「おかえりなさい、戎斗」
苛立ちを見せる戎斗に、琴里は苦笑しながら声を掛ける。
「なぜ別の場所にいた<ハーミット>がこちらに来た」
「……あー。それはね、こちらのミスなの」
「なに?」
何処か言いにくそうな表情で目を背ける琴里に、戎斗は怪訝な目を向ける。
気まずそうな雰囲気のまま、琴里はおずおずと口を開く。
「えーっと、実は士道が<ハーミット>と接触している時に、十香がついてきちゃってててね。それでまぁ、十香には精霊の攻略のこととか言ってないの。それで十香がが<ハーミット>を刺激しちゃって……」
「もういい。夜刀神十香に言わなかったのも、余計な疑惑を感じさせ無い為だろう?」
「……気づいてたの?」
「お前が精霊について考えていることは分かっている。だが、なぜ黙っておく必要がある?」
「既に霊力を封印した精霊が強度のストレスを感じると、霊力が逆流してしまう可能性があるの。そうなったら、何が起こるか分からない。だからそう簡単には言えないのよ」
そこまで話して琴里はため息を吐く。
「だから、十香が癇癪を起こせば非常に慎重な対応が……」
「――残念だが、既に手遅れだ」
琴里の言葉を遮ったのは、先ほどまで士道と十香の付き添いに行っていた令音だった。が、何処か疲れた表情をしている。
その様子に琴里は嫌な予感が止まらなかった。
「十香が君の家に入った途端、部屋に引きこもってしまった」
恐れていた事態に、琴里は額に手を当てて天井を仰ぐ。
とは言え仕方のない事ではある。こっそり士道について来た十香に見られたのが、士道と<ハーミット>が半分事故とは言え
「今は士道が対応してくれてるが、はっきり言って厳しいだろうね」
「そう。……仕方ないわ。下手に呼びかけても刺激するだけだろうし、今はこっちの方を話し合いましょう」
令音が手元の機器を操作すると、ブリッジのモニターに戎斗が戦ったインベスが映し出された。
「戎斗が戦ったというインベス。聞けば<ハーミット>の氷漬けにされていたらしいね?」
「ああ。粉々に砕かれなかった個体だ」
「このインベスからはわずかに異なるが、<ハーミット>の反応が検知された。と言うことは……」
「インベスは<ハーミット>、というよりは精霊の力を取り込むことが出来るということね」
自身で出した結論に、琴里は苦い顔をする。
精霊の力をインベスが吸収できる。しかも、反応は精霊とほとんど同じ。そして戎斗との戦いの様子を見るに、その力の一旦を使えるとあってはよほどの脅威だ。唯一の救いは、精霊がインベスを倒せると言うことだ。
「ひとまず、新たに現れたインベスの変異種をハーミットインベスと呼称。出現した際には、優先して倒してちょうだい」
「分かった」
「さて、それじゃあ十香の様子を見に行きますか。戎斗は休んでちょうだい」
琴里の号令で、この場はお開きとなった。
「奴が現れたのはこの辺りか」
琴里から休めと言われたからといって、戎斗が素直に休むかどうかは別である。
今は<フラクシナス>を降り、ハーミットインベスと戦った場所に訪れていた。
とは言え、現場周辺には既に『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが張り巡らされており、近づけたのはある程度近くまでだ。
インベスは出現していないし、クラックも開いていない。
「ASTめ。余計な横槍を入れてくれたものだ。次にあのインベスと出会ったならば、必ず仕留めてやる」
決意も新たにその場を立ち去ろうと戎斗が振り返ると、視界の端にふとウサギのような耳が過ぎった。
それなりの大きさなそれに、つい目を向けた戎斗は、たまらずその両目を見開いた。
「二体目の精霊……だと?」
雨が降る中、兔のような大きなレインコートを羽織り、周囲をしきりに見回しているのは、インベスとの戦いに乱入し戎斗のすぐ横を走り抜けた少女。
あまりの驚きに、<ハーミット>の呼称すら忘れた戎斗は、懐に入れているインカムに手を伸ばす。が、その手を止め、戎斗はしばし逡巡する。
「(ここで連絡を入れたとしても、おそらく五河士道を呼び出すだろう。だが、先ほど逃げられていたのであれば、また同じことになるはずだ)」
空間振警報も解除されたばかりで、未だに誰も避難していないこの場所で暴れ出すようなことがあれば、甚大な被害が出る。
そこまで考えてインカムから手を放した戎斗は、眼の前の精霊に声を掛けた。
「……おい」
「――ひゃぁ!?」
