「――おい、何時までそうしているつもりだ?」
「ふん。カイトか。どうせお前もシドーと同じことを言うつもりなのだろう。誰が聞くものか。バーカバーカ」
まさしく駄々っ子のような十香の言葉に、戎斗の呆れたようにため息を吐く。
戎斗がいるのは五河家の十香が閉じこもっている部屋の前。
なぜそこにいるのかと言えば、四糸乃と話したときまで遡る。
四糸乃と遭遇してから2時間ほどしてからのこと。『よしのん』を探すと約束したはいいが、一人で見つけれるとは思っていなかった戎斗は、<フラクシナス>に連絡を入れた。
『はぁい。休んでろっていったのに遊び歩いている戎斗くん?』
「……探して貰いたいものがある」
『スルーされたから聞きたくないのだけど、言ってみなさい』
「パペットを探してほしい。兔のような見た目のだ」
『……一応聞いておくけど、それって『よしのん』って名前じゃないでしょうね?』
「なぜお前たちがそれを知っている?」
『それはこっちのセリフよ。話を聞いたときは、あなたがお人形遊びに興味があるのかと思ったけど、まさかあなたもそれを知ってるなんてね。なんであなたがよしのんを知っているのかは置いとくとして、実を言うと、既に所在は掴んでいるわ。今士道が取りに行ってる』
「そうか」
『だから代わりに一つ、頼まれてくれない?』
戎斗は琴里からの頼みを受け、そして今に至る。
しかしさすがの戎斗も、頼みというのが
聞けば戎斗が四糸乃と別れた後、そのまま士道が四糸乃と出会い、家に招いた。
しかしこの時、ファーストコンタクト時に確執があった十香がそれを見てしまい、再び部屋に引きこもってしまった、ということらしい。
「そもそもシドーが悪いのだ。私はシドーを心配していたというのに、奴は他の女とイチャコラしているではないか!」
「だとしてもお前には関係ないだろう。五河士道はお前の物ではないんだ。お前が怒るのは、お門違いと言うやつだ」
「…………カイト。士道はやはり、あの女の方がいいのだろうか?」
呆れすぎて対応がぞんざいになってきた戎斗に、活発さの欠片もない声がドアの向こう側から聞える。
自分を肯定してくれた少年。命を懸けてでも絶望から救い出してくれた彼が、他の女と楽しげに話しているのを思い出して、十香は胸がチクリと痛んだ。
しかし十香は、その痛みの名前を知らなかった。
「――くだらん」
「え……?」
だからこそ、戎斗のその一言がとても鋭く聞こえた。
自分のこの胸の痛みが広がるのを感じる。
だからなのだろう。――続く戎斗の言葉にひどく驚いたのは。
「なぜそう言い切れる?」
「なんだと……?」
「今の貴様は、親の事情も理解せず、遊んでくれと泣き喚く幼子のそれだ。自らの都合で、勝手に納得してしまう」
「……あ」
「だからこそ、
違う、士道はそんなやつではない。
戎斗の言葉を聞いて真っ先に思ったのは、そんなことだった。
その瞬間、十香の中でカチリと何かが嵌まった。
「(そうだ。令音も言っていたではないか! シドーは、命を懸けてまで私を救ってくれた!)」
「……腹は決まったようだな」
「うむ。私は、シドーに聞かなければならない」
「そうか。ならば……ッ!?」
その時、突如起こった地震に、戎斗の言葉が途切れた。
急に起きた異変に十香が窓を開けると、冷気が外から流れ込んできた。
次の瞬間、けたたましいサイレンが天宮市中に響き渡った。
「これが警報か……? ならば、これが空間振……?」
「おい! 夜刀神十香、大丈夫か!」
呆然と呟く十香の耳に、ドアをたたく音と戎斗の叫ぶ声が聞こえた。
もはや引きこもっている場合ではないと考えた十香が立ち上がると、一瞬窓から何かの影が見えた。
思わず身を乗り出して確かめると、視線の先にはずんぐりとしたフォルムに、3メートルはあろうかという大きさの人形がいた。
そしてその背に乗っていた少女を、十香は知っていた。
「あれは、あの時の……。ならば、士道もそこに……!」
予感めいたものを感じ、十香は急いで外に出るのだった。
「(彼は、ちゃんとシェルターに避難しただろうか……)」
『もうすぐ<ハーミット>と接敵するわ。目標を補足次第、各員攻撃しなさい』
インカムから流れる上司の命令を聞きながら、折紙の頭に浮かんでいるのは、つい先ほど自身の家に来ていた五河士道のこと。そして次に浮かんだのは先日の<プリンセス>との戦いの直後のこと。
未確認生命体に襲われ命を奪われかけた折紙だったが、気がつけば軍の医務室のベッドに寝かされていた。同僚や上司が見舞いに来てくれる中、意識を失う直前の光景が脳裏に残っていた。
巨大な未確認生命体を倒した<ナイト>と呼称された謎の存在の姿が、
「(……もう、5年……)」
あの時からずっと大事にしている錠前を取り出す。
戦闘中に失くしては堪らないので、出撃中は持っていない方がいいと分かっているのだが、何故か折紙はこうして持ってきている。
全てはあの日、燃え盛る炎の中で助けてくれた
「私と同じ悲しみを、誰かに味あわせたくない。そのために、私は……」
『――目標確認!』
振り続ける雨が、随意領域の外側に弾かれる。まるで折紙の迷いを取り払うかのように。
銃のスコープの先には、まるで母親の背中にしがみつくように巨大なパペットの背に乗る<ハーミット>。
あの日、折紙は絶望の淵に叩きつけられた。だからこそ、自分のような犠牲者を出さないと決めた。それがたとえ、災厄と恐れられる精霊の命を奪うことでも。
なぜなら自分は、その精霊に大切な物を奪われたのだから。
『――撃てぇ!!』
――――今の自分を見て、あのヒーローはどう思うのだろうか?
ほんの一瞬、頭に浮かんだその考えを振り払うように、折紙はただ無心で引き金を引いた。