謎の転校生
葛葉鉱太との戦いに敗北した駆紋戎斗。しかし死んだはずの戎斗が目覚めると、そこは見知らぬ世界だった。
訳も分からず困惑する戎斗に、<ラタトスク>と名乗る組織が接触する。
精霊、空間振、AST、そして現れる筈のないインベス。戎斗はアーマードライダーバロンへと変身し、戦いに身を投じていく。
五河士道は、現在進行形で困っていた。
「え、えっとぉ……」
「シドーは私のクッキィを食べるのだ!」
「あなたのクッキーを彼に摂取させるわけにはいかない」
士道の眼の前で言い争っているのは、クラスメイトである二人の少女。
片方は天真爛漫という言葉が似合う長髪の少女、夜刀神十香。
もう片方はまるで人形のように整った顔立ちの少女、鳶一折紙。
そんな二人の手にはクッキーが入った箱が収まっていた。
「シドー! 私のを食べるのだ!」
「士道。私の方が美味しい」
2人に詰め寄られた士道は覚悟を決め、二人の箱からクッキーを取り口に含む。
「う、うん! どっちも美味しいぞ!」
「うむ、私のクッキィを食べる方が、ほんのちょびっとだけ速かったな!」
「私の方が、0.02秒速かった」
士道の感想に、二人が同時に言った。
「…………」
「…………」
そして、静かに顔を見合わせた。その間に士道は二人から距離を取る。
別に二人がうっとおしくなったわけではない。ただ単に二人の剣呑な雰囲気や、周囲の男子からの恨みがましい視線に耐えきれなくなったからだ。
「もう少し仲良くしてくれるんだがなぁ……」
「よぉ、セクシャルビースト士道。美少女二人からクッキーのお裾分けとは、羨まけしからん奴め!」
士道が項垂れていると、友人の殿町が話しかけてきた。
片や精霊、片やその精霊を討伐しようとするASTとはいえ、毎度顔を突き合わせるたびに喧嘩されると、中々気疲れするものだ。
そんな裏事情を知らない殿町は、士道に対して恨み辛みを吐き出す。
「……しっかし、なんでお前はお裾分けを貰えるんだよ」
「俺に言われても仕方ないだろう?」
「あーあ。2組の転校生も、さっそくモテモテみたいだしなー」
「……ん? なんか廊下が騒がしくないか?」
殿町がそう愚痴をこぼすと、廊下が騒がしくなる。
気になった士道が廊下を覗くと、一人の男子が歩いているのが見えた。
そして、その男子に二人の女子生徒が近づくと、手に持っていた綺麗にラッピングされたクッキーの入った袋を渡す。
「あれは……」
「ああ。例の転校生だよ。たしか……駆紋戎斗だったか?」
士道からすれば、殿町に言われるまでもなく知っていた。
先日、自分が死にかけたところを見た十香が暴れている時、その十香を殺そうとしていた。……かと思えば、覚悟が決まっていなかった自分を叱咤し、激励した男。
「にしても、よく名前知ってたな。お前のことだから、女子以外興味ないかと思ってたんだけど」
「ああ。安心しろ。女子からモテそうなやつもリサーチ対象だ。来たるべき粛清の時にな……フフフフフ」
「お前なぁ……」
いつでもぶれない友人に、士道は苦笑する。
その時、ふと戎斗のことが気になり、殿町に質問する。
「なあ、戎斗のことって何知ってるんだ?」
「ん? なんだお前、美少女では飽き足らず、ついには男にまで手を出すのか? ちょっと引くぞ……」
「ちげぇよ!?」
とんでもない勘違いをする殿町に、士道は慌てて否定する。
殿町も分かっていたようで、「悪い悪い」と謝りつつ戎斗の情報を話していく。
「えっと、駆紋戎斗のことだったな。とは言っても、あいつの情報もそう多くないんだよな」
「そうなのか?」
「愛想がいいタイプでもないし、どっちかっていうと、クールな一匹狼って感じだな。ただ、困っているやつを見捨てるような奴でもないし、ツンデレの典型みたいなやつだ」
殿町の話に、士道は先日のことを思い出す。
暴れる十香を倒すと言いながら、士道に最後のチャンスをくれたのは、最初からだというのだろうか。
しかし、あの時の戎斗の雰囲気は、確実に手を下すことを躊躇わない雰囲気がだった。
「でもまあ、ああいうやつは何気に珍しいからな。女子たちは皆夢中らしい。ほら、また一人、クッキーを渡しに行ってるぜ」
殿町の言葉通り、殺気とは違う女子が戎斗にクッキーを渡す。
戎斗は渡されるクッキーを拒否せずに受け取る。
「ちっくしょー。貰ってる数だったら、士道よりあいつのほうが多いぞ。羨まし過ぎるだろー」
「その割には、特に表情変わっていなくね?」
「そうだよ。あいつ、あんだけ女子に騒がれてるってのに、それに興味なしって顔してるだろ? その上、あいつホントに興味ないだろうから憎めないんだよな。多分、そういうところも女子にウケてんだろうよ」
「ふーん」
士道が戎斗を紹介されたのは昨日のこと。十香と一緒に琴里から改めて紹介され、軽く話した程度だ。その時から、馴れ合いを好まない雰囲気が伝わってきていた。
そのままボーっと見ていると、いつの間にか近くにいた折紙が声を掛けた。
「……士道」
「うおっ!? お、折紙? どうしたんだ?」
「……士道、男色に走ったというのは本当?」
「ぶっ!?」
真面目な顔して中々ぶっ飛んだことを聞いて来た。
「そ、そんなわけないだろ!?」
「……そう。それなら、いい」
「む? シドー、”だんしょく”とはなんだ?」
「あ、いやぁ、その……」
純真な十香に教えるのはどうかと考えた士道は、しどろもどろになりながら言葉を濁す。
その時、折紙が士道に抱き着いた。クラス中の男子の怨嗟の視線が士道に向けられる。
「お、折紙!?」
「士道、大丈夫。たとえソッチの道に走っても、私が戻してあげるから」
「だからそれは誤解だって……!?」
「むっ。おい折紙! シドーが困っているだろう! シドーから離れんか!」
「あなたに私と士道を引き離す権利はない。そこで大人しく見ていればいい」
折紙と十香が、西部劇のガンマンの決闘のごとく睨みあう。
「ええと……」
何とか仲裁しようとした士道の声を引き金に、互いの急所を狙った拳が放たれ――二人の間に割って入った哀れな男の頭部と腹部に吸い込まれた。
普段なら、率先して士道を保健室に運び、その後なんやかんや起こして、両者合意の既成事実を作ろうとするのだが、今回は別の用事があるため泣く泣く断念したのだ。
「駆紋、戎斗……」
士道と殿町が話していた名を、ゆっくりと思い起こすように口に出す。
しかしなぜだろうか。駆紋戎斗という名を聞くと、何か胸がむずむずするというか、どことなく落ち着かない。
「お兄さん……」
何故か、名前も知らない捜し人が口をついて出た。
ポケットから取り出したのは、レモンの装飾が付いた錠前。士道と結ばれることと同じくらい重要な、お兄さんを見つけることのただ一つの手がかりかも知れない物。
何度も諦めそうになった。でもその度に、あの人にもう一度だけ会いたいと思った。だからこうして探している。
その時、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。
「戻らなくては……」
もやもやとした気持ちを抱えたまま、折紙は自分の教室に戻るのだった。