背後から声を掛けたのが悪かったのか、<ハーミット>は小さな体を跳ねさせる。
「ひぁ……」
何事かと振り向いた<ハーミット>は、自分よりも巨大な戎斗を見るやいなや、何故か左手を突きだした。
しかし左手に何もない事に気づくと、伸ばした左手を引っ込め、涙目となって震え上がる。
「ぅぇ……ぅぇ……」
「お前……」
「ちょっといいかな?」
「なん――――」
警戒されていることに気づきながらも話を掛けようとした時、背後から女性の声で呼び止められた。
怪訝な表情をしながらも戎斗が振り向くと、青い帽子に水色の制服――――婦警さんだった。
「ちょーっとお話し良いかな?」
何処となく凄みを感じさせる笑みに、戎斗は最悪な予想を思い浮かべる。
今にも泣きだしそうな少女に話しかける高校生男子。……事案である。
「待て、お前は何か勘違いを」
「はいはい。言い訳は署の方で聞くから」
「だから勘違いだと……」
「――あ、あの!」
戎斗の手を掴み同行を促す婦警に、先ほどまで震えていた少女が声を張り上げた。
声の主へと婦警の視線が向けられる。しかし少女が怖がっていることに気付くと、府警は慌てて視線を合わせる様にしゃがみ込む。
「お嬢さん、どうしたの?」
「え、えっと、そのぉ……」
声を上げたは良いものの、少女は震えるばかりで声を詰まらせる。
「わる…く……ない、です……」
「悪くない? それはこの男の人?」
か細くなった声を聞き取った婦警の言葉に、<ハーミット>はブンブンと頭を振る。
それでも疑いが晴れない婦警は、続けて質問する。
「それじゃあ、この人との関係は? 話せる?」
「あ、えっと、そのぉ……」
「兄妹だ」
思わぬ展開に<ハーミット>が縮こまっていると、不意に戎斗が口を挟んだ。
婦警が戎斗をギロリと睨むと、それを見た<ハーミット>が思わず戎斗の後ろに隠れてしまう。
それを見た婦警はばつが悪そうな顔をすると、眼の前の光景で一応納得したのか、「疑ってごめんなさい。……あんまり妹さんを恐がらせちゃだめよ?」と言って去って行った。
やがて姿が見えなくなると、戎斗は<ハーミット>に声を掛けた。
「おま……お前、なぜ俺を助けた」
最初はさっきと同じように話そうとして、さっきのことを思い出してしゃがんで目線を合わせた戎斗は、<ハーミット>に話しかける。
「わ、悪い人じゃ……ないと、思いました、から……」
「……そうか。助けてもらったことには変わりない。礼を言う」
おずおずと理由を話した<ハーミット>に戎斗は頭を下げる。それを見た<ハーミット>はあたふたと慌てるが、人見知りなのだろう、結局何も言わなかった。
「それで聞くが、なんでこんなところにいる?」
「その……よし、のんが……友達が、いなくて……」
「よしのん?」
戎斗が聞き返すと、コクリと頷く。
そこで戎斗は、<ハーミット>をモニターで見た時、左手にパペットを着けていたことを思い出した。しかし、眼の前の少女の左手にはそれが無い。
「そのよしのんとやらは、人形のことか?」
「……っ!」
幾ばくかの確信を基に戎斗が聞くと、俯きがちだった少女の顔が起き上がり頭を振る。おそらく、さっきの戦闘で落としてしまったのだろう。
そこで戎斗は疑問に思った。つい先ほどまで殺されかけていたのに、その人形を探していると言うことは、何か強い思い入れがあるのだろうか。
「……なぜ人形を探している?」
「…よしのん、は……私の友達で…ヒーロー……だから。今、まで助けて……くれたから」
「………………」
「わたし、みたいに……うじうじしないし……強くて、りそうの…じぶん、なんです……」
たどたどしく、だが確かにそう言い切った。
「……お前、名前をなんだ」
「ふぇ……?」
「名前だ。俺は駆紋戎斗。お前の名前は何だ?」
「よし、の……四糸乃、です」
いきなり名前を聞かれたことにおっかなびっくりの四糸乃は、ゆっくりと自身の名を伝える。
その名を聞いた戎斗は立ち上がる。
「よしのんとやら、気が向けば探しておいてやる」
「……え?」
「お前の友達とやらなのだろう?」
四糸乃に背を向けてぶっきらぼうに言い放つ戎斗に、それでも四糸乃はペコリと可愛らしく頭を下げた。それからすぐに、タッタッタッタッという音が聞こえた。
「ふん……」
戎斗は歩き出して、少ししてから振り返る。そこには先ほどまで震えて縮こまっていた少女の姿は無かった。
再び戎斗は歩き出す。降り続ける雨が、どことなく弱くなった気がした。
サブタイにちょっとしたダジャレ。