五河士道は、自身の目の前に広がる光景に呆然としていた。
街には季節外れの吹雪が吹き荒れ、視線の先には白銀色のドームが鎮座している。
「なんだよ、これ……」
琴里たちの力を借り、<ハーミット>またの名を四糸乃の大事なパペットであるよしのんの居場所を突き止めた士道は、折紙のマンションに潜入した。
何故かメイドの服装だった折紙に迎えられ、何故か名前で呼ぶように言われた後、唐突に折紙がシャワーを浴びに行った隙を突き、よしのんを発見。
その後、シャワーから戻った折紙と士道は軽く話した。
『夜刀神十香から精霊の反応が消えたことは事実。だけど私は、彼女の存在を許容できない』
『……っでも精霊だって、空間振を起こしたくて起こしてるわけじゃないんだ!』
『……? なぜあなたがそんなことを知っているの?』
『あ、いや……』
『……五年前、天宮市南甲町の住宅街で大規模な火災が起きた。公式に伏せられているけれど、あれは精霊が起こしたもの』
『なっ!?』
『真っ赤な炎を纏った精霊。その精霊によって、
そんな会話が成された後も二人は話し合い、士道は霊力が封印された十香が攻撃されることは無いと言うことを聞き安堵した。
そして会話がひと段落した直後、空間振警報が鳴った。
折紙は士道に避難を促し、士道も放っておくわけにはいかず琴里の連絡を聞くなり走り出し、今に至る。
「琴里。よしのんは回収したけど、なんなんだよあれ!」
『四糸乃よ。十香の時みたいに、四糸乃の天使が暴走してるの!』
天使。そのワードに士道は息を呑んだ。
精霊の矛であり盾でもある力の結晶。それが暴走している。
このまま放っておけば甚大な被害が出ることは、十香の時にすでに分かり切っている。
故に、すぐに四糸乃の霊力を封印しなければならないのだが……
『まったく、あんた何やってたのよ? 今士道がいる場所、ついさっき四糸乃が通った場所よ。
僅かに苛立ちを含ませた琴里に、士道は寒さの中にも関わらず冷や汗をかいた。
「あいや、トリモチに引っかかってな……」
苦し紛れにそう言い訳する士道。本当はもう一つ別の要因があったのだが、わざわざ言う必要もないだろう。
そんな中、二人の通信に令音の声が混ざった。
『今見えているのは、天使の力で作られた吹雪のドームだ』
「吹雪……じゃあ、中に入れるってことですか?」
『やめておいた方がいい。吹雪と言えど、霊力によって作られたものだ。生身で行けば、それこそズタズタに引き裂かれるだろうね』
「そんなの、一体どうすれば……」
『仕方ないわね。今回は諦めましょう。士道、<フラクシナス>で回収するわ』
「っ! 待ってくれ琴里!」
撤退を促す琴里に士道が待ったをかける。
琴里が言うことも理解できる。令音の説明を聞けば、眼の前にあるものがどれだけ危険かも分かる。
しかし、今を逃せば次は何時四糸乃と会えるか分からないのだ。
『だったらどうすると言うの?』
「それは……そうだ! 琴里、俺が十日の霊力を封印した日――――あの時、折紙に撃たれたよな?」
『…………』
確証はなかった。だが、一縷の望みをかけて言った考えは、琴里の沈黙によって肯定された。
「なんでか分かんないけどさ、俺はこうして生きてる。ってことは、俺の身体に何かあるのか?」
『半分正解ね。士道が行ったことは事実よ』
「っていうと?」
『士道が致命的なダメージを喰らうと、焔が体を焼き、傷を癒す。矛盾しているようで、実際は狂っていない事象。そしてその原因は、分かっているわ』
「なら……よし」
それで十分だとばかりに、士道は覚悟を決め走り出そうとする。
『――――駄目よ』
しかしそれは、他ならぬ妹の言葉によって止められた。
「なっ!?」
『どうせ再生能力を使って、吹雪を抜けようとかいうんでしょう? 認められないわ』
「どうして!」
『再生能力だって万能じゃない。死んでしまえば意味はないし、再生するよりも体が削られる方が早い。四糸乃がいるであろう中心部とその外周まで5メートル。5メートルよ? 明らかに無理だわ』
何処か冷たさを感じさせる琴里の静止に怯んでしまう。
『だから……ん? どうしたの令音。……これは、なんで十香が……』
「十香? なんで十香が……!」
いきなり琴里の声が遠のいたことに訝しむ士道。
その時、背後から聞いたことのある声が聞こえた。
「シドー!」
「なっ……十香!?」
振り返った士道が驚いたのは、家にいたはずの十香がここにいるからだけではない。
