香が言う。絶対ににやけているのがわかった。
「ということは兄ちゃん、新人相手にちゃんとした接客、見せなきゃぁいけねぇよな?」
「そうですね。和己ちゃん。お兄さんはお客である私たちに、お手本として、きちんとしたおもてなしをしなければいけませんよね?」
ズイズイと僕に詰め寄る二人。こうなるともうどうしようもない。僕の天秤は粉々に砕かれ、悩んだが故にどちらのプライドも守ることができないようだった。観念した僕は店内に手を差し出した。店員としての矜持で自分を奮い立たせる。
「二名様、店内へどうぞ~」
「よろしい。お好きな席に座る!」
我が物顔で席に進む妹たちの頭の上から山川が見えた。にやにやと笑いながら黛の肩を持っている。
「ほら、ああいう真摯な受け答えが、接客には重要なんだよ」
「そうなのかな」
「そうそう。よく見てなって」
山川……お前絶対さっきの弄り根に持ってたな。いや、確かに悪かったとは思ったけどさ。そのあとフォローして帳消しにしたじゃん……。それで許してくれよ。報復があまりにもデカすぎるんだって。
妹たちが席に腰を掛けて、持っていたスクールバックを空いている椅子へ置いた。それを見計らってマニュアル通りのセリフを述べる。
「ご注文お決まりになりましたら、そちらのボタンでお知らせください。ではごゆっくりどうぞ」
立ち去ろうとして背中を向けた。けれど、ピンポーンと鳴り響く音と、目の前のディスプレイに表示された番号でそれが背後の席からであることがわかった。とことんまで僕の神経を逆撫でしたいらしい。
「……何か、御用でしょうか?」
「だから、怖いよ兄ちゃん笑顔、笑顔」
「そうですね。兄さんは見本なんですから、しっかりしないと」
あきれ顔で静香が言う。今すぐ僕がその顔をしたい。こんなことをされて腹が立たない奴がいたら人間として間違っている。
「兄ちゃん、このままじゃ黛さんが不真面目な店員に育つよ」
それは困るな。黛にはちゃんとした目的があってこの場で働いている。可能なら僕はその手助けになりたかった。いくらイレギュラーな客とはいえ、言い訳にはしたくなかった。
こほんと咳払いをした。
「何か御用でしょうか」
「お腹にたまる店員さんのおすすめの食べ物二つ。飲み物とセットで」
「ではこちらのミックスサンドとソイラテのセットはいかがでしょうか。当店でも女性人気が高いメニューですよ」
「では、それで」
「かしこまりました。他にご注文がありましたらボタンでお知らせください」
ハンディ端末に注文を打ち込んでから礼をして立ち去る。少し奥まった所で待機していた黛と山川が見えた。僕はそれにすぐさま合流する。
「あれ、出禁にできない?」
「リーダー、弱音を吐くのが早いって。もっとルーキーに良い所を見せなきゃ」
「いや無理」
本当に無理だって。矜持とか言ってられない。