十香は走って来たのではなく、何かに乗っていたのだ。凍りついた路面を滑るそれは、士道の目の前で停まることでそれが何かを認識できた。
「これって、<
<塵殺公>。十香の天使であり、全てを薙ぎ払う最強の力。
金属質な表面に豪奢な玉座。普段は十香の武器である剣が収められているそれは、今は倒されて微妙に形が変化していた。
その背もたれに乗って、十香はここまで滑って来たのだろう。
「十香、お前……」
「シドー。私は、お前に言わなければならないことが……」
『士道! 呑気に話してるところ悪いけど、一大事よ!』
「うわっ!? なんだよ急に。それに一大事って、もうすでに一大事だろ?」
『あんた達の周辺にインベスの反応を確認したわ!』
「……え?」
「シドー! あれを見ろ!」
十香が指さす方に目を向けると、何もない空間にジッパーが開いていた。ジッパーが開いている部分には、街ではなく森の景色が見えている。
士道は見たことが無い為に知らないことだが、それはまさしくクラックだった。二人が困惑している間にも、クラックから次々とインベスが飛び出し、吹雪のドームへと向かって行く。
「あれって……」
『インベスよ! こんな時に限って……二人とも、すぐに逃げなさい!』
「駄目だ! あいつら、四糸乃の方に行ってる。放っておくわけにはいかない!」
『何言っているの! 士道に倒すことなんてできないし、十香に戦わせるわけにもいかないでしょう!』
「シドー! くるぞ!」
士道と十香の存在に気付いたインベスが、「シャァァ」と鳴きながら向かってくる。
走ってくる初級インベスに、やむ得ず応戦しようと十香が剣の柄を掴む。
「――――ハッ!」
その時、突如現れた人影が初級インベスを蹴り飛ばした。
「……まったく、面倒なことになっているな」
「戎斗!」
「話はすべて聞いた。こいつらの相手は俺がしてやる。お前たちは四糸乃の元に行け!」
「……っ。シドー、乗れ!」
「くっ。絶対無事でいろよ!」
戎斗がインベスと戦えることを知っている士道は逡巡したが、十香と共に<塵殺公>に乗る。
それを確認した十香は、<塵殺公>をすぐさま動かす。圧倒的な加速によって、二人の姿はすぐに見えなくなった。
「フン……」
『……戎斗』
「お前たちは奴のサポートでもしていろ。ここは俺一人で十分だ」
『ええ。気を付けなさい』
その言葉を最後に通信が切れる。
戎斗は迫るインベスに向き合い、ロックシードを掲げた。
「変身!」
《バナーナ!》
場所は変わり<フラクシナス>の艦橋。
琴里が苦い顔をして、士道と十香が映るモニターを眺めていた。
「心配かい、琴里」
「……うるさいわよ」
雑に返された言葉には、何時ものような覇気がなかった。
きっと琴里の頭の中では、必死に方法を模索しているのだろう。大切な兄が、
何時もの令音なら、きっと琴里と同じだっただろう。四糸乃を攻略する糸口が見つかった今、撤退すればせっかくのチャンスが遠のくことになる。
だが、この時ばかりの令音の思考は、別の方向に向けられていた。
「(インベス。戎斗が言うには、ヘルヘイムの尖兵だったか。まったく、厄介だよ) まるで……」
「……? 令音?」
「いや、どうしてインベスは今現れたのだろうね」
「それはただの偶然じゃないの?」
「だとすれば、何故彼らは四糸乃の方へと向かっていたんだい?」
「…………」
今回だけではない。十香の時も離れた場所に現れ、十香とASTが戦っていた場所に向かおうとしていた。四糸乃と初めて接触した時もそうだ。
逆に言えば、
「彼らは、何かに引き寄せられているのかな?」
令音の疑問に、さりとて琴里は答えが出ない。
その内、舞い込んでくるクルーの報告によって、令音の疑問は琴里の頭の片隅に追いやられていった。
「(やれやれ。まさかこんな事態になろうものとは、困ったものだ。とは言え、しっかりと見極めないといけないね。この
イレギュラー。その言葉はインベスに向けられたものか、それとも……。
そして、先の会話で琴里を含めた全てのクルーが気づかなかった。気づけなかった。
インベスが現れたのは、何も精霊が現れた時だけではないのだと……。
基本的に、この作品は戎斗視点が中心です。
なので十香が部屋に引きこもる場面だったり、折紙の家への潜入する場面は基本的に原作と変わりません。
士道と十香は移動中に仲直りします。
今話は士道視点が主でしたが、次からはちゃんと戎斗視点です。